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小劇場演劇やダンス、パフォーマンスを取り上げるレビュー&ニュースマガジンです。内容はWEBサイトにも再掲しますが、マガジン版が先行するオリジナルを掲載します。2年100号の限定発行です。

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2008/05/21

週刊マガジン・ワンダーランド 第95号

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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/

   週刊マガジン・ワンダーランド(Weekly Magazine Wonderland) 

   2008年5月21日発行 第95号                            毎週水曜日発行
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【目次】
◆東京デスロック「WALTZ MACBETH」
 椅子取りゲームで「マクベス」を表現 でもWALTZは止まらない
 小畑明日香(慶応大生)
◆コンドルズ「大いなる幻影」
 「大いなる幻影」としての「日本のコンテンポラリー・ダンス」
 木村覚(ダンス批評)
◆千秋残日録第9回「曇り、ときどき晴れ、一時にわか雨」
 北嶋孝(ワンダーランド編集長)

▼次号予告(第96号, 2008年5月28日発行)
 大橋可也&ダンサーズ「明晰の鎖」(竹重伸一)ほか。

■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ 

◇桃唄309「月の砂をかむ女」[小畑明日香]
◇アトリエセンティオでフェスティバル [ニュース&報告]
◇タカハ劇団「プール」[特別寄稿]
◎特殊な状況に内包される、現代の心の普遍
 小林重幸(放送エンジニア)

◇5月のクロスレビューは阿佐ヶ谷スパイダース公演 [ニュース&報告]
◇ONEOR8 「莫逆の犬」[特別寄稿]
◎「羊のナイフ」−劇作家の覚悟が生まれた瞬間
 徳永京子(演劇ライター)


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◆東京デスロック「WALTZ MACBETH」
 椅子取りゲームで「マクベス」を表現 でもWALTZは止まらない
 小畑明日香(慶応大生)

微熱があって、関節痛がする折に見に行った。
熱を吹き飛ばしてくれる芝居かもしんない、東京デスロックだし、と思っていた。
今回がこの劇団初見だった。

当日パンフを読まないでいたら、前説のときに演出の多田さんが素舞台に上がっ
てきて、『マクベス』の粗筋を説明してくれる。
へー、説明しちゃうんだ。わかったほうが面白い芝居なんだ。粗筋入りの当日パ
ンフは開演前に読まないので、演目の一部みたいな感じで前説を聞いていた。
多田さんは至極ふつうにマイク持ってしゃべっている。「別にチェルフィッチュ
のまねをしているわけではありません」とのことだ。
プロレスのリングみたいな舞台だ、と少し思う。マイクを握った人間が中心に立
つと板張りの、敷居のない舞台は本当にがらんとして見えた。

淡々と多田さんが舞台を降りて少しして、爆音でハイロウズ「不死身のエレキマ
ン」。
明かりが入る直前の歌詞がマクベスとリンクした。
「♪ああ 自分が自分の人生の主人公になりたかった」
しゅっと音が消えて明かりがついて、中央に、一人座っている着物の男。

音が途絶えた中に、着物を着た男女がそれぞれ赤い布張りの椅子を一つずつ持っ
て現れる。椅子を適当な所に置いては、椅子の横に立ったり椅子の前に座ったり、
椅子の下に寝転がったりする。

けっこう長い時間がかかる。

舞台設置をしているというよりはなんとなく、椅子は置かれる。持ってきた椅子
に座る人がほとんどいない、のはいいが皆なんでそんなに自信なさげなんだろう。
絶えず所在なさげにお互いを窺い、椅子をおずおずと持ち上げては移動させ、お
ずおずと立って後ずさりする。

見ていてだんだんイライラしてくる。逍遥訳のマクベスを演出、という触れ込み
なんである。早く「マクベスどんは」とか「ござらっしゃる」とかを聞きたいじゃ
ないか。
身じろぎすると肩が軋んだ。舞台に音が響いた、ような気がしてしまった、と思っ
た。
圧倒してくれる芝居じゃなかった。ここにいる全員が100年前の台詞を聞きたがっ
ていて、それが特異な音響効果を生み出していた。咳も、誰かがうっかり鳴らし
てしまったケータイのバイブも全部「舞台上の音」として耳に届く。

