2009/05/20
週刊マガジン・ワンダーランド 第140号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/ マガジン・ワンダーランド(小劇場レビューマガジン) 2009年 5月20日発行 第140号 毎週水曜日発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【目次】 ◆クロスレビューは、ハイバイ「リサイクルショップ『KOBITO』」 ◇弾丸MAMAER「デマゴギー226」 演劇への果敢な挑戦に熱くなる 女中部屋の密室劇で描く2・26事件 木俣冬(フリーライター) ◇「キレなかった14才 りたーんず」 「キレなかった14才 りたーんず」、あるいは演劇の再起動 柳沢望 ▽連載「カトリ式小劇場の歩き方−6月」 第6回「かあいそうだたほれたってことよ」 ―私が彼/彼女について知っている2、3のこと カトリヒデトシ ▽連載【レクチャー三昧】 第40回 ずれてればなあ・・・ 高橋楓 ■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ ◇マリウス・フォン・マイエンブルグ作、松井 周演出「火の顔」 その断面は体液の滴るほど切り口鮮やかだった 大泉尚子 ◇サーカス劇場「カラス」 底の底の願いを掬い上げてくれ 利口で美しいカラスを脳裏に 西村博子 ◇快楽のまばたき「星の王子さま」(寺山修司作) 瑞々しさが光る冒頭の冴え 戯曲から読み取った確信的な演出 鈴木厚人(劇団印象-indian elephant-主宰/脚本家/演出家) ◇ユニット・トラージ「アチャコ」 博覧強記のリテレート 片山雄一(NEVER LOSE 作/演出) ◇ワンダーランド支援会員を募集中! http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html ===================================================================== ◆クロスレビューは、ハイバイ「リサイクルショップ『KOBITO』」 次回のクロスレビューは、ハイバイの新作公演「リサイクルショップ 『KOBITO』」を取り上げます。東京公演はこまばアゴラ劇場(6月5日-16日)、 大阪公演は精華小劇場(6月25日-28日)。締め切りは、大阪公演終了後の2009 年6月30日(火)となります。 ハイバイは、作・演出の岩井秀人が2003年、引き籠もりの過去を取り上げた 「ヒッキー・カンクーントルネード」で旗揚げ。だれもが持ってるトラウマ体 験を露悪的に提示して悲喜劇状況を作り出す作風で知られています。最近は 「おねがい放課後」「て」などの舞台が評判になりました。 次回公演は、岩井の母が実際に営むリサイクル屋をモデルに「圧倒的な幸福 を願った女たちの、ある果ての姿」を女装したイカつい男たちで描くそうです。 応募要領は、これまでと同じです。☆印による5段階評価。レビュー本文 (コメント)400字。名前と肩書。それに郵便番号と住所を書き添えてくださ い。送り先はwonderlands(a)northisland.jp 。(a)はアットマークに変えてく ださい。 一般の方の応募を待っています。締め切り(6月30日)間際より、見た後の 早めの応募を歓迎します。採用分には薄謝を進呈します。 7月1日発行予定の「マガジン・ワンダーランド」に掲載予定です。その後、 webサイトに転載します。 マガジンの購読(無料)は登録ページから手続きし てください。 最近のクロスレビューは次の通りです。 ・中野成樹+フランケンズ「44マクベス」http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=1001 ・東京デスロック「その人を知らず」http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=973 ・サンプル「家族の肖像」http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=898 ・ポツドール「顔よ」http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=821 ・阿佐ヶ谷スパーダース「失われた時間を求めて」http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=848 詳細は、劇団や劇場のサイトをご覧ください。 ・ハイバイ:http://hi-bye.net/ ・こまばアゴラ劇場:http://www.komaba-agora.com/l ・精華小劇場:http://www.seikatheatre.net/ ===================================================================== ◇弾丸MAMAER「デマゴギー226」 演劇への果敢な挑戦に熱くなる 女中部屋の密室劇で2・26事件を描く 木俣冬(フリーライター) なんて隙のない鮮やかな作戦! 冒頭から最後まで、演出家・竹重洋平の指揮に魅入られた。今更ながら organize が団体を組織することであり、芸術を構成することでもあることを 体感させてもらった。 客電が消えて真っ暗な中、ふいに照明がつき、舞台前面に立つひとりの人物 を照らし出す。彼は、憲兵のひとり。物語は、2・26事件の当日夜、陸軍皇 道派青年将校がクーデターを起こし、総理大臣の家を襲撃するところから始ま る。舞台中央が、総理大臣の家の中。舞台奥の障子に迫り来る無数の青年将校 たちの影が映る。そして、障子が開くと、仁王立ちした総理大臣が撃たれて倒 れる。千人以上で行われたクーデターの迫力を小劇場でも再現しようという心 意気や、良し。観客の心への突入は、まず成功だ。 以後は、首相宅の女中部屋を中心に、敵と味方が入り乱れ、小劇場らしいお もしろおかしい人間模様が紡がれていく。暗殺されたと思われた首相は実は別 人で、本物の首相は女中部屋の押し入れに匿われる。そこからどう青年将校の 目を盗んで脱出を図るか、女中と憲兵たちが知恵を絞る。 女中部屋の中でのみ語られる密室劇にしないところがいい。決して広いわけ ではない舞台を、前面、中央、障子奥と三層に分けて、事件現場、それを取り 巻く世間の状況、過去の回想と、時間と場所を、リズムよく転換していく。こ れによって、首相邸突入から首相脱出までの三日間、いかに日本がざわついて いたのか、ことの大きさ、複雑さがわかってくる。日本全体の問題がこの女中 部屋に集約しているのだ。憲兵のひとりの妹が家族のために身を売ることになっ たという回想なども挿入されるが、貧しい兄妹にとってのごちそうカレーライ スのエピソードが後々生きてくるとはまさか思いもしなかった…。 