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小劇場演劇やダンス、パフォーマンスを取り上げるレビューマガジンです。内容はWEBサイトにも再掲しますが、マガジン版が先行するオリジナルを掲載します。

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2009/08/20

週刊マガジン・ワンダーランド 第153号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/

   マガジン・ワンダーランド(小劇場レビューマガジン)

   2009年 8月19日発行 第153号                          毎週水曜日発行

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【目次】
◆劇評を書くセミナー 座・高円寺コース(後期)9月開講!

◇ピエール・リガル「プ・レ・ス」第3回
閉塞空間をリアルな身体で生きる不条理 ユーモアを意識的に導入して
堤広志
▽連載「カトリ式小劇場の歩き方-9月」
 第9回 私を月まで連れてって
 カトリヒデトシ
▽連載【レクチャー三昧】
 第53回 「劇場化」
 高橋楓


■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ 

◇TAGTAS「百年の<大逆>-TAGTAS第一宣言より-」(前・後篇二部作)
 置いてきぼりにされたメロドラマ・ジャンキー 観客の場所はどこ?
 都留由子
◇TAGTAS「百年の<大逆>-TAGTAS第一宣言より-」(前・後篇二部作)
 それが露わにされるとき
 大泉尚子
◇TAGTAS「百年の<大逆>-TAGTAS第一宣言より-」(前・後篇二部作)
 「観る」とはどういう行為なのか
 金塚さくら
◇ピエール・リガル「プ・レ・ス」第2回
 「ダンス」や「アート」の概念を揺さぶる
 堤広志

◇ヤン・ファーブル「寛容のオルギア」
 「人間的な、あまりにも人間的な」ヤン・ファーブル
 竹重伸一

◇ワンダーランド支援会員を募集中!
http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html


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◆劇評を書くセミナー 座・高円寺コース(後期)が始まります。

 小劇場レビューマガジン「ワンダーランド」が座・高円寺と提携して実施す
る「劇評を書くセミナー 座・高円寺 留学コース(後期)」が9月5日(土)か
ら始まります。年末までの4ヵ月、選りすぐりの舞台をみて、演劇のおもしろ
さをたっぷり味わいましょう。

 「虚構の劇団」(鴻上尚史主宰)の『ハッシャ・バイ』公演のほか、若手の
注目株、タカハ劇団『モロトフカクテル』、岡安伸治ユニットの『BANRYU』
(バンリュウ}、燐光群の新作公演『ハシムラ東郷』(坂手洋二作・演出)を
取り上げます。

 公演をただ見るだけではもったいない。感想を書くだけでも物足りない。舞
台をみて、劇作家・演出家の話を聞き、そのうえ劇評を書いて、みんなで語る
セミナーに参加してみませんか。優秀作品はワンダーランド(wonderland)に
掲載します。

 会場は座・高円寺の地下稽古場。定員25人。日程、受講料などは次の詳細ペー
ジをご覧ください。
http://www.wonderlands.jp/info/seminar09the.kohenji3.html


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◇ピエール・リガル「プ・レ・ス」第3回
閉塞空間をリアルな身体で生きる不条理 ユーモアを意識的に導入して
堤広志

●異色の振付家ピエール・リガル

 ビエール・リガル(Pierre Rigal)は、ここ数年で一躍世界的に注目されるよ
うになったアーティストである。1973年南フランス・トゥールーズ近郊に生ま
れ、陸上競技の400m走ならびに400mハードルのアスリートとして活躍した後、
バルセロナ大学で数理経済学を、トゥールーズのオーディオ・ビジュアル・ス
クールで映画製作を学んだという異色の経歴を持つ。

 コンテンポラリー・ダンスには学生時代から興味を持ち、ヴィム・ヴァンデ
ケイビュスやベルナルド・モンテなどのワークショップに参加。卒業後はビデ
オクリップやドキュメンタリーフィルムを製作するかたわら、ジル・ジョパン
やオーレリアン・ボリーのもとでダンサーとして活動している。2003年には
「カンパニー・デルニエール・ミニュート」(Companie  Derniere Minute)を
自ら立ち上げ、ソロ作品『エレクション』を発表。その他の作品に、82年のワー
ルドカップ準決勝フランス・西ドイツ戦を題材にした『遊びの終わり』(06年)、
パリ郊外のヒップホップダンサーたちとコラボレートした『アスファルト』
(09年)などがあるという。

 こうした異才が舞台芸術の世界に入って頭角を現してくるということ自体、
フランスのコンテンポラリー・ダンスの状況を象徴的に物語っているように思
う。リガル自身、子供の頃からオーセンティックなダンス教育を受けてきたわ
けではなく、またプロのダンサーとして既存のメソッドやボキャブラリーを修
得してきたのではない(ただし、元アスリートの身体能力を舞台に活かし転用
しているということは言えるかもしれない)。また、彼が教えを乞うたり関わっ
たりしてきたアーティストたちも、80年代ヌーヴェル・ダンス以降に独自な表
現を繰り広げてきた者たちばかりである。つまり、決して「ダンス」の王道を
歩んでいるのではなく、意識的にマージナルかつオルタナティブな活動を繰り
返してきているという点で極めて「コンテンポラリー」なアーティストだと言
えるのではないだろうか。