舞台上の役者が互いに椅子を譲り合いはじめた。何人もが座っては立つことを繰
り返すと、状況の見え方が変わってくる。
椅子が役者より一つ足りない。
あっちこっち移動させていた椅子がだんだん円になる。譲り合いが徐々になくな
る。爆音でPerfume。100年前の恰好の役者たちが歓声を上げて椅子の周りをぐる
ぐる回りだした。椅子の輪から弾き飛ばされた男がマクベスになり、笑い合う人
達の中から魔女の台詞が飛んでくる。

「WALTZ MACBETH」の台詞に100年前のにおいは感じられない。音で逍遥を消臭し
ている感じがする。役者も明治の人間には到底見えない。明治の衣装をまとった
役者本人、と見えるほど椅子取りゲームに熱狂している彼らが言い合うから、シェー
クスピアも逍遥も今の言葉に聞こえる。

椅子取りゲームだけでマクベス全部を表現してるってだけでも特筆に価する。
王を殺害したマクベス夫妻の上に、王宮音楽の「ワルツ:春の声」がゴージャス
に降り注ぐ。椅子8脚はそのままに夫妻しかいない舞台でマクベスと妻がきゃあ
きゃあ言いながら椅子とりをしている。

選曲もやたらかっこいいよね、マクベスが友人殺害後にもう一度魔女たちに話を
聞きに行くシーンなんかU2「Desire」で椅子とリだもんね。U2っすよ。そして椅
子取りっすよ。
曲も含めたこの演出が、一貫して引き出すのが王の幼児性である。庶民たる観客
に近い感覚って言っちゃえば聞こえがいいが民のこととかほんとーにどーでもいー、
とデスロックのマクベスは言っている。幼稚さゆえに王位への執着もはっきりと
わかる。「森が動かない限り地位は安泰だ!」と言われて「♪Desire!」っすよ。
骨の軋む熱狂だ。
また、このU2直前の曲は中島みゆきだ。マクベス夫人が「時代」に乗せて一人で
ワルツを踊り、動線そのままにただただぐるぐる回転しはじめる。目が回って、
倒れながら喋る夫人もどっか幼児的である。子どもってこういう遊びをする。大
人の目から見ると狂ってるように見えるときがある。多田さんって子ども好きな
のかなあ。ちっちゃい子に全力で体当たりされそうな人だ、そう言えば。

舞台の四隅には赤ワインの入ったグラスが置かれている。
友人バンクォーにマクベスの妻がこれを差し出すと、一口含んだバンクォーはそ
れを噴き出して倒れる。血糊である。戦のシーンでは夫妻以外の役者が次々と血
を噴いては倒れる。
これねー、ラストシーンでも使ってほしかったなー。あ、ラストシーンの話をま
ずします。(※今回は別にチェルフィッチュのまねをしているわけではありませ
ん)

子どもの遊びは終わりが無い。「WALTZ MACBETH」のラストは曲が止まらない椅
子取りゲームで終わる。
役者はミラーボールの中で何度も何度も絶叫する。しかしいくら踊りながら回っ
てもPerfume「GAME」は一時停止すらしないでいる。ついに役者が疲れ果てて止
まり、座り込む人が出ても止まらない。やがて音が止まったとき、疲れすぎて半
笑いになっている役者が取り残される。

これ、最後は最初と同じ、「きれいは汚い。汚いはきれい」という台詞で終わる。
疲れていた役者たちが立ち上がって再度椅子取りゲームを始める所で照明が落ち、
「再生」劇評で高木さんが書いていたように「現実だが虚構」の仕組みをおぼろ
げに感じた。
でもね、あたしはねー、最後はマクベスに赤ワイン噴き出して死んでみせてほし
かったの。
疲れきって座り込み、周りの人と顔を見合わせながら薄笑いするマクベスが、
「もう、死んでいい?」と言っているように私には見えた。椅子取りゲームじゃ
なくってもそうだ、子どもの遊びってそうやって、誰かが「いち抜けた」で初め
て終わる。個人的には椅子取りゲームを再開する前に、「マクベス」を一度終わ
らせてほしかったんである。そこが今回唯一心残りだった。あの、「もう死んで
いい?」って感じ、すげぇよかったのになあ。

悪寒や関節痛はかえってひどくなっていたが、満足して劇場を後にした。
東京デスロックに体育会系的な健康さ求めたほうが間違いなんである。多田さん
は人当たりいいくせに作品で徹底的に裏切る。この大人め。惚れそう。
(劇中使用曲目提供・東京デスロック)

