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小劇場演劇やダンス、パフォーマンスを取り上げるレビューマガジンです。内容はWEBサイトにも再掲しますが、マガジン版が先行するオリジナルを掲載します。

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2009/12/16

週刊マガジン・ワンダーランド 第170号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/

   マガジン・ワンダーランド(小劇場レビューマガジン)

   2009年 12月16日発行 第170号                        毎週水曜日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【目次】

◇大型影絵芝居 「スバエク・トム」
 驚き、不思議、カンボジア 影絵芝居で神に逢う
 岡野宏文

◇ハイリンド『華々しき一族』/『お婿さんの学校』
 古典喜劇の時代錯誤と普遍性の両方を味わう
 片山幹生

◇年末回顧アンケート「振り返る 私の2009」締め切りは土曜日!

▽連載【レクチャー三昧】
 第70回 12月23日(祝)みなとみらい号
 高橋楓

□web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ 

◇日本劇作家協会新人戯曲賞は横山拓也「エダニク」
◇ポストメインストリーム・パフォーミング・アーツ・フェスティバル2010
(ニュース&報告)

◇劇団東京ミルクホール「水晶の夜『グーテンターク!私たち、日本のとある
 元祖有名少女歌劇団です。』」
 宝塚でも上演ありそうな歴史喜劇へ
 杵渕里果
◇タカハ劇団「モロトフカクテル」
 現代っ子と「あの時代」
  金塚さくら
◇タカハ劇団「モロトフカクテル」
 時代を超える翼をください
 大泉尚子
◇劇団印象-indian elephant- 第12回公演「父産(とうさん)」
 消費社会揶揄する自己物語
  風間信孝

◇ワンダーランド支援会員を募集中!
http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html

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◇大型影絵芝居 「スバエク・トム」
 驚き、不思議、カンボジア 影絵芝居で神に逢う
 岡野宏文

 まだかなりわたしがコマかったころ、全校生徒を講堂に呼び集めて人形劇を
見せたりする恐ろしいたくらみがたびたびあった。ものは糸あやつりである。
演目はたいてい「アラジンと魔法のランプ」とか「イワンのバカ」とか、「肉
体の門」なんかはなかなか来ないのであるが、まあまあ見てやってもいいかな
というレベルのお題ではあるので、おとなしく腰を下ろすのであった。腰を下
ろさないあまたのご学友たちは、上履きをぶつけ合っちゃ奇声を上げるという
華やかないとなみにすっかりご執心であられ、実に幸せそうに見えた。人の幸
せをむげにひねりつぶすこともあるまいにと思うものの、無慈悲な教師たちに
頭などはたかれて彼らの幸福は泡とはじけていくのだった。

 しかし、「なんということでしょう」(c劇的ビフォーアフター)わたしの
座った位置から舞台までの距離は春先のジブラルタル海峡のように離れている
ではおらぬか。その舞台をさらにカーテンで仕切って入れ子にした本ステージ
の小ささときたら箱庭のゴジラ、登場する人形は小指の爪である。これじゃな
にをやってるんだか分かりっこない。わたしの気持ちはそそくさと萎える。
 ところがこのあと、実に奇っ怪なことが起きるのである。
 上演が始まってしばらくすると、絶対に狭いはずのパフォーマンス空間が、
なんとジワジワと膨張しだすのだ。やがて小指の爪ほどだった人形たちは、目
の前で動いているかのように微細なニュアンスをもって生き生きとふるまいは
じめ、一抱えしかなかろう魔神の図体は小山のごとく視野を圧倒する。
 これらはみな、人の眼に仕込まれているズームレンズの魔法のせいであると
分かったのはずいぶん後のことだ。眼玉というやつは、小さいものはいつの間
にかアップにして、大きすぎるものは少し引きにして、自然に見やすいフレー
ムに変換して見ている。考えたらすごいことだ。カメラよりグンと高機能。今
デジタルカメラだと28mmから210mmくらいまでをズィーンと一本でこなしてい
るけど、一昔前の一眼レフならレンズが三本必要だったわけであり、人間の眼
はそれと同じズーム機能が装備されていながら、なにしろレンズと違って飛び
出さなくてもいいのである。いやもちろん飛び出したらそっちのほうがずっと
面白いけど。暗闇の中で三百人の子供の六百粒の目がカタツムリのように一斉
に飛び出している。これはこれで牧歌的な風景かもしれない。

