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2009/09/23

週刊マガジン・ワンダーランド 第158号(後半)

*週刊マガジン・ワンダーランド 第158号(後半)です。

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◇インタビューランド第10回 平田オリザさん(劇作家、演出家、大阪大学コ
ミュニケーションデザイン・センター教授)
◎100人の活動を2億円で支える アゴラ劇場と青年団の26年 (第3回)
 聞き手:北嶋孝(本誌編集長)+水牛健太郎(評論家)

▽桜美林から阪大へ
▽認知心理学とロボット演劇
▽2010年代演劇のイニシアチブ
▽真善美からの撤退-現代演劇の新しい矛盾
▽現代口語演劇の行方
▽子どもがいても活動可能な劇団へ-セクハラに厳しい基準も
▽近代演劇の到達点とその先へ

第1回(第156号 9月09日発行)
第2回(第157号 9月16日発行)

▽桜美林から阪大へ

-大文字絡みの話はさておき、お聞きしたかったのは、平田さんが桜美林大で
総合的な演劇教育と人材育成を兼ねて、非常に目ざましい成果を挙げられたん
ですが、われわれの目から見ると突然大阪大へ変わっちゃった。どういう問題
が起きたのでしょう。
平田 桜美林はですね、うまく行ったと思います。6年いたんですけど、最初
の4-5年でほぼいまの日本の大学でやれる限りのことをやったと思います。そ
れなりの実質的な成果もあげた。けれども、私学なんで、成功すればするほど
人数を増やされてしまう。最初は学科生は40人って話だったけど、ふたを開け
てみたら70人ぐらいいる。それがすぐに100人になり、最終的に総合文化学部
に改編するんで、演劇学科は150人にしてくれと言われた。それはできません
と言ったんです。いくら教員を増やしてもらっても、ぼくは学科長でしたから、
ぼくを慕って全国から学生が来るわけです。学生は18歳から22歳でしょう。精
神が不安定になったりする子はある一定の確率で出てくるわけですね。それが
全部、ぼくのところ来る。実際、6年いてよく事故が起きなかったと思います。
物理的な事故も、精神的な自殺とかも。よく堪えたと思いますけど。でも150
人は無理。1対1で面倒見られる人数じゃないので。ということがまず一つ。
 あと、入学定員のごまかしがあった。その不正には加担できませんというこ
とを言ってきた。要するに、他の人気のない学科と一緒くたに入り口で採って、
最終的には全部うちの学科に来ちゃう。定員割れを表に出さないために、そう
いうことをするんです。
 その二つが大きくて、学長とけんかしました。もう辞めようかなと思ってい
るところに、阪大の鷲田清一さんから直接電話があった。桜美林大を辞めると
きに学生の反対集会があったぐらいなんですけど、妻にも、辞めないと身体が
ストレスでもたないんじゃないかと言われました。芸術のためなら私はいくら
でも闘いますけど、学長とのけんかは全然、それとは関係ないことなんですよ。
桜美林では、大学も学長も、芸術に関する理解がなくて、たまたま演劇科をやっ
てみたら人気があったっていうだけなんです。鷲田さんはそのとき大阪大学の
副学長だったんですが、その後学長になって、もちろん芸術に対してものすご
く理解があるし、桜美林の6年間が何だったんだと思うぐらい、いまは大学全
体で大事にしてもらっています。やはり、周りから感謝されるところで仕事を
したい。
 もう一つは、桜美林大でこのままやっていたら、桜美林の経営のためにしか
ならないと感じていました。もちろん眼前の学生のためということならば桜美
林の方がいいんです。30人なり50人なりの学生のためにはなると思う。立派な
俳優や演劇人を育てることもできる。でもぼくも社会的立場とか、年齢を経る
ごとにもうちょっと広い公共性を考えなければなりませんね。眼前の人々の幸
福と、「ぼくにしかできない仕事」を天秤にかけないといけない。確かに桜美
林もぼくにしかできなかったかもしれないけど、他の人でももう代われるかも
しれない。しかし大阪大学で、いま大学院で演劇教育をやって、うまくいけば
入試制度改革ぐらいまでできるかもしれない。これは、今の日本では、たぶん
ぼくしかできない仕事です。そして、これが成功すれば、全国の国立大学に波
及していくものであって、大学教育の中に演劇が必修化されていく。日本全体
の演劇に対するものの見方を変えられる可能性もある。桜美林でいくら成功し
ても、演劇界では評価していただけるけれども、それが広い意味での社会的な
波及効果があるかというと、それは限界があるだろう。どっちを選ぶか、芸術
家は常にそこで判断しなければならないと思うんですけど、ぼくはもう少し広
い意味での普遍性を選んだと思っています。

-大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの教授として、いまどのよ
うなことをされているんですか。
平田 大学院生にワークショップをしたり、全研究科から集まってきた院生が
グループに分かれて演劇を作って発表する授業があるんですけど、そういった
普通の授業が一つ。それから大きいのは、京阪電車と組んで京阪の中ノ島のど
真ん中にフリースペースを作りました。そこでは毎日のようにカフェやイベン
トが開催されています。ぼくは設計と旗振り役だったんですけど、いまはほと
んどぼくの手を離れています。あと主なのはロボット演劇ですね。

