2009/03/11
週刊マガジン・ワンダーランド 第130号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/ マガジン・ワンダーランド(小劇場レビューマガジン) 2009年 3月11日発行 第130号 毎週水曜日発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【目次】 ◇横濱・ リーディング・コレクション#FINAL「三島由紀夫を読む!」 リーディングの枠を超えた4本、幅広く多彩に 山田ちよ(演劇ライター) ◇連載 ロンドン演劇日和−シアターゴアー、芝居の都を行く 第7回 新聞批評と観客に乖離 「春琴」のロンドン初演状況 今井克佳(東洋学園大教授) ▽連載【レクチャー三昧】 第30回 違うお客を 高橋楓 ◇特別セミナー 西村博子さんが語る「アリスフェスティバルの26年」 (4月2日、3日、4日、池袋・あうるすぽっと)募集中! http://www.wonderlands.jp/info/seminar09alicefestival26.html ■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ ◇野田地図第14回公演「パイパー」 美しいイメージの中に世界を投げ捨てる滅びのメルヘン 芦沢みどり(戯曲翻訳家) ◇日本劇作家協会東海支部プロデュース 「劇王VI」 「劇王」イベントにM-1 化の兆し 実況中継「劇王VI」 鳩羽風子(記者) ◇toi 「四色の色鉛筆があれば」(「ネクストジェネレーションvol.1」) 先鋭なセンスと計算された構成力 練度の高い舞台作品を生む 香取英敏 ◇タテヨコ企画「アメフラシザンザカ〜宇宙ノ正体シリーズその5」 清濁の境目に身を置いた定点観測 「宇宙ノ正体」の地図を描く 長谷基弘(劇作家、演出家、劇団桃唄309代表) ◇Co.うつくしい雪「My space,のよう なので。」 ことばとからだが生成する「幸福な空間」 木俣冬(フリーライター) ◇ワンダーランド支援会員を募集中! http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html ===================================================================== ◇横濱・リーディング・コレクション #FINAL「三島由紀夫を読む!」 リーディングの枠を超えた4本、幅広く多彩に 山田ちよ(演劇ライター) 1人の作家を取り上げ、3〜4人の演出家がその作品の中から選んで、リーディ ング形式で1時間程度の舞台作品をつくる。これが横濱・リーディング・コレ クションの基本的なスタイルだ。5回目となる今回は、三島由紀夫が選ばれ、4 人の演出家が挑んだ。 私は、この公演の「共催」である横浜SAAC(横浜舞台芸術活動活性化実行委 員会)のメンバーで、その関係から、この公演の「主催」、横濱・リーディン グ・コレクション実行委員会の委員にも入っている。私の役まわりは、主に制 作に協力している横浜SAAC事務局の相談役といったところで、作品づくりや作 家・作品選びには係わっていない。全5回、17作の舞台はすべて(うち2作はゲ ネプロで)見た。 今回は最終回(FINAL)と銘打たれた。この企画のプロデューサー、矢野靖人 がスタート時、「3年間で区切りを付ける」と決めたことが、理由の一つだ。 これまで毎回、読むスタイル、作品との向き合い方などはすべて演出家にゆだ ねられ、その結果、「リーディング」の枠に収まらない舞台が次々と生まれて いる。今回もその特色がよく表れるとともに、4人の選んだ作品、手法がちょ うどよく散らばり、4本を通じた印象に、幅広さや多彩さをもたらした。 Aプロの初め、田口アヤコが取り組んだ『美と共同体と東大闘争』から、既 にリーディングの枠を楽々と超えた。テキストは、1969年に行われた、三島と 東大全共闘のメンバーとの討論を記したものだ。彼らが投げ合う言葉は、抽象 的な語彙とこねくり回したような言い方、一口で言うならば、観念的で難解だ。 2時間半に及んだ討論の言葉を圧縮して、1時間ほどで演じたのだが、それでも、 言葉に追い付いていくのは大変だった。 素舞台(ほかの3作も)の、中央から少し上手寄りに、田口アヤコがフレア の大きな白いワンピースを着て座り、三島の言葉を読んだ。この格好で男性的 なせりふを言うと、見る側が抱いていた三島のイメージは飛ばされ、語られる 言葉への関心が促される。三島の発言には、すごみや余裕も感じられるものの、 内心は神経質になっていたにちがいない。意外な外見は、そうした複雑な内面 を、観客に意識させる仕掛けのようにも見えた。