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    <title>パスターかずの「心に愛とみことばを」</title>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;16:8 稼ぎが多くても正義に反するよりは／僅かなもので恵みの業をする方が&lt;br /&gt;幸い。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;頭ではこういう格言は納得されているのでしょうが、社会の中には、正義に&lt;br /&gt;反することでも見つからないように工夫しながら、どんどん稼ごうという風&lt;br /&gt;潮があるような気がします。稼ぐことが悪いことではないのです。多い稼ぎ&lt;br /&gt;を恵みの業に用いることが出来るなら、それは素晴らしいことだと思います。&lt;br /&gt;恵みのわざ、それは人への支援、思いやりの表明、生活面や精神面での支援、&lt;br /&gt;神様への感謝のささげもの。確か、ジョン・ウエスレーだったと思いますが、&lt;br /&gt;「たくさん儲けなさい、そしてそれらを主のために捧げなさい」と奨励して&lt;br /&gt;います。&lt;br /&gt;正義に反する稼ぎ、当時の人たちは何をしていたのでしょう。きっと賄賂と&lt;br /&gt;か、談合だったのでしょうか。&lt;br /&gt;ボブ・ディランは1963年に「戦争の親玉」（Masters Of War）という曲を発&lt;br /&gt;表しています。「戦争を引き起こす武器商人たちの非道さ」が痛烈に、徹底&lt;br /&gt;的に非難されていて、すごい歌です。正義に反する稼ぎ頭として非難されて&lt;br /&gt;います。&lt;br /&gt;http://home&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081014065000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;16:2 人間の道は自分の目に清く見えるが／主はその精神を調べられる。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;私たちは基本的に、自分の考えや立場からの視点を正当化する習慣がありま&lt;br /&gt;す。自分の目には清く、正しく見えるのです。しかし、全体からの視点や、&lt;br /&gt;相手側からの視点を十分に考えることは案外難しく、一方的に相手を非難し&lt;br /&gt;てしまうことがよくあります。&lt;br /&gt;その際、自分の言い分を過度に誇張したり、それしか考えられないと、知ら&lt;br /&gt;ず知らすのうちに他の意見をシャットアウトしてしまうことがあるのです。&lt;br /&gt;そうなると、いつのまにか独りよがりな自己主張だけが声高に訴えられるこ&lt;br /&gt;とになり、人間関係が壊れ始めてしまいます。&lt;br /&gt;神様の尺度でこの出来事を見たらどう見えるのかなという余裕というか、そ&lt;br /&gt;ういう視点を育てることで、私たちは自分の道の軌道修正をしやすくなりま&lt;br /&gt;す。それは自分へのこだわりをなくすことにはならず、むしろ最善の生き方&lt;br /&gt;を願うなら当然のことだと思います。&lt;br /&gt;神様、私の心を調べてください。神様、私が独りよがりでなく、正義や愛に&lt;br /&gt;基づいて生きているのかどうか、教えてくださいという姿勢はとても大切な&lt;br /&gt;こととして箴言は評価&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081013054000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000198410/20081012072000000.html">
    <title>MACF礼拝説教</title>
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    <description>ＭＡＣＦ礼拝説教&lt;br /&gt;2008.10.12&lt;br /&gt;3:2 アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザ&lt;br /&gt;カリアの子ヨハネに降った。&lt;br /&gt;3:3 そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得さ&lt;br /&gt;せるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。&lt;br /&gt;3:4 これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。「荒れ野で叫ぶ&lt;br /&gt;者の声がする。『主の道を整え、／その道筋をまっすぐにせよ。