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2009/05/15

恋愛講座 ~ふたまわり~ vol.134 正三さんには、あたしのことを諦めてもらわなくちゃならないのよ。

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┃            ふたまわり            ┃
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                                                     vol.135

             [原始女性は太陽であった]
       この一文に、小夜子の全てが始まった。

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       『優しい社会に しませんか?』
    ( http://www2.ocn.ne.jp/~toppy/appeal-0805.htm )
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(百二十三)

時折ふとした折に襲ってくる恐怖感、そして急き立てられるような
焦燥感。不安で不安でたまらなくなってしまう。アナスターシアと
いう存在の大きさを、今更ながら感じる小夜子だ。

「帰ったぞ!」
このひと言が、どれ程に小夜子を和ませることか、安心感を与える
ことか。しかしそれが腹立だしい小夜子でもある。

「お帰りなさーい!」
二階にいても居間にいても台所にいても、武蔵の声に吸い込まれる
ように飛んで迎えに出る小夜子。

そのくせ武蔵の顔を見た途端に、不機嫌な顔を見せる。
「今日は何をしたんだ?」
膨れっ面の小夜子を、腕に抱き込んで上がる武蔵。

「いっぱい、したわよ。お洗濯でしょ、それからお部屋のお掃除。
お台所の拭き掃除もしたんだから。階段も拭き掃除しようかと思っ
たけど、ご用聞きが来ちゃったから。明日、やるのよ。」
顔のほころびを感じつつも、険のある返事をする。

「そうか、そうか。そんなに頑張ってくれたのか。」
「なによ、不足だって言うの!」
着替えの手伝いをしながらも、まだ頬を膨らませている。

「なあ、小夜子。お手伝いを入れたらどうだ?呼び戻すか、千勢を。
学校に通ってないだろう、最近。うん、どうだ?」
英会話に対する思いが、一気に消え失せている小夜子だ。

アナスターシアとの旅が目的の、その為の英会話になってしまって
いた。中途になっていることに対し、忸怩たる思いを感じてはいる。
通わねば、とも思いはする。しかし足が動かない。いや、心が動か
ない小夜子だ。

“お洗濯しなくちゃ。”
“お掃除が済んでない。”
“ご用聞きが来るわ。”

何やかやと言い訳を見つけては、出かけることをしない。町子が退
院してからと言うもの、一度たりと出かけていない。もう二十日ほ
どが経っている。

「なによ、それ。あたしのおさんどんじゃ、だめだって言うの!一
生懸命やってるのに!いいわ、もうやらない!千勢でも誰でも、や
らせたらいいわ。」

突然に怒り出し、そして最後は泣き崩れてしまった。
「悪かった、悪かった。な、小夜子。小夜子が一番だぞ。小夜子が
大事なんだぞ、俺は。小夜子は、お姫さまだ。」

泣きじゃくる小夜子をひざの上であやす武蔵。一日の疲れが、一気
に吹き飛んでいく。甘く香る小夜子の髪を楽しむ武蔵だ。妖しく光
る黒髪が、武蔵の心に安らぎを与えてくれる。

しばしの後に、
「ごはん、ごはん。」と、勢い良く立ち上がる小夜子。
「まだいいじゃないか、小夜子。」と、未練を残す武蔵。日々繰り
返される、武蔵と小夜子の日常だ。

「今日はね、お刺身よ。タケゾーはお肉が多いでしょうから、お魚
しか食べさせてあげない。」
「なに言ってる、刺身は好物だ。酒にぴったりじゃないか。」

「お昼はどうしてるの?外に食べに出てるの?ひとり、じゃないわ
よね。どうせ取引先と一緒に、でしよ?あたしなんかいっつも、お
茶漬けさらさらなのに。」
暗に、休みの日にはステーキを食べさせて、と匂わす小夜子だ。

「馬鹿言うな、そんなことはないさ。いつもざるだよ。近所の店か
ら、ざるそばを出前させてるさ。」
「うそ!タケゾー、嘘吐いてる。」

「嘘なもんか、小夜子に嘘なんか吐くものか。」
「嘘よ、ぜったい嘘よ。」
あくまで言い張る小夜子。
「どうしてそう思うんだ?今夜の小夜子はおかしいぞ。」

「だって、だって・・タケゾー、いつも元気だから。あたしが疲れ
ている時でも元気だから。夜、元気だから。夜遅くなった時でも、
朝になったら元気だから。」

顔を真っ赤にして、声も小さくなっていく。
「あぁ、あのことか。ハハハ、そりゃ元気だぞ。小夜子を抱いてい
るんだからな、元気そのものだ。」

「ばか!そんなこと、大きい声でなんかだめ!」
「悪かった、悪かった。まっ、しかしだ。みんなが知ってることだ
から、良いじゃないか。うん?小夜子、ご褒美をやろう。欲しい物、
あるか?」

「欲しい物?ある、ある。あたしね、靴が欲しい。それもね、赤い
靴が。病院でね、お唄を聞いたの。♪赤い靴、履いてた女の子ー♪
知ってる?このお唄。タケゾーは、知らないわね。」

