<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/">
  <channel rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/rss10.xml">
    <title>スィーツバイブル</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/index.html</link>
    <description />
    <dc:date>2009-11-08T09:00:00+09:00</dc:date>
    <items>
      <rdf:Seq>
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20091108090000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20091031235000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20091024233000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20091017234000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20091010220000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20091003230000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090926233000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090919230000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090912233000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090905220000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090830090000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090816013000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090809023000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090801233000000.html" />
        <rdf:li resource="http://archive.mag2.com/0000207859/20090726000000000.html" />
      </rdf:Seq>
    </items>
  </channel>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20091108090000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.28 罪に対して死んだわたしたち</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20091108090000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙6章1-2節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、どういうことになるのか。恵みが増すようにと、罪の中にとどま&lt;br /&gt;るべきだろうか。決してそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、&lt;br /&gt;どうして、なおも罪の中に生きることができるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今日から6章を学んでいきます。この6章のテーマは、「罪からの解放」&lt;br /&gt;です。私たちはここまで「イエス・キリストを信じる信仰による義」と&lt;br /&gt;いうことについてを学んできました。前回はイエス様が父なる神様の御&lt;br /&gt;心に対して従順に従われ、十字架にかかられたことにより、私たちが義&lt;br /&gt;とされ、恵みに満ちあふれるということを学びました。今回の6章は、&lt;br /&gt;前回までの内容から一歩踏み込んで、私たちが罪の奴隷状態から解放さ&lt;br /&gt;れるとはどういうことなのか、真の自由とは何なのかということについ&lt;br /&gt;てをご一緒に学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「では、どういうことになるのか。恵みが増すようにと、罪の中にとど&lt;br /&amp;gt&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20091108090000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-11-08T09:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20091031235000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.27 キリストの命に満ちあふれる生き方</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20091031235000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章18-21節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、&lt;br /&gt;一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることに&lt;br /&gt;なったのです。一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたよう&lt;br /&gt;に、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです。律法が入&lt;br /&gt;り込んで来たのは、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあ&lt;br /&gt;ふれました。こうして、罪が死によって支配していたように、恵みも義&lt;br /&gt;によって支配しつつ、わたしたちの主イエス・キリストを通して永遠の&lt;br /&gt;命に導くのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回、アダムから始まった罪の支配とイエス・キリストの十字架による&lt;br /&gt;恵みの祝福の違いについてご一緒に学びました。今回は、前回の続きで、&lt;br /&gt;罪と恵みの影響力の違いについてご一緒に学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、&lt;br /&gt;一人の&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20091031235000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-10-31T23:50:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20091024233000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.26 恵みの影響力</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20091024233000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章15-17節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。一人の罪によって多く&lt;br /&gt;の人が死ぬことになったとすれば、なおさら、神の恵みと一人と人イエ&lt;br /&gt;ス・キリストの恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。&lt;br /&gt;この賜物は、罪を犯した一人によってもたらされたようなものではあり&lt;br /&gt;ません。裁きの場合は、一つの罪でも有罪の判決が下されますが、恵み&lt;br /&gt;が働くときには、いかに多くの罪があっても、無罪の判決が下されるか&lt;br /&gt;らです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回、アダムの犯した罪の結果についてご一緒に学びましたが、今回は&lt;br /&gt;もう一歩踏み込んで、アダムの犯した罪の結果とイエス様の恵みの結果&lt;br /&gt;の比較についてご一緒に味わうことにしましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。