2009/08/12
週刊マガジン・ワンダーランド 第152号(後半)
(注)マガジンワンダーランド第152号の後半を送ります。ファイルの容量 制限で分割送信となります。ご注意ください。 ===================================================================== ◇ピエール・リガル「プ・レ・ス」第2回 「ダンス」や「アート」の概念を揺さぶる 堤広志 ●「演劇」か「ダンス」か、それが問題か!? 「今どきのコンテンポラリー・ダンスはどうなっているの!?」という問いか けの裏には、「なぜ、これがダンスなの?」「どこがダンスとして評価できる の?」という疑問があるように思う。それだけ現在のコンテンポラリー・ダン スと呼ばれている表現は多種多様であり、一般的なダンスの概念からは乖離し てみえるようなものが数多くあるということなのだろう。 ヤン・ファーブルの場合、「身体」を探求する取り組みが、「リアル」な身 体を希求するコンテンポラリー・ダンスの問題意識と合致する。ゆえに「ダン ス」として評価できる。しかし、『寛容のオルギア』ではそうしたリアルな身 体感覚やダンス的なムーヴメントを提示するより、あえてパロディ・コントの ようなセリフやアクションを多用した演劇的なタッチが全面に展開された。そ の結果、代理表象としての度合いが強まり、ダンスとして評価することを困難 にしたのかもしれない。 しかし、はたしてそのような「ダンス」か「演劇」かといった二項対立的な ものの見方は有効なのだろうか。私はそもそもファーブルの舞台を「ダンス」 という既成概念に押し込めて評価を下そうとすること自体に無理があるのでは ないかと思っている。前述したようにファーブルの表現の起点は現代アートに あり、彼自身もアート・パフォーマンスの実践者であった。舞台作品として本 格的に評価されたのは、1981年フランスのナンシー国際演劇祭で発表した『K で始まる芝居はトム・キャット』(80年初演)で、これがヨーロッパ演劇界への 実質的なデビューとなった。さらに続く『待ち望まれ予見されていた演劇』 (82年初演)や『劇的狂気の力』(84年初演/86年初来日)でも、既成の演劇への 反発と挑戦を続け、前衛演出家として世界的な注目を集めていった。 「ヤン・ファーブルは、いわゆる演劇作品とは別に、美術活動の延長線上に あり、しかもアクションを拡張していった初期のパフォーマンスで様々な試み をした」(※4)というのが当時の認識であり、より厳密に言えば、その表現は アヴァンギャルド・シアター(前衛演劇)とかシアター・パフォーマンスと呼ば れるものであった。90年代に入ると「演劇」以外の作品も手掛けるようになり、 『頭の中のコップはガラスでできている』(90年初演)や『静かな叫び、つらい 夢』(92年初演)は「オペラ」作品、『片手でする拍手の音』(90年初演)や『時 間のもうひとつの側』(93年初演/94年来日)などは「バレエ」作品とされた。 つまり、ファーブルは「アート」の分野を基本としながら、発表する作品に よっては「演劇」の「演出家」にもなり、テキストを書けば「詩人」や「劇作 家」という肩書きを持つこともある。バレエ・ダンサーが多数出演する舞台を 創れば「バレエ」として取り扱われ「振付家」ともなる。ジャンル横断的にオ ルタナティブな活動を展開する鬼才なのであり、その創作表現を「演劇」か 「ダンス」かというように単純にジャンル分けしたり、既存の学術体系に縛り つけて判断することは、アーティスト本来の才能や個々の作品を理解するのに 要らぬバイアスをかけることになるのではないだろうか。 実はこうしたことは、ファーブル以外にもよく起こっている。例えば、かつ て水と油が国内でなかなか評価されなかった原因の一つに、ジャンルが「演劇」 でも「ダンス」でもないため、その表現をまるごと受け入れられる業界がなかっ たという状況があった。そのため、評価以前に認知されることを目指して海外 へ遠征し、アヴィニヨン演劇祭やエディンバラ・フェスティバルに参加したの である。はたしてエディンバラで賞を獲得した時、エントリーしていたのは 「演劇」や「ダンス」の部門ではなく、「フィジカルシアター」部門であった という。そして凱旋帰国後は自分たちの表現を「パフォーマンス・シアター」 と称することで、国内でもようやく認知・評価がなされるようになっていった。 