週刊マガジン・ワンダーランド第97号
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週刊マガジン・ワンダーランド(Weekly Magazine Wonderland)
2008年6月04日発行 第97号 毎週水曜日発行
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【目次】
◆百景社「A+」
他者に開かれた表現へ / 未完であることの幸福
矢野靖人 (shelf主宰)
◆千秋残日録第10回「病像の収縮と拡散 新潟水俣病記」(上)
北嶋孝(ワンダーランド編集長)
▼次号予告(第98号, 2008年6月11日発行)
大橋可也&ダンサーズ「明晰の鎖」(竹重伸一)ほか。
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◇ゴキブリコンビナート「いつかギトギトする日」[小畑明日香]
◇ジェットラグプロデュース「誰ソ彼」(たそがれ)[小畑明日香]
◇阿佐ヶ谷スパイダース「失われた時間を求めて」(クロスレビュー)
◇大橋可也&ダンサーズ「明晰の鎖」[投稿]
消費社会と明晰さへの抵抗 慎重かつ根底的なアプローチで
竹重伸一(舞踊批評)
◇東京デスロック「WALTZ MACBETH」
椅子取りゲームで「マクベス」を表現 でもWALTZは止まらない
小畑明日香(慶応大生)
◇コンドルズ「大いなる幻影」
「大いなる幻影」としての「日本のコンテンポラリー・ダンス」
木村覚(ダンス批評)
◇千秋残日録第9回「曇り、ときどき晴れ、一時にわか雨」
北嶋孝(ワンダーランド編集長)
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◆百景社「A+」
他者に開かれた表現へ / 未完であることの幸福
矢野靖人 (shelf主宰)
久しぶりに人に教えたくないほどのパフォーマンス / パフォーマーに出会っ
た。
5月17日(土)、豊島区は北池袋にあるアトリエ atelier SENTIO で開催中
の演劇フェスティバル、 SENTIVAL! のオープニングを飾る百景社の「授業」
と「A+」という二本立て公演を観劇した。百景社の「授業」も良かったのだ
が、この、鈴木史朗(A.C.O.A.)演出・出演の「A+」が、実に圧巻だった。
圧倒的な快楽がその場にあった。
レイ・ブラッドベリ「霧笛」の引用に始まり、短いテキストシークエンスの
繰り返しが特徴的な、ベケットの「ロッカバイ」をモチーフに、「ロッカバイ」
の最後のセリフ「人生なんてくそったれよ」に収斂していく、という一人の年
老いた女の人生のドラマ。
劇構成としては、これは後から聞いた話なのだが、台詞についてはコラージュ
的に、場の中で「ロッカバイ」から偶然出てくるものを舞台上においていくだ
けのもので、それが、百景社の女優、梅原愛子の舞踏のようなダンスのような
パフォーマンスと、もう一人、声だけの参加となる同じく百景社の山本晃子。
パフォーマーとして鈴木史朗自身、そしてなにより鈴木史朗が向き合い、手触
りを確かめつつ進める客席(私たち自身!)との交感のなかから、「A+」の
舞台空間が即興的に、しかし実にリアルな手触りを持って立ち上がっていく。
ベケットの「ロッカバイ」はどこを抜き出しても同じような印象のテキスト
で、例えば、
そしてとうとう
ある日のこと
ついにとうとう
長い一日の終わり
彼女は言った
自分に向かってひとりごと
ほかに誰もいやしないもの
あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ
あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ
ほっつき歩くのは
目をかっと見開いて
あっちやこっち
いろんなところ
他人を探して
自分に似た他人を
自分に似た
ほんの少し似た他人を
ほっつき歩いて
目をかっと見開いて
あっちやこっち
いろんなところ
他人を探して
そしてとうとう
長い一日の終わり
自分に向かってひとりごと
ほかに誰もいやしないもの
あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ
あの女(ひと)もうそろそろやめていいころよ
ほっつき歩くのは
・・・
(サミュエル・ベケット著、安藤信也・高橋康也訳「ベスト・オブ・ベケット
3 しあわせな日々 / 芝居」白水社より引用)
というような具合。
「ロッカバイ」は執拗に細かな指定が続くト書きが添えられた、後期ベケッ
トの代表作のひとつ。 登場する人物(といっていいのかどうかもあやしい)
は「女」と「目」と「声」だけ。「目」も「声」も象徴的な意味でのそれでは
なく、
「目」
閉じているときと、まばたきしないで見開いているときがある。第一のセクショ
ンでは両者はほぼ等しい割合。第二、および第三のセクションでは次第に閉じ
ているときが多くなり、第四のセクションの半ばでついに閉じたままとなる。
「声」
第四のセクションの終わり近く(「自分に向かてひとりごと」のあたり)から、
「声」は次第に弱くなる。ゴチック体のセリフは「女」と「声」が同時にしゃ
べる。一回ごとに「女」の声はやや弱くなる。「女」の「もっと」も一回ごと
にやや弱くなる。
(同「ベスト・オブ・ベケット3 しあわせな日々 / 芝居」)
などという指定があるだけで、つまり本当に具体的に「声」と「目」なのだけ
れど、 この「声」のセリフを鈴木史朗が、舞台上を所在無げに、時に不敵な
笑みを浮かべながら、客席を窺いながら、さ迷うよう浮浪者のように歩きまわ
りながらつぶやく。
「女」の台詞は戯曲上「もっと」だけなのだが、これが時折、客席から投げ
かけられ繰り返される。
その都度、パフォーマンスを終えてどこかに逃げ、隠れようとしていたかの
ような鈴木史朗が諦念のような、快楽に満ちたような影のある表情をニヤリと
浮かべ舞台上に戻って、パフォーマンスを再開する。
少し余談になるが、帰宅して戯曲を読み直したところまるで、モチーフに、
というよりほぼ、全編そのままやってたのでは? というくらいの印象を持っ
た。というか、「ロッカバイ」という戯曲の読後感として、「A+」の印象を
抜きにして読めないものになってしまっていた。
(敢えて、その文脈で「A+」のパフォーマンスを“解釈”すれば、梅原愛子
のパフォーマンスも「ロッカバイ」の登場人物、終始無言で鈴木史朗を窺い続
ける「目」だったのかも知れない。)
そしてある日死んだ
いえ
夜だわ
ある夜死んだ
揺り椅子に坐ったまま
よそゆきの黒い服を着て
頭をがっくり前に落として
椅子はゆらりゆらり揺れたまま
揺れつづけたまま
そこでとうとう
長い一日の終わり
下に降りた
急な階段をくだって
とうとう下に降り
日よけをおろしてどっと
どっと崩れるように
古い揺り椅子に
あの二本の腕についに身を沈め
ゆらり
ゆらり
(中略)
日よけをおろしどっと
どっと崩れるように
古い揺り椅子に身を沈め
ゆらり
ゆらり
そして自分にむかってひとりごと
いえ
それはもうすんだこと
揺り椅子
あの二本の腕にやっと
そして揺り椅子に向かってささやいた
ゆらりゆらりこのひとを眠らせてあげて
このひとの目を閉じてあげて
人生なんて糞ったれよ
このひとの目を閉じてあげて
ゆらりゆらりこのひとを眠らせてあげて
ゆらりゆらりこのひとを眠らせてあげて
(同「ベスト・オブ・ベケット3 しあわせな日々 / 芝居」)
思い返すも実に官能的な50分だった。 圧倒的な快楽が、その場にあった。
この快楽はしかし、いったいどこから来るのか。
繰り返しのテキストは観る者から言葉の意味を読み取ることから解放し、発
話する主体の背後にある動機を探らせ、あるいは繰り返されることそのものの
を体験させるようになる。鈴木史朗の鍛えられた身体から発せられる「語り」
は、綿密に意識化された呼吸法に支えられ、ともに呼吸する空間を、客席にも
より濃密に感じさせる。
これはひとえに、優れたパフォーマー(俳優)がいたればこそ、の体験なの
だろうか。その可能性は大いにある。偶さか同じ日に、同じ客席に劇作家で演
出家の友人が居合わせたのだが、彼は鈴木史朗というパフォーマーを見たのが
初めてだったこともあり、観終わって振り返り興奮を隠しきれないまま、「こ