一人の罪によって多&lt;br /&gt;くの人が死ぬことになったとすれば、なおさら、神の恵みと一人の人イ&lt;br /&gt;エス・キリストの恵みの賜物と&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20091024233000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-10-24T23:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20091017234000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.25 アダムの罪の結果</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20091017234000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章12-14節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入&lt;br /&gt;り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯&lt;br /&gt;したからです。律法が与えられる前にも罪は世にあったが、律法がなけ&lt;br /&gt;れば、罪は罪と認められないわけです。しかし、アダムからモーセまで&lt;br /&gt;の間にも、アダムの違反と同じような罪を犯さなかった人の上にさえ、&lt;br /&gt;死は支配しました。実にアダムは、来るべき方を前もって表す者だった&lt;br /&gt;のです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回は、イエス・キリストの十字架により、天のお父様と和解され、義&lt;br /&gt;とされた私たちの喜びについて学びました。今回は、もう一度「罪」に&lt;br /&gt;ついてを学ぶこととします。それは私たちが義とされた恵みを味わうた&lt;br /&gt;めには「罪」についてを知ることがとても大切だからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が&lt;br /&gt;入り込んだように、&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20091017234000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-10-17T23:40:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20091010220000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.24 私たちの救いの結果</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20091010220000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章9-11節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、&lt;br /&gt;キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。&lt;br /&gt;敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたの&lt;br /&gt;であれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのは&lt;br /&gt;なおさらです。それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによ&lt;br /&gt;って、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して&lt;br /&gt;和解させていただいたからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回、私たちのために十字架にかかられたイエス様の愛について、ご一&lt;br /&gt;緒に学びました。今回はこのイエス様の十字架の愛の結果、私たちはど&lt;br /&gt;うなったのかについてご一緒に学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですか&lt;br /&gt;ら、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことで&lt;br /&gt;す。」(&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20091010220000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-10-10T22:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20091003230000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.23 イエス・キリストの十字架の愛</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20091003230000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章6-8節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実にキリストは、わたしたちがまだ弱かった時に、定められた時に、不&lt;br /&gt;信心な者のために死んでくださった。正しい人のために死ぬ者はほとん&lt;br /&gt;どいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。&lt;br /&gt;しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちの&lt;br /&gt;ために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示さ&lt;br /&gt;れました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちが義とされたこと、そして試練を通して私たちを主の似姿へと造&lt;br /&gt;り変えてくださるという恵みについてを、前回学びました。今回は、イ&lt;br /&gt;エス・キリストが私たちを義とするために何をなさったのかをご一緒に&lt;br /&gt;学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、&lt;br /&gt;不信心な者のために死んでくださった。」(6)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;イエス様は十字架の死を通して私たちに対して愛を示さ&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20091003230000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-10-03T23:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090926233000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.22 試練を誇りとする信仰</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090926233000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章3-5節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているの&lt;br /&gt;です。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。&lt;br /&gt;希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖&lt;br /&gt;霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回、私たちが信仰によって義とされたことにより、神様との間に平和&lt;br /&gt;が与えられ、今や神様の栄光にあずかる希望を誇ることが許されている&lt;br /&gt;ということを学びました。しかし神様との間に平和が与えられても、人&lt;br /&gt;生順風満帆、ラッキーな人生とはいきませんよね。実際は逆だと思いま&lt;br /&gt;す。問題が残っているし、試練が訪れます。時に道が閉ざされてしまう&lt;br /&gt;こともあります。今日はこの問題についてパウロが何と言っているのか&lt;br /&gt;をご一緒に学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。」