2008/01/16
週刊マガジン・ワンダーランド 第77号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/ 週刊マガジン・ワンダーランド(Weekly Magazine Wonderland) 2008年1月16日発行 第77号 毎週水曜日発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【目次】 ◆デス電所「残魂エンド摂氏零度」 舞台と客席に体温を持つ人間が なりかわられることへの反措定 高木龍尋(大阪芸術大学大学院助手) ◆オフィス3〇〇「りぼん」 頭が下がる演出力 錯綜した長丁場を長い暗転なしで走り通す 岡野宏文(ライター&エディター) ◆演劇ユニット プロペラ犬旗揚げ公演「マイルドにしぬ」 「死」をテーマにした連作コント集 持ち味出した水野美紀と河原雅彦 大和田建夫(大学講師) ▼次号予告(第78号, 2008年1月23日発行) スロウライダー「手オノをもってあつまれ!」(小林重幸)ほか。 ■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ ◇ナイロン100℃「わが闇」[特別寄稿] ◎「闇」はどこにあるか 描かれない「親との関係」 水牛健太郎(評論家) ◇クロスレビューはnibroll「ロミオORジュリエット」[ニュース&報告] ◇パルコ劇場「ビューティークイーン・オブ・リナーン」[特別寄稿] ◎暗い話でありながらも暖かみ 母娘相克の構図転換の先に 今井克佳(東洋学園大学准教授) ◇アルゼンチン、スイス、ベルギーの舞台 第14回東京国際芸術祭 [ニュース&報告] ◇あけましておめでとうございます。 ◇年末回顧特集「振り返る私の2007−今年の3本」 http://www.wonderlands.jp/lookback/2007/index.html ◇Port B「東京/オリンピック」[特別寄稿] ◎「東京」の向かう先はどこ? 「東京」と「オリンピック」を「走る」 松井周(サンプル主宰) ◇三条会「いやむしろわすれて草」「若草物語」(四姉妹)[特別寄稿] ◎異質なコンテクストから浮かび上がる ギミックに満ちた独創的公演 片山幹生(早稲田大学非常勤講師) ====================================================================== ◆デス電所「残魂エンド摂氏零度」 舞台と客席に体温を持つ人間が なりかわられることへの反措定 高木龍尋(大阪芸術大学大学院助手) 小劇場演劇に限ったことではないかも知れないが、演劇の、または劇作の大 きな出発点となるのは「人間探し」「自分探し」と、「今」という時間・時代 の認識なのだと思う。けれども、このところ劇場でよくよく感じるのは、現実 の人間や世界には触れあわないものが増えてきているのではないか、というひ とつの傾向である。 舞台の上は虚構であり、現実とは切り離された空間であることは事実だが、 その虚構が現実の私たちへと働きかけてくる。舞台の上がどんなに虚構であっ たとしても、現実の私たちとの共通項を持っていたり、現実の譬喩であったり、 人間の根源的な問題をついていれば、私たちは揺り動かされる。現実と触れあ わない作品には、その意識や手法がないのだ。でも、観客を楽しませることに は十分に意識して、笑いなどをとるツボもわかっているようで、観て損をした と感じることはないかも知れない。だから、害があるかといえば害はない。で も、少なくとも私にはとても不満である。 デス電所の作品は、舞台の裏側にご縁のある人がいることもあって、何作か 観ている。正直に言えばこのところ不満の残るものが続いていたのだが、今回 の「残魂エンド摂氏零度」は出色であったのではと思う。 作品の舞台は真っ白のどこか寒そうなところの未来。世界、と言おうか人間 が居住している区域はレゴブロックを組んだようなものになっていて、科学技 術は相当な進歩を遂げている。その圧倒的な科学に抵抗するテロリスト集団が 勢力を拡大し、レゴブロックのどこかで政府とテロリスト集団は始終ドンパチ つづけているようである。 リイチはアンドロイドのニアと暮らしていた。リイチは両親の遺産を相続し て、ほとんど外に出ることなく生活し、携帯やパソコンといった通信機器が発 展し自己思考を持ったようなアンドロイドのニアはリイチの世話をいつも焼い ている。