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幸せと平和を願う人々の心が臨界質量を超えるとき、世界は良い方向に動きだす。臨界質量とは、世の中をよくしたいという同じ「思い」あるいは「目覚め」を持った人々の数がある閾値を超えると、その「思い」が実現するというものです。

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2009/06/09

09.06.09 こころは超臨界 No.647「反省」

【 幸せと平和を願う人々の心が臨界質量を超えるとき世界は変わる 】
( 心が臨界質量を超えるとは → http://tinyurl.com/5kr6f )

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     人間学を学ぶメールマガジン『 こころは超臨界 』

        読者:325人 / 発行人:渡部天真

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◆ 2009年6月2日 第647号「 反省 」
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  【天風成功哲学・金言】 

  たとえ事業がうまくいかない時でも
  間違いがあったのを天が教えてくれていると考えなさい
  (中村天風)


●天風先生は、反省という心意は、厳密にいうなれば、どこまでも自発
的のもので、決して他発的なものではない、と説かれています。


  「ほんとうの心の力」http://tinyurl.com/ypowx3
  【 中村天風、PHP研究所、p246 】

  《 反省とは自発的にするもの 》

  そもそも反省ということは、その人自身が、自己の心の成りゆきや
  推移に対する現在状態を、その人の本心良心に反映せしめて、熟考
  する心意を指していうものである。したがって、反省という心意は、
  厳密にいうなれば、どこまでも自発的のもので、決して他発的なも
  のではないというべきである。

  かるがゆえに、この特殊の心意識の発動を、第三者から促すことは
  可能であるとしても、いかなる権威者といえども、他人にこれを強
  要する権利は絶対に与えられていないというのが真理である。

  しかるに、事実に照らしてみると、往々にそうでないことを、しば
  しば見聞する。そしてその強要に応じないと極度にその人の悪口を
  言い、盛んに憤慨激怒する人がいる。その上さらに、それが、感情
  や理性の判断のみで考えられたことであるのに気づかずに。

  要するに、その原因は、難しくいえば「人生は現実と精神との中に、
  その思索を振り向ける省察(反省)の深さによって、その正邪の結
  論が決定される」とい絶対真理を自覚していないがためである。

  西哲の言にも「優れた人は、自己を責めて、人を責めない」という
  のがある。私がしばしば揮毫(きごう)する六然訓句(りくぜんくんく)
  の中にも、「厳然自粛(げんぜんじしゅく)」というのがある。いず
  れも、その真意相通ずるものであるのを熟考されたい。


●拓殖大学国際学部教授の呉善花さんは、なかでも日本人はすべてを自
己の責任に帰着させ反省をする国民性があることを、韓国との比較から
こう説明しています。


「だから日本はおもしろい」――四月度致知読者の集い
 呉善花・拓殖大学国際学部教授
【「致知」http://www.chichi.co.jp/ 2009年7月号、p150 】


■日本と韓国の違い

私が初めて日本に訪れて25年目になります。

日本と朝鮮半島はお隣にあり、自然や風土、人の肌の色、町並みなど、
大変よく似ています。しかし、その似ている部分のせいでほんの少しの、
しかし根本的な違いが見えにくくなっており、ここから生じる問題が山
ほどあります。

それは考え方や価値観の違いであったり、ものの感じ方の違いであった
り、ほんのわずかな違いかもしれません。しかしこの違いこそが、お互
いの理解を遠くしていると私は考えます。

この問題を理解せずして、日韓の外交問題の解決も、民間交流の推進も
絶対にうまくいかないということを、私は来日して5年くらいでようや
く気がつき、今日までその研究に努めてまいりました。

まず言葉について言えば、日本語と韓国語はどちらも漢字文化圏で、単
語も並び方も本当によく似ています。ですから、日本を訪れた韓国人は、
1年目は、他の国から来た人たちに比べてかなり早く言葉を覚えること
ができます。

ところが、2年目、3年目に入った時に、心が入った言い方、情緒的な
言葉遣いを学ぼうとしたと時にさっぱり分からなくなってしまうのです。

■「受け身形」が生む心の変化

韓国人にとって、最も難しい日本語の言い回しが「受け身形」(受動態
(じゅどうたい))です。

私がまずこの受け身形を意識的に使ってみました。そして使えば使うほ
ど、気持ちが変化してくることが分かりました。

たとえば、私が後で飲みたいと思ってテーブルの自分の前に水を置いた
とします。ところがいざ飲もうとした時にこれがなくなっていたら……。

韓国人は百パーセント「誰かが水を飲んだ」という言い方しかしません。
能動態(のうどうたい)です。

そうするとそれを聞いた第三者はどんな印象でしょうか。飲んだ人に意
識がいくと思います。「犯人は誰だ?」と。

しかし日本人はどうでしょう。

普通は「水を飲まれた」という言い方をすると思います。能動態の場合
と意味は同じでも、向こうに意識がいくのではなく、自分に意識がいく
はずです。そして自分の中で「私の責任なんだ」という気持ちになって
いきます。

自国語にない言い方ですので最初は苦労しましたが、この受け身形は、
責任を相手ではなく、自分のほうに持ってくればうまく言えると気づき
ました。極端に言えば「私が悪かった」と自分を反省して言えばよいの
だと気づいたのです。

能動態では責任は常に相手にあり、「相手が悪い、あなたが悪い」と責
める心につながります。そこに韓国人は快感を得るものです。以前は私
もそうでした。しかし「私が悪かった」と考えると、最初は悔しいので
すが、だんだん気持ちが穏やかになってくるのを感じました。

ほかにも、日本の男性が使うもので、こういう言葉もあります。

「女房に逃げられた……」。

これに対して、韓国では「女房が逃げた」という言い方しかしません。
しかもそれに加えて、うちの女房はとんでもない人間だということを人
に主張します。

一方受け身の言い方を聞いた側は、奥さんが悪いといよりも「奥さん一
人守ることができず、なんとだらしない男だ」と、感じるのではないで
しょうか。

このように日本人はいたるところで反省をしています。その際、責任も
徹底的に自分に持っていこうとします。これが本来の日本人の一つの姿
であり、韓国人と大きく異なる点のようです。

(後略)


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