(3a)&lt;br /&gt;&lt;b&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090926233000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-09-26T23:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090919230000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.21 義とされた喜び</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090919230000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙5章1-2節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたした&lt;br /&gt;ちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリ&lt;br /&gt;ストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあず&lt;br /&gt;かる希望を誇りにしています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回まで、アブラハムが律法や行いではなく、ただ神様の言われたこと&lt;br /&gt;を信じただけで義とされたということについて学びましたね。アブラハ&lt;br /&gt;ムが信仰によって義とされたように、私たちもまた、イエス様の十字架&lt;br /&gt;を信じるだけで義とされるのです。では、「義」と認められた私たちを&lt;br /&gt;主はどのようにされるのでしょう？今日はそのことをご一緒に学ぶこと&lt;br /&gt;とします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたし&lt;br /&gt;たちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキ&lt;br /&gt;リストのおかげで、今の恵みに信仰によって導きい&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090919230000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-09-19T23:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090912233000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.20 主イエスを信じる信仰</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090912233000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙4章17-25節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「わたしはあなたを多くの民の父と定めた」と書いてあるとおりです。&lt;br /&gt;死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、&lt;br /&gt;アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです。彼は希&lt;br /&gt;望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、「あなたの&lt;br /&gt;子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、多くの民の父となり&lt;br /&gt;ました。そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰え&lt;br /&gt;ており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が&lt;br /&gt;弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなこ&lt;br /&gt;とはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束&lt;br /&gt;したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。&lt;br /&gt;だからまた、それが彼の義と認められたわけです。しかし、「それが彼&lt;br /&gt;の義と認められた」という言葉は、アブラハムのためだけに記されてい&lt;br /&gt;るのではなく、わたしたちのためにも記されているのです。わたした&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090912233000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-09-12T23:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090905220000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.19 世界を受け継ぐ者とされて</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090905220000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙4章13-16節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;神はアブラハムやその子孫に正解を受け継がせることを約束されたが、&lt;br /&gt;その約束は、律法に基づいてではなく、信仰による義に基づいてなされ&lt;br /&gt;たのです。律法に頼る者が世界を受け継ぐのであれば、信仰はもはや無&lt;br /&gt;意味であり、約束は廃止されたことになります。実に律法は怒りを招く&lt;br /&gt;ものであり、律法のないところには違反もありません。従って、信仰に&lt;br /&gt;よってこそ世界を受け継ぐ者となるのです。恵みによって、アブラハム&lt;br /&gt;のすべての子孫、つまり、単に律法に頼る者だけでなく、彼の信仰に従&lt;br /&gt;う者も、確実に約束にあずかれるのです。彼はわたしたちすべての父で&lt;br /&gt;す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アブラハムは神様の言われたことを信じたとき、義と認められました。&lt;br /&gt;ではアブラハムが義とされた結果実現された約束は何でしょう？今日は&lt;br /&gt;そのことについてご一緒に学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「神はアブラハムやその子孫に世界を&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090905220000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-09-05T22:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090830090000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.18 救いの条件</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090830090000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙4章9 -12節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、この幸いは、割礼を受けた者だけに与えられるのですか。それと&lt;br /&gt;も、割礼のない者にも及びますか。わたしたちは言います。「アブラハム&lt;br /&gt;の信仰が義と認められた」のです。どのようにしてそう認められたので&lt;br /&gt;しょうか。割礼を受けてからですか。それとも、割礼を受ける前ですか。&lt;br /&gt;割礼を受けてからではなく、割礼を受ける前のことです。アブラハムは、&lt;br /&gt;割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして、割礼の印を受け&lt;br /&gt;たのです。こうして彼は、割礼のないままに信じるすべての人の父とな&lt;br /&gt;り、彼らも義と認められました。更にまた、彼は割礼を受けた者の父、&lt;br /&gt;すなわち、単にまた、彼は割礼を受けているだけでなく、わたしたちの&lt;br /&gt;父アブラハムが割礼以前に持っていた信仰の模範に従う人々の父となっ&lt;br /&gt;たのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回まで、アブラハムとダビデを通して、キリストを信じる信仰による&lt;br /&gt;義について学んできました&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090830090000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-08-30T09:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090816013000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.17 罪があると見なされない恵み</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090816013000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙4章6 -8節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;同じようにダビデも、行いによらずに神から義と認められた人の幸いを、&lt;br /&gt;次のようにたたえています。