全共闘の人々も、学生服を着 た男(久堂秀明)が途中、頭にローマ時代の闘士のようなかぶりものを付けたり、 もう一人は「ピンクハウス」の服、つまり、フリルなどの多い服の女(八ツ田 裕美)で、それに即したしぐさをしたり、スナック菓子を食べたりする。 パーカッションの演奏家(江村桂吾)も登場する。上手の脇に居て、ボンゴな どをたたき、議論が緊迫してくると、同調するように激しくたたく。しかし、 ただ、効果音を出すのではない。せりふは言わないが、「言葉をもてあそぶよ うな議論はうんざり」などと感じたかのように、責めるようなたたき方をして、 突然、演奏をやめてしまう場面があった。それで私は、パーカッションの男は、 全共闘からも三島からも一歩引いた、第三者的な存在だと解釈したが、後で誰 がどういう役だったか、田口に尋ねたところ、江村は「三島2」という。そう 教えられると、発言とは裏腹の、三島の内心を表していたようにも思えてきた。 テキストに表されたことから離れた衣装や動き、音楽の挿入などは、意外性 を高め、観客を引き込む仕掛けになる。こういった手法は、この企画ではしば しば、と言うか、普通に行われてきた。この舞台の場合、言葉が難解だから、 その手法が一層目立った。しかも、例えば、牛の話が出ると、牛の着ぐるみを 着た女(音響オペレーションでもある吉田明代)が舞台に現れる、というように、 それぞれの仕掛けは、語られる言葉と接点を持っている。接点があるから、観 客はいったんは笑ったりしても、再び、難解なせりふを追う作業に戻された。 片山雄一は、戯曲『わが友ヒットラー』を再構成して、普通にやれば2時間 近いものを1時間弱で見せた。内容は、独裁体制確立を図るヒットラーが、自 ら率いるナチス党内の実力者らを粛正するまでを、ヒットラーと、粛正される 運命にあった側近レーム、シュトラッサーら3人の男とのやりとりで見せてい くドラマだ。原作を大胆にカットして構成してはいても、流れるようなせりふ や豊かな言葉遣いなど、三島がつむぐ言葉の味はしっかりと感じさせた。 ヒットラーを演じたのは女優(林佐智子)で、口ひげに、ロリータ・ファッショ ン風の黒い衣装を着ている。この趣向は、ヒットラーを脇に回し、男優が演ず るレーム(好宮温太郎)とシュトラッサー(小菅紘史)に焦点を当てる意図から、 と見終わってから片山に聞かされた。なるほどとは思ったが、それよりも、再 構成のやり方に感心させられた。戯曲のせりふ量を約半分にし、見る側の焦点 が2人の内面に絞られるように構成し直す、という作業がなければ、このよう な演出も生きなかったと言える。 このリーディング企画では、作家の限定、上演時間の制限、けいこ期間(準 備期間)が短い、といったことも関係して、原作そのままを使わないで再構成 する、という作業が欠かせない。だが、再構成が舞台全体にもたらす影響は、 作品によって異なる。この『わが友ヒットラー』の場合は、再構成による上演 台本づくりが、舞台全体の出来映えにとって、かなりの部分を占めていたと思 う。再構成により、原作とは別個の作品としての面白さを生み、また、原作の 魅力を引き出す効果もあったのでは、と察せられた。 Bプログラムの石神夏希が選んだ『三島由紀夫レター教室』は、雑誌に連載 されたもので、手紙の書き方を指導する文章と、三島がつくった例文とで組み 合わされたもの、という。 舞台上では、このテキストと関係のないようなことが起きる。女2人(寺西麻 利子、石神夏希)と男2人(田中新一、吉田能)が登場し、歌ったり、絵を描いた り、テレビを見たり、友達と笑い合ったりする。それと並行して、4人の誰か が何かを声に出して読む。例えば、女がゴミ箱から本を拾い上げ、興味深そう にページをめくり、読み始める。トイレに入った男がペーパーを引っ張ると、 そこに文字が書いてあり、驚きながらも読んでいく場面もあった。 舞台上の人物が読み上げるのは手紙の例文で、書き方を指導する文章は、録 音の声(下田寛典)として聞こえてきた。録音の声は初め、舞台上にあったテレ コのボタンを押すと、流れ始めた。こうして、生の声も録音の声も、何気ない 雰囲気で聞かされるうち、『レター教室』という元の作品の特徴が徐々につか めた。書き方の指導では、言葉遣いはもとより、礼儀についても、なぜそうす べきか、理由を示して説明している。例文は、人間関係や設定が凝らされてい て、部分的に聴いただけでも、小説風の複雑な展開を想像させた。 4人が次々と見せることは、いわば、日常で簡単に手に入れられる楽しさ、 といったものだろう。ペピン結構設計などで石神が書いている作品にも、主に 若い世代の日常を感じさせる場面が、よく出てくる。そこから、この舞台は、 石神が自身の好きなものや得意分野を生かして、三島という作家の一端を示そ うとしたもの、と受け取られた。 