2009/07/08
週刊マガジン・ワンダーランド 第147号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/ マガジン・ワンダーランド(小劇場レビューマガジン) 2009年 7月08日発行 第147号 毎週水曜日発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【目次】 ◇SPAC「ふたりの女~唐版・葵上~」(宮城聡演出) 愛と憎、狂気と正気の <極> に、もの悲しい波長の空間が 阿部未知世 ▽連載【レクチャー三昧】 第47回 ピナ・バウシュ 高橋楓 ■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ ◇ハイバイ「リサイクルショップ『KOBITO』」<クロスレビュー> 因幡屋きよ子、大泉尚子、藤原央登、山内哲夫、柳沢望、谷賢一、鈴木雅巳、 小林重幸、杵渕里果、高木龍尋、カトリヒデトシ、菊池太陽、北嶋孝 ◇「化粧 二幕」「楽屋」 家族の解体から新しい人間関係へ 女優と楽屋をモチーフに 鈴木厚人(劇団印象-indian elephant-主宰、脚本家、演出家) ◇「化粧 二幕」 舞台こそが化粧 金塚さくら ◇「化粧 二幕」 「劇」を動かしているものは何か 「母性」が観客と出会うとき 坂本俊輔 ◇「化粧 二幕」 二人の女優と一人の女 または彼女たちは如何にして心配するのをやめ劇場を 愛するようになったか 島田健司 ◇ワンダーランド支援会員を募集中! http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html ===================================================================== ◇SPAC「ふたりの女~唐版・葵上~」(宮城聡演出) 愛と憎、狂気と正気の <極> に、もの悲しい波長の空間が 阿部未知世 1. 口火 静岡舞台芸術センター(SPAC)の芸術監督、宮城聡が、SPACの役者 を使って、唐十郎の作品を上演する! 唐十郎と言えば、アングラ演劇の最高峰。 1960年代末から70年代、「状況劇場」の紅テントで<腰巻お仙>などなどに、 強烈な衝撃を受けた体験がある。 宮城聡はかつて、劇団「ク・ナウカ」を率いて斬新な演劇を創り、SPAC においても、<夜叉が池>などのように、独特の様式美と色彩豊かな、力強い 空間を展開している。 その唐十郎と宮城聡が、真正面から出会う。これを知った時、軽い戸惑いと 未知なるものへの期待がうまれたことは事実だった。 キャッチコピーには、<能×アングラ×宮城聡>の掛け算。しかも会場は、 夜の野外劇場。一体、どんな世界に連れ出されるのか…。胸は高鳴るのだった。 2. しつらいといでたち 舞台は、細い角材をあらく格子状に組んだ、いわばスノコ状のものが、コン クリートの床一面に敷き詰められている(役者は主として、その格子の上を移 動する)。 その奥には、かまぼこの切り口のような形の低い建物。そこはまるで動物の 飼育小屋のように、いくつかの部屋が連なっている。その屋根全体に、多数の 廃材が無造作に厚く積み上げられている。そしてその背後は、自然林の低い丘 が迫る。 登場人物は皆、白塗り。最低限、身体を覆っただけの者もいる。衣装は、紗 かオーガンジーのように透けて肌が見える。何人かはその衣装を、肌の透けな い服に重ねている。 そして足には、足袋。その足袋の色は、多くは白。一部は黒。 3. 物語とメッセージ ここは海に近い、伊豆の精神病院。そこに勤務する医師の光一はある日、患 者の六条という女から、<あなた>と意味ありげに声をかけられ、鍵を渡され る(患者は皆、ほとんど裸に近いいでたち)。 光一には、アオイという婚約者がいる。そんな光一に六条が語るのは、かつ てのふたりの関わり。六条が、一方的に語ることは、こんな話。かつて光一は、 ゆきずりの六条に、アパートの鍵と身分証明書を預けたのだという。六条は、 それを返すべくあちこちを渡り歩いた揚げ句、今この精神病院にいて、鍵を返 すことができたのだ。 ノミのサーカスに入るのだ、と言っていた六条も、やがて病院を出て、化粧 品のセールスの仕事を始める。一方、光一とアオイは、約束だった富士サーキッ トでのカーレースを観戦している。アオイはすでに妊娠していて気分がすぐれ ない。車まで蜜柑を取りに行っていた弟は、混み合う駐車場で、六条の車とご たごたを起こしてしまう。 化粧品のセールスをする六条は、光一にこんなことを頼む。