 特に注意すべきなのは、まだ日本には紹介されていないオーレリアン・ボリー
(※9)である。リガルは近年、同じくトゥールーズを拠点とするボリーと仕事
をする機会が多い模様で、いくつかのヒット作を飛ばしている。私は未見だが、
ポリーの主宰する「カンパニー111」は現在フランス国内でも最注目のヌーボー
・シルクらしく、「ニュー・サーカス」と称してニューヨークへもツアーし好
評を博したという。リガルのプロフィールに「モロッコの軽業師や京劇の俳優
とも共演」と書かれているのも、おそらくボリーの作品におけるキャリアだろ
うと思われる。

 リガルは、単に門外漢がビギナーズ・ラックのようにしてダンス界でブレイ
クしたのではなく、かなり確信的に自己の身体と表現に取り組んできているよ
うだ。演劇とダンスを高度なテクノロジーで結合させていくアプローチはヴィ
ム・ヴァンデケイビュスやムラーデン・マテリック(ボリーの師)から、ダンス
とテクノロジーの間の可能性を追求しながら社会的なテーマを思考するコンセ
プチュアルな創作の在り方はジル・ジョパンから、そしてアクロバチックな身
体イメージを取り入れていく姿勢はオーレリアン・ボリーからそれぞれに吸収
し、自作に柔軟に反映させているように思う。

 今回初来日となったソロ・パフォーマンス『プ・レ・ス』も、そんなリガル
の特質が感じられる個性的でユニークな作品であった。これは2008年ロンドン
で初演後、ランコントル・アンテンナショナル・ドゥ・セーヌ・サン・ドニ(
旧バニョレ国際振付賞)やシドニー・オペラ・ハウスなどでも上演して絶賛さ
れ、リガルの出世作となった。原題は『Press』だが、邦題ではカタカナの間
にナカグロを入れて「プ・レ・ス」としている。なぜ、そう表記したのか主催
者側から詳しい説明はないものの、実際の舞台を観ればその理由も理解できる
ように思う。

●『プ・レ・ス』-閉塞空間から想起される負の記憶

 舞台上には、舞台面よりも何尺か高い位置に小さな室内セットが組まれ、暗
闇に浮かんでいる。打ち放しのコンクリートを模した灰色の壁と天井だけの、
窓も扉もない密室である。間口は2間ぐらい、奥行きは1間ぐらい、天井の高さ
は2mほどだろうか。会場となった静岡芸術劇場は馬蹄型の中劇場で、間口やタッ
パはあるものの客席数は少なめで、一般の公共ホールと比較してもさほど大き
くはない。舞台と客席もかなり近いはずなのだが、それを差し引いてもこのセッ
トは極端に矮小化された印象である(照明・舞台装置:フレデリック・ストー
ル)。

 開演すると、折り畳みのパイプ椅子が1脚置かれ、その横に黒いスーツ姿の
男(リガル)が立っている。下手前方の天井からは全長1mぐらいの金属製の黒い
アームが突き出し、自動的に伸縮したり首を振ったりする。先端には小型の白
色ライトが付いていて時折室内を照らす。また、その少し上には赤いLEDラン
プが目のように終始光っていて、まるで室内を監視するロボットのように擬人
化して見える。

 男はやや斜に構えてこちらを向き、片足に重心を置いて無表情に佇んでいる。
無音でしばし時が過ぎる。やがて腕を中心とした微かで機敏な動きを繰り出す
が、それは天井から突き出たアームに似た直線的かつ無機質な動作で、どこか
ロボットや人形を連想させる。そして、肩を回して天井に手を着くとビヨーン
という電子音がシンクロして生じる。あるいは上体を反り返らせ、バネのよう
に姿勢を戻すとジュワーンと鳴る。どうやら身体が壁や天井に接触した瞬間に
生じるノイズをマイクで拾い、エフェクトをかけて増幅させているらしい。クー
ルでシリアスなビジュアルの反面、身体の動きや音響は子供向けアニメを連想
させるようなコミカルなニュアンスがあり、どこまで本気なのか、あるいはギャ
グなのか、即断できない奇妙な緊張感が醸し出される。

 この奇妙な空気感とテンションを維持したまま、シーンは展開されていく。
すると突然、天井全体のレベルが下がり、ちょうど身長の高さで止まる。だが、
男はうろたえることもなく、無表情にそれを受け止めている。天井に接触して
いる頭を擦りながら移動すると、そのノイズが増幅される。そして右腕を後頭
部に回し、顔先に出た手先で顎をつかみ身をねじる。まるで天井の高さに合わ
せて、自分の首をアタッチメント式に取り外そうとするかのようだが、もちろ
ん外れるわけはない。しかし、この動作によってリガルの肩の関節が非常に柔
軟であることがわかる。

 室内が薄暗くなると、姿勢を低くして虚空に手を伸ばし、暗闘(だんまり)の
ような仕種となる。天井の壁際近くに天窓のようなスリットが生じ、蛍光灯の
光が差し込んで間接照明で壁面を照らす。スチールギターの乾いた音が流れ、
虚ろな響きを奏でていく(音楽:ニール・ボルデュール)。男は倒立をして上手
の壁に足をもたげ、そのまま壁を伝って中央から下手へ移動する。ストリート
ダンスのような腕力に任せたパワームーブではなく、腕や肩を支点として無理
のない体勢で体重を支え、バランスを取りながら必要最低限の力でゆっくりと
重心を移動していく。フリークライミングにような慎重さとバランス感覚をもっ
て逆立ち移動していく、“フリースタンディング”とでもいうべきスリリング
な身体の使い方である。