また、今でこそ日本のコンテンポラリー・ダンスを牽引する人気カンパニー の1つとして評価されているコンドルズにも、ブレイク前の面白いエピソード がある。海外ツアーに行った際、エントリーしていたのが「コメディ」のフェ スティバルで、本人たちも現地へ行って初めて知って驚いたという。日本では 主宰の近藤良平が山崎広太作品等に出演し、優れた演技を披露してダンサーと して認知されていた。そのためカンパニー自体も一応は「ダンス」のジャンル で扱われていたものの、初期にはほとんど評価されていなかった。少なくとも 90年代にあっては、「近藤良平はいいダンサーだが、他はほとんど踊れない素 人ばかり」「あんなコントみたいなことをしていちゃダメだ。しかも笑えない し」といった批判が、舞踊評論家の間で隠然と囁かれていた。 当時の舞踊評論家たちにとって、「笑い」という要素を「ダンス」表現の範 疇に許容する態度はなく、そのためコンドルズの微妙で独特な笑いのセンスも 真っ当に取り扱われることはなかった。それが「ダンス」としての認知を遅ら せた一因でもあった。また、メンバーたちが「踊れない素人」と見なされたの も、ダンサー個々人の経歴に知悉していない評論家たちの情報不足(※5)もあっ たが、それ以上に大きな要因として、ダンス・テクニックを誇示するような振 付や演出が舞台上に見い出せなかったために、既存のオーソドックスな舞踊美 学的な価値判断が失効してしまったことがあげられる。 コンドルズがようやく「コンテンポラリー・ダンス」の文脈の中で肯定的に 論じられるようになったのは、2000年代に入ってから(私見では2003年以降 ※6)である。珍しいキノコ舞踊団『フリル(ミニ)』(2000年初演)の画期的な成 果とともに、観客と直接コンタクトをとってコミュニケートしたり、ともに一 体化するようなライブ感のある祝祭空間を創出することが、「ダンス」として 評価されるようになったのである。それは60年代に美術評論家マイケル・フリー ドがミニマル・アートを批判する際に唱えた「演劇性(theatricality)」を逆 に肯定的に引用したり(※7)、ドイツの舞踊評論家アルント・ヴェーゼマンの 「ダンスは代理表象的なものではなく、(中略)祝祭文化に属している」という 言説(※8)にコンセプトを得て、ようやく言及することのできた隘路であった。 舞踊評論家の中には、日本のコンテンポラリー・ダンスのアーティストやカ ンパニーが2000年代に入ってから陸続として現れ、多彩な活動を展開して「ブー ム」を巻き起こしたと捉えている向きが多い。しかし、実際には水と油にして も珍しいキノコ舞踊団にしてもコンドルズにしても、個々の作品ではその見え 方や印象に多少の差異はあったものの、カンパニーの旗揚げ当初の90年代から ほとんど変わらぬスタンスで表現活動を続けてきた。一部の業界関係者やマス コミ関係者、熱心なファンなどのアーリー・アダプターにとっては、その魅力 を最初期からリアルタイムに理解し評価することができていた。しかし、その 反面アカデミズムの領域においては「ダンス」として認知することを逡巡し、 評価を確定するまでにかなりの年数を要したのである。そのパラダイム・シフ トが起こるまでのタイムラグは、実に5年から10年に及んだ。 ●コンテンポラリーであるということ ことほどさように、既存のジャンルや学術体系に依拠した固定観念から、アー ティストの表現を断罪しようとする態度は考えものである。ただし、それは逆 から考えれば、なかなか評価を獲得できなかったアーティストやカンパニーの 表現が、それまでにはない先進性や独自性を有していたことの証明でもある。 にわかに安易な評価を下すことが難しかったり、価値判断に迷うような表現で あることが、コンテンポラリー・ダンスの「コンテンポラリー」たる所以でも あるのだ。 通常「コンテンポラリー・ダンス」という言葉は、歴史的な時代区分の中で 用いられることが多い。モダン(近代)やポスト・モダン(脱近代)の後にくるの がコンテンポラリー(現代)であり、より具体的には80年代にフランスやベルギー から発生したヌーヴェル・ダンス以降、現在までのダンス・シーンを大雑把に くくった呼称と考えられている。 一方、観念的に考えるならば、そもそもコンテンポラリー(contemporary)の語 源はラテン語のcon-(共に、一緒に)+tempus(時、時刻)で、「時を共にする」 という意味である。