ぼんやりしたリイチよりもニアの方が生活の主導権を握っているよう であり、チャットによる外部との交際も、ニアの方がその対面を気にしている ようである。 そのようなところに、遺産目当ての女・コッポラが近づいてくる。ニアは外 部との接触を増やすためにもとリイチとコッポラをそれぞれにあおるが、うま くいきそうにはない。それどころか、ことごとく失敗するリイチを見てニアは 楽しんでいる。 また、リイチの家の維持のためエンジニアのアゴンがよく訪ねてくる。アゴ ンの弟のタカンが少し前までリイチの家の担当エンジニアだったのだが、急に 行方不明になったため、兄のアゴンが代わりに来るようになったのだ。だが、 アゴンは仕事よりもリイチの家で何かを探すことに必死である。ニアはそれに 気づいてアゴンを疑っている。 気色悪い人間(?)関係の蔓延る家が、テロリストの攻勢によって危険区域に 入ってしまう。政府の避難命令が出され、役人のササンがやって来て家を出る ように勧めるのだが、リイチとニアは聞き入れようとしない。その折、ササン は戸籍に名前があるのはリイチではなくニアであり、避難命令を受けるべきは ニアだと言う。一方のニアは戸籍の方が間違っているのだと言い張る。 何度目かの避難の催促の際、ササンはあることに気づく。それは、命令が出 されて避難させなければならないのは戸籍に載っている人間であり、戸籍から 抹消された人間、つまり死んだ人間を避難させる必要はなく、避難させられな かったと上司に怒られることもない。ニアを死んだ人間にしてしまえばよい、 ということであった。銃口を向けるササン、ニアは喚き騒ぐが、ササンはコッ ポラがリイチに食べさせようとして失敗し玄関の前に捨てられていたしびれ薬 入りシュークリームを拾い食いしてしまっていて、そのまま倒れてしまう。 そこへテロリストが侵入してくる。テロリストのリーダーはアゴンであった。 実は、タカンはエンジニアという表の顔を持ちながらテロリストのリーダーを していて、タカンが行方不明になったと聞いたアゴンはテロリストのリーダー まで代わりにしていたのだ。この極限状態に陥ったことによって、ニアとアゴ ンの企みが明るみに出る。 ニアはやはり人間であり、リイチがアンドロイドであった。ニアはエンジニ アとして家に通ってくるタカンに恋心を抱いていたが、タカンがテロリストの リーダーであることを知ってしまい、銃を向けられた。撃たれることはなかっ たが、ニアは心に傷を負い、その傷を隠すために自分がアンドロイドでリイチ が人間であるという嘘を思いついた。その方が人間関係にも遺産をめぐる問題 にも都合がよかったのだ。 アゴンの方は、エンジニアとして仕事ができてテロリストのリーダーでもあ るタカンが、弟ではあるけれども憧れであった。そのタカンが行方不明と聞き、 アゴンは自ら進んでその代わりになろうとした。だが、タカンが二度と現れな いという確証はない。だから、タカンが消息を絶ったというニアの家で、必死 にタカンの死体を探していたのだ。アゴンはタカンの死を確認して、タカンに なりかわることができたと安心したかったのだ。だが、タカンは地下に潜るた めに死んだことにしただけであり、タカンが生きていることを知っていたテロ リストたちはアゴンを最初から信用していなかった。アゴンの企みはひとり相 撲でしかなかったのだ。 ニアとアゴンの企みは潰え、家を出てようやく避難する。それは自分を縛り つけていた自分自身との訣別でもあった。 この作品で最も重要な鍵は、なりかわる、ということである。ニアはリイチ になりかわってアンドロイドのふりをした。アゴンはタカンになりかわろうと して失敗した。これは作品の登場人物の行動であるが、この他にもなりかわる 事柄が存在する。リイチは人間の形をし、かなりひ弱ではあるが人間と同じよ うに思考する。通信機能も備えていて、ニアはリイチにコードを接続すること で、ネットの世界へ入ってゆく。生身の人間との関係を、人間と同じようなア ンドロイドとの関係に置き換え、不都合な煩わしさがない状況の関係のみで済 ませてしまう。それは飽くまでも使用者と使用される機械との関係でしかない。 また、ネットの中だけで外部との交流をし、生身や実体を知らないままで友達 をつくる。現実の世界では成り立たない関係を仮想現実の中でつくり出し、自 らつくり出した自分という虚構を維持することに躍起となる。友達とはいいな がら、そこに自分の正体を見せるわけにはゆかず、現実よりも簡単に疑心暗鬼 が蔓延る。