「赤い靴か。分かった、今度の休みに行こう。そうだ!草履も買っ
たらどうだ?この間のぬかるみで駄目になっただろう。」
武蔵の意図するアメリカ将校たちのホームパーティへのデビュー。

“アメさんたちも、ステーキばかりじゃ飽きるだろう。芸者ガール
に興味深々みたいだからな。きっと喜んでくれるぞ。小夜子に日本
舞踊の趣味でもあればいいんだが、そうもいかんか。”

そして小夜子の思い描く、正三との再会時の出で立ち。
“最新モードで思いっきりおしゃれしなくちゃ。正三さん、目を丸
くするでしょうね。ふふ・・あのショーの時のように。”

ピンクのエプロンに身を包んだ小夜子。割烹着姿がまだ幅を利かせ
ていてる中、新時代の女を自認する小夜子の面目躍如だ。

「小夜子。どうだろう、そろそろ。」
「なぁに、そろそろって。」
エプロンを身に付けた小夜子は、いつも機嫌がいい。ルンルンとお
さんどんに精を出している。

「うん。だからな、月がかわったらな・・。」
歯切れの悪い武蔵の言葉。
「月がかわったら、なあに?」

「ご挨拶にな、行こうかと・・」
振り向いた武蔵の眼前に、眉間に皺を寄せた小夜子がいた。
「挨拶って、なあに?何しに行くのかな、タケゾーは。」

軽やかなトーンの声が、武蔵の耳に突き刺さる。
「いや、もういいかな・・と。茂作さんも、気をもまれているのじ
ゃないかと、そう考えるんだが。」

「行ってきたら。」
冷たく言い放つ小夜子。刺身を盛る手が震えている。
「お金ちょーだい!」
突然の嬌声に、思わず立ち上がった武蔵。

「な、なんだ、藪から棒に。どうしたって言うんだ。」
「タケゾーとは暮らせない。あたし、お父さんに『正三さんのお嫁
さんになる』って、そう言ったのよ。」

「あんな不人情な男なんぞ忘れてしまえ。俺の嫁さんになれ、小夜
子。絶対におまえを幸せにしてやる。贅沢な暮らしをさせてやる。
茂作さんにも不自由はさせん。」

わなわなと震えている小夜子の肩に手を置いて、なだめにかかる武
蔵。
「小夜子に相談をせずに、事を進めたのは悪かった。小夜子の気持
ちが固まったと思ったんだ。もう他人じゃないんだ、俺たちは。」

「そ、そんなの、勝手にタケゾーが・・。あたしが望んだことじゃ
ないし。タケゾーが無理やりにあたしを・・、なんだから。そうよ、
そうなのよ。あたし出て行く。だから、お金ちょーだい。」

その場に泣き崩れてしまった小夜子。今夜ばかりは武蔵も思案に暮
れた。何に対しての小夜子の怒りなのか、判然としない武蔵だ。い
や武蔵ばかりではない、実のところは小夜子にも分からないのだ。

武蔵に、処女を与えてしまった。いくら新時代の女を自認する小夜
子といえども、肌を許すことの重大さは認識している。今さら他の
男にとは考えられない。それは分かっている。

“こんなに世話になったんだもの、仕方のないことよ。それに、お
父さんの借金まで肩代わりしてくれてたんだし。それに正三さんな
ら何も言わないわよ。許してくれるわ、きっと。”

「約束する、小夜子。不自由な思いは絶対にさせんから。勿論茂作
さんにもだ。な、だから俺の嫁さんになれ。アメリカさん相手の商
売で、俺に力を貸してくれ。小夜・・」

武蔵の言葉を遮る小夜子。思い浮かべた正三が、次第に消えていく。
眼前の武蔵が、小夜子にぐっと迫り来る。顔を背けても、すぐに武
蔵が眼前に迫る。

「力を貸してくれ、ですって。よくもそんなことを。タケゾーに処
女を奪われたから、もう正三さんのお嫁さんにはなれないわ。そう
ね、タケゾーに英会話は無理でしょうしね。」

懇願の体をとる武蔵に、小夜子の気持ちも落ち着きを取り戻した。
武蔵に請われてのこと、そうした儀式にも似た今夜の騒ぎでもって
ようやく小夜子に覚悟ができた。けじめがついた。

武蔵に抱かれ目を閉じて、されるがままの小夜子。ざらついていた
心が、次第に滑らかさを取り戻していく。しかし一人になると、小
夜子を詰る声に悩まされる。

小夜子の心の中でけじめのつかぬことがある。
“正三さんに会わなくちゃ。はっきりさせなくちゃだめなの。どう
してはがきの一枚もくれないのか、問い詰めなくちゃ。”

“違うわ、そうじゃない。正三さんに宣告してあげなくちゃ。いつ
までもあたしを待たれても、もうあたしは。そう、そうよ。あたし
のことは、諦めてもらわなくちゃならないのよ。”

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