&lt;br /&gt;3:5 谷はすべて埋められ、／山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっす&lt;br /&gt;ぐに、／でこぼこの道は平らになり、&lt;br /&gt;3:6 人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」&lt;br /&gt;3:7 そこでヨハネは、洗礼を授けてもらおうとして出て来た群衆に言った。&lt;br /&gt;「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。&lt;br /&gt;3:8 悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などとい&lt;br /&gt;う考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハム&lt;br /&gt;の子たちを造り出すことがおできになる。&lt;br /&gt;(ルカによる福音書3章)&lt;br /&gt;+++ &lt;br /&gt;旧約と新約の狭間に立つ人バプテスマのヨハネ&lt;br /&gt;１）神の怒りと悔い改め：旧約の本質&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081012072000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;16:7 主に喜ばれる道を歩む人を／主は敵と和解させてくださる。&lt;br /&gt;＊＊＊&lt;br /&gt;和解は戦いによっては勝ち取ることはできません。戦いは憎悪を増幅させる&lt;br /&gt;だけのような気がします。&lt;br /&gt;主に喜ばれる道と旧約に書かれている時には、その戒めをしっかり守ること&lt;br /&gt;を意味していますが、新約聖書の内容を加えて読むと、イエス様の心を受け&lt;br /&gt;取り、イエス様の心で生きるということになります。山上の説教の生き方に&lt;br /&gt;通じています。そう生きることで、人々との間で和解を経験することができ&lt;br /&gt;るのです。&lt;br /&gt;日本に住む私たちは、もしかすると卑屈なまでに「和」を求めるあまり、何&lt;br /&gt;でも簡単に「ごめんなさい」を連発し、まったく悪くもないのに、謝罪の言&lt;br /&gt;葉を口にし、その場かぎりの和を作ろうとする傾向はないでしょうか。もち&lt;br /&gt;ろん、和そのものは素晴らしいことだと思います。しかし、人間の心はそれ&lt;br /&gt;ほど清くないので、そういう傾向のある人だけがどんどんいじめられてしま&lt;br /&gt;うということも起こります。&lt;br /&gt;主に喜ばれる道を歩む人の経験する和解は、神との和解に始まり、赦す側に&lt;br /&gt;立つことも、赦される側に立つこともある、つまり大らかな和解です。屈辱&lt;br /&gt;的&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081011070000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;16:6 慈しみとまことは罪を贖う。主を畏れれば悪を避けることができる。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;新改訳聖書では「恵みとまことによって、咎は贖われる。」と訳されていま&lt;br /&gt;す。これは人間の「恵みとまこと」ではなく、神様の「恵みとまこと」があ&lt;br /&gt;るからこそ、罪の赦しがもたらされるのだという教えです。&lt;br /&gt;私たちが頑張っても、罪を購うほどの力はありません。たぶん人間関係にお&lt;br /&gt;いて、そういう心で向かえば、和解にこぎ着けることができるのかもしれま&lt;br /&gt;せん。&lt;br /&gt;しかし、私たちの罪をあがない、罪を赦してくださるのは「神様」であり、&lt;br /&gt;そのお方は「恵みとまこと」に満ちたお方です。実は、イエス様は、まさに、&lt;br /&gt;恵みとまことに満ちたお方として紹介されています。新約聖書ヨハネによる&lt;br /&gt;福音書にある言葉がそれです。「 1:14 言は肉となって、わたしたちの間に&lt;br /&gt;宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光で&lt;br /&gt;あって、恵みと真理とに満ちていた。」&lt;br /&gt;このお方が、私たちの罪を赦し、購うために来てくださり、十字架にまで向&lt;br /&gt;かってくださったのです。そしてそこで私たちの罪の裁きを受けてください&lt;br /&gt;ました。&lt;br /&gt;うれしいことです。&lt;br /&gt;祝福がありますように.。　関根一夫&lt;br /&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉:箴言】&lt;br /&gt;16:1 人間は心構えをする。