<ハトポッポ批評通信 第132号>詩の方へ──北村透谷論(19)
<ハトポッポ批評通信 第132号>
・この半年ばかり、本当にぶっ続けで仕事が続いていたのですが、ここに来て仕事と仕事
の合間に十日間ばかりぽっかりとヒマができました。その間も宿直のパートにはでかけま
すが、残りの日はこれまで忙しくて読めなかった本を読んだり、惰眠を貪ったりしていま
す。体調はだいぶ良くなりました。
・ヒマになったから少しは頭が働いて、いろいろ書く事が思い浮かぶかなと期待していた
のですが、逆ですね。今は吸収することばかりに気分が向かってしまいます。一度「イン
プット」に切り替わった頭のスイッチは、なかなか「アウトプット」には戻らないみたい。
・今回の前書き用にもネタをいくつか用意してみたんですけどね。久しぶりに見た恐い夢
の話とか(超マゾヒスティックな自殺装置の夢を見ました)、子供の携帯電話の使用を制
限しようとする動きに対する意見とか(ぼくは小学生の頃「鍵っ子」だった経験があるの
でこう感じるのですが、子供からコミュニケーション・ツールを奪う事態は「家族」とい
う観点から見た場合でも、逆に子供を危険な精神状態に追い込む蓋然性が高い気がします。
皆さんはどう考えますか?)、家の近くにいるウグイスの下手っくそな鳴き声のこととか
(正しい鳴き声を「ホーホケキョ」とするなら、このウグイス君は「ホーーヒパキョキャ」
って感じで鳴きます──ってこんな擬音語じゃニュアンス伝わらないですよね)、まあい
ろいろ思いついたのですが、どれも展開が今ひとつなんですよ。だから今週は率直に「う
まく書けない」という告白でした。
・でもこれだけじゃ皆さんもつまんないだろうから、最近読み終わった小説の中にハトに
対する強烈な悪口を見つけたので、これを引用しましょう。
「私はずっと鳩を憎んできた。窓敷居にとまっている鳩を見上げながら、ツェツィーリア
に、あの鳩を全部毒殺したくてむずむずする、建物が台無しになるだけでなく、ひどい悪
臭がするし、くうくういう鳴き声ほどいやなものはない、と言った。私は子供の頃から鳩
のくうくういう鳴き声を憎んできた。鳩問題は実に一世紀もの間解決されずに放置されて
きたのだ。」
(トーマス・ベルンハルト『消去』下 286-7頁 池田信雄訳 みすず書房)
さすがベルンハルト、並大抵の憎悪じゃありません。このすぐ後には「鳩は処刑すべきだ」
(同、289頁)とまで書いています。すげえ──でもどうやって?
・自分のメルマガに「ハトポッポ」なんてタイトルをつけているくらいだから、ぼくがハ
トを好きだろうと思っている方もいるかもしれません。たしかにぼくは鳥類全般が好きで
すけど、とりたててその中でハトが好きなわけではありません。最近たまに「なんでハト
ポッポってタイトルなんですか」と尋ねられることがあるので、前書きにその理由を記し
たバックナンバーにリンクしておきましょう。
「ハトポッポ批評通信 第5号」
http://archive.mag2.com/0000206311/20060924090000000.html?start=120
・『消去』は傑作ですが、ここまでハトがぼろくそに言われるのを読むと、少しだけハト
の味方をしてやりたくなります。今度はハトをベタぼめしている文学作品の文章を探して
おきます(なかったりして)。
<詩の方へ──北村透谷論(19)>
(第二章──承前)
『蓬莱曲』の中で「牢獄」の本質への問いは、「牢獄」の創造者の追求という仕方で表現
されています。「牢獄」の創造者は「大魔王(おほきみ)」です。それゆえ、この「大魔
王」の語る言葉は、現世の価値観──それこそ透谷にとっては牢獄の「獄卒」です──の
代表者としての意味を帯びています。もう一度、引用しておきましょう。
をかしやな、をかしやな、
王侯貴族は、珍宝権威を得れば、
勇み喜びて世を此上(こよ)なき者と思ふ、
商估(あきうど)は黄金(こがね)の光の輝々(かゞやき)を見れば、
苦もなく疚(やまひ)もなく笑ひ興じて世を渡る、
農家(たつくり)は秋の穂竝(ほなみ)の美くしきを見(みれ)ば、
濁酒三杯の楽しさ忘れずと言へり、
少女(こむすめ)は賤の夜業の小唄のかたはらに
恋のさゝやき聞くことを
またなき憂晴しと思ふなる、
少年(わかもの)は目元凉しきをとめの肩に
倚りつゝ胸の動揺(どよ)めくを、
天が下に唯一(ひとつ)の極楽と思ふなる、