【筆者略歴】
 小畑明日香(おばた・あすか)
 1987年横浜市生。慶応大文学部在学中、国文学専攻。売文屋、役者。『中学校
創作脚本集 (2)』(晩成書房)に脚本収録。2007年10月Uフィールド+テアトル
フォンテ主催『孤独な老婦人に気をつけて−砂漠・愛・国境−』(マテイ・ヴィ
スニユック作)に出演。wonderland執筆メンバー。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=3&subcatid=18

【上演記録】
東京デスロック unlock#LAST/REBIRH#1 『WALTZ MACBETH』
http://deathlock.specters.net/
−第15回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルin吉祥寺シアター参加
http://rcc.recruit.co.jp/gg/engeki/archive/15_Tokyo_death_lock.html
吉祥寺シアター(2008年5月8日-11日、4月29日プレビュー&プロセス公開)
http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/ev_2008ggenfes.html
作・シェークスピア 訳・坪内逍遥
構成/演出・多田淳之介

出演 夏目慎也 佐山和泉 永井秀樹 石橋亜希子 山本雅幸 佐藤誠 寺内亜
矢子 羽場睦子

トークショー ゲスト
 5/9  本広克行 (映画監督)
 5/10 堤広志 (編集者 演劇・舞踊ジャーナリスト)

■スタッフ 照明 岩城保 音響 泉田雄太  舞台美術 濱崎賢二 舞台監督 中
西隆雄 宣伝美術 宇野モンド 制作 野村政之 服部悦子 
■主催 東京死錠 ガーディアン・ガーデン 財団法人武蔵野文化事業団
■提携 (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 
■協力 にしすがも創造舎 青年団 渡辺源四郎商店 舞台美術研究工房六尺堂


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◆コンドルズ「大いなる幻影」
 「大いなる幻影」としての「日本のコンテンポラリー・ダンス」
 木村覚(ダンス批評)

 最近の「エンタの神様」(日本テレビ系列のお笑い番組)はすごい。何がか、
というとつまらなさにおいてすごいのである。「爆笑の60分!笑いが止まらない」
と冒頭にキャプションがあらわれるのとは対照的に、圧倒的に笑えない60分。以
前からそうだったともいえるが、このところ笑えない程度が極まっているように
見える。お笑いブーム末期という現状を象徴的に映像化しようと目指しているの
か?と勘ぐりたくなるほどに、次々と登場する芸人は、どこかでかつて見たよう
な(そしてもはや誰もがすでに消費してしまった)ネタと形式をなぞってゆくば
かりで、ネタの個性はキャラ設定以外ほぼない。笑いのマニエリスム(マンネリ
ズム)。笑えない笑いを笑う。いや、視聴者はもう通常の意味では笑っていない
だろう。それでも番組は堂々と続行している。それは大いなる謎だ。その謎にお
いて「エンタの神様」は、いま見るに値する番組である(少なくともぼくのなか
で)。

 そもそも(お)笑いとは高度なものである。そのネタのどこがおかしいのか、
笑いのツボを的確に、瞬時に掴まないと笑えない。笑いは難しい。故に、その難
しさに忠実である限り、ひとの笑いたいという素朴で純粋な欲望は成就しにくい。
1990年代の松本人志のコントのように極北を目指した笑いが笑いを難解なものに
したとすれば、そのハードルを極端に下げて「笑いが止まらない」状態にどんな
ひとでも誘いかけてくれるのが「エンタの神様」なのである。

 「笑いが止まらない」ようにするにはどうすればいいか。笑いのツボを見えや
すくするか、そもそもツボというものをなくせばいい。ヒットゾーンを大きくし
あるいはヒットゾーンなるものをなくした笑い。その笑いは、芸人の個性が発揮
される技=ネタというよりも、いわば工場生産的システムのなせる技だ。既視感
のあるネタの形式は、はっとさせる笑いのツボの発見とかそうした芸術的(?)
な技巧はない分、分かりやすく「ここは笑うところですよ!」あるいは「笑って
いていいですよ!」という指示を与えてくれる。その笑いは、オートマチックな
システムであり、見る者に安心感を与えるサーヴィスそのものである。笑いを欲
している者に向けて、芸人としてというよりもビジネスマンとして行うサーヴィ
ス、と言い換えてもいい。