訳語としては、「同時代の」(=同じ時に属している)や 「現代の」(=現在に属している)が用いられる。しかし、con-には「すべて」 という意味が、temporaryには「一時的な、仮の」という意味もあり、私はそ こに「すべてが一時的な」「すべてが仮の」というニュアンスも含まれている のではないかと思っている。 これを芸術分野に当てはめて考えると、直訳すれば単に「現代舞踊」「現代 美術」にしかならない「コンテンポラリー・ダンス」や「コンテンポラリー・ アート」も、その内実として「まったく一時的にだけど、今のところ評価して 支持しておきたいダンス」とか「まだ評価は確定できないけれども仮説的には 極めてアート」といったニュアンスを持つものとして捉えることができるので はないだろうか。つまり、それまでの「ダンス」や「アート」の概念や定義を 揺さぶるような表現、再認識や再定義を迫るような表現こそが「コンテンポラ リー」なのだと考えたい。いわゆるカッティング・エッジ(先端的)であり、マー ジナルな(辺境の・限界ぎりぎりの)表現であることが「コンテンポラリー」な のである。 そのため、「今どきのコンテンポラリー・ダンス」という言い方は厳密には 誤りである。なぜならコンテンポラリーな芸術表現は、常に「今どき」の問題 性を孕んでいなければならないからである。そして、現在よりも先の未来に向 けて評価がなされる可能性のあるもの、仮説的に評価を問うていくべきもので あることがその存在証明となる。コンテンポラリーな芸術表現には、前提条件 となるオーセンティックなドグマ(教義)とか、すでに評価の定まっているスタ イルや技法を獲得するための特定のディシプリン(修練)は、必要とはされない。 コンテンポラリー・ダンスもその都度、様々な表現様式や身体技法を貪欲に包 摂し、混交がなされ、進展していくものなのである。何をしても許される場が 担保されており、それが「今どき」であるか、「ダンス」であるかが吟味され、 検証までに時間がかかれば留保される。アーティストの表現とともに観客のダ ンスの見方も推移し、変遷を重ねていく。そうして多様な表現の乱立する状況 が「何でもアリ」と形容されるのも、ひとえに「コンテンポラリー」であるが ゆえなのである。 その意味で、フランスの新星ビエール・リガルの『プ・レ・ス』はとても興 味深いケース・スタディではないかと思う。80年代から世界をリードしてきた フランスのコンテンポラリーなダンス状況がうかがい知れるからである。(続 く) ♯♯註 ※4) 佳手芙美「演劇的なるものに向けて」(『JAN FABRE ヤン・ファーブルと の対話』1994年ペヨトル工房刊、p140)。 ※5) コンドルズのメンバーの経歴が初めて紹介されたのは、各メンバーへの インタビューを掲載した2002年刊行の初の写真集(撮影:藤里一郎/インタビュー :岡本ノオト)においてであった。しかし、この写真集は自主制作によるもの であり、公演会場のほか一部の大型書店やミュージアムショップでしか販売さ れなかった。メンバーたちの経歴がより広く一般に知られるようになるのは 2003年で、パフォーミングアーツマガジン「Bacchus#00:特集・徹底解剖コン ドルズだよ全員集合!」の刊行のよる(インタビュー:蟹澤志穂)。また、その 直後に「演劇ぶっく」「レプリーク」などの演劇専門誌も追随して各メンバー を紹介する記事を掲載し、ようやくメンバー個々人のパーソナリティに注意が 払われるようになった。 ※6) 蟹澤志穂「VIVA! CONDORS」(「Bacchus#00:2003年春号」T2発行、 p22-29)。 ※7) 貫成人「ダンスの新次元を切り開く-ピナ・バウシュ新作『天地』」( 「シアターアーツ:2004年秋号」AICT日本センター発行、p84)。 ※8) 副島博彦「ドイツのコンテンポラリー・ダンスの現在」(『現代ドイツの パフォーミングアーツ』2006年三元社刊、p166)。 ▽ピエール・リガル「プ・レ・ス」 第1回 「寛容のオルギア」があぶり出したのは コンテンポラリー・ダンス は今(第150号) 第2回 「ダンス」や「アート」の概念を揺さぶる表現(本号) 第3回 (次号) 【筆者略歴】 堤広志(つつみ・ひろし) 1966年川崎市生まれ。文化学院文学科演劇コース卒。編集者/演劇・舞踊ジャー ナリスト。美術誌「art vision」、「演劇ぶっく」「せりふの時代」編集を経 て、現在パフォーミングアーツマガジン「Bacchus」編集発行人。