 下手までくると、今度は正面を向いて片手立ちとなる。そして、足裏を天井
に着け、上手の方に向けて大きくブリッジを展開する。やはりここでも肩の関
節や背骨の柔軟さが確認できる。同時にそのしなやかな身のこなしから、身体
のメンテナンスが入念に行き届いていることもわかる。アクロバチックな逆立
ちはさらに続き、上手から中央へ移動して床に頭を着け、足裏を天井に突っ張っ
て、離した両手を体側に添わせてポーズする。頭頂の一点で全体重を支える逆
立ちに、客席のあちこちから驚嘆の吐息が漏れる。舞台関係者にとってはまる
で野口体操を彷佛とさせる体技であり、やはりリガルが何か特別な身体の修練
を積んでいることを実感させる。

 天井はさらに下がり、肩のラインに達する。男はやはり部屋に適応するよう
に背中を向け俯いて首を折り、肩口を天井に着ける。すると首なし人間のよう
に見える。椅子に掛けていたジャケットを着込むと、ボイスオーバーで「I'm
a stranger.」「I have a kichen.」「-in my head.」などの英語が流れる。
それらはボコーダーを通したようなエフェクトがかけられ、明瞭には聞き取れ
ないものの、孤独な男の意識の声のような感触がある。そして、この閉塞空間
がそのままこの男のインナースペース(内的宇宙)であるようにも思えてくる(
※10)。

 首なし男は椅子を手繰り寄せて座り、腕を組むとテレビ音声のSEが遠くに聞
こえてくる。すると男はただ居眠りをして顔を伏せていただけのように見え方
も変化する。頭を起こして椅子の上に全身を乗せ、狭い座板の上で爪先を手で
持って反転して逆さになり、足先を天井へ着けたり、横臥して壁を歩いたり、
あるいは背もたれと座板の間に頭を突っ込んで額を床に着け、椅子ごとを斜め
に傾むいて伸身で空中歩行をするようにしたりと、椅子を使った巧みな動きの
バリエーションを展開する。

 轟音とともにまた天井が下がると、男は椅子をつっかえ棒にする。四つん這
いとなり、アームライトの方へ行って、正座する。ライトが客席の方へ向くと、
轟音とともに舞台は暗転。明転すると、椅子はなくなっている。男は顔を天井
に吸い寄せられるように押しつけると、天井はいったん上昇し中腰の高さで止
まる。男は頭頂を天井に着け、足を組んでポーズしたり、その姿勢のまま回転
して向きを変えたりする。しかし、天井はまた下がって先程の椅子の高さとな
る。男は肩立ちから足を頭越しに伸ばしてヨガの「鋤のポーズ」(※11)を展開
し、上手壁際まで来ると横臥して壁に直立するようにポーズする。そして、屈
んで反対側へジャンプし、床を滑って下手壁際までくるとターンをし、今度は
下手壁に直立する。同様に上手側へジャンプし、さらにまた下手へジャンプと、
上下の壁の間を行き来する高速ターンの連続技を展開する。

 一回暗転後、明転すると天井は上体を起こすこともできないぐらいの低さに
なっている。男はアームに飛びかかり天井から引き抜くと、轟音とともに空間
は広がって冒頭のシーンの高さに戻る。男はアームの先の赤いランプを取って
口の中へ入れる。薄暗がりの中、頬を通して口中のランプが光っているのがわ
かる。アームから先端のライト部分も外し、床に置く。そしてアームを持って
平伏した背中に乗せたり、弓なりに伸び縮みする動きを相似形に並んで真似し
てみたりする。あるいは立ってアームの一端を床に着け、椅子のような形にし
て座るようなポーズをとったり、手で操ってペットのようにもてあそんだりす
る。やがて、アームを放り出して佇立すると、また冒頭と同じロボットか人形
のような動きを始める。だが、終いにはまた天井が下がり、押しつぶされて暗
転となる。明転すると、男はいなくなっている……。

 この作品で描かれているのは、狭小化された閉塞空間に閉じ込められながら
も、機械的にでも適応して生きていこうとする人間の不条理な姿である。さら
に徐々に降下する天井の圧迫に耐えながらも、なんとか生きる方途を探ろうと
する極限的状況は、管理社会に生じる人間性の疎外や人権の剥奪といった普遍
的な問題をも訴えかけている。

 この舞台を観ていて想起した2つの作品がある。一つは世界的なビデオ・アー
ティスト、ビル・ヴィオラによる『ROOM FOR ST.JHON OF THE CROSS』(1983)
である(※12)。この作品は、かつてスペインでイスラム教徒に捕らえられたキ
リスト教僧侶の話に基づいたビデオ・インスタレーションで、その僧侶は立つ
ことも座ることもできない牢獄に9ヶ月間も幽閉されたという。物理的に身体
の自由が利かない閉塞空間に監禁され、精神的にも負荷をかけられ、生命の危
機と直接向かい合わざるを得ないような状況は、『プ・レ・ス』の舞台設定に
も通じるように思われた。

 もう一つは、ベルリンのユダヤ博物館(※13)にある「ホロコーストの塔」で
ある。現代建築家ダニエル・リベスキンドの設計によるこの博物館は、外壁が
チタンと亜鉛の板で覆われていて、ナイフで鋭く引っかいた亀裂のような意匠
が施されていることで有名だが、内部にも歴史の負の記憶を象徴するような様
々な空間設計がなされている。その中でも特に印象深いのが「ホロコーストの
塔」である。