主が舌に答えるべきことを与えてくださる。&lt;br /&gt;16:2 人間の道は自分の目に清く見えるが／主はその精神を調べられる。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;パウロという人は新約聖書、フィリピの信徒への手紙の中で「 2:13 あなた&lt;br /&gt;がたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるか&lt;br /&gt;らです。」と書きました。私たちはいろいろな計画を持ち、あれこれ考えま&lt;br /&gt;すが、その実現のための筋道を考えさせ、計画達成までの意欲を与え、完成&lt;br /&gt;させてくださるのは、神様なのだと箴言は教えています。その際、それが神&lt;br /&gt;の前に正しいことなのかどうかという精神的な軌道修正を神様はしてくださ&lt;br /&gt;るというのです。&lt;br /&gt;いわば、欲だけに押し流されて計画が進んでいるのか、それとも相互の幸福&lt;br /&gt;を考えながらその計画が練られているのか、神様はそれについて良心を通し、&lt;br /&gt;理性を通し、発想の言葉を通して、語ってくださいます。悪はどんなに正当&lt;br /&gt;化しようと「悪の実」しか生み出しません。お金は生み出すかもしれません&lt;br /&gt;が、その結果は悲惨なことになります。&lt;br /&gt;計画と立案、その正当性と他者への心遣い、そういうことがしっかりかみ合&lt;br /&gt;わないと「良い仕事」にはなりません。良い計画とは言えないのです。&lt;br /&gt;祝福がありますように。&lt;br /&gt;関根一夫</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;15:33 主を畏れることは諭しと知恵。名誉に先立つのは謙遜。&lt;br /&gt;＋＋&lt;br /&gt;主を畏れ、主を礼拝するという謙遜な所作の中で私たちは諭しと知恵とを得&lt;br /&gt;ることができます。そして礼拝という出来事は常に神様を意識させ、自分の&lt;br /&gt;小ささを確認させてもらえるので、謙遜を身に付けるためにも有益です。&lt;br /&gt;そして、その謙遜さに裏打ちされた諭しと知恵を持っているなら、かならず&lt;br /&gt;どこかで名誉が後を追いかけてきますよと箴言は教えています。&lt;br /&gt;大きな出来事を成し遂げて栄誉を受ける、金メダルを取る、それらは努力の&lt;br /&gt;結晶であり、苦労やがんばりが報われたひとつの形です。&lt;br /&gt;しかし、人格的な、あるいは神がくださる名誉、栄誉は、単なる鍛錬からは&lt;br /&gt;生まれないのです。&lt;br /&gt;礼拝の心、学ぶここと、仕える心の深まりと、おだやかな実践があって、神&lt;br /&gt;の栄誉が届くのです。その出発点は、「主よ、弱い私、愚かな私を憐れんで&lt;br /&gt;ください」という祈りから始まります。謙遜とは、そこから始まる神への期&lt;br /&gt;待なのです。&lt;br /&gt;祝福がありますように。　関根一夫</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉:箴言】&lt;br /&gt;15:31 命を与える懲らしめに聞き従う耳は／知恵ある人の中に宿る。&lt;br /&gt;15:32 諭しをなおざりにする者は魂を無視する者。懲らしめに聞き従う人は&lt;br /&gt;心を得る。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;人からの批判やアドバイスを聞くことは必ずしも簡単なことではありません。&lt;br /&gt;しかし、それらのものが与えられているのは、そこに期待があり、そこに信&lt;br /&gt;頼があり、希望を感じているからこそという場合が少なくありません。それ&lt;br /&gt;に応えず、それを無視すると人はもはや助言を与えることをせず、悪意に満&lt;br /&gt;ちた噂や、軽蔑的な言葉を周囲の人に語り始めることがあります。&lt;br /&gt;人を活かす言葉は、常に甘く優しいものとは限りません。&lt;br /&gt;厳しい叱責ということもあるでしょうし、納得出来ないほど自分が砕かれる&lt;br /&gt;必要が示されることもあります。いずれにしても、他者からの愛に溢れた助&lt;br /&gt;言や戒め、叱責の言葉を、丁寧に聞かせてもらう姿勢は大事です。それにす&lt;br /&gt;べて簡単に応じることができるかどうかは別として、とにかく耳をふさいで&lt;br /&gt;しまわないことが大事なことなのだと思います。&lt;br /&gt;ただし、人の批判を何でも無防備に受け入れてしまうのも問題です。それら&lt;br /&gt;を自分の中で、取捨選択しながら、より良い生き&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081007062000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;15:26 悪意を主はいとい、親切な言葉を清いとされる。