通信回線の向こうにはおそらく誰かがいるであろう世界なのだが、 自分の言葉も相手の言葉も自分自身でしか判断することのできない、おそろし く孤独な世界が現実になりかわる。 ふと、リイチが人間になりかわろうとしていたとしたら、と考えてみる。人 工知能も人間がつくったものなのだから、制作者たる人間の想像を超えること はないのかも知れないが、もし、私たちが日頃使っている携帯やパソコンが自 らの意思をもって、人間を欺き始めたとしたら、薄ら寒い恐怖が忍び寄ってく るようである。 人間が機械になりかわられる日、それは人間が存在する必要がなくなる日に 他ならない。いや、現在の先進国の産業形態などをみると、それは徐々に迫っ てきているように思われる。その気配を示したのが舞台装置全体に塗られた白 であり、タイトルの「摂氏零度」なのであろう。 おそらく、と希望的観測でしかいえないが、今後百年経っても、人間は演劇 を生身でやっているだろう。観客も生身で観ているだろう。虚構であるから実 体とは言い難いかも知れないけれども、体温を持った人間が舞台と客席にいる。 役という仮想に入っていながらも、この作品自体、演劇という芸術自体が、何 ものかになりかわられることへの反措定なのではないだろうか。ニアが家を出 る寸前、「一応、便利なものを破壊するテロリストだから」とリイチはテロリ ストの銃撃で破壊される。純粋で従順な(もちろん、機械なのだから)リイチ が破壊されることは哀れなようにも感じたのだが、それと同時にひと刷毛の安 堵のようなものを抱いたのは、このようなところからきたのではないだろうか。 (2007年11月7日、大阪・精華小劇場) 付記 大阪公演では作品の本筋とは関係のないところで日替わりゲストがテ ロリストの一員として登場した。日によっては楽しめたのかも知れないが、私 が観た日は……正直なところ、ない方がよかったような気がする。 この文章を書くにあたり、デス電所制作の西川悦代さんにパンフレットを送っ てもらった。持つべきものは愛すべき後輩である、と思いつつ感謝。 【著者紹介】 高木龍尋(たかぎ・たつひろ) 1977年岐阜県生まれ。大阪芸術大学大学院芸術文化研究科博士課程修了。現 在、同大学院芸術研究科芸術文化学専攻嘱託助手。文芸学専攻。 【上演記録】 デス電所「残魂エンド摂氏零度」 大阪公演 精華小劇場(2007年11月3日〜11月25日) 東京公演 下北沢ザ・スズナリ(2008年1月11日〜1月14日) 作・演出 竹内佑 音楽・演奏 和田俊輔 出演 丸山英彦、山村涼子、豊田真吾、田嶋杏子、福田靖久、米田晋平、松下隆、竹 内佑 スタッフ 作・演出 竹内佑 音楽・演奏 和田俊輔 舞台監督:中村貴彦 舞台美術:池田ともゆき(TANC!池田意匠事務所) 照明:西山茂、加藤直子 音響:三宅住絵/映像:松下隆、本郷崇士 振付:豊田真吾 衣裳プラン:遊光 小道具:原田鉄平(Iron-Level) 宣伝美術:渕野由美 写真:イトウユウヤ 制作協力:金田明子 制作:小林みほ(pinkish!)、西川悦代 主催・企画製作:デス電所 精華演劇祭vol.8精華演劇祭スペシャル選出作品 平成19年度文化庁芸術祭参加公演 ====================================================================== ◆オフィス3〇〇「りぼん」 頭が下がる演出力 錯綜した長丁場を長い暗転なしで走り通す 岡野宏文(ライター&エディター) 私はパニック症候群である。 劇場や映画館、エレベーターなどの閉じられた空間で、人があふれてくると 故なくして甚大な恐怖に襲われ、いても立ってもいられなくなる哀れな人類な のである。群集の中で、ときどき鏡に囲まれた蝦蟇ガエルの気持ちになる。た らーりたらりと汗をかきつつ、このまま気が遠くなって死んでしまうのではな いか…理不尽な恐怖と戦い続けているのだ。 そんな私にとって、横浜赤レンガ倉庫1号ホール「りぼん」の客席はまさに 天敵であった。中央に通路を設けることなく、横に二十数脚の椅子がベタに並 べられている。見上げるとある意味壮観なのだが、中央に座った人は途中腹痛 にでもなったら十数人の前をぺこぺこ通らなくてはいけない。私なら途中で死 んでしまうかも…というのは冗談にしても、これはちょっと危険ではないかし ら。トイレで向精神薬デプロメールにプラスして安定剤をも飲みこみ、観劇に 突入する。 昭和三十九年、山形第六中学の生徒たちは横浜に修学旅行にやってきた。