襖と障子が何度も開き、閉じ、空間が変わっていく。幾層もの断面が真実を チラ見せしたり、遮断しながら、物語が進行していく。人々は、その空間を走 りまわる。何らかの確かなものを求めて。 背景に使う戸板を前面に持ってきたり、障子の向こうに使ったり、スタッフ の舞台裏での奮闘までもが、芝居の熱を上げる。本来、こういう裏事情を考え ずに、物語に没入したほうがいいのだろう。商売柄、どうしても、スタッフワー クが気になるだけで、実にスムースに進行していたと思う。緻密に構成された 動線が十分機能していることが、2・26事件に命を賭けた人たちのエネルギー と重なる。淡々と頭で事件を再現するのではなく、身体を使った芝居にするこ とで、当時の状況にリアリティーが出てくる。深作欣二監督が、大正時代の作 家たちの生き様を描いた映画『華の乱』の熱さを思い出させた。余談ではある が、例えば、あの映画、松田優作がサイドカー付きバイクで人々を蹴散らして いく場面の活気と言ったら凄いのだ。当時の人間たちのエネルギーを画面に注 ぎ込んだキャメラマンは『劔岳 点の記』(09年6月公開)で監督デビューし た木村大作だ。 話を舞台に戻そう。女中たちが畳の上を、火花が出るくらいキビキビと滑る ように動きまわる。憲兵たちも凛々しいが、彼らよりも女中たちの動きのキレ がいい。彼女たちは、必死で首相を守っている。そのためのお色気作戦が、今 ひとつ色っぽくないくらいに頼もしい。 シュールなイメージシーンも登場する。白装束の女性たちがお米のかぶりも のをかぶって踊り出す。これは、押し入れの中に隠れている首相の見た悪夢で もある。 当時の日本は経済状況が悪化し地方農民が困窮していた。クーデターは、そ ういった日本の悪政に対するものだった。クーデターの標的として銃殺された はずの首相は押し入れの中にいる。そこにはどうやら秘密があって、女中と首 相だけの不可侵なソレが何か?という謎が物語のそこはかとない通奏低音になっ ている。実際史実として語られていることだそうだし、それを知らなくても、 なんとなく想像がついてしまうのだが、その明かし方をいかに「なんだ、やっ ぱり…」感からすり抜けるかが、この作品という作戦における最大の攻撃であ ろう。 なんと、首相は押し入れの中で粗相をしてしまっていた。いつ見つかって自 分の代わりに死んだ者と同じように殺されるかわからない恐怖を感じながら、 狭く暗い押し入れの中で身を潜め続けてきたが、お米の妄想に取り憑かれ、狂 乱状態で舞台中央に飛び出してきた首相の頭上から、黄土色の液体が真っすぐ に降る−! 障子の向こうでは、憲兵の妹が、幻想の中で、満面の笑顔で、兄に向かって カレーライスの話をしている。 見事なアタックだった。 選択されたモチーフはポピュラー過ぎるほどポピュラーなのだが、この一撃 のために、スタッフ、キャストは、全力で一糸乱れぬ呼吸で走ってきたのであ ろうことが愛おしく思えた。作戦は見事に成功、ということだろう。 物語の中の首相脱出作戦も無事に成功。女中が片付ける押し入れの布団は茶 色い日の丸。そうして、日本史に残る政治的大事件の片隅で起こっていた人間 味あふれる出来事を見つめた演劇は終演する…。 テレビじゃやれない表現だ。 場面転換がどんどん変わるのは、本来映像のほうがやりやすい。舞台では難 しいことをこの芝居は果敢にもどんどん切り替えていた。映像も一切使わずに。 舞台のホンがどんどん映像化され、舞台と映像がインタラクティブな時代。 テレビじゃやれないこと−小さな劇場で幾人かの人たちと密やかに陰謀(?) を共有できる悦び、に出会えた。 09年も三分の一が終わり、総理の支持率が定額給付金と高速料金値下げで微 妙に上がっているという、本当に微妙な状況下。テレビで桑田佳祐が政治をネ タにした替え歌を歌って世間を沸かせていたけれど、そういう、こっそり笑い が、舞台でも少なくなっている気がする。 この舞台で描かれた昭和初期の日本の状況と、2009年の今の状況が、国民が 苦しんでいるという点においてどこか似ているかもしれないとは、誰しもが思 うだろう。その一方で、演劇の存在価値と方法論はずいぶんと様変わりしてい る気がする。竹重洋平の演出は、歌舞伎にも似た襖や障子を効果的に使用する などのアナログな表現をするものの、時間と空間の捉え方は現代的なデジタル なものでもある。編集技術で巧みに構成された映像のようにも見えた。 歴史をモチーフにして作品を描く時、このように過去と今が絡み合って、そ の先へと思考をつなげてもらえることがおもしろい。 観劇した日は大雨で肌寒かったが、舞台から受けた熱はなかなか醒めず、多 くの人々が変革を望む時代、演劇の役割って何? なんてことを考えながら家 路に向かった。 【筆者略歴】 木俣冬(きまた・ふゆ) フリーライター。映画、演劇の二毛作で、パンフレットや関連書籍の企画、 編集、取材などを行う。キネマ旬報社「アクチュール」にて、俳優ルポルター ジュ「挑戦者たち」連載中。蜷川幸雄と演劇を作るスタッフ、キャストの様子 をドキュメンタリーするサイトNinagawa Studio(ニナガワ・スタジオ)を運 営中。個人ブログ「紙と波」 http://blog.livedoor.jp/kamitonami/ ・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=3&subcatid=33 【上演記録】 弾丸MAMAER「デマゴギー226」 http://www.dangan-mamaer.com/index.html 作・演出 竹重洋平 中野ザ・ポケット(2009年4月17日-26日) ◆出演 中村哲人・山口晶由・河合伸之・川崎清美・田仲晶・染谷恵子・木村慎一・安藤純 沢樹くるみ(junction)・小林香織(ワンダー・プロ)・坂田久美子(J.CLIP) ・森本73子(E-sprinG) 田中しげ美・椿克之(TEAM JAPAN SPEC.)・土田卓・市川草太・櫛部哲史 宮下千恵・榎本舞・坂井幸恵・田村理絵 ◆スタッフ 音楽:吉川清之 美術:佐藤朋有子 照明:中山仁(アートプラス) 音響:松林利広((株)MIHYプロデュース)、芳賀明子 衣装:阿部美千代((株)MIHYプロデュース) ヘアメイク:片山りやの 宣伝美術:吉田光彦 宣伝デザイン:村上律子 宣伝・舞台写真:momoyo パンフレット:JAGA Web製作:NASHFILM 大道具:夢工房 小道具:高津映画装飾(株) 舞台監督:山田和彦 制作:水橋千佳子(弾丸MAMAER)、古谷真弓 製作協力:安井ひろみ((有)キィーワード) 協力:小林広実(弾丸MAMAER)、仲村和生、たけいけいこ、滝沢正光、リ サイクルきもの福服 企画・製作:弾丸MAMAER事務局、アキラグローバルビジョン(株) ◆チケット<全席指定・税込み>前売:3500円 当日:3800円 学生:3200円 ( 平日昼:3200円 リピーター:2000円 ===================================================================== ◇「キレなかった14才 りたーんず」 「キレなかった14才 りたーんず」、あるいは演劇の再起動 柳沢望 1.