-大阪大の石黒浩教授と一緒にロボット演劇研究をされてますね。
平田 今度は脳研究とロボットを組み合わせた研究で、COE(注7)を取りまし
たから、さらに広がっていくでしょう。そういう意味ではもともと接点は多い。
ぼくも10年ぐらい認知心理の仕事をしてきたので、広い範囲の研究になるし、
期待しています。

-大阪では実演していましたが、東京でロボット演劇の予定はありませんか。
平田 来年愛知トリエンナーレでします。東京ではまだ予定はありません。愛
知トリエンナーレはヤン・ファーブル、ローザス、大阪大学といったラインナッ
プになります。ぼくは結構、組織に忠誠心が高いので、プログラムの名前は、
平田オリザじゃなくて「大阪大学」で出してくださいとお願いしました。

-ヤン・ファーブルも置いてけぼりをくらうんじゃないかな(笑)。
(注7)COE(center of excellence)、卓越した研究拠点。21世紀COEプログ
ラムはわが国の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、研究水準の向上
と世界をリードする創造的な人材育成を図るため、平成14年度から文部科学省
の事業(研究拠点形成費等補助金)として措置された。
http://www.jsps.go.jp/j-21coe/index.html

▽認知心理学とロボット演劇

-認知心理学というと、東京大学の佐々木正人さんとの共同作業がよく知られ
ていますが、ぼくが興味を持っているのは下條信輔さん(カリフォルニア工科
大教授)の仕事なんです。付き合いはありませんか。
平田 ないですね。学問に関しても、ぼくの方から積極的にどうこうというの
はあまりないんです。ただ、いま、石黒さんと仕事をしていて、この間もNH
Kでゴリラ研究の山際さん(山際寿一・京都大学大学院教授)とちょっと対談
をしたりして、最近ずっと考えていることがあります。先ほども触れた「join」
の座談会(注6)で、公的資金で演劇を作ることの意義を佐藤信さんと、高萩
さんで、西川さん(西川信廣)が司会した。その最初にも言ったんですが、税
金で演劇を作ることの「正とう性」っていったときの、justificationの方の
正当性ですね、いまなぜここで演劇なのか、いまなぜここで芸術なのかってい
うことは、これまでもずっと言ってきたように、産業構造の転換とか、コミュ
ニティー形成とか、多文化共生とか、いろんな説明がつく。それはそれで、き
ちんとやってきたんですけど、もう一つ、legitimacyの方の正統性ですね、そっ
ちをこの5年なり10年なりで、せっかく大学にいるので研究課題としてやりた
い。「演じる」ってことは、人間にとっての基本的な要素の一つなんです。山
際さんに聞いても、ほ乳類の中にサルがいて、類人猿がいて、ヒトがいるわけ
ですけど、例えば父親って役をきちんと演じるのは、類人猿ぐらいにならない
と演じられないらしい。でも、ゴリラでも二つ以上の役は演じられなくて、二
つ以上の社会的な役割を演じられるのは人間しかいない。
 ロボットからのアプローチとか、類人猿からヒトになって、その後の文化人
類学的なアプローチも含めて、なぜヒトは演じるのか、演じるってことがコミュ
ニティーの形成に関してどういう役割を果たしてきたのか、いろいろな人の話
を聞いて体系的にまとめる本をいま作りたいと思っています。

-もう出版の話は進んでいますか。
平田 まあまあ、ぼちぼちです。他にもやらなきゃいけないことがいろいろあ
るので。ただ、ここでやりたいのは、ホモ・サピエンスとかホモ・ルーデンス
とかいろいろな定義がありますね、遊ぶヒトだとか考えるヒトだとか。そこで
「演じるヒト」っていう考え方があってもいいんじゃないかと、それを一つ立
論したい。

-下條さんの著書(注8)から触発されるのは、みなさんは演じる、ある意味
で見せる側。ぼくらはまあ、普段いろいろ演じてはいても、劇場という組織さ
れた空間に入ると、見る側になりますよね。見る側が舞台に同化したり反発し
たり、様々な感情の動きを持ってしまうのはなぜだろうか。どういう機序でそ
んなふうに動くのか、動かされるのか。そこにすごく興味がある。
平田 石黒さんもまさに同じ考えで、ロボット工学ってのが、純粋な工学から
始まって、次に人間工学、さらに人間工学だけでは限界があって彼は認知心理
にアプローチをして、リアルに見えるのはなぜかという側のことを考えるよう
になった最初のロボット学者なんです。そうやっていくうちに、認知心理はご
存知のように、分析・解析にすごく時間がかかるけれど、ぼくがその場に行く
と、分析しないで一発でできる。なぜ平田オリザが「あと一秒、間を開けて」
と言うとリアルになるのか、人々がよりリアルに感じるのはなぜかっていうの
を解析した方が早いっていうのが佐々木正人研究室でしたし、石黒さんの結論
もそうなんですね。結構そこは芸術の役割が残っている。ひょっとしたら、そ
れが芸術の最後の役割かもしれませんね。そこも解析しつくされちゃったらも
う終わりなんだけど、でも多分その、何かの飛躍が起きるときに、芸術家の役
割って非常に大きい。

