2009/10/14
週刊マガジン・ワンダーランド 第161号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/ マガジン・ワンダーランド(小劇場レビューマガジン) 2009年 10月14日発行 第161号 毎週水曜日発行 【目次】 ◇野田秀樹芸術監督就任記念プログラム 『ザ・ダイバー』日本バージョン 想像力喚起する魅力 より「現代的」な日本版 今井克佳 ▽連載【レクチャー三昧】 第61回 ベンヤミンとか 高橋楓 □web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ ◇サスペンデッズ『夜と森のミュンヒハウゼン』 鬱蒼とした森の物語 現実との交錯、衝撃と叙情と 三橋 曉 ◇鵺的『暗黒地帯』 澱んだ世間、汚物が逆流 暗闇の中に一筋の光も 木俣 冬 ○編集長の交代について ◇虚構の劇団『ハッシャ・バイ』評三本 娘の物語、母の物語 都留由子 真摯だけれど何か物足りない 清志郎の歌を聴きながら 直井玲子 始まりの場所へ-「ハッシャ・バイ」の海- 金塚さくら ◇ワンダーランド支援会員を募集中! http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html ================================================================== ◇野田秀樹芸術監督就任記念プログラム 『ザ・ダイバー』日本バージョン 想像力喚起する魅力 より「現代的」な日本版 今井克佳 ロンドンのSoho Theatreの客席は、上下の段差が大きいせいか、暗い穴蔵 のような印象だった。一年少し前、そこでキャサリン・ハンターと野田が出演 して、ロンドン版The Diverが約一ヶ月上演された。当時ロンドンに滞在し ていた私は何度も劇場に通いつめ、野田秀樹がロンドンではいまだに「アウェ イ」の風にさらされていることを思い知らされた。 好評だった前作The Beeと違い、批評に叩かれたこともあり、客入りの極端 に少ない時もあった。そんな時も、いやそんな時ほど熱演が続けられた。終演 後、空席が目立つ中で数人のイギリス人観客がスタンディングオベーションを している。そんな光景が印象深く思い出される。 そしてこの夏、野田が芸術監督に就任した東京芸術劇場の舞台で、「日本バ ージョン」の「ザ・ダイバー」が上演された。ここでは、その「日本バージョ ン」について語るわけで、当然、「ロンドンバージョン」との違いにも言及し ていこうと思うのだが、私自身が、日本の「ザ・ダイバー」を観た最も根元の 印象は、ロンドン版と全く同じドラマを感じた、ということであった。これは むしろ不思議な感覚だ。 とはいえ、ロンドン版との違いを確認することからやはり日本版の特徴を考 えてみたいと思う。 まずは当然ながら、日本人の俳優により、日本語で上演されたということ。 野田自身が日本語でリライトした脚本には、いくつかの説明的なセリフとプロ ットが挿入されている。たとえば、主人公の山中ユミが「ええとこの女子大の 国文科」出身であることの言及により、源氏物語を諳んじるユミという女性の 現実味を担保しようとする。 また、ユミの不倫相手である佐々木(源氏)がユミに誕生日プレゼントを贈 るシーンをロンドン版にはなかった、会社のオフィスのシーンとし、それに続 き、プロ野球観戦らしきシーンにつなげ、ロンドン版の、七夕の夜に花火を見 るという現代日本の風俗としては(そして古典的世界でも)不自然な設定を日 本の現実にフィットするように改めている。このような改変により、日本の観 客はよりスムーズに、現代の物語として山中ユミの物語を捉えるようになる。 また、ロンドン版の華やかな舞台美術や象徴的に使われていた衣装の色彩も ここでは省かれた。ロンドン版の舞台背景にあったきらびやかな月のデザイン や葵祭のシーンの装飾やかけ声も、日本人にとってはややステレオタイプにな る嫌いがあった。ユミが怨霊となる時も般若面も使用せず、般若を描いた薄い 布の袋をすっぽりとかぶるなど全体に単色の印象を強くした。 こうしたことによって、日本版は様式的な「能」としての作品から、より 「現代劇」よりのドラマとして日本人観客の前に現れているといえよう。 また、俳優の身体性も日英では必然的に異なる。ロンドン版に出演した俳優 たちはキャサリン・ハンターをはじめ、身体性が非常に高い。舞台装置である ソファを使った、幻想的なシーンがいくつかあるが、彼らの身体性の高さがそ れを可能にしていたということを改めて感じた。日本版の俳優もまた日本人と してはとても優秀な人たちであることは確かだが、この点ばかりはロンドン版 に譲らざるを得ないだろう。このことも結果として、高い身体性を用いた視覚 的シーンを使った様式的な美、といった古典よりの表現から、作品を現代的に している更なる要因であると思う。 ただ、新しい身体性も取り入れられている。