東京でも仕事を したいから、アパートを世話してほしいと。不動産屋を紹介するくらいならと 応じる光一に、六条は化粧品を渡す。 病に伏すアオイを、光一が見舞う。六条から渡された化粧品を、アオイへの 土産に。ベッドルームに休んだまま姿を見せないアオイは、こんなことを言い 出す。光一のスーツケースに昔の鍵を見つけた。誰か、他に女の人がいるので はないか…。さっきのプレゼントは化粧品ではなく髪油で、匂いがしみついて とれない…。 光一は、六条のアパートで、ワインを飲みながら寛いでいる。そこへ不動産 屋が入って来る。アオイの強い願いで、この場に案内したのだという。しかし、 立ち聞きしているはずのアオイの姿はすでになく…。 崖の中腹に立つアオイ。下半身からは血を流している。高くきれいだったア オイの声は、いつしか野太い六条の声へと変わり、ついには、闇に身を投じる。 伊豆の精神病院で光一は、六条のことを知るために、彼女がいた6号室に入 り、そこで考えたいのだと、親友で同僚でもある是光に訴える。しかし、是光 はそれを許さない。 伊豆の海岸。ずっと以前やったように、光一は今な亡きアオイにあてたラブ レターを砂に書いている。その思いが、天国のアオイに届くことを、切実に願 いながら。 そこに現れた六条。光一の思いを踏みにじるような六条とのやり取りの中で、 光一は抱いた六条の首を絞め、ふたりは、憎悪と恍惚のただ中に立ち尽くす。 よく知られた源氏物語の<葵>の巻に触発された、唐十郎と宮城聡の<葵上 >である。 しかし物語には、この男女の愛憎劇に交差する、もう一本の直線が存在する。 それは、正気と狂気を両端とする線。果たして、正気と狂気は明確に分けられ るのか。それはむしろ、渾然一体のものではないか。という問いである。 断片的なこんなシーンがそれを物語る。 是光医師が、病院の拡張を夢見れば、看護婦はすかさず言う。患者の心はもっ と広い、と。極めて謙虚で、心のやさしい駐車場の従業員が、入院する兄への 差し入れを届けた際、彼は、是光と看護婦へこんな意味のことを問うた。11 本めの指を切り落とさねばとの強迫観念に憑かれた兄を、死体や指が浮いてい るような所に、旅行に連れて行ってやりたい。壁を這いまわる兄を、自宅の壁 で這いまわらせてはいけないのか、と。 そして光一自身が、六条の居た、6号室には入ろうとしたではないか。 このことによって、最後に抱き合う光一と六条は、愛と憎しみの間だけでは なく、狂気と正気の間にも立つ。ちょうど愛と憎という直線と、正気と狂気と いう直線の交わる<原点>に佇むように。そしてそのすべてを引き受けて(あ るいは、それらを発して)、苦悩と法悦の混沌たる<極>となっていたのでは ないだろうか。 4.掛け算を解く 最初のキャッチコピーを思い出してみよう。<能×アングラ×宮城聡>とい う掛け算を。 この物語は、能の<葵上>とは全く異なる内容である。ちなみに能では、病 に伏す葵上は、舞台に置かれた一枚の着物で象徴される。巫女によって呼び出 され、今や生霊の本性を鬼女の姿で現し、荒れ狂う六条御息所は、やがて横川 の小聖の法力によって、立ち去って行く。それだけの物語である。 3間四方の板張りの舞台の上で展開する物語は、きわめて抑制された、様式 的で抽象的な表現のかたちを採る。そしてその場で皆が履くのが白足袋なのだ。 打って変わってアングラは、唐十郎の「状況劇場」の舞台を思い出せば、そ こにイメージされるものは、ほとばしる生命力、何でもありの自由さ、夜の新 宿の裏通りの臭いにも通じるような猥雑さ、そして何とも言えない真摯さ、な どなど。大袈裟に言えば、人を惹きつけてやまない、得体の知れない怪物的な、 むき出しのエネルギーの塊のようなもの。 この存在を腑分けするのが、宮城聡。 <葵上>が能に発するが故に、能の手法に敬意を払う。板張りの、何もない 舞台。といってもこちらは、板をはがした桟だけの状態。しかしこれは、人を 動かすのに好都合だ。細い桟を行き来する動きは、どうしても制約されがち。 リアルであって、どこかそれを離れて抽象化する可能性を秘める。足袋をはけ ば一層、能をイメージさせる。 そして衣装。肌が透ける服は(狂人が裸であったことに対して)、正気から は狂気が透けて見える、狂気と正気は、あざなえる縄のような、密接不可分の 意なのだろう。 格子状の舞台と透ける衣装。格子は、そして透ける布は、ともに何かを濾し 取ることができる。宮城はアングラを、この二重の濾過装置を透過させること で、舞台上に愛、憎しみ、狂気、正気の、混沌の<極>を出現させようと試み たのではないか。 