 などということを、いわくいい難いイラダチとともに、彩の国さいたま芸術劇
場の座席に身を沈めながらずっと考えていた。コンドルズの公演はいつも舞台よ
りも客席を見る方が面白い。舞台ははっきり言ってつまらない。にもかかわらず、
観客は実に楽しそうで何が起きても笑っている(昔「箸が転がっても笑う」とい
う言い回しがあったけれど、正に)。ほぼ交互に連なるダンスとコント。ダンス
で彼らは寝てコントで笑う(以前ほど多くはないけれど、事実、今回も隣の席の
大学生はコントで笑いダンスになるとぐっすり眠っていた)。とはいえ、そのコ
ントのレヴェルは「おふざけ」以外ではなく、面白いとはいい難い。ゾウがキリ
ンとセックスする影絵芝居、横並びになってポッキーを口で渡し合う王様ゲーム、
ノーテクで踊るバレエ、環境問題(?)について熱弁をふるう男、、、どれもど
こかで見たようなネタで、パロディと言えば聞こえはいいけれど、むしろそうし
たメタ的な振る舞い(批評性)は希薄、むしろただベタにやっているようにみえ
る。

 あえてそれをメタ的であるとみなすのならば、コントをしつつ次のようなイン
フォメーションを発しているとは、いえるのではないだろうか。「はい、ぼくた
ちがいまやっていることは、そんなに難しいことではありません、どこでどう笑っ
てもいいです。そもそも言いたいことがあるわけではなく、とくに感じ取って欲
しいポイントはないので、自由に受け取ってください」。

 こうした安心感を与える仕掛けは、いたるところ張り巡らせてある。冒頭のお
なじみのCMは、舞台をテレビ化する機能をなす。あるいは、派手な照明の効果や
通常のダンス公演に較べれば異常なほどの音量で流すロック系音楽など、執拗な
演出は、ロック・コンサートのフォーマットを導入し、独特の一体感を生み出す
のに大いに機能している。コンテンポラリー・ダンスのテレビ化とロック・コン
サート化は、ほぼなにも起きないけど楽しい時間を生み出す。いや「何も起こさ
ないからこそ楽しい時間は生まれるのだ」とでも宣言するかのように、何も起き
ないということを執拗に懸命にやっているようにさえ見える。
ちょっとおかしくて、ちょっと切なくて、ちょっと驚いて、ちょっとくだらなく
て、ちょっと踊れて、、、とすべては「ちょっと」なのだ。足らない、至らない
この「ちょっと」の感じは、考えてみれば、日本のコンテンポラリー・ダンスが
この数年でメジャー化するなかで見いだした、ひとつの美学といえるのかもしれ
ない、とにもかくにも。

 会場で配布されたパンフレットに構成・映像・振付の近藤良平はこう発言して
いる。「コンドルズがもしNoismのようなメンバーだったら、僕の振り付けを完
全にコピーして踊ってくれるだろうと思う。でも、彼らは、上げるはずの右手を
上げていなかったり、自分で勝手に解釈しちゃう訳。でも、だからといって揃え
ようとするのは不可能だし、僕もそこは求めていない」「僕はもともと完璧主義
者じゃないし、完全な完成形にはそんなに興味がない。だって、はみ出てたりと
か、時々糸がひょいって出ていたりするほうが、見ていておもしろいでしょ。そ
ういう出っ張りがあるのも、人間なんだからしゃあないんだし。」

 桜井圭介コドモ身体論を「人間だもの」的に再解釈するとこういうことになる
のか?などと強引な文脈化を施したくなる発言である。桜井氏はコドモ身体論を
とおして、日本のコンテンポラリー・ダンスの潜在的可能性を追求した。その論
が湛えていた政治性・批評性は、ほとんど理解されず看過されたまま、誤解だけ
が増殖し、安易に流用され、ときは過ぎている。その一方で、なし崩し的に、事
実として、こうした思いこみ(近藤のパンフの言葉を借りれば「大いなる勘違い」)
=「大いなる幻影」が、いまの日本のコンテンポラリー・ダンスと呼ばれている
ものの世間的実像となっている。「コンテンポラリー・ダンス」にカテゴライズ
されるダンサー、振付家、カンパニーのなかで、間違いなく最も集客力があり最
もメジャーな展開をしているのはコンドルズなのである、その事実から理解する
限り。