-当然ご存知でしょうけど、光センサーのついた一対のロボットに、簡単な行
動原理を組み込んで動かすと、あたかも人間関係のようにくっついたり離れた
り、恋愛をしているかのように見えてしまうという実験があるじゃないですか。
そういう仕組みを演出の側では、どのように見えるかと計算してやっているん
だけども、観客の側はその通り乗せられてしまう。その構造がなかなか面白い。
どうしてそうなるのかっていうのは、もう少し学者にがんばって解明してもら
いたいと思います。佐々木研究室の方が青年団の稽古を録画して分析した研究
(注9)は読むのが面倒になるほど大変な作業でしたね。
平田 あれは本当に大変なんです。結局、よく分からないから。

-結論が分かっている話を、一生懸命後付けしているだけではないかという気
もしますが。
平田 だからね、佐々木正人に言わせると、分かるのは1パーセントだと。だ
からよく研究結果を何年かに一度、研究者自ら、うちの劇団員に発表してもら
うんだけど、劇団員の最後の感想は「それ当たり前でしょう」「何の意味があ
るの?」っていうことになる。でも学問っていうのはそうやってちょっとずつ
しか進まないんですよ。

-佐々木さんが国立劇場の研修生として文楽修行した体験記をその本で読みま
したが、文章や文体は直感と飛躍に満ちていて、学者の仕事を超えてますね。
平田 彼のやっている地道な研究は本当にちょっとずつしか進まないんだけど、
佐々木正人っていうのはちょっと特殊な人間で、いんちきなんですよね(笑)。
はったりというか、それが、ぼくと似ているところがある。アフォーダンス理
論自体が難しいので、世間一般向けに読み替えていくためには、ちょっといん
ちきがないとできないんだと思う。それができたことによって、認知心理は佐
々木正人っていうちょっとしたスターを得たんだと思います。
(注6)検証座談会「税金を使って演劇をつくる正当性について」。社団法人
日本劇団協議会機関誌「join」65号掲載。
http://www.gekidankyo.or.jp/sys/book.php?com=joinList&id_i=53
(注8)下条信輔著「サブリミナル・インパクト」(ちくま新書)「サブリミ
ナル・マインド」(中公新書)「<意識>とは何だろうか」(講談社現代新書)
など。
(注9)後安美紀「演劇と同時多発会話-劇的時間の作られ方」。佐々木正人
編『アート/表現する身体-アフォーダンスの現場』(東京大学出版会、2006
年)所載。

▽2010年代演劇のイニシアチブ

-海外の会員制のことでいくつかお話をうかがったんですが、海外の場合は公
的な費用が出て、劇場が劇団を抱えて、レパートリー制で公演を回して、地域
の人たちが見に来る。やはり高齢者の人が多いけど、その中で実験的な作品も
交えていくと聞いています。日本の場合には、専属の劇団を抱えている劇場は、
静岡と尼崎(ピッコロシアター)ですよね。
平田 あとは、りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)のダンス、水戸はちょっ
と不活発になってしまいましたね。

-アゴラ劇場と青年団は稀有なケースだと思うんですが、首都圏で1000とも
2000とも言われる大半の劇団は、ある意味で自由な活動をしている。演劇をや
りたいと思ったとき、何人かが働いてお金貯めると公演ができてしまう。こう
いう公平性が日本では保証されているし、お客さんも来るし、自分たちでメディ
アに販売も可能です。テレビに抜けるコースもないわけではない。こういう現
状、実はそんなに悪くないと言えませんか。淘汰はもちろんされる。それは誰
かが勝手に決めるのではなく、暴力的な市場原理と、多少の運が入る。これは
どこでも、あり得る話でしょう。もう少し、そういうある種の公平性を後押し
したりすくい上げるような仕掛けがあれば結構面白い活動になるのかなと思っ
ているんですが。音楽もそうですね。
平田 その通りだと思います。ただし、三つぐらい問題があるんですね。
 一つは地域間格差の問題ですね。いまおっしゃったような市場原理が働くの
が東京だけになっている。大阪ですら無理。だから東京に出て行くしかない。
誰でもやれる状況と言っても、ちょっと才能があれば、お客さんが1000人入る
んであれば、小劇場はやれるんですよ。300万円集められるんですから。でも
大阪はいま150人ぐらいしかお客さんが来ない劇団も多い。お笑い系以外は、
これではやれない。そうすると、その間の1000人に至るまでの道のりを、どこ
かがサポートしてあげないといけないだろうと。これが一つ。
 もう一つは少子化も含めて、そういう若者依存の無茶なやり方がいつまでも
続くのかどうかという問題です。作家はハングリーじゃなきゃだめだというの
は中進国までの幻想だって関川夏央が言っているんですけど、日本の小劇場は
まだ中進国の体制です。日本はこれから、成熟と言えば聞こえはいいけど、衰
退していくわけです。徐々に衰退していく社会の中で、今までのような青春物
語が通用するのかどうか。そのことと、岡田君(岡田利規)や前田君(前田司
郎)の登場はリンクしているところがある。でも、この間岩波の「図書」(注
10)で高橋源一郎さんと対談をして、その時も言ったんですが、そこに演劇の
矛盾があって、演劇は青春に頼らざるを得ないところがあるわけですよ。要す
るに、劇団はそれ単体では原理的に金にならないから、若い人たちをだまさな
い限り絶対に存続しない。いつもずーっと文化大革命しているようなもんだか
ら。「毛沢東だ!」って言って若者をついてこさせないといけない。
 少なくともぼくの活動の中に新しいところがあったとすれば、「だましてい
るんだ」ということを、はっきり言ったことでしょう。それが革新的だったと
思うんです。それまでは、だましてないことにしていたし、主宰者も騙してい
ないと思い込んでいた。でも、劇団というのは、若者をだましてるんだと。だ
ましていることを前提にして、お互いに納得ずくで契約を結ばせようというと
ころまではきた。
 もう一つ、高橋さんと話したのは、例えばポツドールの三浦君(三浦大輔)
は才能はあるでしょう。あれは要するに「全部セックスじゃんか」ってことで
すよね。それはいいんだけれども、ところがあのお芝居作るのは、ものすごく
大変だから、2ヵ月くらい一生懸命稽古しないとできないですよね。その間に
は、「しょせんセックスじゃんか」では済まないもっといろいろなことが出て
くるわけです。人間関係とか経済のことも含めて。そうするとぼくと高橋さん
の間では、穂村弘さんの短歌の話がよく出るんだけれども、短歌はいちばん個
人でできるから、穂村さんはずっとサラリーマンやりながら続けられたんだけ
れども、劇団はそうはいかない。どうしても生を肯定するとか、人生とか青春
にポジティブにならざるを得ない。ニヒリズムじゃやっていけない部分がある。
その矛盾を解決したやつが多分、2010年代の演劇のイニシアチブを取るとぼく
は思っています。何らかの手段で解決する、どんな手段かは分からないですけ
ど。前田君、岡田君はその予兆なんだと思う。でも結構彼ら、まだ現場では体
育会系なんです。ぼくなんかより全然、精神論も多いし。それがどうなってい
くのかなっていうのは関心がありますね。
 もう一つは、例えば、ぼくは東南アジアの大学でも教えたことがあって、そ
こでよく話してきたのは、サッカーをよく例にするんですけど、アフリカのチー
ムっていうのは、オリンピックとかU20では勝ったことがあるけど、ワールド
カップではあまり勝てない。