そしてそこに生まれたのは、猥雑さとは無縁の美しさと、どこか物悲しい波 長を発する空間だったのではないか。それを堪能できるか、物足りなさを残す か、感じ方はふたつに分かれるであろうが…。<了> 【筆者略歴】 阿部未知世(あべ・みちよ) 1951年1月、北海道・釧路生まれ。金沢大学卒。国際鍼灸専門学校を経て鍼 灸師。「鍼灸 水風井」院長。浜松市在住。 【上演記録】 SPAC「ふたりの女~唐版・葵上~」(Shizuoka春の芸術祭2009) http://www.spac.or.jp/09_spring/ 舞台芸術公園 野外劇場「有度」(2009年6月20日、27日、7月4日) http://www.spac.or.jp/09_spring/twoladies 演出:宮城聰 作:唐十郎 出演:三島景太、奥野晃士、永井健二、武石守正、吉見亮、たきいみき、牧山 祐大、三木美智代、木内琴子、若宮羊市、石井萌生 上演時間:約80分 入場料:一般大人4,000円/同伴チケット(2枚)7,000円 大学生・専門学校 生2,000円 /高校生以下1,000円 ==================================================================== 連載【レクチャー三昧】第47回 ピナ・バウシュ -------------------------------------------------------------------- 席弁しながら読んでいた日経新聞、何気なく訃報欄に目をやった途端、脳天 に一発食らったような衝撃を受けました。感受性の低いわたしですら、彼女の 凄さは分かります。ただただ残念です。(高橋楓) *無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。 *各情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いません。 各自ご確認の上お越しください。 *【レクチャー三昧】カレンダー版(ウェブサイト)もご活用下さい。 ただし、当「マガジン・ワンダーランド」でお知らせした催しが全て転載され ているわけではありません。 http://www.wonderlands.jp/info/lectures.html ▽土方巽・アルトー・寺山修司の間に何が起きたのか 2009年7月11日(土)15:00~17:00 早稲田大学早稲田キャンパス6号館318号室(レクチャールーム) 無料、要申込 講師は宇野邦一(立教大学教授)、松井憲太郎(演劇評論家、GCOE芸術文化環 境研究コース客員講師)の諸氏 http://www.enpaku.jp/event/host/20090711event.html ▽ラテンビート映画祭の歩み 2009年7月11日(土)11:00~17:00 上智大学 日本語 無料、予約不要 http://www.info.sophia.ac.jp/ceh/conferencia_page/20090711conferencia.pdf ▽新作《ニグレド》を語る:望月京 x クリスティアン・アルミンク x 岡部真一郎 2009年7月14日(火) 18:30開演、18:00開場 明治学院大学白金校舎アートホール 通訳付 無料 講師は望月京(作曲家、明治学院大学准教授)、クリスティアン・アルミンク( 指揮者、新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督)、岡部真一郎(音楽学者、 明治学院大学教授)の諸氏 http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2009-06-19.html ▽シモーヌ・ヴェイユと来るべき倫理 2009年7月14日(火)14:00~19:30 明治大学駿河台校舎 通訳有 参加自由 http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/1245902580.pdf ▽演劇人・高橋誠一郎-観客として・先導者として- 2009年7月24日(金)14:45~16:15(開場14:00) 慶應大学三田キャンパス三田演説館 無料、申込不要 講師は犬丸治氏(演劇評論家) http://www.keio.ac.jp/ja/event/200907/kr7a430000010j9x.html ▽出版の歴史をめぐる幾つかの問題について 2009年7月11日(土) 14:45~16:15 早稲田大学戸山キャンパス36号館682教室 無料、申込不要 講師は宮下志朗氏(東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻教授) http://waseda-events.jp/ ▽形の数理 1.