ほとんどの場面の演出はロンド ン版を踏襲しているが、冒頭の、海女が海底を探査するシーン、スポーツデイ のソフトボール、葵祭の車争いなどのシーンは、より能の動きをとりいれたも のとなっている。スポーツデイのソフトボールの試合などは、ソフトボールの 投手と打者の動きに、能の所作がミックスされていて、実に不思議で面白い。 また車争いでは、椅子をぶつける動作が入り、より迫力あるシーンとなってい る。 こうして「現代ドラマ」に力点をおかれて再創造された「ザ・ダイバー」と いう物語はあまりにダークで救いがない。身勝手に不倫相手をもてあそんだ男、 夫の無責任さに目をつぶり、不倫相手のみを言葉でなぶる男の妻。そして彼ら の身勝手さを知りながら受け入れ続けたことによって、自らのみならず、「4 人」の生命を奪うことになる女の悲劇。 それらは日本人俳優が日本語で演じることによって、日本人観客にはより直 接的に「キツい」表現となって響いたはずだ。耳を覆いたくなるような、目を 閉じたくなるような物語。実際に起きた事件をもとにしていることは既に知ら れていると思うが、能楽をテーマとしながら、むしろ同時代の事件をテーマと する歌舞伎や浄瑠璃の「世話物」の印象を受ける。ロンドン版の共同脚本を執 筆しているコリン・ティーバンがアイルランド人であることから、アイルラン ド演劇の持つダークさが流れ込んでいるという見方もできよう。 こうしたダークさを前面に出しながらも、なぜこの舞台が「面白い」ものと して観客を惹き付けるのか。もちろんテレビショーやラブホテルのシーンなど コミカルな場面の挿入もあるが、それはやはり想像力を喚起する「芝居」その ものの魅力にこの作品が満ちあふれているからだろう。 たとえば、シーンの転換の速度感。刑事に責められて名前を聞かれ、ユミが 「夕顔」と名乗ったとたん、瞬間的に場面が転換する。装置転換も暗転もなく、 照明の変化だけで観客は違ったシーンに誘導される。あるいは、最終場面、海 中の夢から覚めた精神分析医が見せる微妙な表情の変化。あの表情が芝居全体 の意味を規定している。そうしたディテールの数々。 小劇場、という限定された空間と俳優の身体だけで開発されたゆえの卓抜し た演出があり、演技力がある。なぜ、精神分析医の扮装のままの野田が次第に、 佐々木の妻(葵の上)として、残酷さをもった女として見えてくるのか。大竹 しのぶが苦しみながら堕胎する(実際にはありえない場面だが)痛みが鋭く伝 わるのか。ここにはイギリス人俳優たちの持つ「上手さ」とはまた別の演技の 質があるようにも思える。 ロンドン版の上演時から、ストーリーが詰め込み過ぎであるとか、海女のシ ーンが源氏物語ではないのになぜ入るのか、とか首尾一貫性についての批判が あるようだが、それこそが実は野田演劇の面白さそのものではなかったのか。 野田作品の多くに繰り返される、大いなる水のイメージが海女のシーンとして、 作品を縁取っている。自らと相手との二人ずつの子殺しは、「オイル」におけ る二つの原爆と二つのビルの対応さえ想起させる。 ロンドンでのアフターショートークの際、野田自身はこの作品に対して政治 的なコンセプトはない、と発言していた。しかしながら、その作成の意図を超 えて、「天皇」の息子、源氏の物語は、ジェンダー論を含めた政治的な意味合 いを自動的に孕んでしまうのではないか。あまりこの言葉は使いたくないが、 そこに野田の「天才」性を私は見てしまう。 単純明快なThe Beeから、あえて作風を変えた感のある第二作。三部作の構 想もあるようだ。野田の「冒険」はどこまで続くのか。今後も注目し続けたい。 【筆者略歴】 今井克佳(いまい・かつよし) 1961年生まれ、埼玉県出身。東洋学園大学教授。専攻は日本近代文学。 ブログ「ロンドン演劇日和&帰国後の日々」 http://tabla.cocolog-nifty.com/london/ ・wonderland 寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=8 【上演記録】 野田秀樹芸術監督就任記念プログラム 『ザ・ダイバー』日本バージョン 東京芸術劇場小ホール1 2009年8月20日~9月20日 作・演出 野田秀樹 出演 大竹しのぶ、渡辺いっけい、北村有起哉、野田秀樹 スタッフ 美術:堀尾幸男 照明:小川幾雄 作調:田中傳左衛門 音響:高都幸男 企画・製作 NODA・MAP 制作協力 世田谷パブリックシアター 助成 平成21年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別推進事業) 主催 東京芸術劇場(財団法人 東京都歴史文化財団) 東京都/財団法人 東京都歴史文化財団 料金:6,500円(全席指定・税込) サイドシート 3,000円(25歳以下 1,000円) ================================================================== 連載【レクチャー三昧】第61回 ベンヤミンとか -------------------------------------------------------------------- 大学ではなく、「一般」向けの講座で、長年教えてもらっている先生が先週 配布して下すったレジュメに、ヴァルター・ベンヤミンやミッシェル・フー コーの記載があり、あーあ、来ちゃったなついに、と天を仰ぎました。