 ホロコーストの犠牲者の遺留品が並ぶ展示室を通り過ぎた先に、高さ24メー
トルの煙突状の塔への入り口がある。私が2003年に訪れた時には混んでいたか
らであろうか、10数人ずつを一つのグループとして2~3分ぐらいの時間に区切っ
て塔の中へ通し、入れ替えるようにしていた。内部に展示品は一切なく、打ち
放しのコンクリートの壁に囲まれたがらんどうの空間が寒々と広がっているば
かりである。天井は高く、壁面のはるか上方に横長の細く小さい窓が開いてお
り、そこから入るわずかな外光が室内をほの暗く照らしている。そして、ガイ
ドが「扉が閉まったらしばらく喋らないでいてください」と説明し、皆しばし
無言で佇むことになる。

 オーディエンスはこの虚ろな塔の底で、窓越しに見える小さな空をただ呆然
と見上げるしかない。ほかに見るべきものなど何もないからだ。そして、ホロ
コーストの犠牲者が当時感じたであろう死への恐怖や絶望、悲哀の感情を想像
し、あるいは擬似体感することになる。歴史の負の記憶を再生させながら、同
時に平和への祈念を誘う見事な装置となっているのである。

 『プ・レ・ス』では、セットの天井の縁にスリットが入り、蛍光灯が壁面を
照らした。それは単に空間性を強調するだけではなく、天井の圧迫感や壁面の
厳然とる存在感を意識させ、十分な心理的効果をもたらしていた。リベスキン
トが「ホロコーストの塔」で高い天井と小窓によって逃げる術のない空間の残
酷な虚無感や悲壮感を演出したように、『プ・レ・ス』では低い天井とスリッ
トによって押しつぶされるかもしれない重圧感や抑欝感を強調している。天井
の高低こそ違え、どちらの空間も見る者を圧倒する同じような効果をはたして
いる。

 そして、『プ・レ・ス』と「ホロコーストの塔」にはさらにもう一つの共通
点があるように思う。それは社会性のあるシリアスなテーマ性とは違ったもう
一つの局面である。実は私が「ホロコーストの塔」を体験した時、ある印象深
いことが起こった。たまたま近くにいた生粋のドイツ人と思われる若い白人女
性が思わず吹き出してしまったのである。おそらく何もない空間で、何事も起
こらない時間を、皆でただ押し黙ったままじっとしていなければならないとい
うことの不条理が、単純に可笑しく感じられたのだろう。私は振り向いて特に
非難するでもなく視線を送ると、彼女はすぐに口をつぐんだのだが、しかしこ
の時私は微かに戸惑いを覚え、心中に複雑な思いを抱いた。ドイツ人が加害者
となった負の歴史を刻印する極めて政治的な意味合いを持つ場所で、当のドイ
ツ人が無神経にも笑っている。この事態をどう受け止めればよいのだろうかと。

 おそらくこの女性は戦争をまったく知らない若い世代であり、特別強い歴史
認識も問題意識も持ち合わせていなかったのだろう。だから、知識や理性に縛
られず、その場の状況をただ可笑しく感じることのできる自由な感性が働いた
とも言える。リガルも、どうやらそれと同様の感性の持ち主のような気がする
のである。

●フランスのエスプリとコンテンポラリー・ダンスのグローバリズム

 「この作品の中の主人公が直面する物理的な圧力は、人間が生活の中で直面
する共同体の圧力、個人生活での圧力、心理的な圧力などあらゆる圧力を象徴
することができます。危険の予兆が高まり、死の予感に襲われたとき、死に対
するさまざまな反応があらわれます。鼻で笑ってみたり、知らないふりをして
みたり、やっぱり恐くなったり…。」(公演リーフレット掲載のリガルへのイ
ンタビューより)

 そもそも『プ・レ・ス』は、初演をしたロンドンのゲイト・シアター(※14)
から委嘱された作品である。リガルはこの劇場を訪れた際、そのあまりの空間
の小ささに驚き、当初創作は不可能だと思ったという。しかし、逆にその小さ
い空間を利用してやろうと考えて、何ができるかを模索していった。そうして
空間の変化に対する身体の応答、適応の動きを研究していき、舞台装置のイメー
ジから人間への圧力というテーマが浮上したようだ。ただし、実際の表現はシ
リアスにはせず、バカバカしさやユーモアを意識的に導入したという。

 おそらくそこにリガルの特質があるように思われる。彼が学んだヴィム・ヴァ
ンデケイビュスやベルナルド・モンテであったならば、テーマに真正面から取
り組んでもっと社会性の強いシビアなタッチの作品となるのではないだろうか。
SPACのブログには、静岡滞在中にリガルがカンパニーの仲間たちと粋な「置き
土産」を残していったことが記されている(※15)。それを見ただけでも、リガ
ルがその場の状況や条件に際してアクチュアルに対応し、臨機応変な遊び心を
発揮するエスプリの持ち主であることが確認できる。そして、こうしたエスプ
リはフィリップ・ドゥクフレやジェローム・ベルにも通じる、とてもフランス
人らしいセンスなのではないかと思えるのだ。