 さて、わがご幼少のみぎりを偲んだのは、大型影絵芝居「スバエク・トム」
を見たからだ。このお芝居はカンボジアの伝統芸能にして、ユネスコ無形文化
遺産に選定されている人形を使った影絵劇。9~12世紀に栄えたアンコール王
朝期に生まれたという説もあるが、本当のところは謎に包まれているらしい。
いいね、そういう怪しげなところは演劇界のみなみなさまに是非見習ってほし
い。いつ生まれたかどころか、本当に生まれてるのかどうか怪しい劇作家。何
人いるんだか曖昧な演出家。いつ会っても血みどろの制作。楽しい。
 いやそれで「スバエク・トム」の話。かつては大きな仏教行事、とりわけ高
僧の火葬儀礼に7日間から時には二週間も雇われて、夜ごと明け方まで連続上
演をしたというのよ。「コースト・オブ・ユートピア」「ヘンリー六世」と聞
いただけで軽く寝込んだわたしは、こんなものを見たら高僧より前にあの世に
着いてること間違いないね。鶴亀、鶴亀。
 彼らの演目はただひとつ「リアムケー」だけ。「リアムケー」っつうのは古
代インドの長大な叙事詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」のうち、後者
を元とする神話物語である。ノリエイ神の化身であるリアム王子(「ラーマー
ヤナ」ではヴィシュヌ神の化身ラーマ王子)と魔王リアップの間に繰り広げら
れる大戦争を、いくつものエピソードで勇壮に華麗に、そして幻想的に描いて
いくというもの。今回来日した「ティー・チアン一座」は伝統を受け継ぐいく
つかの劇団の中でも中心的位置にあって、劇団名をかつて座長を務めた斯界の
長老の名にちなんでいると聞き及ぶ。

 五間ばかりの白布を張り立ててこれがスクリーン。むこうっかわに明かりを
灯し両手でかざした人形の影を映し出す寸法である。物語の語り手はふたり、
この人たちはほぼ人形を動かさず、場面にあわせた韻文詩と散文詩で、抑揚と
テンポを編み上げていく。下手にプンピアットと呼ばれる打楽器メインの合奏
団がひかえ、賑やかな音楽を繰り出して観客を酔いごこちさながらの祝祭気分
にいざなうのも素晴らしいわけ。なんかね、「いいさ、俺にだって明日はくる」
そんな気分になるね。
 お話を説明しよう。このたび上演されたのは、長い物語の一部をとりだして
三章に縒ったエピソード。
 第一章、魔王リアップは、誘拐したリアム王子の妻そっくりに化けさせた姪
に溺死体の真似をさせ、王子の心をかき乱す。賢い家来ハヌマーンの助言で火
にあぶられた姪ポンニャカーイは化けの皮がはがれ、故郷へ送り届けられる途
上、想いをよせたハヌマーンと結ばれる。
 第二章、魔王の子アンタチットは「蛇の矢」を得るために瞑想中。それを破
ったリアムに怒り、アンタチットは偽アンタチットを戦場に送り、リアムの弟
レアクの苦戦を狙って「蛇の矢」を放つ。蛇のごとく締めつけられて苦しむレ
アクらを知り、リアムは鳥神クルットに助けを求め蛇たちを食いちぎってもら
う。
 第三章、急襲されたアンタチットはレアクから「千の矢」を受ける。体中に
突き刺さった千本の矢は彼に死の苦しみを与えるが、母の慈愛によって抜くこ
とができた。もう戦場へ戻るなという母や妻の声を振り切り、死を予感しなが
らも彼は兵を挙げるのだった。戦場でアンタチットはリアム王子の矢を受け最
期をむかえる。
 ちょっと粗いけどこんな感じか。

 そうそう、ひどく変わっているのが、この影絵芝居の場合、演者の影も丸ご
とスクリーンに映ってしまうという点だ。人物が走って袖に入る時あやつり手
は片足をヒョイッと上げ、勢いをつける仕草をしやがるのだ。いや、なさり遊
ばすのね。そればかりか時に彼らは幕の前に現れて芝居を続けようとするでは
ないか。戦いのシーンとなれば演者と演者が組み合いのごとき所作までするて
いたらく。いえ、ありさまでございます。私たちは文楽という、演者が姿を見
せる独特の人形芝居を有しているが、それよりも遥かにこのジャンルの常識が
うち破られているといっていい。不思議にも、そうした演者の立ちあらわれは
決して観客の幻想を破らなかった。私たちはあやつり手の身体も幻想のなだら
かなグラデーションとして劇を見ていたに違いない。演劇ってやつからは、時
にこのような辻褄の合わない現象がやってくるのでやめられないのだ、完全に
は。
 人形そのものは動かないのもとても面白かった。いや、あやつられて動きは
するんだけど、なんというか。人形の手や足に紐や棒をつけてクイックイッと
動かすのはよくある。しかし彼らが操る人形にはそのような仕掛けがいっさい
施されていないのである。それは大きな牛の皮を精緻に切り抜いた、人の背丈
ほどもある一種のプレートで、形状としてはまあ巨大な団扇といったところか、
中央に描き出された人物のまわりを実に華麗な文様が取りまいていて美しい。
これをかかげもち左右にブラす、あるいは上げ下げする、たまにスクリーンや
相手の人形にぶつける、なんとこれだけのアクションしかないのである。つま
らないはずだ、退屈なはずだ、脳味噌はそう訴えるのだが目は断然否定する。
ウーン、こりゃあなんだろう。