&lt;br /&gt;「不法が赦され、罪を覆い隠された人々は、幸いである。主から罪があ&lt;br /&gt;ると見なされない人は、幸いである。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回は、前回に引き続き、「イエス・キリストを信じる信仰による義」&lt;br /&gt;ということについて学ぶこととします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回はアブラハムを通して信仰についてを学びましたが、今回はもう一&lt;br /&gt;人の信仰の勇者ダビデを通して、信仰による義とはどういうことかをご&lt;br /&gt;一緒に味わい、学ぶこととしましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「同じようにダビデも、行いによらずに神から義と認められた人の幸い&lt;br /&gt;を、次のようにたたえています。」(6)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ダビデもアブラハム同様、信仰によって義とされました。彼はイスラエ&lt;br /&gt;ルの王となった後罪を犯しました。イスラエルの全軍がア&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090816013000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-08-16T01:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090809023000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.16 アブラハムの信仰</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090809023000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙4章1 -5節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、肉によるわたしたちの先祖アブラハムは何を得たと言うべきでし&lt;br /&gt;ょうか。もし、彼が行いによって義とされたのであれば、誇ってもよい&lt;br /&gt;が、神の前ではそれはできません。聖書には何と書いてありますか。&lt;br /&gt;「アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた」とあります。&lt;br /&gt;ところで、働く者に対する報酬は恵みではなく、当然支払われるべき&lt;br /&gt;ものと見なされています。しかし、不信心な者を義とされる方を信じる&lt;br /&gt;人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回まで、義とされるにはどうしたらよいのかということを学んできま&lt;br /&gt;した。それは「イエス・キリストを信じる信仰による義」についてです。&lt;br /&gt;今日から学ぶ4章では、アブラハム、そしてダビデを通して、具体的に&lt;br /&gt;信仰とは何かが記されています。今日はその中からアブラハムの信仰に&lt;br /&gt;スポットライトを当てて、ご一緒に学ぶこととしましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090809023000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-08-09T02:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090801233000000.html">
    <title>ローマの信徒への手紙 vol.15 信仰によって信じた結果</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090801233000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙3章27 -31節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、人の誇りとはどこにあるのか。それは取り除かれました。どんな&lt;br /&gt;法則によってか。行いの法則によるのか。そうではない。信仰の法則に&lt;br /&gt;よってです。なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行い&lt;br /&gt;によるのではなく、信仰によると考えるからです。それとも、神はユダ&lt;br /&gt;ヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異&lt;br /&gt;邦人の神でもあります。実に、神は唯一だからです。この神は、割礼の&lt;br /&gt;ある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義として&lt;br /&gt;くださるのです。それでは、わたしたちは信仰によって、律法を無にす&lt;br /&gt;るのか。決してそうではない。むしろ、律法を確立するのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回、「イエス・キリストを信じる信仰による義」ということについて&lt;br /&gt;を学びました。ではその結果どうなるのでしょう？パウロはそれを3つ&lt;br /&gt;に分けて、ローマの信徒への手紙に書き綴っています。今日はそれにつ&amp;l&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090801233000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-08-01T23:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000207859/20090726000000000.html">
    <title>スィーツバイブル ローマの信徒への手紙 vol.14 【キリストを信じる信仰】</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000207859/20090726000000000.html</link>
    <description>こんにちは。今日もスィーツな聖書のみことばをご一緒に味わい楽しみ&lt;br /&gt;ましょう。今日の聖書箇所はローマの信徒への手紙3章21 -26節です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証さ&lt;br /&gt;れて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じるこ&lt;br /&gt;とにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別&lt;br /&gt;もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていま&lt;br /&gt;すが、ただきりスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより&lt;br /&gt;無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信&lt;br /&gt;じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯&lt;br /&gt;した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。このように神は忍&lt;br /&gt;耐をしてこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方&lt;br /&gt;であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためなのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;☆★☆★☆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1章18節から3章20節までの箇所で、パウロはユダヤ人も異邦人も同&lt;br /&gt;じで、神様の裁きを受ける対象であるということを語られました&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000207859/20090726000000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
    <dc:date>2009-07-26T00:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
</rdf:RDF>

