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2009/06/14

恋愛講座 ~ふたまわり~ vol.138  そんな小夜子の食べっぷりを見て、ひとり悦に入る武蔵だ。

┏Mail_magazine 恋愛講座━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃            ふたまわり            ┃
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             [原始女性は太陽であった]
       この一文に、小夜子の全てが始まった。

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       『優しい社会に しませんか?』
    ( http://www2.ocn.ne.jp/~toppy/appeal-0805.htm )
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(百二十六)

「小夜子ー、帰ったぞぉ!どうだった?元気にしていたか、正三く
んは。うん?つもる話もあったろうが、故郷の話に花が咲いたか?
小夜子、小夜子ー、居ないのか?」

矢継ぎ早に声を上げる武蔵。小夜子の反応が気になっている武蔵。
早く小夜子に聞きたい気持ちと、先延ばしを考える武蔵。そんな相
反する思いが錯綜する中、大声を張り上げ続けた。

大きな門灯が武蔵を出迎えた。そして玄関の灯りは、煌々と点いて
いる。廊下もまた明るい。しかし居間に客間、そして台所の灯りは
点いていない。そして奥からは、何の返事もない。

階段下から二階を覗き込んでみるが、ぴっちりと襖が閉まっている。
どかどかと大きな音を立てて、階段を上がった。その足音に小さな
ふくみ笑いが返ってくるのが常なのに、今夜は声がない。

“まさか・・”
背筋を冷水が滑り落ちた気がする武蔵。
“いや、そんな筈は・・あるわけがない。小夜子は俺の女だ、俺の
ものだ。眠っているんだ。きっとそうだ、そうに決まっている。”

「小夜子、小夜子ちゃーん。どうしたのかな、疲れたのかなぁ?」
月明かりを頼りに、薄暗い部屋を見る。
“隣の部屋か?気分屋の小夜子のことだ、今夜は変えたか。”

寝室を変えたことなど一度とてない。まして、物置同然にしている
部屋だ。小夜子の買い求めたものが、所狭しと並べられている。衣
装箪笥に長持ち、そして衣桁と。
*衣桁=いこう

「かーくれんぼ、かくれんぼ。そら、見つけたぞ。」
勢い良く襖を開けてみるが、かび臭い空気が流れ出てくるだけだ。
「風を通していないのか。」と、武蔵の声だけが聞こえる。

“正三がなんだ、官吏さまだと?そんなもん、そんなもん・・”
吐き出してしまえばいいものを、どうしても声にすることができな
い。

小夜子を大切にしてきたと、自負はある。しかしそれを小夜子がど
う受け止めているのか、感謝の気持ちは多少はあるだろう。けれど
もその思いを受け止めることのない小夜子だと、知る武蔵だ。

“小夜子は、俺が女にしたんだ。どうだ、そんな女をお前は、お前
は受け入れられるのか。どうだ、正三!小夜子、お前は見限ってい
なかったのか?小夜子、小夜子、小夜子ぉぉ。”

がっくりと肩を落として居間に入り、崩れるようにソファに体を投
げ出した。本皮シートのイタリア製のソファ。会社用にと購入した
のだが、その座り心地の良さに惚れこんで追加したものだ。

「痛いっ!」
突然の嬌声、驚いたのは武蔵だ。誰も居ないと思い込んでいたこの
家に、薄ぼんやりとしたこの部屋に、小夜子が居た。

「どうしたんだ、灯りも点けずに。寝ていたのか、このソファは良
いだろう?このひじ掛けを枕にして眠ると、良く眠れるんだ。俺も
良く眠るぞ。そうだろ?小夜子にいつも起こされているよな。」

饒舌な武蔵に対し、唇を真一文字に結んだままの小夜子。一点を凝
視して、身動き一つしない。灯りを点けると、出かけたままの洋装
姿だ。帰宅時には着替えるのが常の、小夜子なのに。