最後、〈『近代能楽集』より「班女」〉はこの企画のプロデューサーで、演 出家としても過去3回参加している矢野靖人が構成・演出した。 『班女』は、愛した男を待ち続ける花子と、彼女を独占しようとする実子、 花子が待っていた吉雄という3人のドラマだ。舞台上には実子(百花亜希)、花 子(川渕優子)、吉雄(櫻井晋)を演ずる3人に加え、「女」(大川みな子)と「ト 書き」(青木佳文)という役の2人が登場した。「女」は時には実子のせりふ を語り、時には花子になって語った。私には、それぞれのせりふの中から、強 い思いのこもった言葉を取り出して、語らせているようにも聞こえた。 せりふの分け方について矢野に尋ねると、メールで「『女』は、作劇上の設 定としては戯曲『班女』に書かれてある言葉を"切実に必要とする"人物として 措定しています」などの答えが返ってきた。この企画の初回で福田恆存の『龍 を撫でた男』を演出した際、矢野は当日パンフレットに「今回のshelf版『龍 を撫でた男』も決して戯曲の紹介というていのものではなく、『私はこの戯曲 をこう読んだ!』という別の作品に仕上がっています」と書いた。この言葉通 り、この企画中の矢野の舞台はどれも、原作そのものではなく、それから何を 感じたかを見せる、ということに取り組んだ跡が伺える。それを裏付けるよう な答えだ。 ある人物のせりふを、別の人物に言わせるという手法は、これまでも矢野の 舞台で使われてきた。それにより、引き付けられることもあれば、分かりづら くなる場合もあった。今回は、「女」が実子と花子の両方を語っていると、す ぐに察せられたせいか、この手法がうまく働いたように感じた。言葉による表 現力に優れた、三島という作家の特性も関係しているのかもしれない。 ここまでの文章で、横濱・リーディング・コレクションという企画は、本番 に向けた稽古の途中段階を見せるものでも、戯曲の内容をそのまま伝えるもの でもないことは、伝わったと思う。しかし、制作の手伝い役という立場で、私 がこの企画の特徴を新聞記者などに説明しようとすると、「リーディング」と いう言葉が先に伝わるからか、簡単には理解されない。また、「リーディング」 を超えているとは言っても、一方で「舞台上で読む」ことは守っていて、リー ディングだからこそ、実現できた面白さもある。今回の石神の舞台のように、 読み方の特徴やその変化などが見せどころの舞台も、つくられてきた。 私は、第1回の「福田恆存を読む!」で、前述のような方針で解体された矢野 作品に加え、インパクトが大きかった扇田拓也演出の『堅壘奪取』を、事前情 報を持たずに見た。『堅壘奪取』は、やり合う主人と客のやりとりを、主人の せりふは男女10人、客のせりふは男女9人で分担して読む、という趣向だった。 同じ時、『わが母とはたれぞ』を手掛けた椎名泉水は、劇団でのリアルな動き の演出から離れ、視覚的効果で遊んだりした。こうしたことから「この企画は、 テキストを土台にどこまで飛べるか、といったことを目標に、それぞれの演出 家の色や力を出し合うものだ」という認識を自然と抱いた。 以後もさまざまな趣向や工夫が繰り広げられた。3回目の「宮沢賢治を読む!」 でロックのライブを思わせる趣向で客席を楽しませた大岡淳演出『セロ弾きゴー シュ』(ワンダーランドで小笠原幸介さんの劇評掲載)もその一つだ。一人の作 家を多面的に紹介した成果も見逃せない。宮沢賢治などよく知られた作家でも、 有名でない作品が引っぱり出され、興味をそそられたりした。 制作側の視点で言うと、この企画が、演出家の育成や支援、幅広い観客への 紹介といった役割も果たしたことも確かだ。3〜4人ずつ「競作」の形にしたこ とも、演出家の意欲を刺激したり、互いの交流を促して磨き合う効果を生んだ。 その結果、作品の質を上げ、さらには、企画の評判を高めることにも貢献した と言える。横浜を拠点とするstudio saltの椎名とペピン結構設計の石神の参 加は、横浜の演劇活性化などを図る横浜SAACの一員としてよかったと思う。 最後となったのを惜しまれるほど、確かな成果に導いた要因は、矢野のプロ デューサーとして力量や演劇界でのネットワーク、横浜SAACという組織の特性 など、いくつか挙げられる。経済的、人的、時間的な限界が、逆に、プラスに 働いた面があるかもしれない。だから、この企画を別の人や組織、地域で再現 できるかどうか、はっきりとは言えない。ただ、この企画で行われたことが、 演劇のつくり手の育成や支援にとって、重要な参考になると信じている。 (2月21日夜観劇) 【筆者紹介】 山田ちよ(やまだ・ちよ) 横浜市生まれ。フリーで、ジャンルを問わないライター業と並行して、「演 劇ライター」の肩書で劇評、俳優インタビューなどを手掛ける。