 何が働いているのか、少しだけ考えたのである。上演する前に儀式があった
のだ。日本では歌舞伎・能・文楽の前に神様か仏様に祈りをささげるという風
習はないけど、あっ、だけど相撲にだけはすっかり元の意味は抜け落ちちゃっ
てるけどそれらしきふるまいが残っているよね、で彼ら劇団一同は開幕に先立
ち、幕前に聖仙アイサイ、ノリエイ神、アイソー神をかたどった三枚の人形を
立てかけて祀り、供え物を置き、芸能の神と先師の霊ともろもろ自然の神々を
呼び出して、上演がうまくいくように観客ともども祈りを上げるのだ。
 インドのコスチューム・プレイなんかでもお祈りは必ずあるので、そのこと
自体には驚かなかった。ちょっとびっくりしたのは、祀っている対象が、これ
からあやつる人形と同じものだってことだ。一体なんか、もろそのまま劇中で
使っていた。使う人形に祈る、こういう発想は日本人にはないだろう。どうし
てこういうことになるのか。どんな心のからくりなのか。

 第三章がなかほどまで進んだとき、さらに驚きが待っていた。物語を中断し
てふたたび始まった祈りの儀式は、なんと、劇中で死を迎えることになるアン
タチットへの魂しずめなのである。彼の武勇を讃え、その死を演じることを詫
び、天界に生まれ変われるよう祈る。いや神話世界の人物なのだから、すでに
数百、数千年前に亡くなっていらっしゃるのでは、というのが私たちの感覚だ
と思う。また、冒頭なり終幕なりに一緒にお祈りすればいいじゃないか。なぜ
わざわざ芝居をとめて、という違和感もぬぐえまい。ましてやその死を演ずる
ことを詫びるっちゅうのは、何だこれはっ、わたしは岡本太郎である。
 おそらくこう考えるしかない。劇場というフィールドで使われるこの人形た
ちは、ほんものの神なのである。神をかたどったものなどではない、はっきり
と彼岸の存在なのだ。なにかに似せて作った人形が、演技の間だけ仮の神々や
人々を真似てみせる、そういう私たちの日常感覚とは最初の立ち位置がすでに
逆転している。いやたとえばこれ、仏像を祈るって気持ちとも全然違うでしょ?
仏像は偶像としては機能してるけど、それ持ち出してお祭りで担がないものね。
 だが付け加えれば、これはひどく怖いことだ。抜き身の神をもって演劇の中
に入ってゆく。もしかしたらこのとき人形をかかげる身体は神の一部だ。演技
者が役の心を人形に乗り移らせるのが通常の理解だが、ひょっとしたらこのお
芝居は人形の役があやつり手を動かしているのかもしれない。わたしはだんだ
ん怪しげな気分になりながら、激しいパーカッションを全身に受け、たぶん今
ひたっているのは日本ではもうほとんど味わうことのない、一種の宗教的体験
というか、アニミズム的な神との接触だと感じていた。

 聞けば、現地でもこの手の伝統芸能はおいそれと隆盛というわけにいかず、
年10回程度のアンコールでの観光客向けのほかはなかなか公演もむずかしいら
しい。まことに残念である。この影絵芝居から立ち上る魔か不可思議な味わい
を、我々も含めたもっとたくさんの人が見るようになればいい。同時にかの地
ではまだ日常的に交歓する感覚のある神と人とのふれあいがいつまでもなくな
らないように、そして日本では演劇でも映画でも相撲でも競馬でも石原の好き
なカジノでも、なんでもいいから文化の中に神への畏怖の手触りが少しでも戻
ってくるように。文化ももうここまできちゃってるんだから、破れかぶれこの
際欲張っておこう。とにかくすこぶる面白かったのだ。

 最期になったが、本劇団の招聘元である財団法人現代人形劇センターは、日
本の人形劇団はもとより、すぐれた海外の劇団の紹介・交流にも重点を置き、
1969年より伝統と現代をつなげる活動を推進し続けている。人形劇に限らぬ
が、ヨーロッパやアメリカの表現には比較的触れることができるものの、距離
の近いはずのアジアのパフォーマンスにはなぜか縁遠く、しかし触れてみると
これが存外に驚きとエネルギーに満ち、美しさと感動をつれてくる。これ以後
も同センターの活動につよく期待するものである。

【筆者略歴】
 岡野宏文(おかの・ひろふみ)
 1955年、横浜市生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。白水社の演劇雑誌「新
劇」編集長を経てフリーのライター&エディター。「ダ・ヴィンチ」「せりふ
の時代」「サファリ」「e2スカパーガイド」などの雑誌に書評・劇評を連載
中。主な著書に「百年の誤読」「百年の誤読 海外文学編 」(豊崎由美と共著)
「ストレッチ・発声・劇評篇 (高校生のための実践演劇講座)」(扇田昭彦ら
と共著)「高校生のための上演作品ガイド」など。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=931&catid=3