「りたーんず」の企画趣旨 2009年4月16日から5月6日まで開催された「キレなかった14才りたーんず」 (以下、「りたーんず」と呼ぶ)は、1982年に生まれた演出家5人と1984年生 まれ1人が、東京駒場のアゴラ劇場でそれぞれに舞台の新作を発表した企画だ。 「りたーんず」の出発点は、柴幸男、篠田千明、中屋敷法仁の三人が、アゴ ラ劇場の「2009年度春の主催・提携カンパニー」に名乗りを上げたことから始 まる(注1)。発起人の3人が気になる演出家の名前を挙げて、残り神里雄大、 白神ももこ、杉原邦生の3人が参加することになった。 アゴラ劇場の企画公募に若手演出家が共同で企画を立ち上げるという仕方で 応募したとき、同世代の舞台表現を共通のテーマでまとめあげるという構想は すでにあって、そのようにしてより広い観客にアピールすることが意図されて いたようだ。 柴幸男は企画趣旨についてこう述べていた「演劇と社会がより関係をもつこ と、それがこの企画の目的です」(注2)。 つまり、それぞれの作家が単独で上演するだけでは結べないような一般の観 客との関係を結ぶための選択として「キレなかった14才」というテーマがあっ た。 共通テーマとしては、既存の戯曲や、漫画家の作品などが候補として挙げら れたが、モチーフを共有する力に不足しているために退けられたという。 結局、残された共通点として、かつて「世の中から『キレる14才』と括られ た」経験が残ったということだ。酒鬼薔薇事件を共通テーマとすることは、6 人の話し合いの中で決まったそうだ。 ここには、それぞれの作家がフェスティバルの成功に向けて退けるべきもの を退け、選ばざるを得ないものを選んだ、演出家的な判断がある。この時点か らすでに、フェスティバルは集団創作として始まっている。 ある殺人事件が社会問題化されたことを共通テーマとすること、それによっ て人の耳目を集めようとすること、そこにはためらいもあったようだ。 企画した彼らの中には、かつて安易に「キレる14才」というレッテルを貼ら れたことに同意できなかったという思いもあり、今回のテーマ設定が同じよう な安易なレッテル貼りにつながるかもしれないという危惧もあったという。 そうしたためらいや危惧を経てなされた判断は、だから、決して軽はずみな ものではない。 このテーマを提案し、フェスティバル名を決めるにあたってイニシアティブ を取ったのは、快快の篠田千明だったようだ。 「柴と中屋敷となんかやろーぜってなった時に、/これは、ずっとここ2、 3年、自分の中でよくわからない、/というか位置づけられない『社会』を相 手にできるかもしれない、チャンスだ、と思った」(篠田千明)(注3)。 他の演出家がどれだけ事件について考えたかはわからないが、篠田は、大宅 壮一文庫で事件当時の資料を調査したそうで、事件についてしっかりと考えて いることがうかがえる(注4)。 2.企画の具体化に向けた動き フェスティバルの中核にあるのは、6人の演出家による舞台作品の上演であ る。それぞれが新作を上演したのだが、なじみの役者は登用せず、キャストは 合同のオーディションによって決定された。応募者はプロの俳優から現役女子 中学生までさまざまだった。 たとえば、同じ応募者を複数の演出家がキャストに希望した場合には、どの ような作品を上演したいのか、そのキャストの必要性がどこにあるのかを、演 出家のそれぞれが納得いくまで話し合って決めたという。 こうしたプロセスにおいて、それぞれの演出家は互いに演劇観を問い直さざ るを得ない。上演というゴールに向けて、6人の演出家がそれぞれに刺激しあ いながら、作品を作り上げていくプロセスは、合宿などの企画も交えて進めら れた。 スタッフやキャストが駅伝に参加したり、公開稽古が行われたりと、プロモー ションにもつながるさまざまな企画が実施された。その様子が取材されたり、 Webサイトに反映されて、フェスティバルの広報に生かされた。事前にプロセ スが公開され、ウェブ上で話題を提供していったのだ。これは、演劇の外にい る一般観客を強く意識しているからこそ実現できたことなのだろう。 今回の企画は、2005年に同じアゴラ劇場で行われた「ニセS高原から」を先 行事例として参考にしていたという(注5)。 「ニセS高原から」では、同じセットで複数の演目が入れ替わり上演された が、今回の企画でも、同じ舞台装置で、入れ替わり複数の演目が上演された。 一日二演目、三演目の上演がなされた日もある。舞台装置をどう設計するかも、 演出家たちがミーティングを重ねて決めたそうだ。 鉄パイプが組まれて、舞台を囲む壁に、ジャングルジムのような、あるいは 檻を思わせるような、立方体のフレームが積み重なる構造がつくられ、同じサ イズの格子(グリッド)模様が床にも描かれる。 さまざまな解釈を許す抽象化された装置だが、ある場合には足場となり支持 体となって舞台の可能性を拡張する建築的な構造として活用されもし、あるい は、そのフレームは、社会の閉塞感を観客に無意識に伝える隠喩的造形として 活用されたかもしれない。 舞台装置の共有は、多演目の同時上演を進める便宜の上で求められただろう。 だがそれに留まらず、企画のテーマを象徴するような同じ装置の共有は、それ ぞれの作品に共通する前提の明示となり、そこから生まれてくるそれぞれの創 意の違いは、逆に、より際立つことになった。 そういう面からも、それぞれの演出家はフェスティバル全体を共同で作り上 げていったのだ。 フェスティバルのパンフレットを雑誌という形で一般に販売し、あわせて演 出家たちが本を選んでフェアを開くという、書店の店頭も巻き込んだプロモー ションも行われた。 これらのさまざまに工夫され手間をかけたプロモーションが、十分な成果を 上げたことは、フェスティバル全体でのべ3500人という観客動員の実績が証し ている。 また、演劇というジャンルにとらわれない外の視点も持った気鋭の若手ライ ターや編集者がフェスティバルに巻き込まれていった(注6)。 本来、舞台作品の演出は、広報から受付までを含んだ上演の実現の全体にま で及ぶべきだが、このフェスティバルでは、6人の演出家と、制作スタッフが、 集団的なクリエイティブを現実化することに成功している。 フェスティバル終了直後の5月14日に行われた「劇談」というトークイベン トもそのような流れの中で実現した(注7)。 「劇談」は、音楽ライターの土佐有明氏を司会に、発起人である3人と神里 雄大がフェスティバルにいたる1年を振り返るものだったが、そこで披露され た発起人3人の共作による短編作品は、フェスティバル開催にいたる1年間を凝 縮して示すようなものだった。 