浮 かれ騒ぐ彼らの前に、突如、生徒の一人すみれの行方不明だった弟「時夫」と、 同じくクラスメートの直助の死んだはずの猫「ヘップバーン」があらわれ、一 行はいつしか根岸の外人墓地へと紛れ込み、そこに胸から水色のりぼんを生や した青年「浜野リボン」が出現するとともに、みなは神隠しにあったように霧 のなかへ消えてしまうのであった。同時に、客席から一人の老婆が劇中へ紛れ 込みながら、時間と空間は自在に歪み、親子三代にわたった母から娘に、幸せ の青いリボンを託す物語と、戦争という過酷な出来事によって、ひたむきで一 途な幸せへの思いがうち砕かれていく様子が描かれていく。 頭が下がったのはひどく錯綜した長丁場の物語(2時間20分)を長い暗転 なしで走り通した演出力。過去、現在、暗示される未来、そして空想、妄想が 入り乱れる上に、舞台というフィクションの中に現実(ノンフィクション)を織 りこむ離れ業までやってのける技量。そこにたくさんの歌も盛り込まれている のだ。 考えてみればもともとものすごい情報量の芝居なのである。戦中戦後の横浜 と東京の歴史、メリーさんやゲーテ座、外人墓地、居留地の実態…調べるのも 大変だったと思うが、戯曲として編み上げるのも一苦労。そしてそれを現代人 が見ても楽しめるように演出しなくてはいけない。多少の難解さは残ったにし ろ、これはある程度成功したのではないか。 そしてその成功を支えた大きな要素が「馬場幸子」を演じた田根楽子の、さ まざまなニュアンスを緩急自在に使い分けたセリフ術の豊かさ。客席から登場 し、フィクションとノンフィクションの間を行き来する難役だが、田根にゆる ぎが無いので他の若い劇団員の芝居も安心して見ていられるのだった。木野、 土屋、えりの好演についてはきっと他でも語られると思うので省略。 これは再演だけど、きっと再々演もするんじゃないかな。その時は中央に通 路があるか確認して、チケットを買おうと思います。 【筆者略歴】 岡野宏文(おかの・ひろふみ) 1955神奈川県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。白水社にて演劇雑誌「新 劇」の編集長をへて独立。フリーのライター&エディター。「ダ・ヴィンチ」 「せりふの時代」「サファリ」「e2スカパーガイド」などの雑誌に書評・劇 評を連載中。著書に『百年の誤読』(ぴあ/豊崎由美との共著)。 【上演記録】 オフィス3〇〇「りぼん」 http://office300.moo.jp/top_page.htm 東京・吉祥寺シアター(2007年12月6日-24日) 横浜赤レンガ倉庫1号館(2007年12月28日-30日) 長崎ブリックホール(2008年1月5日-6日) 埼玉・所沢ミューズマーキーホール(2008年1月9日) 出演: 木野花、宇梶剛士、田根楽子、北村岳子、観世葉子、福麻むつ美、高谷あゆみ、 信田美帆、石井里弥、土屋良太、渡辺えり、近藤達郎、川波幸恵、オフィス3 ○○劇団員、他 STAFF: 作・演出 渡辺えり 音楽 近藤達郎 美術 加藤ちか 照明 宮野和夫 音響 実吉英一 振付 菅原鷹志 ヘアメイク 馮啓孝 歌唱指導 深沢敦 衣装協力 三茶小町 演出助手 小笠原響 舞台監督 榎太郎 製作助手 斎藤一樹 制作協力 佐藤マキ子 企画・製作 オフィス3○○ 初演:宇宙堂第三回公演(2003年8-9月) http://office300.moo.jp/history/ribon/history_ribon.htm ====================================================================== ◆演劇ユニット『プロペラ犬』旗揚げ公演「マイルドにしぬ」 「死」をテーマにした連作コント集 持ち味出した水野美紀と河原雅彦 大和田建夫(大学講師) テレビから舞台へその活躍の場を変えてきた水野美紀が脚本家と演劇ユニッ トを立ち上げたという不思議な舞台を見る機会に恵まれた。テレビタレントが 様々なサイドビジネスをする例はあれども、テレビタレントがお金を儲けると 副業としてレストラン経営などをする人が多いそうで、それをとあるタレント は、そんなノウハウも経験もないことに手を出すくらいなら、映画監督をやっ た方がまだ似たジャンルのことをやっているのだから、許されてもいいのでは ないか?というようなことを言っていたのを思い出した。 実際、テレビを主の活動場としていた役者が演劇の制作に乗り出すという例 はあまりきいたことがない。