【上演記録】
カンボジアの大型影絵芝居「スバエク・トム」日本公演
~シリーズアジアの人形芝居part15~

◎全国公演日程◎
2009年
伊丹:11月 15日(日) 14:00(開場13:30)
仙台:11月 17日(火) 18:30(開場18:00)
川崎:11月 21日(土) 15:00(開場14:30)
東京:11月 26日(木) 19:00(開場18:30)
    11月 27日(金) 14:00/19:00

東京公演
<会場>アサヒアートスクエア
◆チケット◆全席自由
 前売・一般3500円/学生3000円
 当日・一般4000円/学生3500円

この芸能は[ユネスコ人類の口承及び人類の傑作の宣言]リスト(通称ユネス
コ無形文化遺産)に選定されています。
※日メコン交流年2009認定事業
●主催:(財)現代人形劇センター
●後援:外務省/カンボジア大使館/日本アセアンセンター
 日本ユネスコ国内委員会/(財)ユネスコ・アジア文化センター
 (社)日本ユネスコ協会連盟/国際人形劇連盟日本センター
●助成:文化庁/(財)アサヒビール芸術文化財団/(財)国際コミュニケーション
基金
●協賛:アサヒビール(株)/富士ゼロックス(株)/富士ゼロックス端数倶楽部
●協力:カンボジア文化芸術省芸能局/(社)シャンティ国際ボランティア会/
 カンボジア市民フォーラム/日本メコンフェスティバル実行委員会
 日本ワヤン協会/パペットマーケット/かながわ開発教育センター(K-DEC)
 川崎エスペラント会

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◇ハイリンド『華々しき一族』/『お婿さんの学校』
 古典喜劇の時代錯誤と普遍性の両方を味わう
 片山幹生

ポップで洒落た感覚で作品を照らし出すことによって、日仏の古典喜劇の普遍
的な魅力を浮かび上がらせた優れた舞台だった。
ハイリンドは加藤健一事務所の俳優教室出身の男女4人の若い俳優による演劇
ユニットである。毎回、公演のたびに異なる演出家を呼び、既存の戯曲を上演
する。今回は中野成樹を演出家として招き、森本薫の「華々しき一族」とモリ
エールの「お婿さんの学校」の二本立て公演を行った。上演時間は前者が1時
間20分程度、後者が30分程度の短い作品だった。

ハイリンドの舞台は2008年6月にデイヴィッド・オーバーン作の『プルーフ』
(演出は松本永実子)を私は見ている。演出家によって変化はあるのだろうが、
ハイリンドの役者はどちらかというと新劇系の演技スタイルである。丁寧な楷
書体で書かれた文字を連想させるような細部まで神経の行き届いた人物造形に
よって、戯曲の意味を明瞭に伝える芝居が印象的だった。
ハイリンドと中野成樹という組み合わせの妙にまず関心を持った。中野成樹は、
「誤意訳」という手法で海外戯曲を大胆にアレンジすることで、現代日本での
翻訳劇上演の新しい可能性を追求する演出家である。二年ほど前に、中野成樹
が文学座の役者たちを演出したサローヤンの一幕もの、「おーい,救けてくれ」
を上演した舞台を見たことがある。 このときはサローヤンの戯曲の翻案(誤
意訳)自体いまひとつ冴えなかったのだが、中野演出の独自のルーズさが役者
の演技スタイルとうまくかみ合っておらず、ぎくしゃくとしたリズムの中途半
端な芝居になっていた。文学座の役者のきっちりとした芝居が中野成樹の誤意
訳の微妙なニュアンスを殺してしまっていたのだ。中野成樹の本拠地は「中野
成樹+フランケンズ」という演劇カンパニーである。彼の演出が実はデリケー
トな馴れ合いの上で、役者と演出家の阿吽の呼吸のなかで成立していたことに
気づかされた舞台だった。果たしてハイリンドと中野成樹の組み合わせは、日
仏の古典喜劇の上演でどのような結果を生み出すのかが楽しみでもあり、不安
でもあった。
今回の二本立て公演のもうひとつの注目点は、これまで主に海外戯曲を誤意訳
という手法で翻案してきた中野成樹が、日本語で書かれた戯曲である「華々し
き一族」をどのように扱うのかという点である。私は二年前に文学座のアトリ
エ公演でこの作品を見ていて、その舞台の印象はまだはっきりと記憶に残って
いる。中野成樹演出であるからには、まさか「本物」をなぞるようなまねはす
るはずがない。いったいどのような演出によって彼の独自性を示すのか。また
森本薫とモリエールという国も時代も異なる作家の組み合わせの大胆さも興味
深い。モリエールの喜劇も一般にはあまり知られていない小品が選択されてい
る。戯曲の選択にもかなり挑戦的な意図を感じた。