そして、トークでは、準備を含めたフェスティバルの全体が持っていた演劇 的な可能性が語られる時間が多かった。 準備期間から本公演までの、演劇と社会を新たに結び直すことを模索する、 1年に及ぶさまざまな企画の全体を、6人の演出家を中心とした集団が長期にわ たって実現したひとつの演劇作品として受け取ることもできるだろう。 3. 各演出家の作品について ここで、6人の作家それぞれの上演作品がどのようなものだったか、短く振 り返っておこう(注8)。 篠田の『アントン、猫、クリ』は、「地域でかわいがられた猫」にまつわる 人々のつながり、人々の世界への関わりが、猫の死に触れることで変容し、そ して日常に戻っていくまでを、サンプリング音源を編集するような独特の手法 で描き、単線的なナラティブやレッテルのような紋切り型の言葉が覆い隠して しまうリアリティを示して見せた。 中屋敷の『学芸会レーベル』は、虚構が時には人を犯罪にまで走らせる危険 なものであることを寓意的に示しながら、新自由主義的な社会においてしぶと く演劇を続けていく意志を作品に託したもので、虚構の力の暴走として犯罪を 捉える視線は、虚構の暴走を虚構の中で救済しようとする。 柴の『少年B』は、創造性への憧れが犯罪や暴力への憧れの抑圧と表裏をな すような自意識の構造を舞台化し、14才的なアイデンティティの危機が克服さ れないまま大人になった演劇人を描き、創造性が社会的現実や歴史から遊離し てしまうという現代演劇の困難な条件を指し示した。 杉原の『14歳の国』は、かつて事件に応答しようとした宮沢章夫の同戯曲を 上演することを通じて、演劇が社会的事件を意味づけ物語ろうとすることの困 難と、その限界をはっきりと見せた上で、口語劇的な戯曲から逸脱するパフォー マンスの中に、脱社会性が生み出される社会のあり方をダイレクトに生き直す かのような舞台を造形した。 神里の『グァラニー 〜時間がいっぱい』は、南米移民の血を引く自らの出 自を参照するナラティブを、「帰国子女」的境遇から日本社会の自明性を異化 してみせるメタ演劇的な構造として作品化することで、事件自体をまさに生み 出しながら社会問題化する形でそれをやりすごそうとした日本社会と作家自身 との距離を示し、その距離の中にあって希望を持って生きていくスタイルを示 唆した。 白神の『すご、くない』は、男/女、日本人/外国人、正常/異常などなど の社会的意味付けの作用を逃れ、「どちらかであれ」と迫るような社会的現実 から離れた生のあり方が可能性であることを舞台造形の中にダイレクトに提示 した。 これらの作品は、あの事件が安易なレッテルによって社会問題化され消費さ せられたことによって見失われたものは何なのか、観客それぞれに問いを開く ものだったろう。 作品それぞれが、それぞれに別の仕方で、「社会問題」を読み直す視点をも たらしながら、現代社会において演劇を続ける意味を問い直していて、その答 えを別々に作品としてあらわしている。 4.ロビーの活用 「りたーんず」では、劇場ロビーは「KR14教室」として作品化された。学校 で使うような机と椅子が持ち込まれ、仮設の黒板には当日の案内などが書かれ、 備え付けの書棚には各演出家の蔵書が展示された。 ロビーでは、フェスティバルの関連企画として、ポタライブの実績で知られ る岸井大輔(PlayWorks主宰)がインタビューやトークライブなど、連日誰か と話をするというパフォーマンスを継続した(注9)。岸井自身にとっては、イ ンタビュー取材をもとに自身が創作するプロセスを見せるというものだったが、 それは岸井自身の作品には留まらない展開につながった(注10)。 岸井は、2008年の「沈黙のトークショー」では8時間にわたるトークライブ 自体を演劇として見せることを試み、09年2月の「百軒のミセ」では、10日間 あまり同時多発的に作品が上演される状況を続けることを試みて、出入りする 人々がその場を演劇的にポテンシャルの高い場にしていく方法を模索した。 そうした、ある種つかのまの共同性の輪が創発されるよう促すことに長けた 岸井のノウハウが、少しずつ触媒として働いたようだ。 フェスティバルの後半になると、ロビーは、各演目の合間に、出演者たちが さまざまな企画を自分から発案して、幕間に披露するような空間になっていっ た(注11)。複数演目を見る観客も、幕間の小一時間を飽きずに過ごすことがで きた。 つまり、アゴラ劇場自体が、集団創造が自ずと生起するような、祝祭的な空 間に変容していったのだ。そこから出会いが生まれ、舞台について語る輪が広 がり、さまざまなパフォーマンスが生まれるような場がつかのま実現したのだ。 岸井大輔が今回ロビー企画を通して「りたーんず」に参加したのは、企画者 の柴幸男の上演にアフタートークのゲストとして参加したのが縁だったという ことだが、岸井を巻き込むことがフェスティバルのポテンシャルを上げること につながるという判断も、演出的に的確だったのだろう。ここからも、「りたー んず」の制作者と企画者がフェスティバルの全体を、祝祭的であるがゆえに創 造的である、そういうものにしようとしたことがうかがえる。 「14歳の国」の最終公演が終わったあと、宮沢章夫と杉原邦生によるトーク がロビーで開催されたことも、ロビー企画によって空間が暖められていなかっ たら、実現しなかっただろう。演出家たちも、それをフェスティバルのひとつ の達成として認めているようだ。 「劇談」では、そうした祝祭的な雰囲気が内輪の盛り上がりに過ぎなかった のではないかという反省もなされた。 だが、それは単なる内向きの共同性だったわけではなく、確かに、その場に 人々を巻き込むような性格のものだった。 名実ともに、「りたーんず」はどこまでも演劇フェスティバルとして成功し たのだ。 5.「りたーんず」の演劇史的な意義について 最後に、フェスティバル全体の演劇史的な意義について、考察を試みたい。 私には「りたーんず」の全体が、まるでフェリーニの『8 1/2』のようだとい う印象が残った。 『8 1/2』は、映画監督が、映画が作れなくて悩む様子と、完成できずに悩 んでいる映画の構想のイメージが重なり合う、いわば「映画についての映画」 だ。そこで、映画はどのようなものであるべきか、というジャンルの本質や時 代性についての問いが、作家自身のアイデンティティの危機とその克服に重な り合っている。 ジャンルの意義を問い、作家が創作に取り組む姿勢が問い直され、最後には 祝祭が肯定される。ひとつの演劇作品として見た「りたーんず」は、こうした 問題系を『8 1/2』と共有している。おそらく、これは単なる偶然の一致では ない。 「演劇についての演劇」を作家たちが競作/共作したものとして「りたーん ず」を考えられるとして、では、なぜ、今、若手演劇人が演劇を問い直し、そ の成り立つ根拠を新たに据えるような創作活動を共にすることが必要だったの か。 