『複製 技術時代の芸術作品』ならともかく、いいよ、『ドイツ悲劇の根源』なんか一 生読まなくて、と友達に宣言していた矢先です。やっぱ必須ですかね。やっぱ り。寿命尽きるまでに分かるんだろうか、と時々とても悲観的になります。 (高橋楓) *無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。 *各情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いません。 各自ご確認の上お越しください。 *【レクチャー三昧】カレンダー版(ウェブサイト)もご活用下さい。 ただし、当「マガジン・ワンダーランド」でお知らせした催しが全て転載され ているわけではありません。 http://www.wonderlands.jp/info/lectures.html ▽アジア舞台芸術祭2009東京 2009年11月25日~29日 東京芸術劇場 無料、要申込、申込締切10/31 国際共同制作、アジアンキッチン、東京若手劇団ショーケース他 チェルフィッチュ、矢内原美邦、岩井秀人等日本からの参加劇団・演出家等多 数 詳しくはウェブで http://www.butai.asia/j/ ▽シェイクスピアの劇のことば 2009年10月17日(土)16:00~17:30 早稲田大学早稲田キャンパス26号館(大隈記念タワー)302号室 無料、予約不要 講師は河合 祥一郎氏(東京大学准教授) http://www.enpaku.jp/event/host/event20091017_1.html ▽トム・マーフィーの後期演劇について 2009年10月17日(土)15:00~18:00 早稲田大学早稲田キャンパス6号館318教室(レクチャールーム) 使用言語英語 無料、予約不要 講師はリナ・オドワイヤー氏(アイルランド国立大学ゴールウェイ校上級講師) http://www.enpaku.jp/event/host/event20091017_2.html ▽バリ舞踊研究会 2009年11月6日(金) 17:00~20:30 早稲田大学早稲田キャンパス6号館3階318室(レクチャールーム) 無料、予約不要 講師は伏木香織氏、猪野尾洋美氏、石井達朗氏 http://www.enpaku.jp/event/host/event20091106.html ▽ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」 2009年11月27日(金)15:00~17:00 日仏会館1階ホール 同時通訳付 無料、要申込(申込次第は10月19日読売新聞紙上)、抽選 講師は J. M. G. ル・クレジオ氏(作家, 2008年ノーベル文学賞) 大江健三郎氏(作家, 1994年ノーベル文学賞) http://www.mfj.gr.jp/agenda/2009/11/27/index_ja.php ▽韓国のリベラルアーツの現在 2009年10月30日(金)14時~18時(終了予定) 東京経済大学大会議室(6号館7F) 無料、申込不要 講師は: 国語学分野 林龍基氏(延世大学教授) 言語学分野 イ ミンヘン氏(同大教授) 歴史分野 朴 ヨンチョル氏(同大教授) 音楽分野 金 チョンムク氏(同大教授) http://www.tku.ac.jp/news/detail.php?kbn=N&articleID=NW01436&secID=1 ▽未来を拓く ~科学と芸術の交差~藝大-理研 連携協力記念シンポジウム 2009年11月15日(日) 13:00~16:40(12:00開場) 東京藝術大学奏楽堂 無料、要申込、先着順1,000名 http://www.riken.jp/r-world/event/2009/riken-geidai-sympo/index.html http://www.riken.jp/r-world/event/2009/riken-geidai-sympo/index.html#pgm ▽1968年と2009年 2009年11月1日(日) 14:00~17:00(予定) 明治学院大学白金校舎3号館3201教室 無料、申込不要、定員500名 講師は小熊英二 (慶應義塾大学教授、歴史社会学者)、加藤典洋 (早稲田大学 教授、文芸評論家)、島田雅彦 (法政大学教授、作家)、雨宮処凛 (作家、ミ ュージシャン)、高橋源一郎 (明治学院大学教授、作家)、原武史 (明治学院 大学国際学部付属研究所長、政治学者) の諸氏 http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2009-09-28.html ▽著作権保護の真髄を語る-著作者かつ法律家の立場から JASRAC連続公開寄付講座著作権法特殊講義第3回 2009年10月31日(土)13:00~14:30 無料、要申込 早稲田大学早稲田キャンパス8号館-B107教室(予定) 講師は富岡英次氏(弁護士,早稲田大学大学院法務研究科客員教授)、中村稔 氏(弁護士,芸術院会員,詩人) http://www.globalcoe-waseda-law-commerce.org/rclip/reservation/kifukouza_form.html ▽「コルノフリの涙」上映会+タンビール・モカメル監督対談のつどい 2009年10月24日(土) 14:00~16:30(開場13:30) 立教大学池袋キャンパス4号館4406教室 無料、要申込、申込締切10月23日 http://www.rikkyo.ac.jp/events/2009/10/5923/ ▽ドイツの政治風刺漫画家 - ハイコ・サクライ来日トーク 2009年10月29日 18:30~ ドイツ文化センター(東京)図書館 入場無料、要申込 http://www.goethe.de/ins/jp/tok/ver/ja5112744v.htm ▽ギルガメシュの生き方 2009年10月27日(火)13:15~14:45 東京女子大学23101教室 無料、申込不要 講師は 渡辺和子氏(東洋英和女学院大学人間科学部教授) http://office.twcu.ac.jp/facilities/society/lecture.html ▽2008年から2009年:文明的危機? 2009年10月22日 (木) 19時00分 東京日仏学院エスパス・イマージュ フランス語&日本語、同時通訳付 無料 講師は ミシェル・マフェゾリ氏(社会学者) http://www.institut.jp/ja/evenements/9170 ▽現代の道州制・連邦制問題を考える 神奈川大学セレストホール 無料、申込不要 ▽▽私の道州制構想 2009年10月15日(木)13:30~14:30 講師は 松沢 成文氏(神奈川県知事) ▽▽国際シンポジウム 先進民主主義諸国における地方分権改革 ─『地域化』と道州制 2009年11月5日(木)13:00~17:00 通訳付 講師は: リチャード・E・レヴィ氏(カンザス大学/アメリカ) ホセ・M・カスティーア氏(バルセロナ大学/スペイン) カルロ・フサーロ氏(フィレンツェ大学/イタリア) ディーター・アイセル氏(ギーセン大学/ドイツ) サン・チュル・パーク氏(韓国産業技術大学/韓国) 後藤 仁氏(神奈川大学法学部教授) 山田 徹氏(神奈川大学法学部教授) http://www.kanagawa-u.ac.jp/06/kouenkai/ ▽子どもを守れ!ローカルヒーロー首都決戦 児童虐待防止啓発ヒーローショー 2009年11月1日(日)11時00分~16時00分 アリオ亀有1階屋外イベント広場 荒天中止 無料 http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2009/09/20j9s501.htm ================================================================== 【編集日誌】 ☆ 今週は、東京芸術劇場の野田秀樹芸術監督就任記念プログラム『ザ・ダイ バー』日本バージョンを今井克佳さんに論じていただきました。今年3月まで ロンドンに一年間滞在されただけに、ロンドンバージョンとの比較は、現地で の観劇歴の厚みを感じさせる、とても興味深い内容になっています。 ☆ 先週は劇評セミナーの収穫3本を含め劇評を5本も収録し、編集していて も眩暈がしました。打って変わって、今週は1本です。先週読み切れなかった 分をこの機会に読んでいただくのも一興かと存じます。 注目の公演をカバーし、多くの視点を提供するためにはある程度の量が必要 ですが、「読み物」としての適正規模というものも自ずとあります。悩ましい 問題ですが、メリハリをつけながら模索していこうと思います。 (水牛健太郎) ====================================================================== 発行 ワンダーランド 〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 Tel& Fax: 042-422-5219 info@wonderlands.jp webサイト http://www.wonderlands.jp * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html ======================================================================