んなものを見せられたら劇作家はいったいどうしたらいいんだ。」と苦笑した。
彼が驚くのも無理はなく、それゆえ僕も今、この体験をどう言葉に起こして
いいか分からず思案に苦しんでいるのだが、この体験、「A+」の観劇体験は
実に“演劇体験”としか言えない類のもので、作品としての戯曲や、趣向や仕
掛けとしての演出などに還元できない−それらの混然とした圧倒的な1コの体
験があったのだ。
この体験に、しかし一つだけ演劇的な方法読解の糸ぐちを見つけるとすれば、
カギになる言葉は鈴木史朗が自らの作品にしばしば名づける「共生」あるいは、
彼が口にする「交感」という言葉があると思う。
鈴木史朗という人はもともと横浜で活動をしていた演劇人なのだが、いろい
ろな偶然が重なって、今、那須でアトリエを構え、その地で仕事し、生活をし
ながら、(最近、田作りまで始めたらしい。)舞台表現を行っている。
彼が言うには、那須のような場所で公演をやっていると、普段、彼の客席に
は、ほとんど顔見知りの、近所のおじちゃん、おばちゃん、子供たちしかいな
いのだという。
ところが、そんな状況にもかかわらず、何回かに一回、一人か二人だけ、客
席にぜんぜん知らない人が必ずいることがある。
そういう人は決して、開演前や終演後にこちらに話しかけて来たりすること
がない。しかし、だからといって「つまらなかったのかな、」と思ってると、
そういう人に限って、次の回にもまた客席に座っていたりする。ときにはかえっ
て薄気味悪いくらいなのだけれど、そうなると、しかし、その人のためにも、
次もやらなきゃ。という気持ちになる。
そういう観客とは、直接言葉を交わすことはほとんどないんだけど、本番の
舞台上でだけはお互いにちゃんと交感が出来ている気がして、だからその人の
ためにこそ、僕は舞台を続けている。
という話を、以前彼から直接聞かせて貰ったことがある。
自分はここに舞台芸術の本質がある気がして、以来ずっとそのことを考えて
いる。
彼の言葉を借りれば、「あくまで未完であること 場の発見 身体の発見で
あることが A+の上演価値だと」思っているという。また、自分の作品パフォー
マンスに対して「作品」という言葉が自分でもどうも馴染まず、舞台上で、自
分の感触を客席と一緒に確かめているような感覚なのだという。当然、パフォー
マンスは即興の要素を高く持ち、毎回異なる様相を見せる。たとえば共演者の
梅原を評して、鈴木史朗は自身のブログにこう書いている、
彼女の体は
いつも
五里霧中に飛び込んでいきます
完成を潔しとしない体なのです
完成してしまうことへの拒絶
未完であることの幸福
それを皮膚感覚で伝えてきます
いい加減な体裁を持ち込んだ瞬間
バネのようにハネラレマス
演じずに演じ
踊らされずに踊る肉体
それが僕には恐ろしいほど魅力的なのです
(http://blog.acoa.jp/ より引用)
ここにある「未完であることの幸福」とは、しかし単に未完であるというこ
とだけではなく、明らかに、都度、客席に向かって無防備なまでに開かれてい
ることを指す。
冒頭、「A+」の舞台空間が即興的に、しかし実にリアルな手触りを持って
「客席(私たち自身!)との交感のなかから、」立ち上がっていく。と書いた
のは、まさにその状態を指しているのだけれど、
僕は演出家なので、舞台上で観客と直接交流することは出来ないのだけど、
そして鈴木史朗のパフォーマンスにはそのことに嫉妬心さえ抱かせるのだけれ
ど、僕も、僕が作る作品もそういった、他者に向かって開かれたものでありた
い、と心から思う。
A.C.O.A.はこの6月最終週の週末にも、再び上京、上演する。演目は江戸川
乱歩の「人間椅子」。今度は「A+」のように即興性の高いものではなく、一
つのお話を一つの身体だけを持って「語る」ものだという。
鈴木史朗が「語る」のだから、ただ「話を聞かせる」だけではきっとおさま
らないだろう。いや、むしろ、ただ「語る」だけのスタンダードな行為が、果
たしてどれほど魅力的で豊かな演劇的行為なのか。それを十全に体感させてく
れるに違いない。
期待している。
【筆者略歴】
矢野靖人(やの・やすひと)
shelf演出家・プロデューサー。1975年名古屋市生まれ。代表作に『R.U.R.