 「大いなる幻影」はある意味で正に「爆笑の90分!笑いが止まらない」なのだっ
た。とても楽しそうに笑いを止めない観客を見ていると「エンタの神様」よりは
いいのかも、とも思う。あえていえばマニエリスム(マンネリズム=形式の模倣
・転用)として不十分である、という点でコンドルズは優れている。コンドルズ
はなんでもあり(なんにもしない)なのである。彼らはアーティストという以上
にビジネスマンである。アートというより顧客のニーズを追求する。近藤のダン
スとその他の場面との配分がこの点を考えるに絶妙で、明らかに魅力的な近藤の
ダンスはしかし、あまりにしっかり展開されるとこれまで述べてきたようなシス
テムが崩れるので、いいところでスッと暗転してしまう。これはだからダンス公
演ではない。「いや、そういう通常のダンスじゃない ものをコンテンポラリー
・ダンスっていうんじゃないんですか?」と、もしいわれるのならば、ぼくはそ
れに返答せず、日本のコンテンポラ リー・ダンスのサークルから、遠く遠く距
離をとって生きていこうと思 う。

【筆者略歴】
 木村覚(きむら・さとる)
 1971年5月千葉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻
(美学藝術学専門分野)単位取得満期退学。日本女子大講師(人間社会学部)。
美学研究者、ダンスを中心とした批評。
・wonderland掲載の劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=3&subcatid=11

【上演記録】
コンドルズ「大いなる幻影」−埼玉スペシャル公演2008
http://www.saf.or.jp/p_calendar/geijyutu/2008/d0517.html
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(2008年5月 17日-18日)

構成・演出・テキスト: 近藤良平 
出演: 青田潤一 石渕聡 オクダサトシ 勝山康晴 鎌倉道彦 古賀剛 小林
顕作(映像出演) 田中たつろう 橋爪利博 藤田善宏 山本光二郎 近藤良平
※小林顕作は映像のみでの出演。 
チケット(税込)
 全席指定 一般席: 前売4,000円 当日4,500円 学生席:2,000円
 メンバーズ: 前売3,600円 当日4,050円

企画制作:ROCK STAR有限会社/財団法人埼玉県芸術文化振興財団
 主催:財団法人埼玉県芸術文化振興財団


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◆千秋残日録第9回「曇り、ときどき晴れ、一時にわか雨」
 北嶋孝(ワンダーランド編集長)

 5月半ばの夕方、渋谷から下北沢に向かおうと電車に乗った。たまたま座れほっ
としていたら、隣に腰掛けた中年男性がぼくに話しかける。

 「失礼ですが、あなたはテレビの朝番組に出演している方じゃありませんか」
 ジーパンにスニーカー、布製バッグを担いでいるよれよれのおじさんスタイル
なのに、どうしてバレバレなのだろうか。一瞬どきっとしてしまった。
 「ええ、そうです。でも先月いっぱいでコメンテーターを降りたので、いまは
出ていません」
 「そうですか。朝が早いから大変だったでしょう」
 「そうですね。午前4時起きだったので、生活のリズムが乱れました」
 こんな会話を続けているうちに下北沢が近くなり、ぼくは席を立った。少しほっ
とした。

 言われたように昨年4月から先月まで1年あまり、東京MXテレビの早朝番組に週
2回、コメンテーターとして出演していた。半分寝たまま午前6時前にテレビ局入
り。当日のニュースメニューを眺めながらコメントを考えるという日々だった。
顔をさらし恥もさらした。でも、もうそれはいい。

 問題は、生活のリズムが乱れてしまったことだった。就寝が午前零時か1時ご
ろだから、出演前日の睡眠時間は3時間前後。番組の終わる8時30分まで1時間半
の生番組。終わるとぐったりした。帰宅してデスクに向かっても、ぼーっとして
いる。電車に乗ると熟睡。しかし休もうと思っても眠れない。おかげで劇場では
いつもウトウト。その2日間のおかげで1週間が丸ごと手に負えない状態になって
しまった。何度かお願いしてやっとこの4月にお役ご免となった。

 しかしそれでテレビ局と縁が切れたわけではない。じつは今年1月から同じ局
で、小劇場系の公演を紹介ことになった。夕方のニュース時間帯に約4分のコー
ナーが設けられ、案内役がぼくに回ってきたのだ。早朝の情報番組は降りたけれ
ど、この紹介コーナーはまだ続いている。