 観客によっては、カフカの『変身』の主人公グレゴール・ザムザを連想した
り、テクノロジーによって人間が支配される近未来SF映画のようなストーリー
を思い描いた者もあったようである。リアルな身体とアクチュアルな空間性は
コンテンポラリー・ダンスとして評価でき、フィクショナルなストーリーやフィ
ジカル・シアター的な演出は代理表象として感情移入し共感することもできる。
アーティスティックでありながら、エンターテインメントとしても楽しむこと
ができるアンビバレントな作品づくりに、今後も期待したくなる才能である。

 それから最後に言及しておきたいのは、これはこれまでにもいろいろなとこ
ろで書いてきたことなのだが、今コンテンポラリー・ダンスの世界では様々な
身体技法を積極的に取り入れ、創作にも活かしていくアーティストが目立って
きている。ベルギーのアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル(ローザス)はヒッ
プホップやヨーガを取り入れ作品化している。ドイツのウィリアム・フォーサ
イスは日本の武道家・日野晃を招いてワークショップを実施している。カナダ
のマリー・シュイナールのカンパニーではピラティスが効果を上げている。リ
ガルのしなやかな身体もヨガによって培われたものだという。『プ・レ・ス』
で見せたアクロバチックな動きや重心移動にその成果がうかがわれる。コンテ
ンポラリー・ダンスのグローバリゼーションは、様々な身体技法の有効性が相
互にシェアされる時代の到来を意味しており、それゆえに未知のアーティスト
や表現がこれからも登場する可能性を秘めているように思われる。(了)

♯♯註
※9)
オーレリアン・ポリー(Aurélien Bory)は、1972年フランス北東部コルマルの
生まれ。物理学、音響設計、映画を学んだ後、トゥールーズのシアター・タトゥ
(Theatre Tattoo)でムラーデン・マテリック(Mladen Materic)に師事して演技
とジャグリングを習得。LIDO(トゥールーズ・サーカス・アーツ・センター)の
教師となり、2000年初めての作品『IJK』を発表。自ら「カンパニー111」を結
成し、芸術監督を務めている。カンパニー公式サイト
(http://www.cie111.com/)やウィキペディア仏語版
(http://fr.wikipedia.org/wiki/Aur%C3%A9lien_Bory)を参照されたい。また、
カンパニー111作品の日本語レビューに、「Plus ou moins l'infini」
(http://www.office-ai.co.jp/_edi/_edi-history/edi-200704-01.html)、
「ザ・セブン・ボード・オブ・スキル」
(http://www.chacott-jp.com/magazine/world-report/from-newyork/from-newyork-0812b.html)
などがある。

※10)
公演リーフレットに掲載されているインタビューでリガルは、この作品が「私
たちの世界、私たちの地球、私たちの脳のメタファーにもなっている」と語っ
ている。また、2009年6月13日のポスト・パフォーマンス・トークでは、「自
分の脳みその中」がこの作品のコンセプトであると明かしていた。
※11)
ヨガの「鋤のポーズ」は原名をハラ・アーサナといい、牛に牽かせて畑を耕す
木製のスキ(ハラ)と形状が似たポーズ(アーサナ)であることから付けられた名
称。「肩立ちのポーズ」(サルヴァーンガ・アーサナ)からのバリエーション。
鋤が土を掘り起こして隙間をつくり、保水性や通気性を良くして作物の生育に
適した土壌にするように、このアーサナも天地を反転させることにより、立位
で下垂していた内臓が移動して血液やリンパの流れが変わり、諸器官の機能を
活性化させる効果があると言われている。また、意識面では身体の内外も反転
してシェルターに入ったような安心感や胎内回帰のような没入感も感得される
という。「アーサナ・コメンタリー」ハラ・アーサナのページ
(http://www.lila-yoga.org/newpage3-5.htm)に詳しい図解あり。
※12)
東京・青山のスパイラルが主催した企画展「人間の条件展 ? 私たちは、どこ
へ向かうのか。 Of the Human Condition :Hope and Despair at the End of
the Century」(1994年2月1日-20日@スパイラル)に出品された。この展覧会に
はクリスチャン・ボルタンスキー、ギルバート&ジョージ、マシュー・バーニー、
ナン・ゴールディン、岡崎乾二郎、宮島達男、柳幸典、ダムタイプ、荒木経惟、
森村泰昌、椿昇、テクノクラート(飴屋法水)など、国内外33組の名だたる現代
アーティストが出展し、ギャラリーやホールはもとより、ビルの入り口からエ
レベーター、非常階段まで全館を使い展示した。そもそもは1993年9月から
1994年3月までの7ヶ月間に渡ってスパイラルで開催されたロング・イベント
「ART LIFE 21-人間になろう」の一環で、この展覧会でも民族対立や環境問
題、エイズなどの同時代的なテーマが様々に取り上げられ、「より人間らしく
生きる」ことをオーディエンスに問うた意欲的な企画だった。
※13)
ベルリン・ユダヤ博物館については公式のホームページ
(http://www.juedisches-museum-berlin.de/site/DE/homepage.php)も参照で
きるが、ウィキペディアの日本語ページの方が簡潔に概要を知ることができる。
※14)
ゲイト・シアター(The Gate Theatre)は、1979年ロンドンのノッティングヒル
にあるプリンス・アルバート・パブの上に、ロウ・スタインによって設立され
た。平均的なキャパシティ(客席数)は70席と小さいが、ロンドンで最も柔軟で
使い勝手の良いスペースの1つだという。30年間にわたり、野心的なプログラ
ムによってディレクター、デザイナー、劇作家、パフォーマーらを挑発して奮
起させ、特に新進アーティストにはあえて冒険をさせながらもスプリングボー
ドとなるような優れた実績を築く機会を提供している。この劇場を活動の場と
したアーティストには、リズ・ブラザーストン(美術デザイナー)、キャシー・
バーク(女優)、ドミニク・クック(演出家)、サー・ピーター・ホール(演出家
・映画監督)、パターソン・ジョセフ(俳優)、サラ・ケイン(劇作家)、アレッ
クス・キングストン(女優)、ジュード・ロウ(俳優)、ナンシー・メックラー(
演出家)、ケイティ・ミッチェル(演出家)、ソフィー・オコネド(女優)、レイ
チェル・ワイズ(女優)など、新鋭から重鎮までバラエティに富んでいる。また、
革新的な国際制作を主とする劇場としてはロンドン唯一とされ、英国演劇界に
は知られていない戯曲や劇作家によるオリジナル作品の上演や、その才能が発
見されるに値するアーティストの発掘など、ユニークな取り組みをしている。
以上、劇場公式サイト(http://www.gatetheatre.co.uk/)を参照。ちなみに今
秋、燐光群が公演予定の『BUG(バグ)』(トレイシー・レッツ作)もこの劇場で
初演後、オフ・ブロードウェイで異例のロングランとなった作品で、やはり閉
塞感を伴いながら笑いの要素もあるクオリティの高い室内劇となっている模様。
※15)
静岡県舞台芸術センター(SPAC)ブログの2009年6月22日の記事には、リガルが
カンパニーの仲間たちと粋な「置き土産」を残していったことが明かされてい
る。
http://spac.or.jp/blog/