神奈川県内の 演劇動向の取材に力を入れ、神奈川新聞で「かながわの演劇時評」(毎月1回 掲載)を担当。横浜SAAC委員、横浜未来演劇人シアター実行委員会委員、神奈 川県立新ホール開設推進委員会委員、日露演劇会議会員。 サイト http://cjyamada.hp.infoseek.co.jp/ 【上演記録】 横濱・リーディング・コレクション #FINAL「三島由紀夫を読む!」 http://yokohama-reading.org/ 相鉄本多劇場(2009年2月21日-22日、1プログラム2作品全4回公演) http://www.honda-geki.com/soutetu.html Aプログラム(21日15:00、22日19:00) ▽『美と共同体と東大闘争』 劇作:田口アヤコ(COLLOL) 演出:全参加者 出演:田口アヤコ、江村桂吾、八ツ田裕美、久堂秀明 研究・出演:角本 敦 音響・出演:吉田明代 照明・出演:小川貴大 衣装・出演:川合恵生 協力:d'UOMO ex machina ▽『わが友ヒットラー』 演出:片山雄一(NEVER LOSE) 出演 アドルフ・ヒットラー:林佐智子 エルンスト・レーム:好宮温太郎(タテヨコ企画) グレゴール・シュトレッサー:小菅紘史(第七劇場) グスタフ・クルップ:服部健太郎(タテヨコ企画) 制作:松丸琴子(NEVER LOSE) 協力:NEVER LOSE、タテヨコ企画、第七劇場 Bプログラム(21日19:00、22日15:00) ▽『レター教室』 構成・演出:石神夏希(ペピン結構設計) 出演:田中新一(東京メザマシ団)寺西麻利子、吉田能(PLAT-formance)石 神夏希(ペピン結構設計) 声の出演:下田寛典 協力:里見有祐、急な坂スタジオ ▽『近代能楽集』より「班女」 構成・演出:矢野靖人(shelf) 出演 狂女 花子:百花亜希 老嬢 実子:川渕優子(shelf) 青年 吉雄:櫻井晋 女:大川みな子(shelf) ト書き:青木佳文(shelf) 演出助手:秋葉洋志(shelf) 協力:アトラプトカンパニー スタッフ(4作共通) 音響:島貫聡 照明コーディネイト:伊藤孝(ARTCORE design) 照明操作:三浦詩織 舞台監督:小野八着(Jet Stream) 宣伝美術:西村竜也 写真:藤倉善郎 制作協力:川井麻貴(SEABOSE) プロデューサー・総合ディレクター:矢野靖人(shelf) 主催:横濱・リーディング・コレクション 実行委員会 共催:横浜SAAC、横浜市市民活力推進局 助成:(財)私的録音補償金管理協会(sarah) 協力:福永友紀(これっきりプロデュース)、新野美奈子、市村由香、横浜演 劇サロン、ほか 料金:前売り2,200円、当日2,700円(日時指定・全席自由席)セット券(前売 りのみ)3,800円 【横濱・リーディング・コレクション#0〜#3】 http://yokohama-reading.org/archive.htm #0 福田恆存を読む! 2006年2月8日(水)〜12日(日) 『わが母とはたれぞ』演出:椎名泉水 『堅壘奪取』演出:扇田拓也 『龍を撫でた男』演出:矢野靖人 #1 太宰治を読む! 2006年8月23日(水)〜27日(日) 『駈込み訴え』演出:椎名泉水 『冬の花火』演出:前嶋のの 『古典風』演出:矢野靖人 #2 宮沢賢治を読む! 2007年2月21日(水)〜25日(日) 『飢餓陣営』演出:椎名泉水 『オツベルと象』演出:鳴海康平 『セロ弾きゴーシュ』演出:大岡淳 #3 岸田國士を読む! 2007年8月9日(木)〜12日(日) Aプログラム 『動員神話』演出:楢原拓 『顔』演出:矢野靖人 Bプログラム 『クニヲと俺と。(入門編)』演出:菊川朝子 『紙風船』演出:明神慈 会場はいずれも相鉄本多劇場 【関連情報】 COLLOL http://homepage2.nifty.com/taguchiayako/ d'UOMO ex machina http://web.mac.com/d.uomo.ex.machina/domus/porta.html NEVER LOSE http://www.neverlose.jp/ タテヨコ企画 http://tateyoko.com/ 第七劇場 http://dainanagekijo.org/ ペピン結構設計 http://pepin.jp/ PLAT-formance http://platformance.fc2web.com/ shelf http://theatre-shelf.org/ 横浜SAAC http://www.honda-geki.com/saac/saac.html ===================================================================== ◇連載 ロンドン演劇日和−シアターゴアー、芝居の都を行く 第7回 新聞批評と観客に乖離 「春琴」のロンドン初演状況 今井克佳(東洋学園大教授) 2月には大雪に見舞われたロンドンも、3月に入ると気温が上昇し、暖かい 日々が続いている。