箴言23章
本来、聖書の一語一句は語られたものです。
読むのではなく、聖書の言葉に聞きましょう。
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箴言23章
「わが子よ。よく聞いて、智恵を得、あなたの心に、まっすぐ道を歩ませよ。
」(19)
箴言が語られたものであったことがよくわかります。聖書は会衆の前で語ら
れ、そして会衆は聞くことで礼拝に参加したのでした。その形態は古いタイプ
の教会の礼拝によく残されています。例えば、東方教会の礼拝はまさにその通
りであって、聖書の朗読と賛美歌が延々と続けられ、会衆はただ聞くことに集
中するのです。
聞く時に大切なことの一つは語り手が誰であるかということを意識すること
です。普段私たちは無意識にそのことを把握しているのです。裁判所の宣告を
聞くのか、恋愛相手の言葉なのか、その時々によって聞く態度を変えています。
ラジオで例えれば、その時の聞く態度はチューニングをするようなものです。
同じく、聞く態度に影響を強く与えることは語り手がどのような思いで語るの
かということでしょう。相手が怒りの下に話している、あるいは和やかな感情
でいるのかが声の調子に表れるものです。それらを通して私たちは語り手のそ
れを感じ取り、その時々の聞き方を対応させているのです。単に聖書を読む、
調べる、学ぶという態度ではこれらのことは要求されません。私たちは聖霊様
の働きによってこれらの声を聞き分けているのです。
私たちは神さまを喜ぶことが生きる力であることを知っています。そして、
人間にとっての一番の喜びが、喜ばれることから来ることを知っているのです。
聖書は私たちに語りかけてきますが、その時、聖書は私たちを愛する者として
語られます。そして、「わが子よ」と呼びかけてくれるのです。その声の調子
を感じましょう。この語りかけに救いに入れられた人間と神さまとの関わりの
中心的な、代表的な関係が集約されているように思うのです。そして、神さま
は私たちを喜んでいて下さることが、聖書の主張することです。「智恵のある
子を生んだ者はその子を喜ぶ」(24)とあります。私たちの父なる神は、当然で
すが、主イエスを指して喜んでおられます(マルコ1:11)。そして私たちはキリ
ストを着るものですから、父なる神から私たちを見たとき、その姿はキリスト
ご自身と同様なのです。つまり、父なる神は私たちを喜んでいてくださるので
す。このことに反論する律法はありません。生活の一つ人において、願わくは
このことを知ることができますように。父なる神が私たち一人一人を喜んでい
て下さることを知ることができますようにと祈ります。
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古池 哲三/koike@brainsnet.cc
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