▽ピエール・リガル「プ・レ・ス」
第1回 「寛容のオルギア」があぶり出したのは コンテンポラリー・ダンス
は今(第150号)
http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=1089
第2回 「ダンス」や「アート」の概念を揺さぶる(第152号)
http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=1095
第3回 (本号)

【筆者略歴】
 堤広志(つつみ・ひろし)
 1966年川崎市生まれ。文化学院文学科演劇コース卒。編集者/演劇・舞踊ジャー
ナリスト。美術誌「art vision」、「演劇ぶっく」「せりふの時代」編集を経
て、現在パフォーミングアーツマガジン「Bacchus」編集発行人。編書は「空
飛ぶ雲の上団五郎一座『アチャラカ再誕生』」(論創社)、「現代ドイツのパフォー
ミングアーツ」(三元社)。

【上演記録】
▽「プ・レ・ス」(Shizuoka春の芸術祭2009)
静岡芸術劇場(2009年6月13日-14日)
振付・出演:ピエール・リガル(カンパニー・デルニエール・ミニュート)
音楽:ニール・ボルデュール
上演時間:60分

製作:カンパニー・デルニエール・ミニュート、ゲイト・シアター(ロンドン)
共同製作:ランコントル・アンテルナシヨナル・ドゥ・セーヌ=サン=ドゥニ、
テアトル・ガロンヌ(トゥールーズ)
助成:DRACミディ=ピレネー、トゥールーズ市、オート=ガロンヌ県議会、キュ
ルチュールフランス=トゥールーズ市助成協定
協賛:キュルチュールフランス、フランス大使館、エールフランス航空、
協力:東京日仏学院


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◇連載「カトリ式小劇場の歩き方-9月」
 第9回 私を月まで連れてって
 カトリヒデトシ

 若狭さんが帰ってきた。死ぬまでに一度はいきたい宇宙ってやつである。
 「スペース・トリップ」は究極の旅行だと思います。月の地平線から昇って
くる地球の姿なんかを見てみたい! しかしそのためには莫大な費用がかかる
し、長期間の訓練を受けたりしなきゃいけないしとたいへんな労力がかかる。
うーむである。

 だからといって、お手軽に「トリップ」するバカもののまねは決してしたく
ない。確かにカトリもアルコールやニコチンなど薬物まみれであるが、ドラッ
グに頼る気にはならない。だってカトリには、演劇があるものさ。演劇さえ見
てれば「トリップ」することなんて簡単だと信じている。「私を月まで連れてっ
て」くれる演劇はたくさんあるもの。

 しかし、そのたとえには気を付けなければいけないのかもしれないなぁと近
ごろ思っている。演劇の効用は数々あれども、一番重要なのは、「行ったこと
のないどこかに連れてってくれる」ことではない。

 これだけ情報が溢れる中では、ピラミッドでも、南極の氷の大地でも、画像
やイメージがすり込まれてしまっている。もはや「行ったことがない場所」を
探し当てるのは至難の業だ。観光で訪れた場所で「ここがいつも写真で見てい
たとこか」などと転倒した感想を抱いてしまうことすらある。世界でもっとも
遠いところは自分の背中であるというレトリックがあるし、ヴィム・ヴェンダー
スの映画「夢の涯てまでも」(原題:Until the End of the World。82年)では
心の中こそが「世界の果て」だと規定されていた。納得のいくところではある
まいか。