気がつくとあんなに暗かった夕方も日が延びて明るくなっ た。水仙など草花もそこここに目につくようになり、本格的な春の訪れを予感 する。しかし、私は在外研究期間が終わり、今月でロンドンにもさようなら、 だ。まだまだ観たい芝居、訪れたい劇場も多く、これからいい季節になるとい うのに名残惜しい。 年明けあたりから不況の影響か、ウェストエンドシアターのディスカウント チケットのオファーがネットでも増えた。RSCのロンドン公演でさえも、演目 によっては割引チケットのお知らせが来た。皮肉だが、シアターゴーアーにとっ てはありがたい話だ。特定の劇場に限られるが、この連載でもお伝えした、 Under 26 Free、25歳以下無料観劇の制度も実際に始まっているようだ。 そんななかで、私にとっての2月の注目は、当然ながら、コンプリシテと世 田谷パブリックシアターの共同製作、「春琴」Shun-kinのロンドン初演(バー ビカン・シアター)だった。昨年2月に東京で初演され、日本ではおおむね好 評であった「春琴」が、一年後、ロンドンの観客の前に登場したのである。そ れにともない、ポストショートーク、「春琴」やコンプリシテ関連のセミナー やワークショップも各種開催され、サイモン・マクバーニーや関係者の話を聞 く機会も多かった。 「春琴」のロンドン公演は1月30日から2月21日の約3週間の予定であった が、初日のリハーサル中に出演者のアクシデントがあったようで、30日は上演 中止となる波乱の幕開けだった。なぜか私は初日を避け、31日のチケットをとっ ていたため、結果として実質のロンドン公演初日を観ることとなった。(アク シデントは大きなものではなかったようで予定されていた出演者に変更はなかっ た。) 出演は、東京初演のヨシ笈田(老人の佐助)と宮本裕子(人形ぶりの春琴) がそれぞれ、天井桟敷出身の下馬二五七と、松田正隆作品への出演などで知ら れる内田淳子に変わりそれぞれの出演シーンの印象が若干変わった。特に下馬 の冒頭での語りは、もともと笈田の個人的な体験が生かされて作られたようで、 東京初演ではそのライブ感、といったらいいのか、事実からフィクションへと 入って行く感覚があったが、下馬に変わったためその感覚は弱まり、しかしセ リフ回しやたたずまいから伝わる佐助の老境の様子は逆に深まりを見せたよう に思えた。 主演の深津絵里をはじめ、上記二人以外の出演者は同じだが、上演は一年前 に東京で観たものにさらに磨きがかかり、非常に充実していると感じた。いく つかのセリフや映像、そして少女時代の春琴の人形の動きや扱いが変化してい るのに気づいた。 まだ芝居が完成途上であった昨年の東京公演よりも、当然ながら完成度は高 く、はっきりと作品が表現している構造が伝わってくる印象が強かった。会場 の反応もよく、しばらくこちらの劇場でも出会わなかったカーテンコールでの ブラボーやスタンディング(少人数ではあるが)もあった。観客はもちろん日 本人も見かけたが、ほとんどこちらの観客が多く、コンプリシテの作品として 注目されていることがよくわかった。 会場の反応が上々だったにもかかわらず、数日後のプレスナイトを経て、各 紙に出された批評は、大きく割れた。Telegraphは星を3つつけながら、本文 では「19世紀の日本への西洋的偏見を確認しただけ」「二時間休憩なしの拷問 に耐えているようなもの」と手厳しく、理解をしめさない。The Guardianは、 言葉穏やかに舞台の美しさを認めながらも、サドマゾヒスティックな谷崎の世 界には理解を示さず、あいまいな表現はコンプリシテの以前の作品より劣ると して、星は2つ。他にも厳しい評が多くみられた。 これらに対して、The Timesは、重層的に語り手を配して、様々な価値観を 提示していることをむしろ評価し、4つ星を与えている。少し遅れて出された Time Outの評価も高くここも4つ星(ただしTime Outは6つ星が満点)をつけ ている。現在もTime Out Londonの当該ページに行くと、読者が、低い評価を 与えた各紙を非難しているコメントがつけられていて、読むことができる。こ のことは、新聞批評と、実際の観客との捉え方が乖離していることの現れだろ う。 「春琴」に対してロンドンの批評が厳しかったことの理由を自分なりに考え てみると、まずは「春琴抄」のサドマゾヒスティックな愛の世界に対して、拒 否反応が働いたということがあるだろう。