よほどのことがあったのだろうと何か感じる予感 があった。 テレビ女優から舞台へ、そして、舞台の制作へ・・・。面白い副業であると 感じた(もっとも、制作の大半は楠野一郎が背負っているようではあり、実際 舞台に立つわけだから副業というのは妥当ではなく、仕事の幅が広がった。も しくは手作りになったとか、そういうことなのであろう)。 ゲストに河原雅彦を迎え、数編のコントからなる水野と河原による二人芝居 であった。コントの舞台というと私はシティボーイズライブなるものが毎年ゴー ルデンウィークにあるのを楽しみにしていて、そのシニカルな笑いを毎年楽し むという恒例行事がかれこれ15年ほど続いている。 この「プロペラ犬(水野美紀と楠野一郎による演劇ユニット名)」はコント 全体に一本の主題「マイルドに死ぬ」と関係性を持たせようとしつつ、個々の 作品の完成度を高めるという難しいことに挑戦しているようであった。 第一話の「はさみ女」の凍り付くような結末が舞台の最後に私たちを谷底に 突き落とす罠があることを予感させながら、中盤には河原雅彦と水野美紀によ る軽快なかけひきが軽快な舞台へと私を引き込んでいった。 特に秀逸であったのは「湖の女神」である。井戸から出てきた役者志望の女 性を役者に未練のあるサラリーマンがダメ出しをし、クリスマスにネタを見て やると時間を待ち合わせて1日待ちぼうけを食らう・・・。思いが伝わらない ことを歯がゆく思うという様を河原の熱演と共に堪能できた。 そして、ゾンビが女優をやっているという奇怪な話がまた面白い。マネージャー がそのゾンビ女優(メロ)をオーディションに・・・というのが話しの流れだ が、元有名女優がゾンビとなりそのゾンビであることを隠しながら舞台に上が ろうとしている。オーディションの練習をやっていてもつい「ゾンビ」の仕草 が出てしまい、うまくいかないながらも、マネージャーの言うことをだんだん きくようになってきたゾンビ女優。暗転後にはちょっとしたオチもついていて、 ここにきて急速にこの本題に戻ってきたようである。ここで「テレビ番組」の 恨み辛みが登場し、行きたくもない場所に連れて行かれたり、半裸にされたり ・・・というやりたくもないことをやることに対する反論をさらりと言ってい た。 そして、売れない脚本家と子どもの学芸会で主役の代演をやってしまった妻 の話となる。アクションシーンが出てくると水野美紀の本領発揮ともいえよう。 ブルース・リー(キル・ビル?)のコスチュームがよく似合う。プロペラ犬は ここから登場してくることとなる。 最後のコントは、ゾンビに良い印象があったものを一気にかき消し、ゾンビ が街中に襲ってきて、二人はビルの屋上に逃げ込むこととなる。絶体絶命の状 況でプロペラ犬の登場となり、冒頭のコントの凍り付く結末に対して、熱い芝 居による結末となるであった。 ここでこの舞台の全体を振り返ってみていくつか気になることがでてきた。 なぜ二人芝居だったのか?いや、二人芝居が悪いわけでもなく、河原雅彦も 水野美紀も存分にお互いの持ち味を出し、シリアスな面もコミカルな面も堪能 でき、芝居に対する熱い思いも存分に味わうことができた。 そして、どのコントも概ね「いいモノ」であったことは間違いない。演題の 「マイルドにしぬ」とある通り、「死」というものがどれにもテーマになって いるということも今更ながらに気がついた。その死には色々なテーマがあり、 はさみ女の「予期せぬ死」。「ゾンビの話の「既に死んでいる」状態。役者を 目指す女のどうしていいか分からない「死んだも同然」の状態と、日々の仕事 に疲れて希望を失って「死んだも同然」な男。仕事に活路を見いだせぬ夫は自 分を殺すことで脚本家として生きようとする。そんな中でプロペラ犬に希望を 見いだそうとする。 シティボーイズの場合、早い段階でそのコント個々の関連性にはこだわるこ とを放棄し、いいネタを沢山見せるように方向転換をしていた。一方、ナイロ ン100℃の「わが闇」の場合には(比較するのは唐突かつ無茶ではあるが、 ラジカル・ガジベリビンバ・システムをルーツにもつ演劇と私の中ではこの3 つを位置づけることにしたので強引な比較をご容赦いただきたい)、長いもの がたりの中にスパイスのきいた短編(エピソード)をちりばめそれらの短編の 結末は放棄するという凄技で大きな物語を完結させていた。では、このプロペ ラ犬のスタイルは、果たしてどちらを目指すのであろうか。 