「どうしたんだ?正三くんには会えただろう?喧嘩でもしたのか、
うん?それとも変わってしまった正三くんに、驚いたのか?まぁ男
というのは、三日会わぬと変わるものだからな。まして、官吏さま
となると、いろいろあるだ・・」

「タケゾー!タケゾーのせいよ!タケゾーのせいで、わたしの人生
は無茶苦茶よ。あの人は、正三さんじゃない!わたしの正三さんじ
ゃない。別人よ、他人よ。タケゾーのせいよ、タケゾーの・・」

激しく慟哭しながら、武蔵の胸を叩く。弱々しいそれがそして声が、
小夜子の衝撃の深さを表している。
「タケゾーよ、タケゾーが悪いのよ。タケゾーのせいよ、全部。」

儀式の筈だった、単なる儀式の。今更正三と結ばれるなどとは考え
ていない小夜子だった。武蔵との幸せな人生を、贅沢三昧の生活を
送るこれからを見せ。まさに正三へのあてつけの筈だった。

涙ながらに許しを請う、正三がいる筈だった。土下座をして小夜子
の愛を求める、正三でなければならなかった。そして、そして、学
生服に身を包んだ正三でなければならなかったのだ。

「小夜子さん、小夜子さん・・」
正三が取るべき行為全てに小夜子の許しを得る、そんな正三を思い
描いていた。

そんな正三に投げかける言葉。そしてそんな正三に対して、小夜子
が取る行動。眠れぬ夜を過ごして、毎夜々々思い浮かべたこと。
「よろしいことよ、正三さん。あなたを許します。」

「でもね、小夜子は、あなたのもとへは参れないのです。武蔵とい
う伴侶と、世界を旅するの。アーシアと共に過ごす筈だった日々を、
武蔵という伴侶と共にです。」

「正三さん。ありがとう、今まで。小夜子はあなたと出会えたこと
を、神に感謝したいと思います。正三さん。どうぞ、お国のために
国民のために、しっかりとお仕事をしてくださいな。」

ひざまずいて許しを請う正三を見下ろす小夜子。慈愛に満ちた笑み
を浮かべて見下ろす小夜子。そんな己の姿を思い浮かべていた。し
かしそれが現の世界ではなく、夢想の中だけと知らされた。

その怒りの矛先が、今武蔵に向けられている。
「そうか、悪かった。俺が悪かったよ、小夜子。そうか、小夜子の
夢を奪ったのは俺か。心配するな、な、小夜子。」

幼子を抱え込むように、あやすように、ゆっくりと武蔵が語りかけ
る。
「どうだ、アメリカに行こうじゃないか。すぐにと言うわけにはい
かんが、アナスターシアのお墓参りに行こう。それで、アナスター
シアに報告しよう。」

「ほんとに?ほんとに、連れて行ってくれる?」
涙でくしゃのくしゃの顔を上げる小夜子。うんうんと頷く武蔵。ぼ
んやりとした月明かりの中、ゆっくりと武蔵の胸に沈む小夜子だ。

一時間ほど経ったろうか、小夜子がすやすやと軽い寝息を立て始め
た。そっと小夜子の体を外し、ソファに横たえさせた。ひじ掛けに
頭を乗せて、満足げに微笑んでいる小夜子の寝顔を覗きこむ。

“ふんぎりが付いたようだな。しかし、やっぱりショックだったか。
おどおどしていた青年ではなく、一端の男として認めたんだな。い
や、それが許せないのか?掌中に居たと思っていた男が、いつの間
にか羽をつけて飛び回っていたことが。”

テーブルにジョニ黒を持ち出し、床にどっかりと腰をおろす。
「今夜は小夜子の寝顔を肴に、一杯やるか。乾杯したい気持ちだな、
まったく。『小夜子に乾杯だ!』」

まばたきをする星々を押しのけるように浮かんでいる月に向かって、
グラスを掲げる武蔵。充足感に満ちた表情を浮かべて、
「間髪を入れずに、だな。小夜子の気持ちがぐらつかぬ内に、一気
呵成にいくぞ。」と、誰に言うともなく口にした。