これはもちろん日本の観客でも起こ ることであるが、日本語上演、英語字幕という上演形態の影響もあり、プロの 批評家でもThe Timesが見抜いたような、語りの重層性による多様な価値観の ゆらぎが表現されていることに気づくことができなかったのではないか。 もう一つあるとすれば、ロンドンでは非常に評価が高かったという日本との 共同製作第一弾「エレファント・バニッシュ」のきらびやかなマルチメディア 全開の世界と対照的であったので、期待感がそがれたのかもしれない。ちなみ に「エレファント・バニッシュ」は日本でより、ロンドンでの評価がよかった そうであるが、「春琴」は日本での評価が高かったため、ロンドンでは逆にな るのではないかという危惧は演出のサイモン・マクバーニー自身も持っていた とDaiwa Foundationにおける「春琴」セミナーで本人が話していた。 もともと、プロの批評家であっても、ときに素人的な無理解を起こし、いい がかりにも等しい記事を書く傾向があるのがロンドンであることが一年いてう すうすわかってきた。口汚くののしるのがどの新聞であるかもだいたい決まっ ている。劇中の「偏見」や「差別」を批判しながら、実は自分たちがそれに染 まっていることに気づこうともしないのだ。まあ、一種の「芸風」なのかもし れないのでまじめにとってはいけないのかもしれない。ロンドンの批評は厳し い、といわれるが、現実はこのようなものであって、決してほめられるべきも のではないという気がする。 「春琴」には実質の初日を含めて4回通うことになった。ポストショートー クの日、そして日本から来ていた知人と一緒にもう一度。三度観て毎回少しず つ変化しているので、最後まで見届けたくなり最終日のマチネにもう一度。日 本語のセリフ、俳優の動き、英語字幕も、少しずつ変わり続け、その度に新し い意味が付与されたり削られたりしたように思う。関係者の話によれば、サイ モン・マクバーニーは、ほぼ毎日劇場に足を運び、修正を指示したという。俳 優やスタッフにとっては気の抜けない日々だっただろうが、関連のセミナーで 聴いたサイモンの、演劇は「現在」の芸術である、という意味の言葉を彼は実 践しているのだと思わされた。 4回ともほぼ劇場は満員で、カーテンコールでの反応も悪くはなかった。た だ、ひとつだけ気になることがあったので付け加えておく。2月21日、最終日 マチネのカーテンコールで、観客からと思われる写真撮影のフラッシュが執拗 に焚かれたのだ。多分複数の人間が撮影したのだ。この日は4回行った中で観 客の日本人率が一番高かった。それはよいのだが、他の日には焚かれなかった フラッシュがこの日だけ焚かれたとなると、深津絵里あたりを目当ての日本人 が撮影したとしか思えない。実際客席でデジカメのモニターが光るのがわかっ た。 どうも、こちらではオペラやバレエの劇場では、本来は禁止であっても、観 光的な場所となっているため、カーテンコールでの写真撮影はある程度黙認さ れているようである。そうした写真を日本人のブログで見かけることも多々あ る。が、演劇のカーテンコールであそこまで多くのフラッシュが焚かれたこと はなかった。グローブ座やストラドフォードアポンエイボンの劇場で写真撮影 禁止のアナウンスが最初に流れたことがあったが、バービカンでは多分当たり 前のこととしてそうした注意はしていないのではないか。 あまり観劇慣れしていない在住の日本人や観光客の方が入られて、つい撮影 を行ってしまったというのが真相ではないかと考えている。しかし自分として は例の財務大臣の会見事件と同じくらい恥ずかしい思いだった。日本人に限ら ず、これもひとつの問題で、ロンドンでは日本よりも比較的簡単にチケットが 入手できるため、どんな劇場でもマナーを知らない観客が多くなる傾向がある。 これは、若い学生の団体観劇などがあると特にそれを感じる。 長くなってしまったが、この2月はこうした大きなイベント以外にも、日本 人俳優を中心としたカンパニー「一座」が行った寺山修司の「毛皮のマリー/ 犬神」の英語リーディング公演や、日本在住経験のある中国系イギリス人演出 家によるサムライバージョン「夏の夜の夢」(東洋人の俳優、日本の装束、狂 言や歌舞伎風の動き、日本語を交えた英語セリフ)のSouthwark Playhouse上 演など、地道な日本関連の演劇活動もあったことを付け加えておく。 【筆者略歴】 今井克佳(いまい・かつよし) 1961年生まれ、埼玉県出身。東洋学園大学教授。2008年度はロンドン大学 SOAS客員研究員としてロンドンに滞在中。専攻は日本近代文学。ロンドン報告 はブログ「ロンドン日和」(http://tabla.cocolog-nifty.com/london/)にも 掲載中。 ・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=8 【関連情報】 ・バービカン「春琴」ページ http://www.barbican.org.uk/theatre/event-detail.asp?ID=8038 ・コンプリシテ「春琴」ページ http://www.complicite.org/productions/detail.html?id=44 ・Telegraph ‘Shun-kin’ http://www.telegraph.co.uk/culture/4528359/Shun-Kin-at-the-Barbican-review.html ・The Guardian ‘Shun-kin’ http://www.guardian.co.uk/stage/2009/feb/06/review-shunkin-barbican ・Times Online ‘Shun-kin’ http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/stage/theatre/article5659189.ece ・Time Out London ‘Shun-kin’ http://www.timeout.com/london/theatre/event/127960/shun-kin.html ・「一座」http://www.ichiza.co.uk/index.html ・Southwark Playhouse ‘A Midsummer Night Dream’ http://www.southwarkplayhouse.co.uk/whatson_detail.php?record_number=113 ==================================================================== 連載【レクチャー三昧】第30回 違うお客を -------------------------------------------------------------------- フェスティバル/トーキョーの会場で同時に複数の友人に遭遇した時に一人 が「わ〜偶然、みんなでこんなとこでばったり会うなんて」と言いましたが、 それって違うよね。こういうとこでは絶対会うんだよね。おんなじ客がぐるぐ る回ってるだけだもんね。 その点リミニ・プロトコルの『資本論』では、いつもとは観客層が違ってる 印象だった、と某批評家が話していました。三分の一演劇関係者、三分の一アー ト関係者、三分の一資本論/マルクス関係者、みたいな。また、出口では左翼 系の人たちが勉強会ご案内のちらしを配っていたそうです。「芸術」に「政治」 や「社会」をこれみよがしに持ち込むなよ、という主張もむろんあるわけです が、舞台の観客が多様化し、絶対数が増えるのは大いに歓迎です。(高橋楓) *無料でも予約が必要なことがございます。必ずウェブサイトでご確認下さい。 *各講座情報の真偽・変更・取消・思想信条背景等につき一切の責任を負いま せん。各自ご確認の上お越しください。 *近日開催の講座紹介は、バックナンバーに載っている可能性がございます。 http://archive.mag2.com/0000201899/index.htmlをご覧下さい。 ▽TAGTAS/FORUM−条件なき大学- 各回2009年、19:00開講、開場30分前 Space カンバス 各回1,000円(大幅割引になるパスポート有)、予約不要 ▽▽3月13日(金) 「人権の彼方に−死と身振り」講師は鴻英良氏(演劇批評家) ▽▽3月20日(金)「大逆事件と日本近代演劇の起源」講師は鴻英良氏(演劇批評 家) ▽▽3月27日(金)「福田善之『魔女傳説』『大逆の女』] 朗読会」 講師は佐々木治己氏(劇作家・演出家) ▽▽4月3日(金)「『魔女傳説』とその時代] 講師は福田善之氏(劇作家・演 出家) ▽▽4月10日(金)「<帝国>の起源 1」 講師は脇川海里氏 (舞踊家/イマージュオペラ) ▽▽4月17日(金)「懺悔録<身体の演劇>1」(ワークショップ) 講師は清水信臣氏(演出家 /劇団解体社 ) ▽▽4月24日(金)「日本近代演劇の起源」(人文落語) 講師は佐々木治己氏(劇作家・演出家) ▽▽5月15日(金)「前衛の系譜学 I 」 講師は河野真太郎氏(20世紀イギリス文学・批評理論) ▽▽5月22日(金)「Raymond Williams, Drama in Performance, rev. ed.