“最初”ということもあり、よく内容が理解できない方のためにわかりやすく説明文を記載したいと思います。
まず、タイトルの『余命参年記』ですが、このメールマガジンの配信をきっちり3年間で終了することを意味します。
決して、本当に管理者自身の寿命ではありません。
どちらかと言えば、このメールマガジンの寿命ということになります。
また、小カテゴリに「その他」を選択してあることに対しては、どれかというよりも全ての生物界においてのものとお考え頂きたいからです。
ここでは説明文にもありました通り、「生と死」について述べたいと思います。
さっそくですが、あなたの生きる本当の理由をご存知でしょうか。
富ですか?
名誉ですか?
恋人や家族のためですか?
自分自身のためですか?
それ以外の理由ですか?
設問責めにて始まりましたが、この内容について話をすると敬遠される方が多いのが現状です。
人は恐怖という感情があります。これは死を連想することより生まれる感情だと言われています。
簡単な例を挙げると、遊園地などにある絶叫マシーンです。
「こわい」
と感じる人はきっと死を連想されているのでしょう。
ではなぜ今「生と死」なのでしょうか?
今まさに!だからです。
論文を書いた頃は今ほどに未成年犯罪はありませんでした。しかし、それでも多くの人々は生きることの意味をきちんと理解していないように思えたのです。
“生きる”ということは何時か必ず“死ぬ”ということです。
「なんだ、当たり前ではないか」
誰もがそう思うでしょう。
その当たり前のことを理解していないのが現代の人々なのです。
だから安易な考え方してしまい、自分や他人を傷つけることに対しても何の感情を抱くことなく、云わば衝動的な行動をとるのではないでしょうか。
家や学校の教育では、いじめは駄目だとか生き物の殺してはいけないなどと教えはしますが、その理由について聞くと納得できる回答は得られません。
「駄目なものは駄目」
「仲良くしなさい」
「大切にしなさい」
子供ながら疑問に思うものです。きっと、その大人も子供の頃にそう言われて育てられたのでしょう。
しかし、これでは何も進歩が感じられません。
このままでは自分が大人になった時、同じような教育しかできなくなってしまいます。
では適切な理由はあるのでしょうか。
「直すことのできないことはすべきことではない」
というのは如何でしょう。
言い換えると、物は直すことが可能であるが、生物は不可能である。よって、“してはいけないこと”の理由にはならないだろうか。
「ならないっ!」
そう言われる方もいらっしゃると思います。
反論は非常に嬉しいことです。それに対する意見がしっかりあり、私ならこうする、と述べて頂けると思うからです。
こういったことを残りの限られた時間、題材を変え、述べていきたいと考えています。
そして、ひとりでも多くの方に共感して頂ければ幸いです。
残りあと1095日...