-カメルーンが確かイタリア大会(1990年)でベスト8になったのが最高かな。
平田 何でかっていうとワールドカップはマーケットでもあるから、ヨーロッ
パのプレミアリーグとか、セリエAに自分を売り出す場になっちゃう。チーム
への忠誠心よりも個人技を見せてしまう、無意識にですが。ぼくが関西で「月
の岬」を作ったときも同じ話をしたんですね。関西はロングランがない。再演
もほとんどない。一方で、東京よりもテレビに出やすいんですよ。関西ローカ
ルの番組がたくさんあるから。そうするとどうしても、個人プレー、悪目立ち
が出やすいんじゃないか。ぼくに忠誠心を持つ必要はないけれども、海外では
「作品に対するロイヤリティー」という言葉をよく使うんですが、俳優が個人
プレーに走らないで、作品のアンサンブルを重視するかということです。例え
ばぼくが海外でオーディションをして、向こうの芸術監督と話すときでも、
「彼は作品に対するロイヤリティーが高いから外国の演出家ともうまくやれる
よ」というボキャブラリーでよく使うんです。それが育たないと、全体として、
いい作品は生まれてこない。それは経済と密接に結びついているんですね。瞬
間的に面白い作品を作るのはいまの東京の小劇場シーンでもできると思うし、
それはそれでいいことなんだけども、長く、そして国境を越えても上演される
ような作品を作るためには経済基盤を整え、俳優たちの生活を保証しないとい
けない。

-その場合に公の生活保障は、どうしても作品の内容に影響してくるんじゃな
いですか、いまの日本では。公共のお金をもらっているということを逆手に取
るようなたくましさがなければならないとは言えるけれども、どこかで影響を
受けて演劇の質そのものが変わっていく危険はありませんか。
平田 それは表現の自由というような?

-そうです。
平田 それはもちろんあるでしょう。でも、いまじゃあ何がいちばん制約かと
言えば、市場原理の方が強いんですよ。例えば、これ劇作家協会が出版してい
る本(注11)ですけれども、向こうの、こういった劇作の教科書の一つに、
「登場人物は4人以内にしなさい、そうでないと上演されないから」と書いて
あります。こっちの方が思想統制じゃないですか。実際にいまロンドンでは、
ロイヤル・シェークスピア劇団(RSC)以外はほとんど、シェークスピア作品
を上演できないと聞きます。登場人物が多すぎるから。そうすると、民主主義
国家においては、劇作家は最初から4人以内にしなさいという市場原理の圧力
の方が、政府の干渉よりも、私たちの創作を抑圧している。そちらを整える方
が急務なんです。映画なんかまさにそうでしょう。映画はスポンサーの意向じゃ
ないと絶対に撮れないから。
(注10)高橋源一郎・平田オリザ「《対談》追い風ゼロのリアル」(「図書」
2009年7月号、岩波書店)
(注11)デヴィッド・カーター著 松田弘子訳『はじめての劇作-戯曲の書き
方レッスン』第3章「キャラクター」(日本劇作家協会、2003年。ブロンズ新
社発売 )

