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<SHINJO>の父新庄英敏」が語る、「新庄剛志」の育て方。 父親しか知らない、子供の頃から、現在までの<SHINJO>情報が満載!

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2007/08/04

新庄英敏の「子育ては、木育て2」 SHINJO伝説

<SHINJO>の父「新庄英敏」が語る、「新庄剛志」の育て方。
父親しか知らない、子供の頃から、現在までの<SHINJO>情報が満載!

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            私が中学のときお寺の修行で学んだこと



私が小学校6年のとき、野球を断念するきっかけとなった盲腸の手術

は、それからの私の人生を大きく変えることとなりました。

前にも書きましたが、私は、小さいときは野球少年で、プロ野球の選

手になりたかったんです。ところが、小学校6年のとき、盲腸の手術

を受けてプロ野球の道は断念しなくてはなりませんでした。

その日は遠足に行っていて、走り回っていたり、元気に野球をやって

いたのに、急にお腹を押さえ込んだものだから、担任の先生もびっく

りしたでしょう。病院で診てもらうと、盲腸が破裂して、大腸が半分

腐っていたんです。6年生の3月でしたから、小学校の卒業式も中学

校の入学式も出られませんでした。

その後、当時お世話になっていた大叔父が、お寺の総代(世話人)を

やっていた関係もあり、「お前は、もう力仕事ができんから、お寺の

坊主になれ」と言われたのです。お寺に入ったときは両親は離婚して

いました。オヤジは弟を連れて、お袋は妹を連れて行くというので、

仕方なしに私がお寺にはいったわけです。

中学1年から卒業後まで、約4年間お寺にいました。そこでは、あま

り人に言えないような苦労をしました。

「なんでオレだけ、こんな苦労せないかん?」

って、いつも疑問に思っていました。

とにかく朝が早い。5時起床です。まず最初の仕事が和尚さんのお茶

沸かしです。火鉢でお湯を沸かします。それからご飯を炊きながら、

廊下の掃除。雑巾がけを30分以上やらなければなりません。今の時

代はお湯を使いますが、当時は冬でも冷たい水です。

そして掃除が終わったら、食事前にお経を上げるんです。時間にして

30分。その後、やっと朝食となり、ご飯を食べ終わると8時くらい

になっている。それから学校に行くわけです。

また夜も遅いんです。12時までお経の練習です。学校の宿題はそれ

からやるしかありません。午前2時まではかかりました。それから寝

ると、睡眠時間はだいたい3時間です。それがほぼ毎日でした。

このお寺で、まず精神力を鍛えられました。「我慢」することを教え

られたと思っています。仕事も子育ても、夫婦の関係も、みんな我慢

じゃないでしょうか。

最近の子どもはキレやすいとか言うけど、大人だって短期が多い。

オレがオレがって、自分の主張ばかりで、相手の言葉に耳を傾けよう

ともしない。私は、つくづくいい経験をさせてもらったと思っていま

す。

また、そこでは食べ物は粗末でしたが、不自由はしませんでしたから

体力もついたと思います。お寺のおかげで今の私があるのではないか

と思えるくらいです。

<我慢は生き方の基本>

■著者:新庄英敏

■発行人:加藤宗治

■メール:mk-design.ninpo@yacht.ocn.ne.jp

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