 番組に出演するようになってから、ディレクターやプロデューサーら局の幹部
と話す機会ができた。ちょっとお酒が入った折に演劇番組はどうかと水を向けて
みたら、「演劇紹介番組は難しい」という答えが速攻で返ってきた。映画や音楽
の番組はどの局にもたくさんあるのに、どうして演劇番組は作れないとのかと、
ぼくとしては当然聞きますよね。でも回答は冷たい。

 「スポンサーが付かないんだよね」

 なるほど。視聴率が稼げなければ、スポンサーは付くはずがない。舞台の一回
性、現場性という特徴がそのまま、テレビでは不利に作用している。

 聞いてみると、かつて演劇コーナーを設けたこともあるが、長続きしなかった
という。舞台番組はNHKか衛星放送の演劇専門局、あるいはWOWOW に偏っている。
地上波の民間テレビが取り上げないのもそういうことなのか。

 あきらめかけていらたらあるとき、ニュース時間帯で小劇場の紹介役を引き受
けてもらえないかという願ってもない申し出が飛び込んできた。隔週のニュース
枠で約4分のコーナーだった。ほかの日はニュース特集が入る枠らしい。そこに
小劇場ニュースを入れるという。新番組の立ち上げとなると制作、営業サイドの
目が厳しいが、既存のニュース枠なら報道セクションの裁量範囲内ということの
ようだった。

 演劇コーナーを設けようとした局内の思惑はよく知らない。しかしワンダーラ
ンドでこの数年続けてきたことが役に立つとはありがたい。スタッフと打ち合わ
せ、公演紹介をフリップで数本露出し、その中から注目公演を選んで演出家や出
演者をインタビューし、稽古風景を交えて紹介するというコーナーの骨格を作っ
た。タイトルは「小劇場ワンダーランド」に決まった。初回は1月23日に始まっ
た。

 インタビューに登場したのは第1回が燐光群の坂手洋二。代表作「屋根裏」を
持ってヨーロッパ公演に出掛ける直前だった。第2回が東京国際演劇祭のリージョ
ナル部門で選ばれた劇作家・演出家の山岡徳貴子。山岡は前作「遊泳する静物た
ち」が岸田國士戯曲賞にノミネートされるなど期待の新人だった。3回目は、シ
アターコクーンの公演「恋する妊婦」を作・演出した岩松了だった。

 慣れないコメントを即席でしゃべるのは難行苦行だったけれど、背に腹は代え
られない。冷や汗を流しながら3回目のコメント収録が終わった後、担当幹部か
ら話があると応接コーナーに呼び込まれた。

 話は直裁だった。紹介される劇団もインタビューに登場する人も「ぼくも周り
もほとんど名前を知らない。一般視聴者向けに、もっと名前の知られている人を
取り上げてほしい」という要望に集約されていた。

 最初に登場した坂手は岸田國士戯曲賞受賞者であり、20数年にわたって旺盛な
活動を続け、現在日本劇作家協会の会長でもある。スタートの起用に、それなり
に考えた人選だった。2回目の山岡は東京国際演劇祭が選んだ新人作家であり、3
回目は風間杜夫、小泉今日子という有名人も出演している舞台に決めた−という
のは、後出しの弁明に過ぎないのだろう。小劇場という冠にかまけて、まだ配慮
が足りなかったのか。小劇場というのは、表面的には名前を知られていないから
そう呼ばれているにしても、テレビという媒体の特質をもっと考慮しなければな
らなかったのかもしれない。

 それからタイトルも構成もがらりと変えて再出発することになった。演劇コー
ナーが存続することだけでもありがたい。局の決断に感謝した。

 というわけで1ヵ月ほど再調整した後、担当ディレクターも交代して、いま放
映されている「東京舞台通信」が始まった。隔週、ニュース時間帯の1コーナー
という枠組みは変わらない。これまで前半に紹介していた公演予定のラインナッ
プは取りやめ、いきなり劇団主宰者や出演者のインタビューを交えた映像1−2本
で構成することになった。

 初回は、寺山修司作、蜷川幸雄演出の「身毒丸」。インタビューは主役の藤原
竜也だった。このときはさらにチェルフィッチュの岡田利規、ポツドールの三浦
大輔の特別3本立。これでもか、という盛りだくさんの状態だった。