▽真善美からの撤退-現代演劇の新しい矛盾

-先ほど話に出た岡田さん、前田さんや三浦さんに、現代演劇の新しい芽と可
能性があるというのはどういう意味でしょう。もう少し展開してもらえますか。
平田 90年代に太田省吾さんとよく話をして、真善美といずれの価値観からも
距離を置く、作品自体が価値判断を下さずに、価値判断は観客にゆだねるとい
うところまでは合意するんです。真と善は比較的簡単ですね。これが真理だと
言わない、道徳を押し付けないということはできる。では演劇作品が美からも
撤退できるのかというのをいつも議論していました。美から撤退する勇気はと
ても大変なことです。客観的に見て、80~90年代の作品に比べ、岡田君や前田
君、特に前田君の作品は美から相当撤退していると思う。そうなんだけれども、
先ほども言ったように、あの作品を作るためにはどうしても皆が集まって、が
んばって作らなきゃいけない。そのがんばる原動力をどこに置くのか。そこが
すごく難しい。作品自体は非常に低温というかエネルギーの低いものかもしれ
ないけれど、それを作るためにはどうしてもエネルギッシュにならざるを得な
い。そこのところをどうやってすり抜けていくのかに、ぼく個人は、いま、い
ちばん関心がある。彼らがどうするのかな、というところですね。

-それが先ほどおっしゃった矛盾ですよね。
平田 そうです。

-そう考えると、演劇がいまを表現したり何かを伝えたりするツールとするな
らば、平田さんの考える演劇ですら、いまを表現するツールとしては別に演劇
でなくてもいい、演劇に限らないのではないかと考えてしまうんですが。
平田 何を演劇と考えるかでしょうね。例えば先日、佐藤信さんが座・高円寺
の開館記念で演劇をやらずに絵本展を開きました。子どもたちが1000冊の絵本
を、床に座り込んで読んでいる。佐藤さんは「これがぼくの考える演劇だ」と
いうふうに言う。それは一つの見識だとぼくは思います。演出家ってのは非常
に特殊な存在なんです。なぜ演出家が芸術監督になり、さらには文化政策まで
口を出さねばいけないかというと、演出家は製作者と一緒に劇場を選ぶ、そし
てどんな観客に見せるか考えて作品を作るわけです。すると意識は当然に外側、
外側へと向く。お客さんは劇場に来るまでにどういう道のりで来るのかとか、
帰りはどういう飲み屋さんに入るのかとか、演出家は本能的に、そういうこと
も演出したくなるんです。演出欲っていうのがあって、世界の風景を支配した
い。突き詰めると、そこまで行く。そうすると当然、どんな社会で私たちは演
劇をしたいのかということを考えざるを得ないんです、演出家である以上は。
だから、そういう政治的な感覚は常にあると思う。どこまでが演劇なのか。私
にとっての演劇ってどこまでが演劇なのかってのも常にある。
 一方で、そこが人間の矛盾を抱えている部分で、ぼくは特に劇作家でもある
ので、劇作家としての私は本当に部屋にこもって本を読み、原稿をこつこつ書
くことが喜びなんですね。そういう側面もある。それで個人としてバランスを
保っているといえば保っているし、矛盾しているといえば矛盾している。

-真善美からの撤退ということで、美からも撤退してしまった場合に、社会の
側として、そうしたものにお金を出さなければならないのかという疑問も当然
生じてくると思うんですね。それでもなお演劇に価値があるという場合に、そ
の価値とはどういうものなのかということが問われてくると思いますし。太田
さんとの議論では、平田さんはどちらだったんですか。
平田 ぼくはとんがってたから、美からも撤退すると言って太田さんを困らせ
た。

-平田さんの作品で、そんなに美から撤退した舞台はないでしょう。
平田 だから無理なんです(笑)現実にはね。口で言うのは簡単ですが、でも
無理なんです。ただ、80年代から比べたら相当撤退した。

-最近の平田さんの作品は…。
平田 いろいろな作品を書きますからね。その中で、どういう撤退の仕方があ
るかを考える。後退戦というのは難しいんです。
 それから、さっきも言ったように、理屈では絶対的なことが言えるけれども、
演劇というのは、あくまで現実的、相対的なものですから。10年もしたら、岡
田君の作品も、前田君の作品も、同じことが言われるでしょう。前田君の作品
なんか美しいシーンがたくさんある。でもそれは、過去に比べると物凄くだら
しなくも見えるわけじゃないですか。あんなだらしない作品は80年代にはなかっ
たでしょう。ああいうだらしなさを描くっていうのはなかった。

-それは美からの撤退ではなくて、新しい美なんじゃないですか。
平田 そうかもしれない。それを美と呼ぶなら。それも、分からないですね。
ただ、これが美だと押し付けるような美を描くことは止めようというのは、私
以降の作家には共通してあると思っています。

-現代美術や現代音楽で古くから議論されたどってきたことを、平田さんが提
起しなおしているのではないですか。
平田 その議論の仕方が演劇はいつもちょっとぬるいんでしょうね。やっぱり
美術や音楽の方が議論が先鋭的になりますよね。ただ、しょうがないんですよ。
いろんな人間が集まってやるんで。緩くなっちゃうんです。その緩さのいいと
ころもあるんで、あまりそこは突き詰めないで(笑)。