a second presentation』(作/カレル・チャペック)、『構成・イプセン ―
Composition / Ibsen』(作/ヘンリク・イプセン)、『悲劇、断章 ―
Fragment / Greek Tragedy』(作/エウリピデス)等。shelfの他に、2006年よ
り横濱・リーディング・コレクション(共催/横浜SAAC、横浜市市民活力推進
局)プロデューサー・総合ディレクターも務める。日本演出者協会会員、(財)
舞台芸術財団演劇人会議会員。2008年7月に上演予定の『Little Eyolf―ちい
さなエイヨルフ』(原作 / ヘンリク・イプセン)は、shelf二年ぶりの東京公演。
【上演記録】
atelier SENTIO特別企画 SENTIVAL!参加作品
百景社の「授業」A+
「A+」
http://www17.plala.or.jp/hyakkeisya/(百景社)
http://sentival.blog43.fc2.com/(SENTIVAL!特設サイト)
日時:
2008年5月16日(金) 21:00〜、17日(土) 21:00〜
会場:
atelier SENTIO(アトリエセンティオ)
料金:
A+セット 前売り 3,000円/当日 3,500円
A+のみ 前売り 1,200円/当日 1,500円
構成・演出:鈴木史朗(A.C.O.A.)
出演 :鈴木史朗(A.C.O.A.)
梅原愛子(百景社)
舞台美術:森岡美希
主催:atelier SENTIO/百景社
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◆千秋残日録第10回
病像の収縮と拡散 新潟水俣病記(上)
北嶋孝(ワンダーランド編集長)
ワンダーランドが主催する「劇評を書くセミナー」の「自作を語る」シリー
ズで、講師の詩森ろばさん(風琴工房主宰)が5月末、直近に開かれた「hg」
公演を取り上げ、当初の構成から作品が変わったいきさつや、変えるきっかけ
となった現地体験、取材を通じて作り上げる舞台のあり方などについて2時間
あまり、率直に語ってくれた。
このシリーズはこれまで宮沢章夫(遊園地再生事業団)、関実能留(三条会)
のお二人に自作について話してもらったので、詩森さんが三人目。公演の現場
で生じた出来事や創作プロセスの体験を身近でじっくり聴く機会が少ないせい
か、セミナー受講者から活発な質問が飛び出してぼくにとっても印象深い時間
だった(注1)。
風琴工房の公演「hg」は、チッソの工場排水が水俣病の原因かどうか公認
されなかった1959年秋、工場内で開かれた研究会の模様が第一部だった。第二
部の時代設定は現在。胎児性患者らが集まる共同作業所が舞台だった。
この公演について、ぼくがいま語ることはそう多くない。30人近いセミナー
受講者がほとんど見ているので、やがて各人の劇評が寄せられ、ぼくも相互批
評の場に参加することになるだろう。だからこれから触れるのは、記者時代に
出会ったぼくの「水俣病」体験だ。
水俣病はメチル水銀化合物に汚染された魚介類を長期間、大量に摂取して起
きる中毒性の神経系疾患。手足の感覚障害、運動失調、平衡機能障害、視野狭
窄や聴力障害も主要な症状とされている。
水俣病は熊本県だけで起きたわけではない。新潟県の阿賀野川流域でも患者
発生が確認され、第二水俣病とか新潟水俣病と呼ばれた。上流の昭和電工鹿瀬
工場がメチル水銀を大量に阿賀野川に流したのが原因だった(注2)。有機水
銀中毒患者が水俣で確認されたのが1956年(昭和31年)。新潟で患者が確認さ
れたのが9年後の1965年(昭和40年)。政府や企業側による有効な対策が講じ
られなかったため、公害被害が拡大、再発した。
ぼくが新潟支局に赴任した1970年代半ばは、いわゆる新潟水俣病第一次訴訟
が患者側のほぼ全面勝訴し、昭和電工も補償を受け入れ、判決は確定していた。
原因究明は一段落し、「認定」問題が浮上している時期だった。新潟県・新
潟市が設けた「公害被害者認定審査会」が申請を受け、「審査」の結果「認定
基準」に合致する申請者を水俣病「患者」と「認定」していた。「認定」され
れば医療費が支給され、補償金がもらえる。心身の症状は消えることはなかっ
たが、生活上の最小限の手がかりが与えられる仕組みだった。
現地の住民健康調査結果を基に、当初は申請がかなり幅広く認められた。患
者救済の色彩が濃かったといわれる。しかし裁判で原因が確定してから、以前