中野成樹+フランケンズの翻訳劇公演では、オリジナルのタイトルとは別の新
しいタイトルを付与するのが通例になっている。よく知られた既存のタイトル
を変更することによって、上演作品の「再生」を強調することを意図している
のだろう。しかし今回のハイリンド公演では、二本ともオリジナル・タイトル
がそのまま使われている(「お婿さんの学校」は秋山伸子訳(臨川書店)によ
るもの。鈴木力衛訳では「亭主学校」)。公演タイトルを見ると中野がハイリ
ンド、古典喜劇のほうへと歩み寄るようにも思えたが、実際の上演では中野演
出が前面に出ており、ハイリンドが中野色に染まった感じだった。ハイリンド
の四名の役者が各作品に分散して出演したため(女性陣、はざまみゆきと枝元
萌は「華麗なる一族」に出演し、男性陣、多根周作と井原農は「お婿さんの学
校」出演)、この劇団の演劇ユニットとしての個性、アンサンブルの緊密さの
魅力が、今回の公演では後退してしまっていたたことに若干の物足りなさを感
じないでもなかった。ただし中野演出はこの物足りなさを十分に補い余るほど
効果的に機能していた。中野成樹の演出は古典と現代の間に存在する感覚のズ
レをごまかさずはっきり示し、そのズレを軽妙に強調することで、独自の軽や
かさのあるポップな舞台を作り出す。こうした大胆な読み替え作業を行う一方
で、古い作品の持つ普遍性は丁寧に抽出されており、舞台上でしっかりと提示
されている。中野のテクストの読みの確かさがあの自由な解釈を可能にしたの
だ。ハイリンドの面々は中野成樹の演出に柔軟に対応し、安定感のある芝居で
洗練されたモダンな古典喜劇を作り出すことに成功していた。

コンクリート・ブロックほどの大きさのレゴ・ブロックでくみ上げられたカラ
フルな舞台美術は、中野の古典作品に対する自由な姿勢を象徴しているように
も思える。あたかも子供が玩具で遊ぶかのように無邪気に、そして真剣に対象
と向かい合う。またこの可愛らしい舞台美術は、観客に対して、彼らが古典作
品に抱いているしかつめらしい距離感、先入観を取り払い、リラックスして作
品を楽しむよう呼びかけているようでもある。

最初に上演された森本薫の「華々しき一族」は、日本語で書かれた現代劇なの
で、誤意訳という手段は使うことができない。言葉を現代若者風に変更するこ
とを予想していたのだけれど、原作戯曲の台詞はおおむねそのまま使われてい
た。森本薫の書いた台詞は執筆当時の上流階級家庭の言葉を模したものだ。戦
後の上流階級の言葉遣いは、当然、現代のわれわれの言語感覚からすると不自
然に感じられるところがある。また森本薫の台詞自体はリアリズムで書かれて
いるとはいえ、そこには新劇的様式性がすでにこびりついている。中野の演出
は敢えてその違和感と様式性を払拭しない。森本が書いた台詞をあえて無造作
に、忠実に役者になぞらせる。そこでたち現れるぎこちなさは、戯曲が包含す
る時代錯誤であり、われわれが戯曲に対して持つ距離感を示している。中野版
ではその感覚のずれを巧みに強調することで、絶妙な喜劇的効果を作り出して
いた。役者は登場人物そのものに一体化しようとしながら、その一方で常に言
葉遣いや風俗、登場人物の心理の時代錯誤について客観的な姿勢を保ち続ける。
役者がかかえるこの二つの立場の葛藤が舞台上で表明される。中野版「華々し
き一族」を演じる役者たちはこの二つの立場に引き裂かれそうになっているよ
うにみえる。この分裂は戯曲の言葉が作る世界と役者たちのいかにも現代の若
者風の服装というずれによって視覚的にも強調されている。中野の演出は、き
っちりと構築されたドラマそのものの面白さを提示しつつ、そのドラマが現代
の役者によってある種の違和感とともに演じられていることも同時に示す。メ
タ演劇的仕掛けを全面的に施し、芝居に揺さぶりをかけすぎてしまうと、当然
のことながら、役者の演技と観客の共同幻想によって成り立つ劇的世界の秩序
は崩壊してしまう。中野演出では「華々しき一族」の戯曲の言葉とそこで描か
れる風俗を一度敢えて忠実になぞることによって、作品に対して批評的な視点
が導入される。こうして劇的世界の秩序を自ら崩壊させるわけであるが、この
破壊はより強固な劇的世界の再構築を準備するものでもある。こうしたやり方
によって外からの視点を劇内に導入することで、元の戯曲の構造の力強さや人
物造形の巧みさを、現代の観客はより明瞭に把握することができるようになる
からだ。中野成樹の優れたバランス感覚とその演劇美学をしっかりと消化した
役者たちの演技がこのアクロバットを可能にしている。