-美術や音楽は、ダンスもそうですけど、本当にコンセプトで突き抜けるって
ことが実現できちゃうんですよ。
平田 そう、音楽や美術は突き抜けてやって、その面白さがあるんだけど、演
劇は突き抜けてやったやつの作品はたいてい詰まんない(笑)。できないんだ
から、一人では。そいつがいくら頭の中で思っていても、そんなことできない
んですもん。それをどうやって伝えるとかいう、その時点でちょっとずつ緩く
なっちゃうし、ちょっとずつ功利的になっていくし、ちょっとずつ建設的にも
なっていく。そこをどうするかってことですよね。実現できなかったら何にも
ならない世界だから、舞台の世界は。

▽現代口語演劇の行方

-継承の詳しい点はまだうかがえる段階じゃないと思うんですが、以前劇団の意
義ということで、「新しい様式を生み出してそれを次世代に継承可能なまでに
発展させる」という目的意識が劇団の前提であるとお書きになっているんです
が、まだまだあと何年もやっていかれると思いますが、やがて継承ということ
を考えるときに、この俗にいう「静かな演劇」というものを様式としてさらに
次世代に継承していくということが問題意識にあるんでしょうか。
平田 そのことは、そう書いてはいますが、そんなに強くは望んでないですね。
勝手に、なるようになっていけばいいと思っている。ただもちろん、前田君、
三浦君、岡田君とか松井や多田たちが出てきてくれたことは、掛け値なしにあ
りがたい。「うれしい」という意味での「ありがたい」ですね。彼らの登場で、
私の仕事が相対化されたことは間違いない。で、もう、あとは勝手にどんどん、
好きなようになっていくでしょうから、それは構わない。ある意味では、「継
承可能なまでに発展」したと思っています。
 現代口語演劇はまだ、一般には、そんなに定着していないと思っていますが、
一つの大きな功績は教育面にあると思います。これが出てきたことによって、
演劇を国語教育に取り入れやすくなったことは間違いないんです。子どもにとっ
てしゃべりやすいんですよ、現代口語演劇の方が。それから例えば障害を持っ
た方はしゃべりやすい。
 さらにいちばんはっきりしているのは日本語教育です。いま日本語教育でも
毎年のように外国から学会の基調講演に呼ばれたり、ワークショップを開いて
います。ぼくの作品が日本語教育の教材に使われてもいる。今までの演劇の教
材だと使えないんですね。口語体の教材として、今までの演劇の台本よりは優
れているということだと思います。そういった波及効果はこれからもあるでしょ
う。
 劇団に関してはぼくは10年以上前から、劇団代表っていうのが全部の仕事の
中でいちばん疲れるので、これは55歳前後で辞めさせてもらうって言っていま
す。もうあと10年弱しかないので、今年度の新人募集が最後か、あと1回ぐら
いになると思います。それ以上責任持てないので。ただ、若い俳優は、レパー
トリーを維持するためにどうしても必要なので、何か別の方法で、作品ごとに
オーディションとかはするかもしれませんけど。で、ぼくが55歳になる前後で
青年団は多分発展的に解消して、まったくゼロにするんではなくて、小さくし
て、アゴラを中心として、青年団も一つのリンクになる。いまいる俳優たちも
それぞれの、デスロックとかサンプルとかの劇団に所属するけど、俳優相互で
アゴラを中心にして、自由にやりとりをする。
 要するに青年団のいいところは、ある程度母数が大きいので、再演とかが俳
優の負荷をあまりかけずにできる。再演しようとすると、拘束が厳しくなるん
ですね。ところが、いま言ったようにすればちょっとずつ入れ替えることがで
きる。最近流行っている福岡伸一さんでしたっけ、あの人が書いているいくつ
かのこと、例えば生命体は細胞が入れ替わりながら維持されるんだという。そ
れから、ある程度規模が大きくなければならないということも書いていて、あ
る細胞があって、それが異常な行動を起こすのが、平方根で決まるらしいんで
すね。10細胞があると、√10だから、3~4の細胞が変な動きをするとする。3
割から4割です。ところが100細胞があると、√100だから、10ぐらいしか変な
動きをしないから、リスクが1割に減る。いま青年団とアゴラ劇場を合わせる
と、スタッフも入れて100人ぐらいの集団なんですが、これぐらいいると、1人
が(文化庁の芸術家在外研修制度によって)在外研修に行こうとすれば簡単に
行ける。個人のイレギュラーな行動が起こっても、全体に支障を来さないわけ
です。小劇場の劇団がかわいそうなのは、制作者が一人在研に行っちゃうとそ
れで劇団活動がストップしちゃうんですね。
 それから、人数が多いと、キャスティングなども入れ替わりが可能です。あ
る程度出入り可能な集合体を今までも作ってきたので、これをもうちょっと緩
い形でソフトランディングさせることがこの10年の、ぼくの大きな仕事ですね。
 演出家は皆さん70代までやってますから、演出家個人としての仕事はもうちょっ
と長くできると思います。多分劇作家は最後まで、死ぬまで仕事はできると思
う。でも劇作家は新しい作品を作ることはできるけど、60歳を過ぎて新しい様
式を作るってことはあり得ないでしょうから、劇団の必要はそんなにはないん
じゃないかな、ということですね。