編書は「空 飛ぶ雲の上団五郎一座『アチャラカ再誕生』」(論創社)、「現代ドイツのパフォー ミングアーツ」(三元社)。 【上演記録】 ▽「プ・レ・ス」(Shizuoka春の芸術祭2009) 静岡芸術劇場(2009年6月13日-14日) 振付・出演:ピエール・リガル(カンパニー・デルニエール・ミニュート) 音楽:ニール・ボルデュール 上演時間:60分 製作:カンパニー・デルニエール・ミニュート、ゲイト・シアター(ロンドン) 共同製作:ランコントル・アンテルナシヨナル・ドゥ・セーヌ=サン=ドゥニ、 テアトル・ガロンヌ(トゥールーズ) 助成:DRACミディ=ピレネー、トゥールーズ市、オート=ガロンヌ県議会、キュ ルチュールフランス=トゥールーズ市助成協定 協賛:キュルチュールフランス、フランス大使館、エールフランス航空、 協力:東京日仏学院 ==================================================================== 連載【レクチャー三昧】第52回 「生理的に嫌い」 -------------------------------------------------------------------- 「生理的に嫌い」、と聞かされた途端、わたしは沈黙します。公的な議論の 場でなし、観た芝居についての軽いおしゃべりなのですから、聞き流すべきな のかもしれませんが。ところで、裁判員に選ばれた場合、「生理的に合わない」 「生理的にこの映像は耐えられない」というのは、辞退の理由になるのでしょ うか? (高橋楓) *無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。 *各情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いません。 各自ご確認の上お越しください。 *【レクチャー三昧】カレンダー版(ウェブサイト)もご活用下さい。 ただし、当「マガジン・ワンダーランド」でお知らせした催しが全て転載され ているわけではありません。 http://www.wonderlands.jp/info/lectures.html ▽エーリカ・フィッシャー-リヒテ教授連続講演会 無料、予約不要 ▽▽第一回『パフォーマンスの美学』について 2009年9月29日(火)16:30~18:30 早稲田キャンパス大隈小講堂(21号館 大隈記念講堂地下) 通訳は平田栄一朗氏(慶応大学文学部准教授) http://www.enpaku.jp/event/host/event20090929.html ▽▽第二回ギリシャ悲劇の上演とその意義 2009年9月30日(水)18:30~20:30 早稲田キャンパス小野記念講堂(27号館 小野記念館地下2階) 通訳は萩原健氏(明治大学国際日本学部専任講師) http://www.enpaku.jp/event/host/event20090930.html ▽義太夫「和田合戦女舞鶴」市若初陣の段 2009年10月1日(木) 14:00~(16:00終了予定)開場13:30予定 早稲田キャンパス大隈小講堂(21号館 大隈記念講堂地下) 無料、予約不要 浄瑠璃は豊竹英大夫氏、三味線は鶴澤清友氏 解説は内山美樹子氏 http://www.enpaku.jp/event/host/event20091001.html ▽「従軍舞踊団」とは・・・ ~二度と舞踊がこのようなことに使われることのないように~ 「陸軍省派遣江口・宮舞踊団」の活動(昭和14年~16年)を通して 2009年8月15日(土)16:30~18:30 JKダンスアトリエ 500円、要申込 http://groups.yahoo.co.jp/group/dance-rg/message/3766 ▽フォルマ・アンティクアコンサート 2009年9月8日(火)19時~ セルバンテス文化センター東京 無料、要申込 17世紀のスペインバロック音楽 http://www.tokio.cervantes.es/jp/default.shtm ▽土曜無料映画上映会「透明になった子供たち」 2009年9月5日(土)17:00、12日(土)12:45、19日(土)16:00、26日(土)17:00 セルバンテス文化センター東京 無料、予約不要、先着順 脚本ガルシア・マルケス氏、監督リサンドロ・ドゥケ氏 