「華々しき一族」からモリエールの「お婿さんの学校」へは短い暗転のあと、
舞台美術のレゴ・ブロックの配置に変更を加えただけで、そのままあっさりと
移行する。そもそも「華々しき一族」の終わり方が曖昧だった。舞台上にいる
女たちがみんな涙を流す場面で終幕のはずなのだが、中野版ではうやむやのう
ちに「華々しき一族」が終わり、暗転のあと、いきなり「お婿さんの学校」の
登場人物が舞台に登場する。この無造作で乱暴な移行のしかたがとても洒落て
いる。舞台の世界は一気に十七世紀のフランスへ。登場人物は当時のパリのブ
ルジョワである。しかし人名こそフランス人だが、舞台上の人物の服装や言葉
遣いは明らかに現代の日本の若者のものである。モリエール作品は 「正統的」
な誤意訳スタイルで再現されていた。だらだらとしたルーズな現代日本の若者
ことばで十七世紀フランスの古典喜劇が再現される。大胆で洗練された和風化・
現代化によって、十七世紀のフランス喜劇作品が生き生きとした現代性を獲得
していた。

作品の梗概は以下のようなものだ。スガナレルとアリスト兄弟には、イザベル、
レオノール姉妹という許嫁がいる。厳格なスガナレルは恋人のイザベルを軟禁
し、その自由を奪うことで、彼女の愛を独占しようとする。アリストはスガナ
レルとは対照的に、社交界で愛想をふりまく恋人レオノールの行動を束縛した
りしない。イザベルはスガナレルに嫌気がさしており、彼と別れヴァレールと
いう別の男と一緒になることを密かに望んでいる。スガナレルは、イザベルの
策略にひっかかり、そうとは知らぬまま彼女とヴァレールの恋の仲介役をせっ
せと努める。最終的には許嫁を束縛していたスガナレルはイザベルを失い、許
嫁の自由を尊重していたアリストはレオノールと結ばれる。役者たちは十七世
紀パリのブルジョワの若者になりきるのではなく、現代の日本人という属性を
身につけたままその役を演じる。国や時代の違いを乗り越えるのではなく、そ
の違和感をうまく生かすことで「お婿さんの学校」は現代の日本人が素直に楽
しむことができる喜劇になっていた。リズムのある展開のスピード感が心地よ
い舞台だった。「華々しき一族」とは異なったやり方ではあるが、モリエール
喜劇の持っている普遍性は中野翻案によってより明瞭に示されていた。フラン
スのコメディ・フランセーズでも、展開のスピード感やファルス的な笑いを強
調したりするなどして、現代劇風の趣向でモリエールの喜劇が演じられること
は珍しくない。しかしフランスでモリエールを上演する場合には、戯曲の言葉
にしばられてしまう。いかに現代風の解釈で斬新な上演を行うにせよ、フラン
ス語での上演では十七世紀のモリエールが書いた古風な韻文の台詞の束縛から
逃れることは難しい。しかし日本で上演する場合は、言葉も自由に現代化する
ことが可能なのだ。舞台台本の作成にあたって、オリジナルの改変はつきもの
であるが、中野成樹のやり方は徹底していて、現代日本の若い役者の身体に自
然になじむレベルまで、原テクストの改変を進める。その言語はリアルな日常
言語の模倣ではない。現代の日本人の目で作品を対象化するメタ演劇的性格を
持つ独自の舞台言語だ。しかもこのメタ演劇性は、作品とその背景について相
当量の知識を持つ特権的な読者ではなくて、古典に対してほぼ白紙の状態で向
き合う一般的な観客の感覚が重視されているのだ。もっとも観客の作品受容の
あり方は、中野の演出によって巧みにコントロールされているのであるが。劇
内世界と劇外世界の二つの世界をルーズに行き来させる曲芸的な操作によっ
て、中野成樹は作品の持っている普遍的な魅力を巧みに引き出す。古典戯曲の
普遍性とは何か? それはしっかりと構築され安定した戯曲構造の持つ力強さ
であり、描かれる人物類型の組み合わせの妙が生み出すドラマである。モリエ
ールの「お婿さんの学校」自体、紀元前二世紀にラテン語で書かれたテレンテ
ィウスの「兄弟」の翻案のようなものだ。十七世紀のパリ・ブルジョワの風俗
の描写を巧みに織り込みつつも、「お婿さんの学校」はその中心となる劇構造、
そして劇中人物の主要な類型は、テレンティウスの作品から取られている。十
七世紀後半のフランスの劇作家モリエールの何編かの作品、そして十六世紀後
半のシェイクスピアの喜劇作品の一部は、古代の喜劇作家、プラウトゥスとテ
レンティウスの作品からその多くを借りているのだ。このような視点から見る
と、中野成樹は現代の日本においてきわめて正統的なかたちで古典劇を翻案・
上演しているのだと逆説的に言えなくもない。