60年代に新劇に対抗する形で小劇場演劇が生起するとき、たとえば、新しく 小さな劇場を設けることから演劇が始まった。そこでは、学生運動がそうであっ たと同様、若者が世界的な歴史を意識せざるを得ず、たとえば都市と農村、産 業と文化の間にある矛盾がせめぎあう中で、若者が導かれるその場から、演劇 が立ち上がる。そこでの共同性は、既存の文化や社会に抗する形で、社会や歴 史に根を張った表現の基盤となる。 「アングラ」からポップに変容した80年代小劇場演劇も、高度資本主義が消 費社会を完成させていく過程において、地域共同体が決定的に崩壊する最後の プロセスと併走していたはずだ。「80年安保」としてのサブカルチャー(橋本 治)。 80年代的小劇場もアングラも新劇も同時代の表現としての意義を見失い、一 般の観客は劇場から離れ、知的な緊張が演劇と他のジャンルの芸術や批評との 間に結ばれることもない90年代。かりそめの盛り上がりのためだけに上演が繰 り返される没歴史化が演劇というジャンル自体の信用を低下させる。 そんな状況において、「現代口語演劇」は、社会から距離を置いて反省とい う位置に徹することによって、逆説的に社会と関わろうとした。いわば限りな く実際の社会とは無縁であることによって社会の鏡となることが目指される (「都市に祝祭はいらない」)。その意味で、現代口語演劇もまた没歴史的で あった。 第二次大戦後のイタリア。惨禍が残した廃墟において、リアリズムが自ずと 有効性を持った(ネオリアリスモ)。しかし、その有効性は、いつまでも続く ものではない。 バブル崩壊後の日本。いわば資本の運動に蹂躙された廃墟で現代口語演劇が 新たな意匠となる。まるで、そこで演劇史が終わっているように見える。 かつて社会から直に演劇が立ち上げられていたことの代わりに、「りたーん ず」では、フェスティバルという形で共同性を仮構することで、そこから演劇 が立ち上がったようにみえる。フェスティバルを通じて意図的に生み出された 熱気は、かつてなら歴史的な必然が用意した共同性という足場の代替物となっ ているかのようだ。 過去の意匠がちらばった瓦礫の山の中から、演劇を再起動するような作業。 それは、一面では貧しさの現れに他ならない。しかし、それは高度資本主義の 荒野でポテンシャルを秘めたさまざまな文脈を劇場に巻き込もうとする冒険で もあった。その点において、「りたーんず」の全体は、まぎれもなくひとつの 演劇(虚構)だった。 「6人は全員演出家です。演出家、というのは目の前で何が起きたらわくわ くするか、/ということをそれぞれのやり方で、ひたすら考える役割の人です」 (注12)。 ここで私は、戸井田道三がかつて「演出家は舞台上のことだけではない。舞 台が社会の存在である限り歴史の演出家でもあるのだ」と語ったことを思い出 す(注13)。 戸井田道三がそう語るとき、そこに劇団民藝による『子午線の祀 り』の上演に触れた経験が響いている。『子午線の祀り』を歴史の表現であり、 新たな歴史を生み出すものと見る戸井田道三は、演技は集団からしか生まれな いとも言っていた。 戸井田道三のこの言葉は、りたーんずの6人にはなぜフェスティバルが必要 だったのか、それを考えるためのヒントを与えてくれていると思う。 (注1) 次の記事を参照 http://fringe.jp/topics/2008/06/081.html (注2) http://kr-14.jp/kr-14web/kikaku.html (注3) http://kr-14.jp/kr-14web/kikaku.html (注4) 宮沢章夫を交えて行われたキックオフミーティングでの篠田の発言か ら。これは事前チラシに掲載されている。 (注5) 「ニセS高原から」については次の記事にまとめた。http://www.wonderlands.jp/index.php?itemid=369&catid=9 (注6) 関連雑誌の編集はエクス・ポの編集なども手がける藤原ちから氏。 『QJ』に同フェスティバルの告知記事を書いた梅山景央氏も合宿などを取材し たという。 (注7) 「『キレなかった14才 りたーんず』とはなんだったのか!?」と題 してUPLINK FACTORYを会場に開催された。 http://www.uplink.co.jp/factory/log/003019.php (注8) それぞれの作品についての詳論は、「白鳥のめがね」を参照のこと。http://d.hatena.ne.jp/yanoz/ (注9) その様子はブログ記事として残されているhttp://14199702091982.seesaa.net/ (注10) ちなみに、今回のフェスティバルでの取材を生かした岸井自身の作品 は、結局会期中には発表されることはなかった。 (注11) 「でぶ学講座」、生演奏、即興ダンスほか、さまざまな企画が会期 中に実現し、フリーペーパーも誕生した。ロビー企画の記録の一部は次のアド レスから見ることができる。 http://kr-14.jp/kr-14web/2009/05/post-25.html (注12) http://kr-14.jp/kr-14web/kikaku.html (注13) 『劇場の廊下で』(麦秋社 1981年)p.177 【筆者略歴】 柳沢望(やなぎさわ・のぞみ) 1972年生まれ長野県出身。法政大学大学院博士課程(哲学)単位取得退学。 個人ブログ「白鳥のめがね」。http://d.hatena.ne.jp/yanoz/ ・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=9 【上演記録】 6人の演出家による連続上演「キレなかった14才 りたーんず」 http://kr-14.jp/kr-14web/ こまばアゴラ劇場(2009年4月16日-5月6日) http://www.komaba-agora.com/line_up/2009_04/kr14.html ○企画者:柴 幸男(青年団演出部)/篠田千明(快快)/中屋敷法仁(柿喰 う客) ○参加作品 『少年B』作・演出:柴 幸男(青年団演出部) 出演:井上みなみ 大柿友哉(害獣芝居) 岡部たかし 玉井勝教 山田宏平 (山の手事情社) 『アントン、猫、クリ』作・演出:篠田千明(快快) 出演:カワムラアツノリ(初期型) 中村真生(青年団) 『学芸会レーベル』作・演出:中屋敷法仁(柿喰う客) 出演:伊東沙保 今村圭佑(Mrs.fictions) 荻野友里(青年団) 川口聡 川田 希 大道寺梨乃(快快) 武谷公雄 田中佑弥 永島敬三 三澤さき 『グァラニー 〜時間がいっぱい』作・演出:神里雄大(岡崎藝術座) 出演:上田遥 菊島かずは 坂倉奈津子 宇田川千珠子(青年団) 高須賀千 江子 寺田千晶 杉山圭一(北区つかこうへい劇団) 『すご、くない』振付・構成・演出:白神ももこ(モモンガ・コンプレックス) 出演:川崎香織 池田義太郎 石松太一 重岡漠 清水嘉邦(SpaceNoid) 千田英史(Rotten Romance) 『14歳の国』作:宮沢章夫 演出:杉原邦生(KUNIO/こまばアゴラ劇場<サ ミット>ディレクター) 出演:真田真 菅原直樹 山崎皓司(快快) 鈴木克昌 小畑克典(青年団) ★:ポストパフォーマンストーク 4/16(木) 篠田20:00 篠田×中屋敷×杉原 4/17(金) 神里20:00 神里×篠田×白神 4/18(土) 白神19:30 白神×柴×神里 4/19(日) 柴19:30 柴×篠田×白神 4/20(月) 中屋敷19:30 中屋敷×柴×杉原 4/21(火) 杉原19:30 杉原×中屋敷×神里 4/23(木) 中屋敷19:30 4/28(火) 中屋敷14:00 白神19:30 りたーんず演出家全員集合! 