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;新改訳聖書では「悪人の計画は【主】に忌みきらわれる。」となっています。&lt;br /&gt;でも考えて見れば、善人と呼ばれる人でも悪意があれば、それは主に嫌われ&lt;br /&gt;るだろうなと思います。親切な言葉が尊ばれています。&lt;br /&gt;人からの親切な言葉を最近耳にしたことがありますか？&lt;br /&gt;ある人が親切に話してくれても、聞く側の心次第では「うっとうしい」とか&lt;br /&gt;「大きなお世話」とか、そんなふうに感じてしまうことがあります。&lt;br /&gt;神の目から見て、悪意は良くないもの、親切な言葉は大いに推奨されるべき&lt;br /&gt;ものだということを読み取れれば良いのだと思います。&lt;br /&gt;そして、できるだけ、自分としては親切な心で親切な言葉を分かち合えれば&lt;br /&gt;良いのです。相手がどう感じるとしても、悪意ではなく、親切で応えていけ&lt;br /&gt;れば良いのです。&lt;br /&gt;今日もそんな一日になりますように。　関根一夫</description>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000198410/20081005050000000.html">
    <title>MACF礼拝説教</title>
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    <description>ＭＡＣＦ礼拝説教&lt;br /&gt;2008.10.5&lt;br /&gt;2:4 ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザ&lt;br /&gt;レから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。&lt;br /&gt;2:5 身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。&lt;br /&gt;2:6 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、&lt;br /&gt;2:7 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの&lt;br /&gt;泊まる場所がなかったからである。　　 (ルカによる福音書2章4節～7節)&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;有名なクリスマスのお話ですが、このエピソードはルカによる福音書にしか&lt;br /&gt;記録されていません。&lt;br /&gt;おそらくルカはこの物語を書きながら何か必死に伝えようとしていることが&lt;br /&gt;あったに違いありません。&lt;br /&gt;今朝のメッセージの中で一緒に考えたいのは　「この方こそ救い主」と名指&lt;br /&gt;されているイエス様の「存在の不思議さ」です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１）「宿屋には彼らのいる場所がなかった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この一文は、ヨセフもマリアも社会的には平凡な人たちであり、イエス様の&lt;br /&gt;誕生も社会的には重要なニュースになっていないということを表明していま&lt;br /&gt;す。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081005050000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉:箴言】&lt;br /&gt;15:22 相談しなければどんな計画も挫折する。参議が多ければ実現する。&lt;br /&gt;15:23 正しく答える人には喜びがある。時宜にかなった言葉はいかに良いも&lt;br /&gt;のか。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;独りよがりの計画はどこかに穴があり、どうしても不備なものになってしま&lt;br /&gt;う傾向があります。&lt;br /&gt;綿密な打ち合わせをし、しかも、そこに支援的な心をもった人たちが、良い&lt;br /&gt;ことも悪いことも、丁寧に言葉にしてくれる環境があれば、計画はある程度&lt;br /&gt;安心して実施することができます。&lt;br /&gt;そういう相談相手を持っている人は幸せです。しかし、聖書の中には、相談&lt;br /&gt;相手を間違えて国を破滅させてしまう若い王様のことが出てきます。長老た&lt;br /&gt;ちの言葉に耳を貸さず、自分と同じくらいの年齢の友達の意見にしか従わな&lt;br /&gt;い王の話です。