「いいか、武蔵。浮気がだめだとは言わないけれども、小夜子を泣
かすことだけはいかんぞ。」
窓に映る己に、言い聞かせるが如きの武蔵。そんな己に酔った。

薄雲が月を陰らせて行く。まばたいていた星々がその動きを止めた、
と武蔵の目に映った。しかしすぐに又、輝きを取り戻した星々。そ
れが武蔵たちの行く末を暗示したのかどうか、どう考えるべきか。

「う、うーん。タケゾー、タケゾー!」
隣に居た武蔵の居ないことに、声も大きく呼ぶ小夜子。手にグラス
を持って小夜子を振り返る武蔵が目に入った時、小夜子の胸の奥底
をぐっと締め付けるものをあった。

「小夜子。どうだ、中華そばを食べに行かんか?若い者たちが食べ
たらしいんだが、美味いと言ってる。」
「行く、行く。おいしいもの、食べたい。お腹減っちゃった。お昼、
食べ損ねちゃったの。着替えてくるね。」

初めて入る大衆食堂。雑然としたテーブルの並べ方に、驚く小夜子
だった。
「タケゾー、ここ大丈夫なの?」

不安気な顔つきの小夜子に、
「大丈夫って、なにがだ?」と、素知らぬ顔で聞き返す武蔵だ。
ぷーっと頬を膨らます小夜子に、指で頬を押す武蔵だ。

「心配するな、大丈夫さ。それなりに衛生面には気を使ってるさ。
それより、案外こういった小汚い店の料理が美味いと言うぞ。さあ
さあ、座れ座れ。」

「何だか嬉しそうね、タケゾー。」
「あぁ、嬉しいさ。会社を興した時は、もっと汚い場所だった。訳
の分からん肉やら、爆弾と言う名前のアルコールを飲んだりしたん
だ。懐かしいぞ、ほんとに。」

小夜子には分からない。ホテル内の洒落たレストランでの食事、落
ち着いた雰囲気のバーでの飲酒、成金とはいえ上流階級のそれらに
慣れきってしまった小夜子だ。

と言うよりは、極貧生活から一気に上流生活へジャンプしてしまっ
た小夜子だ。庶民の生活をまるで知らない小夜子だ。知りたくもな
いし、知るつもりもない。

しかし嬉々とした表情を見せる武蔵、初めて見る屈託のない笑顔の
武蔵に、小夜子もまた嬉しくなってくる。ワイシャツの袖を捲り上
げて、ふーふーと熱い中華そばをかけ込んでいる。

「中華そばってのはな上品に食べたんじゃ、ちっとも美味くないぞ。
こうやって、ずーずーと吸い込むんだ。このスープが飛び散るくら
いに勢い良くだ。食べてみろ、癖になるぞ。」

一本二本を口に入れていたのでは、美味しいとは感じない。不満げ
な表情を見せている小夜子に、武蔵の指南が飛んだ。周りを見ても、
皆が皆ずーずーと音を立てている。

いかにも美味そうに食べる武蔵、額に汗を噴出しながら食べる武蔵。
憎らしささえ、感じてくる。
「どうした?食べさせてやろうか、小夜子。」と、小夜子の隣に移
ってくる。

「いいわよ、食べるから。」
もう子供じゃないの!と言わぬばかりに、勢い良く吸い込んだ。口
の中に広がる初めての味、そして食感。スープが鼻に飛びついた。熱さを感じるものの、飛び込んでくる香りが美味さを引き立てる。

「美味しい!」
思わず口に出た。
「そうだろう、美味いだろう。日本人と言うのは、ほんとに天才だ
ぞ。他所の国の料理だろうとなんだろうと、作り変えてしまう。」

ひと口ふた口と進むにつれて、小夜子にも勢いが出てきた。おつに
すませて食べることなく、ずーずーとかけこんでいく。そんな小夜
子の食べっぷりを見て、ひとり悦に入る武蔵だ。

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