5/01(金) 中屋敷19:30 5/05(火) 中屋敷20:00 チケット料金 一般:予約 2,500円 当日 2,800円 / 高校生以下:予約・当日共 1,000円 [平日昼割引] 一般:予約 2,000円 当日2,500円 / 高校生以下:予約・ 当日共 1,000円 ○スタッフ 企画:柴幸男・篠田千明・中屋敷法仁 舞台監督:佐藤恵 舞台美術:佐々木文美 照明:伊藤泰行 富山貴之 音響:星野大輔/宣伝美術:天野史朗 web:加藤和也 制作統括:野村政之 宮永琢生 制作:木元太郎 山本ゆい 制作協力:佐藤泰紀 雑誌編集:藤原ちから 武田砂鉄 特別協力:熊井玲(シアターガイド) 協力:STスポット シバイエンジン ○関連企画 ・雑誌『りたーんず』(仮題)刊行 ・playworks#1.1『14=1997.02.09-1982』by 岸井大輔(playworks主宰) ○企画制作:キレなかった14才?りたーんず/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 ○主催:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 ===================================================================== ◇連載「カトリ式小劇場の歩き方−6月」 第6回「かあいそう だたほれたってことよ」 ―私が彼/彼女について知っている2、3のこと カトリヒデトシ だんだんタイトルがおおげさになっていくなぁ。羊頭狗肉? 役者の魅力を考えるのが、今回の趣旨。 このエッセーは極私的に好きな芝居をとりあげているが、もともと好き嫌い で語られるのが顕著な役者について、同じ文脈で語っても、ひねくれものには 納得がいかない。 例えば古典ならばオセローを新しく造形するということがおこる。しかしそ れを演出家の手柄とするか、役者の手柄とするか、区別は難しい。 見巧者に「あの役者にあんな役をやらせるのはかわいそうだ」と言わせしめ たとしても、普通にだれもが口にする「ミスキャストだ」ということと、8も のすごく重要な違いだとカトリは思うが)説明はしづらい。 カトリの未熟を棚にあげ、自戒をこめ言うのだが、役者を「批評することば」 は脆弱だと思う。 うまいとか、下手だとか、クサくてみてられないなどと偉そうに言ってしま うが、それを具体的に説得力を持つ説明を加えるのは困難だ。「個人的な印象 じゃん」という批判を跳ね返す、強いことばはまだ持ち得ない。 役を見事に体現した、と言ってもその判断は戯曲を解釈した「役」に基づい ているわけで、その上で演技や感情表現の塩梅について忖度している。それは 戯曲研究の重要性を確認できるものの、演技の評価とは微妙に異なるように感 じる。 カトリが愛してやまない役者たちはなにがすばらしいのか? 顔やスタイルでは、全くない。 強烈な印象を残す「身体」をもっているか、それを支えるにたる「声」があ るか、その印象を心に刻みつけてくれる「表情」をもっているか、が決め手に なっている。 …つまりは舞台での「存在感」という当たり前なことになる。 芝居上の人物に共感できたり、その情動に共振させてくれたり、日常生活の 中では決して味わえない感情や情感を、予想をこえて拡張してくれたりすると、 その役者はすごい!と惚れてしまう。 正でも負でもいい、エネルギーの常ならぬ発散や発露を見せつけてほしい。 …理論がないから、ブンガク的言説でごまかしている。と言われるかも… 現在、熱中し、夢中になっていて紹介したい役者は4人(外の人は順番を待 つように。連載がつづけばそのうち紹介できる。多分)。 まず東京デスロックの夏目慎也。 西原理恵子描く神足裕司似の「まんまる顔」である。30半ばなはずなのに頭 髪の不自由さは、まさに「若○○のいたり」。 でもすばらしい声を持っているんだ。時に太く、時に渋く響き、聞いてるも のを彼の声は魅了する。 愛すべきマンガ顔から「二枚目」の声が発せられる。だれも彼をハンサムと は言わない。けど、舞台で見れば彼の「かっこよさ」は一目瞭然である。ビジュ アルと「存在」のギャップがすばらしい。いつも毀誉褒貶相半ばするデスロッ ク多田演出において、夏目はどんな局面でも、しびれる存在を現前させる。 そして「柿喰う客」の七味まゆ味。 この人の舞台上の存在感たるや…(絶句)。しかし七味の良さはセリフを発 している時だけでなく、受けの芝居の時から、自分の「見せ場」へ一瞬で引き ずり込んでいくパワーにこそある。 サッカーでいう「トータルフットボール」における「攻撃的守備」と言る演 技を見せてくれるのだ。守っている時も、高い位置でボールを奪おうと虎視眈 々と狙い、ボール(舞台の流れといったもの)を奪うやいなやの怒濤のカウン ター攻撃!その反転への反応力がすばらしい。 それは自分を目立たせるために、相手の芝居にしゃしゃり出て、座をさらう 「壊し屋」とは異なる。アンサンブルには敏感である。 伝統芸能での、相手の得意技や見せ場を「たっぷり」と見届けてから自分の 見せ場に、という王道は、そもそも「柿喰う客」では採用されない。追求され るのはスピードで、その中で埋もれずに、矢継ぎ早におこる出来事に素早く反 応し芝居を転がすことを役者は求められる。その中で七味は当社比1.3倍(笑) の反応力を見せる。彼女は「芝居の呼吸」と「間合い」の把握が抜群なのだと 感じる。 次は「こゆび侍」佐藤みゆき。 彼女のくっきりした、音域の広い声は聞くものに陶酔をあたえる。去年、柿 の「俺を縛れ」でカトリの心をまさにがんじがらめにしてしまった。 豊かな表情でかわいく、コケティッシュ。しかし、素顔は妖艶さとは無縁で ある。外の劇場の手伝いをしている時にちっちゃいんで気づかず、前を素通り してしまい、損した気分になったことがある(笑)。 舞台の上でほとばしるエネルギーは演技力のたまものなのだ。その「溌剌」 に会えるのは舞台の上だけだと気づくと、役者の「存在感」ということの本質 に考えが及ぶ。 