http://www.tokio.cervantes.es/FichasCultura/Ficha58661_67_25.htm ▽「アジア民族造形」国際シンポジウム 2009年8月22日(土)・23日(日) 國學院大学渋谷キャンパス 入場無料、8月22日先着200名、23日450名 http://www.kokugakuin.ac.jp/guide/kouho0300061.html ▽明治学院コンサート・シリーズ 第16回≪モーツァルトのニ短調≫ 2009年 9月6日(日) 15:00開演 (14:30開場) 明治学院大学 白金キャンパス アートホール 無料 http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2009-07-22.html ▽インターネットと文化:チャンスか危機か 2009年 9月15日(火) 14:00 ~ 16:30 (受付開始13:30) 国立国会図書館 東京本館 新館 講堂 無料、要申込、先着順300名 講師は ジャン-ノエル・ジャンヌネー氏(前フランス国立図書館長、ユーロパ ルトネール所長)、長尾真氏(国立国会図書館長) http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/jnjlecture.html ▽両大戦間の音楽 I サティの語法 ~ パラード、ベルエポックのパリ ~ 2009年9月10日(木)18 :30(開場 18:00) 日仏会館ホール 1,000円、定員120名 バレエ、映画、シャンソン等上演と講演 http://www.mfjtokyo.or.jp/event/00282/detail.html ▽公開シンポジウムPandemic 2009年9月4日(金)13:30~17:00 東京大学本郷キャンパス安田講堂 要申込 http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/events/others/1273.pdf ====================================================================== 【編集日誌】 ☆TAGTASプロジェクトに関する原稿を3編載せました。座・高円寺で開いてい る劇評を書くセミナー(前期)の課題作品です。「百年の<大逆>」上演を見 た受講生から課題に設定したねらいに関して疑問と批判が寄せられましたが、 ぼくは何度もセミナーで説明したつもりです。あったことをなかったにはして はならない、「<大逆>」の事実を結果的にはやり過ごしてきた演劇の歴史は 振り返えらなければならないだろう、云々と。戦後も今も基本的には変わって いないという実感があります。公立劇場や博物館、美術館で、実施しにくい催 しがたしかにあるという無言の事実が、百年の記憶を掘り起こすのではないで しょうか。 ☆それぞれ共通の志を基に個人参加するTAGTASの結成軸と、共通の身体知を必 要とするTAGTAS上演の集団性とでは、明らかに成立の位相が違うはずです。そ の違いをどのように扱い、実現するのか-個人的にはその点に興味がありまし た。実態は、掲載した3編がほぼ明らかにしているはずです。残された課題は 大きくて重い、と思われます。 ☆前期に引き続き、9月から後期セミナーが始まります。関心のある方の参加 を待っています。詳細は次のページをご覧ください。 http://www.wonderlands.jp/info/seminar09the.kohenji3.html (北嶋) ====================================================================== 発行 ワンダーランド 〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 Tel& Fax: 042-422-5219 info@wonderlands.jp webサイト http://www.wonderlands.jp * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html ======================================================================