なら認定されたはずの申請が棄却されるケースが目立ってきた。いわゆる未認
定患者の急増が新聞やテレビで大きく取り上げられるようになり、審査が厳し
くなったという声が申請者らの間に広がっていた。
当時、審査会の会長は、新潟大医学部の椿忠雄教授だった。椿教授は新潟水
俣病を発見し、阿賀野川流域の住民健康調査など被害者の立場から尽力した研
究者として知られていた。またスモン病の原因が、整腸薬として広く用いられ
ていたキノホルムだと公表し、薬害拡大を食い止めたことでも薬害被害者らの
信頼を得ていた。しかしその人が認定の厳格化を推し進める張本人というのが
未認定患者らの見方だった。
確かに当時、審査会の結果が発表されても、認定されるのは一人か二人など
ごく少人数のケースが多かった。棄却された、いわゆる未認定患者が二桁三桁
の人数になっていく。何度か研究室に通ったあるとき、認定基準の厳格化につ
いて尋ねてみた。椿教授は「厳格にしたわけではない」と述べつつ、オフレコ
だと断った上で意外にあっさり「医学的に確かな基準に基づいて判断するよう
にした」と語った。「初期のころは重症患者の悲惨な状況を見ていたので、な
んとか救済したかった。本来認定すべきかどうかボーダーの患者もほとんど認
定した。それが患者のためになると思った」というのだ。しかし、そうではな
いと思い直す契機があったという。いわゆる偽患者疑惑だった。
認定には医学的な検診、診断が必要になる。頭髪の水銀量測定や魚介類の摂
取状況だけでなく、手足の震え、歩行状態、視野視力などに関してさまざまな
検査が行われる。しかし機器が測定して数値を機械的にはじき出すわけではな
く、本人の申告と医師の診断が占める比重が大きくなるのはやむを得ない。
「ぼくのところに電話や手紙がいっぱい来るんですよ。匿名ですけどね。だ
れそれは症状が重くない、魚なんか食べてない、補償金ほしさに嘘をついて認
定された、などの誹謗中傷がいっぱいありました。広く認定するのが被害者の
ためだと思ってやってきたけれど、こういう事態を招いたのは残念でした。疑
問の余地を残さないためにも、医学的にきちんと基準に従って判断しようと思
いました」
椿教授がかなりショックを受けた様子は伝わってきた。匿名の中傷が事実な
のか、ためにする虚報なのかぼくには分からないけれど、患者の病状などを知っ
ていたので、椿教授に思い当たる節があったのかもしれない。しかし被害者を
広く救済しようとした方針が患者の間に諍いの種をまいたと感じて以降、椿教
授が医学的に間違いないよう基準通りに認定したことは分かった。政治的動き
に左右されず、研究者の学問的立場を守ったとの評価もあれば、被害者救済と
いう立場を裏切ったと非難する人もいる(注3)。しかし椿教授は新潟水俣病
を突き止めスモン薬害の原因を特定した学者として厚生省(当時)「認定」行
政の拠り所となり、水俣病認定の「権威」となっていったことは間違いないだ
ろう。
その後、新潟でも熊本でも、申請を棄却された患者らが「認定」を求める訴
訟を次々に起こすことになる。
実は「認定」問題は、水俣や阿賀野川流域だけでなく、全国の多くの化学工
場近辺で発生した類似患者を放置することにつながってしまった。いわゆる
「第三水俣病」隠しといわれた一連の事件である。
(この項続く)
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【編集日誌】
☆百景社を初めて見たのは2004年夏、三条会との合同野外公演でした。夏目漱
石の「夢十夜」の前半を百景社が、後半を三条会が演じるという珍しい組み合
わせ。第何夜だったか定かでないけれど、ステージの遙か向こう、野原のあた
りにサッカーゴールのような白塗りの柱が組まれ、ステージから消えた百景社
の俳優たちがその枠から身を乗り出します。照明を細く浴びながら、闇夜に浮
き出るような彼らの姿から、漱石の夢の世界が漂ってくるような気がしたこと
をいまでも覚えています。今回のステージは珍しい屋内公演だったと言ってい
ましたが、イヨネスコの不可思議な世界を空間いっぱいに造形していました。
鈴木史郎さんの「A+」を見逃してしまったので、百景社について補足してみ
ました。
☆水俣病について書き始めたら、あれもこれもと記憶がぞろぞろ出てきます。
思い出話のようになっていますが、「下」でそれなりに着地するはずです。次
号をお待ちください。
(北嶋)
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