最後は「ハイバイ」の坂口辰平。 彼を強烈に意識したのは、「15 minutes made vol.4」での「アイサツ」で あった。 自信のない演劇部の演出家が、役者たちのわがままに振り回されグタグタに なっていくという話。その中で、相手に強く言われた時のキョドりぶり、目の 泳ぎ、目の周りを赤くしことばがどもり出す…という姿が衝撃的であった。興 奮すると口に手をかざしてしまいセリフが聞き取れない…。こんな役者がいる とは!とほんとに驚いた(笑)。その後、ハイバイ本体でも注目するようになっ たが、そのヒッキー風なたたずまいと上目遣い、エロシーンを耳まで赤くなり 演じる姿、良い声なのに興奮すると滑舌が…、どれをとってもたよりなくて 「大丈夫か?」と心配になる。 ここで完全に坂口の作戦にはまり、その魅力に折伏されているわけですね、 観客は。先ほどの佐藤と違い、舞台を降りるといがいと背が「低くなく」、話 し方もきちんとした好青年なのだ。舞台の上で、小さく見える役者って、いな いでしょ。天才的である(笑)。 4人の出演舞台を紹介する。 東京デスロックは、ツアー「演劇 LOVE 2009〜愛のハネムーン〜」(6/10 (水)より。http://deathlock.specters.net/)。東京では公演をしないと決 めたデスロック、07年「演劇LOVE」の再演というよりも現在形だそう。プレビュー をレジデントのキラリ☆ふじみで、その後、桜美林大学(相模原)、青森、神 戸へと。 佐藤みゆきは「乞局」に客演。チェルフィッチュの常連である下西啓正のカ ンパニー。幻惑的な世界観を築き、真似できない芝居をつくる。毎回こった2 文字でのだじゃれタイトル、今回は「芍麗鳥(シャックリ)」(6/17(水)〜 22(月)下北沢駅前劇場。http://kotubone.hp.infoseek.co.jp/)。岩本、墨 井、西尾、三橋という特異な局員に、半分局員のサスペンデッズ佐野、リュカ 池田という強面ぞろい。みゆきはいいとこみせられるかな。 ハイバイは今どうしても見なくてはいけない劇団である。新作「リサイクル ショップ『KOBITO』」(6/5(金)〜16(火)こまばアゴラ劇場。 http://hi-bye.net/02kouen.html)。新悲劇だそう。キレたまなざしを見せた ら最高の金子岳憲、かわいいが年齢不詳に見える永井若葉。ジャイアントキリ ングぞろいの劇団である。 七味は6月出演なく、7月に大阪で、「精華小劇場で創るベルリンの演劇 『kebab』」に出演(7/10(金)〜12(日)。詳細未定)。ドイツ演出家との 舞台。「柿喰う客」は9月に世田谷トラムで新作「悪趣味」が。 今回役者を褒めたが、結局それは歌舞伎の時代から言われる「一声、二顔、 三姿」って文脈になっている。全く批評の軸は変わっていないじゃん!これは カトリの勉強不足?やはり伝統は普遍であるということ?困惑するところだ…、 今度、W大先生に教えを請おっと。 それではみなさん、来月も劇場でお会いしましょう。 【筆者略歴】 カトリヒデトシ(香取英敏、改メ) 1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校勤務の後、家業を継 ぐため独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役 。ウェブログ「地下鉄道に乗って−エムマッティーナ雑録」を主宰。 http://plaza.rakuten.co.jp/ksh21c/ ==================================================================== 連載【レクチャー三昧】第40回 ずれてればなあ・・・ -------------------------------------------------------------------- 『アイリッシュウィーク〜アイルランド芸術祭〜』@東京工業大学を見つけ 昂奮したのですが、よっく見ると『静岡春の芸術祭2009』と日程が重なってま した。がっかりです。(高橋楓) *無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。 *各情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いません。 各自ご確認の上お越しください。 *【レクチャー三昧】カレンダー版(ウェブサイト)もご活用下さい。 http://www.wonderlands.jp/info/lectures.html ▽アイリッシュウィーク〜アイルランド芸術祭〜 2009年6月9日〜16日 東京工業大学 無料、申込不要 アイリッシュ・ダンス、演劇公演、アイリッシュハープ演奏、映画上映、 講演、朗読等多彩なプログラム。詳細ウェブサイトで http://www.cswc.jp/lecture/lecture.php?id=89 ▽ペーター・コンヴィチュニー オペラ演出特別一般公開ワークショップ 2009年6月2日18:00〜21:00 昭和音楽大学 日独逐次通訳付 無料、要申込 http://www.goethe.de/ins/jp/tok/ver/ja4562799v.htm ▽永続創新:現代アジア社会における伝統的人形劇 2009年6月18日(木)18:30〜20:00(18時開場) 立教大学池袋キャンパス太刀川記念館3階多目的ホール 日本語通訳有 無料、申込不要 台湾の指遣い人形劇「布袋戯」レクチャー&デモンストレーション 講師はロビン・ルイゼンダール氏、実演は台原偶戯団 http://www.rikkyo.ac.jp/events/2009/06/5186/ ▽オホス・ベルデス〜ミゲル・デ・モリーナに捧ぐ〜スペイン歌謡コプラの夕 べ 2009年6月6日(土)18時〜 セルバンテス文化センター 無料、要申込 http://www.tokio.cervantes.es/jp/default.shtm ▽スタンダールと宗教画 2009年5月27日(水) 16時〜 明治学院大学白金校舎へボン館7417番教室 日本語通訳有 無料 講師はフィリップ・ベルティエ氏 http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2009-05-15.html ▽境界を越えて詩作する―講演と朗読 2009年5月28日(木)16:30〜18:00 早稲田大学文学学術院戸山キャンパス33-2号館2階第一会議室 講師は北島(ペイタオ)氏、通訳は是永駿氏 無料、来聴歓迎 http://www.waseda.jp/bun/activities/lecture/index.html ▽中世から現代までフランス美術史をたどって 19世紀フランス絵画の新しい見方 −アカデミスムと印象派− 2009年6月19日(金)18 :00(開場17 :30) 日仏会館ホール 1,000円(学生500円)、定員120名 講師は三浦篤氏(東京大学総合文化研究科教授) http://www.mfjtokyo.or.jp/event/00270/detail.html ▽東アジアの建築文化 2009年6月6日(土)13時00分〜17時00分 新宿明治安田生命ホール 国立歴史民俗博物館主催 無料、要申込、定員320名(先着順) http://www.rekihaku.ac.jp/events/forum/index.html ▽国際協力のジレンマに直面する日本 2009年6月02日(火)18:00 日仏会館 601会議室 フランス語(通訳付) 無料、申込不要 講師は ギブール・ドゥラモット氏 (政治学院[SciencesPo.]