 わざわざエジプトまで出かけていかなくとも、演劇というライブでは、知っ
ているはずの場所が全く別の見たことない場所に見えてくるという経験ができ
る。もちろん場所というのは比喩で、「親子関係」でも「恋愛」でもいい。ジャ
ンキーが見る「幻覚」や「妄想」と紙一重の、そこにあるものの別の見え方が
興奮とともに現れるのが演劇なのだろう。だから「冷たい」麻薬を打ってトリッ
プしなくても、演劇は「熱く」トリップさせてくれるわけである。

 今月は脚本の力で「見ていたはずのものが全くちがうものに見える」世界を
展開してくれる作家たちの作品を4本取り上げまーす。

 ハイバイ「て」(9/25(金),26(土)プレビュー。10/1(木)~12(月)。東京芸術
劇場小ホール1。http://hi-bye.net/)は昨年の再演。「70%自伝」と作家本人
のいう、家族の愛憎劇。
 家族がどれほど長い時間を共に過ごそうと、様々な努力すら払おうとも十全
にわかりあえることなどないという、厳しく相克する現実を描く。よくある
「家族もの」とは遥かに遠い、兄弟という最初の他人との行き場のない心情の
錯綜が痛く描かれる。しかし、「家族」という「幻想の」肖像を破壊するだけ
ではないところが、平凡な作家と岩井が異なる優れたところだ。自分の生育へ
の復讐劇みたいなものだったら、みせられても観客は困るだけだ。ぶっ壊すだ
けが新しさなんかじゃない、諦めるには早すぎる。岩井は「ディストピア」か
ら最後に柔らかい世界へたどりつく。岩井が「いつもの」という、その過程の
愛おしさは、逃げ場のない家族関係という重いクビキをちょっとだけ軽くして
くれる。いいんだよなぁ。今年も泣きにいきたい。

 こゆび侍「はちみつ」(9/23(水)~28(月)、王子小劇場。
http://koyubi.chips.jp/index.html)。成島秀和は繊細な心情を持つ。ともす
ると痛くなるような繊細さが気の利いたセンスあるせりふでつづられる。都会
的センスというと、分かり易すぎてチープになってしまうが、情緒過多なこと
ばが廃され淡淡としたやり取りによってセンチメンタルが構成される。これこ
そ「ハードボイルドな情緒」だとカトリは呼びたい。心地よいことばが芝居の
進行とともに観客に染み渡っていく。センチメンタルなのにウェットじゃない。
そこが成島の持ち味なんである。人物のバックグラウンドとかストーリーには
まだちょっと甘さも感じてしまうが、今回はどうなんでしょう。ブレイクして
くれ、大いに期待している。

 柿喰う客「悪趣味」(9/4(金)~13(日)、シアタートラム。
http://kaki-kuu-kyaku.com/main/)
 中屋敷法仁の脚本は、ことば数がメチャメチャ多い。そのことばはラップの
ノリでリズミカルに繰り出され、音楽的に心地よく聞き流されてしまう。けれ
ど猛スピードで繰り出されることばには実はなかなか作り込まれた筋と意味が
織り込まれている。さすが「脚本の売れるカンパニー」である。なにがしゃべ
られていたのかともう一度確認したくなる気持ちはよく分かる。才気煥発とい
うのは中屋敷脚本にはぴったりのほめ言葉だ。きちんと高い文学性を保ちつつ、
表面はひたすら下品にくだらなく妄想を展開させていく。ねじくれまくった、
でもポジティブな愛情の発露はいつしか見る者を元気づけてくれるのである。
 中屋敷は仕事しすぎ! 生き急がずにそろそろじっくりカンパニーを大きく
してもらいたい。そのためには彼の脚本こそが最大の起爆剤となるはずである。

 箱庭円舞曲「極めて美しいお世辞」(9/11(金)~22(火)、下北沢OFFOFFシア
ター。http://www.hakoniwa-e.com/next.html)古川貴義脚本には、タイトルか
らは絶対推し量れない強面のテーマが仕込まれている。タイトルで敬遠してし
まい、きっと見逃している人が多いはず。実はそれを鼻で笑うような方にこそ、
見ていただきたいのが、古川世界なんである。見ないともったいない、と力強
く言える世界がそこにはある。
 わざとずらしたところから、迂遠なルートをたどりつつ、きちんと社会問題
に深く切り込んでくる。「魔送球」(巨人の星)のような脚本なんである。うな
らされます。楽しみである。

 「私を月まで連れてって」の歌詞は最後に「In other words, I love you(
言い換えると…「愛しています」)」と結ばれる。その直前には「In other
words, please be true(つまり、「ほんとうにしてほしい」ってこと)」とあ
る。愛しているし、真実を求めている。スタンダードらしく結論は単純だ。

 劇場ではたった数メートルしか離れていないはずの舞台上で世界の果てや心
の果てがたち現れてくる体験ができる。同時に「見ていたはず」、「知ってい
たはず」の世界が全く異なる相貌を持って立ち現れてきたりする。それこそが
「ほんとう」なのかもしれない。
 すると、これは「トリップ」よりも「遠くまで行けている」ことになるかも
しれない。

 だれもが「遠くまで行きたい」という欲望を持つだろう。でも16歳の三島由
紀夫が断じたように「海なんて、どこまで行ったってありはしないのだ。たと
い海へ行ったところでないかもしれぬ」(「花ざかりの森」)。

 世界の果てや心の果てに行かなくったっていい。今までの世界が異なったも
のに見える瞬間を与えてくれ、「真実」かもしれないものを提示してくれるの
が、演劇なんだ、と思う。