を 読む」 講師は大貫隆史氏 (英米演劇・批評理論) ▽▽5月29日(金)「懺悔録<身体の演劇>2」(ワークショップ) 講師は清水信臣氏(演出家 /劇団解体社 ) http://d.hatena.ne.jp/tagtas/ *この催し情報は「ワンダーランド」執筆者の方から頂戴いたしました。どう もありがとうございました。 ▽怪談〜前衛音楽が語る怪奇な物語〜 藝大二十一奏楽堂十周年第四回奏楽堂企画学内公募最優秀企画 2009年3月14日(土)15時開演 東京藝術大学奏楽堂 無料、要申込 ノマド〜Sのの熊谷乃理子、池宮中夫の両氏が賛助出演 http://geidai.kimodameshi.com/kaidanni.html *この催し情報は「ワンダーランド」執筆者の方から頂戴いたしました。どう もありがとうございました。 ▽俊英たちが語る日本とカナダの映画と舞台芸術 2009年3月17日(火)18:30〜21:30 明治学院大学白金キャンパスアートホール 通訳有 無料、要申込(電話かFAX)、先着300名、申込締切 3月13日(金) 講師はフランソワ・ジラール氏(シルク・ドゥ・ソレイユ「ZED」の作・演 出家)、奥田瑛二氏(映画監督・俳優)、佐藤アヤ子氏(明治学院大学 教養 教育セ ンター教授) http://mgu-cfla.cc-town.net/modules/news/article.php?storyid=109 *この催し情報は知人から頂戴いたしました。どうもありがとうございました。 ▽グロテスクな審判 クリンゲマン、ルイス・キャロル、フランツ・カフカ 2009年3月13日(金)16:00〜17:30 立教大学池袋キャンパス太刀川記念館3階多目的ホール ドイツ語、通訳有 無料、申込不要 講師はモニカ・シュミッツ=エマンス氏(ドイツボーフム大学教授) http://www.rikkyo.ac.jp/events/2009/03/4475/ ▽数学,科学,音楽:歴史的序説 2009年04月22日(水)18:00 日仏会館 601会議室 フランス語 、通訳付 無料、申込不要 講師はエリック・ドゥクルー (在日フランス大使館大学交流アタシェ) http://www.mfj.gr.jp/agenda/2009/04/22/index_ja.php#889 ▽第18回NINAGAWA千の目 2009年4月29日(水・祝)開演12:00 彩の国さいたま芸術劇場映像ホール 無料、要申込(はがき)、抽選(150名)、申込締切4月15日(水)必着会員優 先枠有り 蜷川幸雄氏とゲストの対談シリーズ。今回のゲストは鳳蘭氏 http://saf.or.jp/thousand_eyes/2009/vol018.html ====================================================================== 【編集日誌】 ☆前号を発行した翌5日から9日まで風邪で寝込んでしまいました。4泊5日の不 機嫌悪夢旅行に追い立てられたようです。いま手帳を見ながら数えたら計10本 の舞台が飛んでいました。予約キャンセルが間に合わなかったり購入チケット が無駄になったり散々な目に遭いました。関係者の方々にご迷惑をかけてしま ったようです。申し訳ありません。花粉症と風邪が重なって体調の変化に気付 かず無理をしたのがいけなかったようです。昨日久しぶりに芝居を見に行った ら、やはりいけません。風邪が治っても花粉症は治っていませんでした。涙目 と鼻水とくしゃみの3点セットで攻め立てられています。あーしんど。 ☆横濱・リーディングコレクションはリーディング・ブームのはしり、草分け ではないでしょうか。コンセプトが明快で、現れた舞台も文字通りリーディン グの「枠」を超えていました。通常の公演からマイナスしたという位置づけで はなく、文字通りのリーディングに何かがプラスされたのです。その何かが各 舞台ごとに違っていたところが魅力でした。演劇状況を先に進めるためにもこ れからも続いてほしい、続けてほしい企画の一つです。 (北嶋) ====================================================================== 発行 ワンダーランド 〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 Tel& Fax: 042-422-5219 wonderlandsアットマークnorthisland.jp webサイト http://www.wonderlands.jp * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html ======================================================================