アジアセンター研 究員,2008年度渋沢クローデル賞[フランス側]受賞者) http://www.mfj.gr.jp/agenda/2009/06/02/index_ja.php#928 ▽数の冒険 2009年6月15日(月)18:00 日仏会館 601会議室 フランス語(通訳付) 無料、申込不要 講師はジル・ゴドフロワ氏(フランス国立科学研究センター) http://www.mfj.gr.jp/agenda/2009/06/15/index_ja.php#920 ▽人道支援とは?(世界の医療団・講演会) 2009年06月25日(木) 19時00分〜21時00分 東京日仏学院エスパス・イマージュ フランス語&日本語(同時通訳付) 無料、要申込 http://www.institut.jp/agenda/evenement.php?evt_id=1465 ▽持続可能な社会像の考察 〜化石燃料を使わない社会とは〜 2009年5月26日(火)18:00〜20:00 日本財団ビル2階 第1〜4会議室 無料、要申込 http://www.tkfd.or.jp/event/detail.php?id=131 ▽三木卓氏講演会 2009年5月 28日(木)13時〜15時30分 早稲田大学小野記念講堂 無料、申込不要 http://www.waseda.jp/cac/miki0905.html ▽わたしと歴史学、わたしと考古学 2009年5月25日(月)10:40〜12:10 早稲田大学文学学術院戸山キャンパス34号館355教室 無料、来聴歓迎 http://www.waseda.jp/bun/activities/lecture/index.html ▽横光利一とロマン主義?―「純粋小説論」をめぐる一つの試み― 2009年5月28日(木)16:30〜18:00 早稲田大学文学学術院戸山キャンパス33-2号館2階第二会議室 無料、来聴歓迎 講師は武田利勝氏(駒澤大学総合教育研究部専任講師) http://www.waseda.jp/bun/activities/lecture/index.html ▽脳科学と哲学の対話 2009年5月 26日 (火)16:20〜18:00 明治大学駿河台校舎リバティホール 無料 講師は茂木健一郎氏、合田正人氏 http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/1242193908.pdf ▽東京戦前郊外住宅地−込められた夢を訪ねて− 2009年6月2日(火)18:00〜20:00 明治大学生田キャンパス 無料 講師は高見澤邦郎氏(明治大学建築学科客員教授) http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/1242201091.pdf ▽動物の不思議を科学する 2009年6月20日(土)9時45分〜17時30分 日本大学文理学部百周年記念館国際会議 無料、申込不要 http://www.chs.nihon-u.ac.jp/event/2009/05/post_16.html ====================================================================== 【編集日誌】 ☆国会議員は最近、webサイトやメールマガジンで国会での活動を報告・宣伝 するようになってきました。自民党の河野太郎・衆議院外務委員長が発行して いるメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」はその中でも鮮度の高い情報を折々 載せることで知られています。その5月19日号に載ったのは無駄遣い撲滅プロ ジェクトのヒアリング調査ですが、次の項目で目が釘になりました。 「財団法人新国立劇場運営財団 7億円の収入のうち5億円近くが独立行政法人日本芸術文化振興会 からの交付金。 競争入札もなく、独法の人件費改革をすり抜けるための手口か。 遠山敦子理事長をはじめ、天下り役員に1600万円近い報酬が支 払われているのに対し、芸術監督の報酬は1000万円というのも 本末転倒。 日本芸術文化振興会で一体で運営すべき。」 ギョギョ!なのかヤッパリ!なのか−。早速劇場webサイトから予算書をダウ ンロードしてみましたが、指摘されたような詳細は載っていません。先の芸術 監督交代をめぐる騒動も併せて考えると、この財団が委託を受ける根拠やお金 の流れに関しても透明で分かりやすい説明が必要でしょう。説明責任は欠かせ ませんよね。 ☆次回のクロスレビューは、ハイバイ公演「リサイクルショップ『KOBITO』」 です。東京公演はこまばアゴラ劇場(6月5日-16日)、大阪公演は精華小劇場 (6月25日-28日)。締め切りは、大阪公演終了後の2009年6月30日(火)となり ます。 ぎりぎりまで待たず、早めに応募してください。よろしくお願いしま す。 ☆劇評を書くセミナー「座・高円寺」留学コースが5月10日から始まりました。 6月14日(日)は「ユーリンタウン」を演出する流山児祥さんの話を聞きます。 参加したいという方は事務局までご相談ください。 http://www.wonderlands.jp/info/seminar09the.kohenji1.html (北嶋) ====================================================================== 発行 ワンダーランド 〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 Tel& Fax: 042-422-5219 info@wonderlands.jp webサイト http://www.wonderlands.jp * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html ======================================================================