-様式は特定の後継者でなくて、ある程度集団的というか、いろいろな若い人
にいろいろな形で受け継がれているんだっていうことですか。
平田 伝統芸能じゃないし、現代口語演劇というものが社会に必要がなくなれ
ば廃れるんでしょうから、それを守ろうっていう気持ちはないですね。現代口
語演劇というのは、方法というより、思考の態度です。だから、それをそのま
ま続けてくれという気持ちはまったくない。岡田さんなんかは、すでに、その
態度を、もっとも正統的に受け継いでくれていると思っています。
 ただ、劇作家の野望は少し複雑で、100年後にもどこかの国で上演されるの
が劇作家の喜びなんです。演出家は非常に即物的で、いまどれだけ広がってい
くかというのに対して欲望ですが、劇作家の欲望は時空を超えているところが
ある。全然違う方向なんですね。

▽子どもがいても活動可能な劇団へ-セクハラに厳しい基準も

-あとは1つ。途中で飛ばしてしまったですが、劇団の中で人間関係が厄介で
あることはご存知の通りですよね。桜美林で学生の相談を受ける以上に、劇団
の人間関係をどうするか、劇団員同士、劇団員と主宰の関係。役を巡る問題も
あるだろうし、異性関係もいろいろ厄介。そういうのはどういう基準で扱って
きたんですか。
平田 まず、規約にもあります。個人のことに介入はしない。恋愛も構わない。
ただ劇団の活動に支障をきたす場合にはぼくが判断する。もう、そういうこと
はしょっちゅうです。いま多いのはセクハラ・パワハラ問題。年齢差も大きく
なりましたんで、これは非常に厳しい規約を、多分、日本の劇団で唯一、もっ
とも厳しい規約を持っています。実際に処分もしています、何人か。かつての
演劇界だったらばまったく問題なかったようなことでも、うちの場合はほぼ大
学並みの基準で厳しく処罰しますし、そのことについてある程度被害者側から
言いやすい環境も作りました。
 こういった問題に関しては、私が直轄で処理します。そこから逃げない、面
倒くさがらないということだけは、自分に言い聞かせています。

-かつて問題にならなかったというのは。
平田 だってセクハラなんか普通だったわけですから、演劇界では。

-よく恋愛ご法度と言っておきながら、主宰者自身がその規則を破って恬とし
て恥じないというケースも耳にしますね。
平田 そんなことは無理なんで、うちは劇団員同士の結婚もすごく多いですし。
それから子どもも非常に多いですね、うちの劇団は。だから、まだまだ大変で
すけど、小劇場で唯一、出産しても活動を続けられる劇団だと思っています。
これは、意外と大事なことなんです。例えばね、出産しても続けられるとか、
在外研修に行けるとか、そういうことはとても大事で、だからうちに人材が集
まってくるんだと思っています。
 こういうことを考える劇団も多分、初めてだった。一般企業ならリクルートっ
てことを大事にして、総合的な戦略で企業イメージを確立するじゃないですか。
だけど、日本の劇団は観客に向けてしかイメージ戦略をしない。本来は、組織
である以上、有能な人材に集まってきてもらうにはどうしたらいいかってこと
を考えなきゃいけない。だから青年団では育児手当、育児休暇、子育てで子ど
もが中学生になるまでは一切の作業ノルマ免除とか、いろいろな規約があるわ
けです。
 当初は劇団員から質問も出たんです、どうして子どもがいる人だけ優遇され
るんですかと。そこには、いろいろな理由がある。一つは当然本人たちの保護っ
てことがあるし、社会的な責任がある。でもいちばん大きいのは実はリクルー
トなんだよと説明してきました。こういう環境を整えて、弱者にもいやすい場
所を作ることが実は、いい人材が入ってくるんだってことを劇団員には説明し
てきた。

▽近代演劇の到達点とその先へ

-平田さんの著書を読むと、観客はだまされる対象と読める個所がいくつかあ
る。それはそれでいいんですが、ピーター・ブルックじゃないですけど、見て、
あるいは見られて初めて演劇という場ができるとすれば、見る側というか観客
が演劇の大きい要素を担っているはずです。平田さんはどういう観客を想定し、
また望んでいるんですか。
平田 劇団員と同じで、だまし-だまされる関係にある以上は、そのだます構
造を知って見に来てもらいたい。それがフェアな関係だと思う。リテラシーと
いう言葉も知らなかったころから、そのことははっきり言ってきた。演劇のリ
テラシーを身に着けてもらいたいし、身に着けるための仕事を自分はしてきた
と思っているんです。『芸術立国論』の中でもいちばん言いたかったのはその
点です。要するに、演劇の公共性に関していろんな説明をしています。芸術文
化は大事だ、芸術文化行政やらなきゃいけない、これはぼくの仕事なんで、そ
れはやりますと。だけど、その上で芸術の危険性があると思う。芸術文化がフ
ランスみたいに本当に施策の中の大きな部分を占めるようになったときに、市
民が芸術家に対して抗えなくなってしまうんじゃないか。要するに、市役所に
大きなタペストリーを垂らしたときに、いい悪いを誰が判断するかということ
でもあるんです。その時に市民一人ひとりがそれはいいとか悪いとか、いまの
レベルで、アニメの殿堂がいいとか悪いとか言っているレベルじゃなくて、一
人ひとりが芸術について判断する力を、今後30年、50年かけて身に着けていか
ないと大変なことになりますよということを、いちばん言いたかったですね。
そのことは、私のもう一つの仕事としてやっていきたいと思います。
 あとはちょっと視点を変えて言うと、現代口語演劇を始めた時に二つ考えた
ことがあって、一つはこれすごい大きな鉱脈を掘り当てたけど、世間に出るの
に時間がかかるだろうな。10年かかる。それをどうにか知恵を使って5年にし
よう。もう一つは、これは客は来ないだろう、どうやっても増えないだろうと
思いました。そう思いましたが、でも増えないのはおれたちの責任かなとも思っ
たんです。これは社会の方が間違っているんじゃないだろうかと。だとしたら、
先ほどの演出家の欲望の話と同じで、この芝居を見に来るような社会に作り変
えようと思った。それは比較的早い段階で思った。もちろん、いまでも思って
います。