【筆者略歴】
 片山幹生(かたやま・みきお)
 1967年生まれ。兵庫県出身。早稲田大学ほかで非常勤講師。専門はフランス文
学で、研究分野は中世フランスの演劇および叙情詩。ブログ「楽観的に絶望す
る」で演劇・映画等のレビューを公開している。
http://d.hatena.ne.jp/camin/

【上演記録】
ハイリンド Vol.8 『華々しき一族』(森本薫)/『お婿さんの学校』(モリ
エール)
日程:11月18日(水)~11月23日(月・祝)
場所:赤坂レッドシアター

■出演 
『華々しき一族』(森本薫) 
枝元萌 はざまみゆき 
芥勘兵衛 浜谷康幸 高藤真奈美 阿部よしつぐ 
『お婿さんの学校』(モリエール) 
伊原農 多根周作 
小泉真希 宇津井香織 赤荻純瞬 西地修哉 磯見美麦之 
■スタッフ 
演出/中野成樹 
舞台監督:井関景太 鈴木晴香 (るうと工房) 
照明:石島奈津子 照明操作:割石敦子 (東京舞台照明) 
音響:高橋秀雄(アラベスク) 音響操作:野中祐里 
舞台美術:向井登子 
衣装:山本亜希 
宣伝美術:西山昭彦  スチール:夏生かれん 
撮影ヘアメイク:粟島一寛 
ハイ友:鍋谷ナナオ 磯見美麦之 
WEBデザイン:薮地健司・夏子 
制作:石川はるか  制作協力:藤田登茂香 
【ハイリンドwebアドレス】http://www.hy

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◇年末回顧アンケート「振り返る 私の2009」締め切りは土曜日!

 ワンダーランド恒例の年末回顧アンケート企画「振り返る 2009」を実施中
です。ご協力いただけたら幸いです。詳細は以下の通りです。

▽タイトル=「振り返る 私の2009」
▽今年の3本=今年みた公演のうち、「記憶に残る3本」を挙げてください。
 基本的には小劇場の芝居やダンス、パフォーマンスを対象にします。枠を広
げるようでしたらコメントに付記してください。
▽年間観劇本数=12月の予定を加えて概数で結構です。
▽コメント=300字(3本合計300字です)
 選んだ理由、漏れた公演、そのほか今年の特徴や新しい流れなどコメント内
容は自由です。
▽名前、肩書き
▽サイト=個人ブログがあればサイト名とURL

【掲載例】
 名前(肩書き、主宰ブログなど)

1.劇団(団体)「公演タイトル」
2.劇団(団体)「公演タイトル」
3.劇団(団体)「公演タイトル」
 年間観劇本数。
 関連コメント計300字。

▽締め切り:12月19日(土)
▽掲載:マガジン・ワンダーランド12月23日号(171号)。
 そのあとwebサイトの特別ページに再掲載します。昨年のレイアウトとほぼ
同じページを考えています。末尾に掲載した昨年までの企画ページをご覧くだ
さい。

 締め切り後も12月31日まで公演があります。もちろん修正は可能です。入れ
替えやコメント変更の場合はその都度連絡してください。修正した旨末尾に記
載します。

 ワンダーランドの財政難は今年も変わらず。アンケート企画に薄謝も用意で
きず、心苦しい状況ですが、ご協力いただけたら幸いです。

◇参考情報
・振り返る 私の2008 http://www.wonderlands.jp/lookback/2008/index.html
・振り返る 私の2007 http://www.wonderlands.jp/lookback/2007/index.html
・振り返る 私の2006 http://www.wonderlands.jp/lookback/2006/index.html
・振り返る 私の2005 http://www.wonderlands.jp/lookback/2005/index.html

◇問い合わせと回答送付先は以下の通りです。
 マガジン・ワンダーランド編集部
 info@wonderlands.jp

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 連載【レクチャー三昧】第70回 12月23日(祝)みなとみらい号

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 丁度来週の今日になるわけですが、12月23日(祝)に横浜方面にお出か
けの方(アートNPOリンク主催「助成金フォーラム」、急な坂スタジオの
「作品ゼミ」等)、メトロ日比谷線・埼玉高速鉄道・都営三田線から元町・中
華街駅まで乗り入れる「みなとみらい号」という臨時列車が運行されるそうで
す。乗車すると抽選でプレゼントが当たるそうです。どうせなら昼間から出か
けようかしら、とお考え中でしたらば、ご参考に。
http://www.tokyu.co.jp/contents_index/guide/news/091130-2.html
(高橋楓)

