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2012/02/14

エレミヤ書27章

テーマ「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」(マタイ6:33)
みことばが現実である限り、神の国とその義とは現実です。
日々の生活の中でこのことを体験していきましょう。
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エレミヤ書27章

「彼らに聞くな。バビロンの王に仕えて生きよ」(17)

 偽預言者たちに対立してエレミヤは真向逆の預言をさせられます。

 先日、初代教父たちの手紙を入手し数日掛けて読む機会が与えられました。
中でもイグナチウスの手紙は印象的なものでした。彼は自分が生きたまま動物
の餌にされることを知っていながら、縁のある教会に書き送っています。十字
架にならう殉教を尊ぶ強い思いが彼を支配していたことがわかりました。彼ら
から既に見られる殉教をものともしない信仰の態度と願いは千年以上にわたり
受け継がれ、現代の私たちの内にも多かれ少なかれ宿っていることを思うと
き、その継承に御霊の働きを見ずにおれません。そして主のみことばに聴く私
たちが、使徒たちの教え「ディダケー」にあるいのちの道を歩かせて頂いてい
ることをまた感謝するのです。

 聖書はしかし、私たちが殉教するために主イエス・キリストが十字架に掛ら
れたとは証言していません。無意味な殉教はむしろ十字架による贖罪を損なう
恐れがあることを忘れてはならないでしょう。バビロンに仕えることがあった
としても、主のみこころは生きることであったのです。少なくとも、既に失わ
れたものを期待して主のみことばを取り次ぐことの危険性をエレミヤはここで
明らかにしているように思うのです。それらは主のものとして主ご自身が預
かっておられるのです。むしろ、残されているものを取り去られることがない
ようにと祈るべきでしょう。私たちの現代性を無視して異端に堕してしまった
多くの信仰を覚えます。彼らが滅びず、主の道に再び戻されるように祈りま
しょう。私たちが主のみことばを真っすぐに聴き、偽預言者のことばに惑わさ
れることがないように祈りましょう。
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お問合せ・ご質問は tetuz00@gmail.com (古池)まで
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