コントの積み重ねが一つの物語とならなくても観客は充分に堪能できるので、 個々の作品のつながりを余り気にする必要はないのではなかろうか?それとも、 舞台としての完成度は一つの物語の完結性であるとこだわるのなら、始めから 物語としての構成を固めるべきなのではなかろうか。そうなると水野美紀の七 変化のキャラクター作りを楽しむということがなくなるのがなんとも残念であ る。 では、今回の公演で、プロペラ犬はその目的を達成したのであろうか? コントを「マイルドにしぬ」というつながりで串刺しにするという目論見に こだわることが個々のコントとコントのキャラクター作りの足かせとなってい たのではないかと不安感じた。個々の作品には充分な魅力と、演技者の力を出 し切ったものとなっているのではないか?何よりこのユニットの旗揚げ公演を 観衆は歓迎していることは間違いなかろう結論としては、1年間どんどんネタ を温めてそのなかの秀逸なものだけを厳選してやればいいのではなかろうか? 確かに、シティボーイズは舞台の前に、「シティボーイズ教室」なる小劇場の 実験空間を設けて、料理教室までやってのけていたのであった。とウエブを見 ると、すでにその実験空間は毎月やっているということであった。流石である。 もともと、このプロペラ犬というユニットは水野美紀と楠野一郎が「やりた いことをやる」ために旗揚げしたものなのだから、とやかく批評すること自体 がナンセンスであり、また行くか、もう行かぬかの判断は来場者の好きなよう にすればいいだけということなのであろうか。 次回どのような展開を仕掛けるのか興味深い。11月に第2回公演を決めて いるようである。季節折々の観劇の楽しみがまた一つ増えた。次回共演者には、 小林高鹿・玉置孝匡あたりはどうであろうか?と勝手に想像している。 【筆者略歴】 大和田龍夫(おおわだ・たつお) 1964年5月東京生まれ。東京都立大学経済学部卒。現在は武蔵野美術大学・ 専修大学非常勤講師(メディア論)、金融業に従事。季刊InterCommunication 元編集長。 【上演記録】 演劇ユニット『プロペラ犬』旗揚げ公演「マイルドにしぬ」 作:楠野一郎 演出:入江雅人 出演:河原雅彦、水野美紀 東京公演 ・日程:11月27日(火)〜12月2日(日) ・場所:赤坂RED/THEATER 大阪公演 ・日程:12月7日(金)〜9日(日) ・場所:大阪HEP HALL 追加公演『マイルドにしぬ』延長戦! ・日程:12月12日(水)〜12月13日(木) ・場所:ラゾーナ川崎プラザソル 企画・製作 プロペラ犬(水野美紀×楠野一郎) 制作協力 キューブ ====================================================================== 【編集日誌】 ☆今週号は3本のレビューを掲載しました。関西の若手、東京の老舗、女優が 始めたユニットの旗揚げ公演。内容も態様もバラエティに富んでいます。振り 幅の広いさまざまなレビューを読みながら、自分の好みや傾向が析出されてく ることがあります。思わぬ一面を知らされてギョッとしたりニンマリしたり。 それもまた楽しみです。 ☆今月のクロスレビューは、10周年を迎えたnibroll「ロミオORジュリエット」 (1月18日-20日、世田谷パブリックシアター)です。一般の方の参加、大歓迎 です。ご覧になった方は所定の形式で応募してください。締め切りは21日(月)。 採用分には薄謝を進呈します。 (北嶋) ====================================================================== 発行 ワンダーランド 〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 (有)ノースアイランド Tel& Fax: 042-422-5219 wonderlands@northisland.jp webサイト http://www.wonderlands.jp * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページから。 http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html ======================================================================



