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2009/07/13

vol.141 いやいや、あたしは美人は嫌いです。美人はお高くとまって、面白味がない。

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┃            ふたまわり            ┃
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             [原始女性は太陽であった]
       この一文に、小夜子の全てが始まった。

 ──────────────・──────────────
       『優しい社会に しませんか?』
    ( http://www2.ocn.ne.jp/~toppy/appeal-0805.htm )
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(百二九)

母親の位牌の前で手を合わせる小夜子。
「良かったね、小夜子。幸せになるのですよ。」
そんな声が聞こえた気がした。

「お母さん、私はお母さんのようにはならないわ。きっと幸せにな
ってみせる、私を見守っていてね。」

目を閉じて母を思い浮かべると、床に就いている姿がある。青白い
顔色の澄江が、精一杯の笑顔で小夜子を見ている。

しかし小夜子が澄江の傍に近づこうとすると、きまって
「だめ!お部屋に入ってはいけません。」と、か細いながらも強い
声が飛ぶ。

「小夜子、大丈夫か?入るぞ、俺も挨拶をさせてくれ。」と、武蔵。
「いいわょ、入って。」

小夜子の隣に座ると、両の手を合わせて
「御手洗武蔵と申します。小夜子を伴侶として迎える男でございま
す。どうぞ、お見知りおきください。」と、神妙にする。

「くくく、初めて見たこんなタケゾーは。」
笑っているのに、大粒の涙が頬を伝っている。
「大丈夫だぞ、心配はないぞ。お義父さんの面倒は、しっかりと見
るからな。」

武蔵の口から“お義父さん”という言葉が出るたびに、蜘蛛の巣に
取り込まれていく自分を感じた。
“お父さんを人質にとられたみたい。”

後悔なのではない、自嘲しているのでもない。たゞ漠然とした、得
体の知れぬものに纏わりつかれている感がある。武蔵の発する妖気
とでも言うようなものに、包み込まれている観があるのだ。

「小夜子、日取りが決まったぞ。茂作と相談の結果じゃが。村を離
れとる者も、お盆には帰省してくるじゃろうからの。ちと暑いかも
しれんが、まぁ辛抱してくれ。御手洗さんも、それで宜しいでしょ
うかな?」

「分かりました、それで結構です。小夜子、お前も異存はないな?
大急ぎで、花嫁衣裳を作らなけりゃな。忙しくなるぞ、また。」
満面に笑みを浮かべる武蔵に対して、曇りがちな表情を見せる小夜
子。

「どうなすった、小夜子さん?まだ具合が悪かったかな?車酔いが
収まってないかの?診療所に寄ってみるかの?」
「助役さん、そりゃないぞ。往診させてくださいの。大事な、村の
宝なんじゃから。」

「どうする、小夜子。往診してもらうか?」
「うん・・・」
力なく、小夜子が答える。

「さ、小夜子、お前、まさか・・」
茂作翁が飛び込んできた。まさかとは思いつつも、懐妊という二文
字が頭の中で飛び回り始めたのだ。

「なに、考えてるの!違うわよ、違う!」
手を振りながら、一笑に付す小夜子。武蔵もまた、茂作翁の心配事
に気付き、
「だと良いんですが、それはないでしょう。」と、否定した。

ほっと安堵の表情を見せる茂作翁に、
「おめでた、ということか?」と、覗き込む繁蔵。
「だから、ないんです。」と、キッと睨み付ける小夜子だ。

「おっと、いかんいかん。それでは私はこれで。今日中に戻らなけ
ればならんのです。明日、約束があるものですから。小夜子は、留
まってもいいぞ。二三日ゆっくりするか?」

「いや、一緒に帰る。」
つい先ほどの優しい小夜子の声かけが、空しく茂作翁に響く。
「分かった、分かった。今日はええ。」

“正三の馬鹿たれが。あいつが小夜子を掴まえておれば、こんなこ
とを言うことはない筈。昔の優しい小夜子で居てくれるものをまっ
たく役に立たぬ男じゃ。”

茂作翁に誹られた正三、小夜子に絶縁を宣された正三。しかし落ち
込んでいる暇はない。省内の廊下を歩く折には、必ず五三会の面々
が後ろに続いている。

*誹られた=そしられた

「佐伯さん、佐伯さん。」
大きく手を振って、正三を呼ぶ者がいる。
「誰だ、あれは?」
「M無線じゃないか?テレビジョン製造問題で、通産が揺れてるら
しいじゃないか。」