 それでは皆さん、9月も劇場でお会いしましょう。

【筆者略歴】
 カトリヒデトシ(香取英敏)
 1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校勤務の後、家業を継
ぐため独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。
ウェブログ「地下鉄道に乗って-エムマッティーナ雑録」を主宰。
http://plaza.rakuten.co.jp/ksh21c/


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 連載【レクチャー三昧】第53回 「劇場化」

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 裁判員制度導入によって「法廷が劇場化した」と言われていますが、そもそ
も演劇には裁きの場という側面もあったそうです(ギリシア悲劇)。とはいえ
現代は、演劇は「フィクション」、司法は「ノンフィクション」という区分け
がくっきり出来ている、筈です。「ドラマよりもわかりやすかった」という裁
判員コメントの背後にそびえる社会を真剣に考えるべきと思われます。(高橋
楓)

*無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。
*各情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いません。
各自ご確認の上お越しください。
*【レクチャー三昧】カレンダー版(ウェブサイト)もご活用下さい。
ただし、当「マガジン・ワンダーランド」でお知らせした催しが全て転載され
ているわけではありません。
http://www.wonderlands.jp/info/lectures.html


▽TOKYOメディフェス2009 
 衣・食・住+メディア~いまを生きるために必要なもの~ 
2009年9月20日(日)~9月22日(火) 
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2009年8月25日(火)13:00~15:00
東京女子大学
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http://office.twcu.ac.jp/event/09kakikouzaa.pdf

▽博物館の今、そして楽しみ方
2009年8月26日(水)13:00~15:00
東京女子大学
1,000円、要申込
http://office.twcu.ac.jp/event/09kakikouzaa.pdf

▽オバマとアメリカ-ワシントンからの報告
2009年8月27日(木)18:00~20:00
日本財団ビル2階大会議室
無料、要申込、先着順200名
講師は渡辺将人氏(ジョージワシントン大学客員研究員)、久保文明氏(東京
財団上席研究員、東京大学教授)
http://www.tkfd.or.jp/event/detail.php?id=136

▽社会における人工物と価値
2009年9月5日(土)13:30~16:20(13:00開場)
東京大学本郷キャンパス小柴記念ホール
無料、要申込
http://www.race.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/raceweb/news_disp.cgi?&art=00156

▽王朝文学のなぞ解き
2009年9月26日(土)15時~16時30分
日本女子大学 目白キャンパス成瀬記念講堂 
無料、要申込
講師は後藤祥子氏(前学長・名誉教授)
http://www.jwu.ac.jp/grp/lecture_news/2009/20090626.html

▽日本の電力・エネルギー・環境戦略
2009年年9月30日(水)16時30分~18時00分 
慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎1階シンポジウムスペース
無料、予約不要
講師は清水正孝氏(東京電力株式会社取締役社長) 
http://www.ora.keio.ac.jp/koizumikoza/h21_09shimizu.html

▽アジアの習
2009年10月24日(土)13:00~18:00
東京大学本郷キャンパス経済学研究科棟地下1階第1教室
無料、要申込、申込締切10月2日
講師は松田訓典氏(東洋学研究情報センター助教)、橋本秀美氏(東アジア第
二研究部門准教授)、関本照夫氏(汎アジア研究部門教授)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/sympo/poster/asia9.pdf

▽パレスチナ問題を考える―その歴史と現状─
2009年10月2日(金)開場18:00、開始18:15 
学習院大学西2号館501教室
無料、申込不要 
講師は 臼杵陽氏(日本女子大学教授) 
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/rioc/lecture/toubunkouza09.pdf

▽現代日本政治の「光」と「影」
2009年10/2 ~ 10/23 毎金全4回、18:30~20:30
専修大学神田校舎7号館(大学院棟)3階731教室
無料、要申込、定員150名
▽▽10/2(金)麻生政権と「解散・総選挙」
講師は 藤本一美氏(専修大学大学院法学研究科教授 )
▽▽10/9(金) 戦後民主主義
講師は 岡田憲治氏(専修大学大学院法学研究科教授 )
▽▽10/16(金) 日米同盟関係の新展開
講師は 浅野 一弘氏(札幌大学法学部教授 )
▽▽10/23(金) 女性の政治参加の課題 
講師は 濱賀祐子氏(専修大学法学部非常勤講師) 
http://www.senshu-u.ac.jp/sc_grsc/graduate_school/grsc_extension/004466.html

▽文化の十字路・バルカン半島の音楽
2009年10月15日(木)19:00~20:45
けやきホール
無料、要申込、抽選220名、申込締切9月30日(水)
JASRAC主催
 http://www.jasrac.or.jp/culture/schedule/2009/0709.html


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【編集日誌】
☆ピエール・リガル「プ・レ・ス」評が完結しました。いまどきのコンテンポ
ラリー・ダンスの特質を引き出すことから始まり、リガルのパフォーマンスな
どに見られるような、様々な身体技法の有効性が相互にシェアされる時代の到
来を指摘した3回連載でした。これからも折に触れ、ダンスシーンも見るよう
に努めたいと思います。フランス語表記に不十分な個所があるかもしれません。
webサイトに掲載する際、直します。ご了承ください。
☆前期に引き続き、9月から後期セミナーが始まります。関心のある方の参加
を待っています。詳細は次のページをご覧ください。
http://www.wonderlands.jp/info/seminar09the.kohenji3.html
(北嶋)

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