*無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。
*各情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いません。
各自ご確認の上お越しください。
*【レクチャー三昧】カレンダー版(ウェブサイト)もご活用下さい。
ただし、当「マガジン・ワンダーランド」でお知らせした催しが全て転載され
ているわけではありません。
http://www.wonderlands.jp/info/lectures.html


▽シアター・クリティック・ナウ‘09
2009年12月23 日(水・祝)18:00 ~
世田谷文化生活情報センターセミナールーム
1,000円
国際演劇評論家協会(AICT)主催
授賞式、記念講演「シェイクスピアと観客反応」、シンポジウム「土方巽と
その時代」
http://wwwsoc.nii.ac.jp/aict/myweb1_050.htm

▽日本伎楽とチベット仏教チャムの比較研究―仮頭に注目して―
2010年1月16日(土)10:00~17:30、17日(
日)10:00~17:00 
立教大学池袋キャンパス太刀川記念館3階多目的ホール 
英語・ゾンカ語・モンゴル語逐次通訳付
無料、予約不要
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2010/01/6322/

▽建築の現在と未来 
2009年12月19日(土) 15:00 ~ 17:00 
早稲田大学小野記念講堂 
無料、申込不要
 http://waseda-events.jp/

▽イタリア人を創る―自由主義期イタリアと国民国家形成
 2009年12月19日(土)13:00~18:00
日本女子大学目白キャンパス新泉山館1階大会議室 
無料
http://www.jwu.ac.jp/grp/lecture_news/2009/20091219.html

▽中世ヨーロッパにおける終末のイメージ
 ヨーロッパ中世・ルネサンス研究所第ニ回研究会
2010年1月9日(土)14時~17時30分
早稲田大学戸山キャンパス39号館5階第五会議室
無料、申込不要
http://www.waseda.jp/bun/activities/lecture/index.html

▽日米初期ビデオアート上映会
 ヴァイタル・シグナル -芸術とテクノロジーの可能性- 
Japanese and American Video Art from the 1960s and 70s
1960、70年代-メディアアートのパイオニアたちが挑んだ50の実験の痕跡
早稲田大学小野記念講堂
無料、申込不要、先着順200名
上映とレクチャー
http://www.waseda.jp/cac/docs/flyer091211.pdf

▽裁判員裁判における理性と感性  裁判長,直感で決めてもいいですか?
2010年1月16日(土)13:00~17:00
慶應義塾大学三田キャンパス北館ホール
無料、申込不要
http://www.carls.keio.ac.jp/pdf/20100116JSCP_GCOE.pdf

▽汝も神ぞ 遊べ遊べ―「遊び」の精神史 ―
2010年1月23日(土)13:00~16:30
國學院大學渋谷キャンパス学術メディアセンター1階常磐松ホール
http://www.kokugakuin.ac.jp/extension/jigyou0400007.html

▽占領期雑誌フォトスを語る
2010年1月16日(土)15時~17時30分 
早稲田大学27号館地下2階小野記念講堂 
申込不要、先着順200名程度 
http://www.daysjapan.net/waseda/symposium/symposium.html#S9

▽国立新美術館、サントリー美術館、森美術館
 ― 六本木は東京のアートの拠点になったのか?
2010年1月17日(日)14:00 ~ 17:00(受付開始:13:30 ~) 
国立新美術館 3階講堂 
無料、要申込、先着順250名
http://www.nact.jp/ATRo/next/
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【編集日誌】
☆ 今週はカンボジアの大型影絵芝居 「スバエク・トム」を岡野宏文さんに、
ハイリンド+中野成樹の『華々しき一族』/『お婿さんの学校』を片山幹生さ
んに論じていただきました。期せずして、演劇における伝統や古典と現代とい
ったテーマの組み合わせになったようです。う~ん、影絵、見たかった。

☆ 日曜日、座・高円寺で日本劇作家協会新人戯曲賞の公開審査会を見ました
(ウェブに記事を掲載しています)。冒頭、いきなりの激論で本命が明らかに。
しかし、対抗にも熱い支持が。観客の賞レースへの興味を自ずとかきたてます。
けんけんがくがくの議論の末、第二回投票で鮮やかな幕切れ。その時、時計は
ぴたり、終了予定の9時を指していました。
 事前シナリオみたいなものは当然ないわけですが、それでもショーとして見
事に成立。ここ数年はほぼ毎年見ていますが、審査員のキャラクターは際立ち、
必ず見せ場があり、笑いもたっぷり。つまらなかったことがありません。劇作
家・演出家として一家を成す人たちの「見せる」ことへの情熱というのか、業
のようなものを感じます。

☆ 年末回顧アンケート、締め切りは19日土曜日です。これが済まないと、年
が越せません。よろしくお願いいたします。
(水牛健太郎)

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Tel& Fax: 042-422-5219  info@wonderlands.jp
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