大柄な体を小さくして、正三に近づいてきた。
「今晩、お時間を頂けませんか?ちょっと趣向を変えて、キャバ
レーなど如何です?」

「M無線さん。何だよ、そりゃ。そんな下世話な所に、坊ちゃんを
連れて行くって言うのかい?」と、山田。
「いや、案外面白いかもな?ドレス姿の女給というのも、いいじゃ
ないか。」とは、坂井の弁。

「そうですよ。たまには毛色の違った遊びをしましょうよ。ちらり
ちらりと、見えそうで見えないというのも良いものです。」
何とか正三の興味を引こうとするM無線に対して
「ぼくに何の用です?お宅に図れる便宜はないですよ。」と、連れ
ない正三だ。

「そうそう、テレビジョンは我々の管轄外だからね。通産に行かな
きゃ。」
「いじめないでくださいよ。お願いしますよ、ほんとに。他意はな
いんですから。日々の疲れを取って頂きたいだけなんですから。」

「とに角、今夜はだめです。」と、にべもない正三。
「アポイントを入れなきゃ、坊ちゃんは忙しいんだ。今夜は、先約
が入ってるし。」

快活に笑いながら部屋の中に消えていった。
「ところで、坊ちゃん。面接は済みましたか?」
「誰の?」
「誰のって、坊ちゃんのですよ。東京大学法学部ですよ。」

入省したての頃の正三ならば、こんな横柄な口の利き方はしなかっ
た。しかし今は、一段見下ろしての言葉遣いになっている。

「あぁ、あれね。先月済んでる、入学許可証も届いているよ。まぁ、
籍を置くだけのことだし。然も、二年間だけね。僕も地方と言えど、
大学は卒業しているんだからね。」

「ですよね、当然さ。坊ちゃんが一時的にせよ、郵政省から離れる
なんて、考えられないよ。何しろ、電波行政のエキスパートなんだ
から。」

「そうだ、そうだよ。二三年もすれば、係長だ。そして最年少の課
長職、という道があるんだから。しかし坊ちゃん、偉くなったから
って、我々を忘れないでくださいよ。」

「さぁ、みんな。仕事、仕事!」と、大声が響いた。
「おぉ、恐!課長が怒ってるょ、また。席に付こうっと。」

「課長。局長への報告、済ませてきました。」
乱雑に積み上げられた書類の陰から、くぐもった声が返ってきた。
小柄の、五十を数える杉田課長。正三に頼りきっている。

「ありがとう、ご苦労さんでした。佐伯くんが行ってくれると助か
るよ。本来ならあたしがご説明に行くべきなんだが、質問をされる
と困っちゃってね。結局、佐伯くんを呼ぶことになる。で、局長の
ひと声で佐伯くんになった。宜しく頼むよ。」

「課長、今晩の予定は大丈夫ですね。ちょっと趣向を変えて、キャ
バレー辺りに繰り出そうかと思うんですが。お嫌いですか、そうい
った場所は。」

小声で正三が確認をする。
“上司を手なづけるのも大事なことだ。飲み食いをしっかりさせて、
お前のシンパにしておけ。”とは、源之助のご託宣だ。

「キャバレー?こりゃ以外だ。佐伯くんの口からそんな言葉を聞け
るとは。好きですよ、キャバレー。実を言うと、その方が良いんで
す、あたしは。今ね、口説いてる女給がいましてね。」

「それは好都合だ、そこにしましょう。是非にもその女給さんに会
ってみたいものです。課長の好みの女性って、美人なんでしょうね。
楽しみです、ほんとに。」

「いやいや、あたしは美人は嫌いです。美人はお高くとまって、面
白味がない。客を客とも思わぬのが多いです。客がご機嫌取りをさ
せられてる、実にけしからん!」

“そうだな、確かに。美人は、気位が高い。ちやほやされないと気
がすまんらしい。そして意地悪な面がある。”と、つい小夜子を思
い浮かべた。

ホテルのロビーでの一件は、少なからず正三のプライドを傷付けた。
“確かに連絡をしなかったのは僕の落ち度だけれども、あんな公衆
の面前であれほどに罵倒されるとは。

一介の学生だった昔ならいざ知らず、今は郵政省に勤める身だ。民
を指導する立場にある僕だ。幸い僕を知る者が居なかったから良か
ったものの、大恥を掻いてしまった。”

腹立たしさを抑えきれない正三だ。自席に戻りはしたものの、書類
の文字が躍っている。引出しのタバコで一服し、ようやく落ち着き
を取り戻した。

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