形とその見え方-立体錯視はなぜ起こるのか 2.ダイヤモンドの数学的双子 2009年7月18日(土)13:00~16:00 明治大学生田校舎 中央校舎6階メディアホール 無料、申込不要 http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/dtl_0004493.html ▽東アジアにおけるトランスナショナルな市民社会形成のための政策をめざし て~日中韓3国共同研究~ 2009年7月18日(土)10:00~17:00 2009年7月19日(日)10:00~12:40 立教大学池袋キャンパス太刀川記念館3階多目的ホール 使用言語:日本語、英語 ※セッション毎に日本語での説明あり 無料、予約不要 http://www.rikkyo.ac.jp/events/2009/07/5491/ ▽ジャーナリズムの危機~アメリカ・メディアの現状と新聞の未来~ 2009年7月25日 (土) 14:00~17:00 早稲田大学早稲田キャンパス大隈講堂内小講堂 無料、要申込、先着順、定員300名程度 http://www.waseda-j.jp/07-ev.cgi ▽平等から自由へ -人々の多様性がいかにしてアメリカ合衆国最高裁を新しい平等保護の法理へ と導いたか 2009年7月20日(月)14:30~16:30 早稲田大学早稲田キャンパス大隈小講堂 講師はケンジ ヨシノ(ニューヨーク大学法科大学院教授)氏 無料、予約不要 http://www.waseda.jp/hiken/jp/lec_symp/index.html ▽さすらい姉妹特別公演「谷間の百合」 2009年8月2日(日) 16:00開演(上演約1時間) 早稲田大学演劇博物館前 野外舞台 無料、予約不要、立ち見 http://www.waseda.jp/enpaku/event/index.html#20070421 ▽1980年代の小劇場演劇を再考する 2009年8月6日(木)、7日(金)19時~21時 世田谷文化生活情報センターセミナールーム 3,000円、要申込、先着順、定員約30名 講師は西堂行人氏 http://setagaya-pt.jp/workshop/2009/08/post_141.html ▽舞台芸術/史論III Aコースコンテンポラリーダンス&舞踏 世田谷文化生活情報センターセミナールーム ▽▽コンテンポラリーダンスという文化戦略 2009年8月11日(火)19時~21時 講師は貫成人氏 ▽▽現代舞踊の「1968年」考 2009年8月12日(水)19時~21時 講師は國吉和子氏 3,000円、要申込、先着順、定員約30名 http://setagaya-pt.jp/workshop/2009/08/post_141.html ====================================================================== 【編集日誌】 ☆梅雨空です。自宅に引きこもっているなら雨も厭いませんが、外出するには 気が重くなります。雨支度は厄介だし帰宅した後始末はさらに厄介。出かけな ければいいはずなのに、さまざまな事情で小屋を出入りすることに。でもそこ は、雨模様だけではないので救われます。 ☆Shizuoka春の芸術祭2009が終わりました。ぼくは6月に一度だけ出かけただ けでほとんど見逃してしまいました。残念の極みですが、これから舞台の模様 を伝える評を寄稿してもらう予定です。「ふたりの女」評はその先駆けです。 お楽しみください。 (北嶋) ====================================================================== 発行 ワンダーランド 〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 Tel& Fax: 042-422-5219 info@wonderlands.jp webサイト http://www.wonderlands.jp * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html ======================================================================