然るに怪しきは汝(いまし)なり、何を左は苦しみ悶
ゆるぞ。」
(『蓬莢曲』第三齣第二場)
透谷が詩を「虚」の世界として、「実」としての現実からどこまでも峻別しようとしたこ
とを考慮するならば、世俗的価値を代弁するこの大魔王の言葉には、詩を不可能とする時
代の相、<詩の撤退>としての近代という画期の開始が宣言されていると考えるべきです。
だからこそ、大魔王は「けふこのごろの裁判(さばき)」(第三齣第二場)の主宰者とも
呼ばれるのです。
この大魔王の存在には、近代の創始者、その仮装の秩序と内奥の空虚との支配者という意
味が託されています。上の大魔王のセリフに対して主人公の柳田素雄は、ひとまず次のよ
うに答えていきます。
凡そわが眼の向ふところは浮世の迅速(みじか)き楽
時(たのしみ)にあらずかし、
望にも未来にも欺かれ尽してわが心は早や
世の詐罔(いつはり)を坐して待つ忍耐(しのび)を失せたりける。
(略)
(『蓬莢曲』第三齣第二場 「詐罔」の「罔」の字は原文ではごんべんに「罔」です。再
現できませんでした。)
しかし、柳田の応答はじょじょに、透谷自身の<感受性の根底>への内省、彼の感受性の
実質としての<常軌逸脱(ヒュブリス)>の自省へと変化していきます。しかもここでの
柳田のセリフは、透谷自身の心の内部における「神性(かみ)」と「人性(ひと)」との
闘争という、宗教的思考の根源への探求でもあります。透谷に特有の「不眠」のモチーフ
も現れます。
大魔王、さてもさても怪しき漢(をのこ)かな、
語れよ、語れよ、息(やす)まで語れよ。」
素、 おもへばわが内には、かならず和らがぬ両(ふた)
つの性(さが)のあるらし、ひとつは神性(かみ)、ひとつ
は人性(ひと)、このふたつはわが内に、
小休(こやみ)なき戦ひをなして、わが死ぬ生命(いのち)の尽
くる時までは、われを病ませ疲らせ悩ます
らん。
つらつらわが身の過去(すぎこしかた)を思ひ回(かへ)せば、
光と暗とが入り交じりてわが内に、われと共
に成育(おひたち)て、
このふたつのもの、たがひに主権を争ひつ、
屈竟の武器を装ひて、いつはつべしとも知
らぬ長き恨を釀しつあるなり。
この戦ひを息(やす)まする者、「眠(ねぶり)」てふ神女(かみめ)の贈
る物あれど、眠の中(うち)にも恐ろしく氷の汗を
しぼることもあるなれ、
眠はた長き者ならず、起出(おきいづ)れば野に充つる
小幟大旗(こはたおほはた)、山を崩す軍叫喚(いくさゝけび)、
鳴神(なるかみ)の銃(つゝ)の音、電光(いなづま)の劔(つるぎ)の火、
外の敵(あだ)には、露懼るゝこと知らぬ我ながら、
内なる斯(こ)のたゝかひには、
眼(まなこ)を瞑(ふさ)ぎて、いたづらに胸の中なる兵士(つはもの)を
睨むのみ。」
(『蓬莢曲』第三齣第二場)
この二者──大魔王と柳田──の言葉の対峙の内に、『蓬莢曲』の詩作の意味は凝縮され
ています。一方の大魔王の言葉は、世俗的価値を代弁することで、詩の不在の時代の相を
象徴しています。他方の柳田の言葉は、透谷自身の詩心の感受性の実質を告示することで、
詩作の根源的な可能性、<不可能な文としての詩の可能性>を指示しています。ここに『
蓬莢曲』という詩の<自然>が開示されるのです。
蓬莢嶽山頂での両者の言葉の対決の内に、『蓬莢曲』の意味が開示します。<「詩の撤退」
と「不可能な文(=詩)」との対決>こそが、『蓬莢曲』という詩作の意味です。つまり、
詩の可能性と不可能性をめぐる探求そのものが、『蓬莱曲』という詩の「意味」(熱意)
となっているのです。透谷によって切り拓かれた近代の詩の地平は、詩作の可能性への探
求として始まりました。
『蓬莢曲』における柳田の蓬莢嶽の登攀は、ひとつには牢獄の創造者への追求の旅であり、
他方では詩の根源的可能性への旅です。この二つの旅の意味が山頂において合致するとこ
ろに、透谷の詩作の意味が極限の場で開示されているのです。蓬莢嶽山頂こそはいわば『
蓬莢曲』という詩の<自然>の舞台、透谷の<感受性の根底>の告示をともなって詩作の
意味が開示される舞台だと言えます。
<ハトポッポ批評通信 第132号>
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ハトポッポ批評通信
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