-さっきの「真善美から離れる」ことも含めて、平田さんの現代口語演劇に対
するある種の批判として、見る観客が近代的な個人として想定されているので
はないかという指摘はしばしばなされてきました。近代演劇の完成形をむしろ
平田さんは求めているのではないかと。
平田 そのことも公言してきていて、「おれが近代だ」って言っているのに、
どうして、それをあらためて批判するのか分からない。自分でも言っているん
だからいいじゃんって感じですね。「おれが近代演劇で、おれ以降が現代演劇
だ」って。その通りになったじゃないですか。分かりやすくなったじゃないで
すか。岡田君や三浦君が出てきて、あれ明らかにコンテンポラリーでしょう、
別のジャンルから見れば。今まであいまいにしてきて、みんな自分が現代演劇
だって思っていただけで、どう見たってあれは、みんな近代演劇の何かの模索
だったんだと思うんですよ。だからぼくは、現代演劇じゃなくて近代演劇です
よ、近代演劇が到達できるのはここまでですよ、ここから先、ぼくはちょっと
だけ現代演劇の可能性を示すことはできるかもしれないけど、後は次の世代の
やることですよ、とずっと言ってきたつもりなんですけどね。

-わかりました。ただいろんな席でしゃべった中身としては何度か聞きました
が、それをまとめてきっちり書いていないのではありませんか。
平田 そうですね、あまり書いてなかったかもしれない。

-トークでの提示が多かったと思いますね。
平田 ぼくが、純粋な演劇論の刊行をさぼっているってこともあるんですけど、
『都市に祝祭はいらない』という書物を出した後、晩聲社が実質つぶれちゃっ
たこと、新しいジャンルでより多くの人に読んでもらうために新書という形式
で出版したことも影響してますね。演劇は、そんなに急にお客さんが増えなく
てもいいけど、本は出すなら、売れる物を書きたい。『演劇入門』は六万部売
れてるんですね。ぼくの芝居には6万人は来ないけど。
 新書は雑誌と同じで、編集者の意向が非常に強い。題名だってぼくが付けた
わけじゃない。『芸術立国論』はもともと『日本に文化政策なし』っていうの
が最初の題名でしたから。

-うーん。でもその原題では、出版社の企画会は通りにくいですね。
平田 それは、中江兆民の「日本に哲学なし」の引用なんですけど。『芸術立
国論』は気に入っていなかったんだけど、どうしてもと言われた。『演劇入門』
は、当初は『リアルのメカニズム』っていう題名で書いていたんですけどね。
これも編集長直々に、『演劇入門』で行きたいと言われました。

-政権交代で声がかかったらどうしますか。
平田 酒の席では、そういう話はありますけど、入閣とか出馬とか文化庁長官
とか、演劇が続けられない仕事はやりません。これまでも、政府の諮問委員は
いろいろやってきましたから、お手伝いできることはすると思います。でも、
それはどんな政権になっても同じですけど。(了)
(2009年7月20日、こまばアゴラ劇場)


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【編集日誌】
☆昼食の用意をしながらテレビを見ていたら、鳥取を拠点にしている「鳥の劇
場」の活動が紹介されていました。23日のNHK総合の生中継番組 ふるさと一
番!「心をつなぐ手づくり演劇祭~鳥取県鳥取市~」です。午後0:15から午後
0:40までの25分間。お昼の時間帯の全国中継で紹介されるとは、劇団活動を知っ
てもらうまたとないチャンスでしょう。地元の支える人びとと一緒に、着実に
活動を続けている劇団の様子が分かりました。心強い限りです。
☆というわけで、テレビで演劇関連の番組がどれほどあるか早速調べてみたら、
それなりにあるんですね、これが。あす24日午後2時から、NHKBSハイビジョン
で井上ひさしインタビューがあるではありませんか。夜8時からは蜷川幸雄さ
んのインタビューも予定されています。いずれも「100年インタビュー」枠で1
時間30分の放映です。25日の深夜には、NHKBS2で劇団スーパー・エキセントリッ
ク・シアター「昭和クエスト」公演が舞台中継(録画)されます。あるもので
すねえ。これからは自宅滞留時間が増えそうなので、番組チェックをしなけれ
ばとあらためて思った次第です。
☆今週は、少年王者館公演と平田オリザインタビューの最終回をお届けします。
ともに週末までにはwebサイトワンダーランドに掲載予定です。
(北嶋)

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