 その後唐十郎(唐組)、鴻上尚史(虚構の劇団、第三舞台)、蓬莱竜太(モダ
ンスイマーズ)、長谷基弘(桃唄309)らが登場した。公演日程が隔週の放映日
にうまく当て嵌まるから登場してもらえたケースが多いけれど、タイミングがぴっ
たりと思って取材依頼して断られた人気劇団もある。こちらの意向がすべて反映
するわけではない。
 それでもラインナップを眺めながら、試行錯誤の道程を振り返ると、知らない
うちにいくつか轍の跡を付けてしまったような気がする。「定評のある劇団を選
んでますね。できればもっと無名でも可能性のある集団を選んでほしい」。少な
からぬ人からこういう声を聞いている。いつまで番組が続くか分からないので、
自分である範囲を決めて取り組むしかないのだろう。

 あるときテレビ局の演劇好きに「放映時間枠が短い」とこぼしたら、「テレビ
の世界で4分もあるのは、400字詰め原稿用紙で20−30枚ぐらいのボリュームだと
考えてください」とたしなめられてしまった。スミマセン。実際そうなのだと思
う。ボールペンとメモ帳で仕事ができる活字メディアとは手間暇のかけ方がかな
り違うからだ。

 テレビというメディアに出演の機会があったおかげで、メディアと視聴者(あ
るいは読者)との関係を考えざるを得なくなった。その数が桁違いだといっても
目標が差し替わるわけではない。時間を関数に入れた自在な活動が必要なのだろ
う。でもぼくには戦略が見つからないから、ただウロウロするだけかもしれない。

 Webサイトやメールマガジン形式のワンダーランドもメディアなら、劇場だっ
てメディアである。それぞれの射角と射程を測りながら、読者や観客とのインター
フェースが問われるだろう。できれば曲がり曲がりでも方向はまっすぐ進みたい
が、針はそれなりに振れそうな気がする。では結局どんな軌跡を刻むのか。それ
は半年とか1年とかのスパンでみてもらうしかない。

 さて、回りくどく書いてきて、やっと着地できそうな気がする。この回のタイ
トルが「曇り、ときどき晴れ、一時にわか雨」になったいきさつとワケを理解し
てもらえただろうか。お天気はホントに変わりやすい。
(注)「東京舞台通信」は隔週水曜日、東京メトロポリタンテレビのニュース時
間帯(18:00-18:30)で放映。Youtube にMXの公式ページがあり、その「動画」
欄で「東京舞台通信」を検索すると、これまで放映された主な映像が見られる。
http://jp.youtube.com/user/tokyomx


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◇5月のクロスレビューは阿佐ヶ谷スパイダース公演 [ニュース&報告]

 5月のクロスレビューは、阿佐ヶ谷スパイダースの新作公演「失われた時間を
求めて」を取り上げます。雑誌のインタビューで「これまでのスパイダースファ
ンが見たら戸惑うだろう」と自ら語っている「不条理劇」だそうです(「シアター
ガイド」6月号)。また「今秋から1年間日本を離れる」と話しているので、劇団
の新作公演はしばらく見られないようです。

 作・演出は長塚圭史。出演するのは中山祐一朗、伊達 暁、長塚圭史のメンバー
に、奥菜恵が加わります。ベニサン・ピットで5月8日から始まり27日までのロン
グランです。

 クロスレビューの応募応募要領は以下の通りです。

 名前と肩書きを明記。
 評価:★印による5段階評価。
 コメント:400字。
 締め切り:5月28日(水)。

 住所、連絡先をお知らせください。採用分に薄謝を差し上げます。
 宛先と問い合わせは、wonderlands@northisland.jp まで。

 前売りは全公演とも一般発売後即日完売。相変わらずの人気です。
 事務所に尋ねたところ、当日券を用意するようです。開演1時間前に来てくれ
れば補助席も動員して座席をできる限り確保すると言っていました。
・公演情報:http://asagayaspiders.net/modules/bulletin/article.php?storyid=424


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【編集日誌】
☆「千秋残日録」を再開します。今回はテレビ出演の話でした。芝居絡みの話題
を取り上げて、あれこれ書き散らしたいと思います。
(北嶋)
======================================================================
発行 ワンダーランド
〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 (有)ノースアイランド
Tel& Fax: 042-422-5219  wonderlands@northisland.jp
webサイト http://www.wonderlands.jp  
* 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。
 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html
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