つまり、相談というのは、自分に都合の良いことだけを語っ&lt;br /&gt;てくれる人たちを集めてやっても、結局「詰めの甘さ」が出てきてしまうの&lt;br /&gt;です。そして多くの場合、相談相手は最終的な責任など取ってはくれません。&lt;br /&gt;異論反論を吟味し、最終的には自分で決断しなければなりません。異論反論&lt;br /&gt;が出せるような雰囲気の集団を形成することがとても重要なのです。しかし、&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081004064000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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    <title>心に愛とみことばを</title>
    <link>http://archive.mag2.com/0000198410/20081003080000000.html</link>
    <description>【癒やす言葉:箴言】&lt;br /&gt;15:20 知恵ある子は父を喜ばせ／愚か者は母を侮る。&lt;br /&gt;＋＋&lt;br /&gt;両親との関係が書かれています。&lt;br /&gt;自分のことを振り返るとどうかなぁと思います。&lt;br /&gt;それほど大きな反抗をしたわけではありませんが、親に対する感謝の不足、&lt;br /&gt;親に対するケアの心の不足は何歳になっても自分の中に深く感じています。&lt;br /&gt;親は子供が何歳になっても親です。それは決して逆転することはありません。&lt;br /&gt;ですから親を喜ばせるということの出発点は、親を親として認め、決して自&lt;br /&gt;分を親の上に置かないことです。仮にいろいろな善行を親にしてあげること&lt;br /&gt;ができたとしても親を死ぬまで親として自分の上に置くことです。&lt;br /&gt;親を軽蔑したい気持ちになることはあると思います。親を自分の下に見下し&lt;br /&gt;て、軽蔑すると当然親との関係は崩れます。親をお手伝いさんのように取り&lt;br /&gt;扱うべきではありません。親の能力や財力、知恵などに関係なく、あなたを&lt;br /&gt;生んだ親はあなたの親なのだと認める決意が必要なのです。困った親たちが&lt;br /&gt;存在することも事実です。でも大人になるまで育って来れたのであれば、自&lt;br /&gt;分が困った親にならないように、そして困った親であっても大事なかけがえ&lt;br /&gt;のない親であることをどこかで表&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081003080000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
    <dc:date>2008-10-03T08:00:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000198410/20081002064000000.html">
    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;15:15 貧しい人の一生は災いが多いが／心が朗らかなら、常に宴会にひとし&lt;br /&gt;い。&lt;br /&gt;15:16 財宝を多く持って恐怖のうちにあるよりは／乏しくても主を畏れる方&lt;br /&gt;がよい。&lt;br /&gt;15:17 肥えた牛を食べて憎み合うよりは／青菜の食事で愛し合う方がよい。&lt;br /&gt;＋＋＋＋&lt;br /&gt;心を朗らかに、主を畏れながら、愛し合いつつ生きることができ、衣食住に&lt;br /&gt;安定できていたら、私たちは幸せを味わえるのかもしれません。物に対する&lt;br /&gt;熱烈な執着、人への軽蔑は、幸福をもたらすものではありません。&lt;br /&gt;心を朗らかにすることや青菜の食事で愛し合うためには、何がどうなればよ&lt;br /&gt;いのでしょう。互いの存在といのちを神様に感謝しあうこと、そして相手の&lt;br /&gt;存在を喜び、受け入れることがとても大事なことのように思います。&lt;br /&gt;そして笑うこと。落語の世界には貧しい人たちが登場し、笑わせてくれます。&lt;br /&gt;そこには、心が朗らかなら、宴会に等しいという世界が広がっています。そ&lt;br /&gt;ういえば「青菜」という落語があります。おもしろい演目です。&lt;br /&gt;失礼、話が逸れました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;朗らかに、主を喜びながら、食事を楽しみながら、愛と笑いを味わえる人生&lt;br /&gt;を進んでいきたいものです。&lt;br /&gt;祝福がありますように。　　関根一夫&lt;br /&gt; </description>
    <dc:date>2008-10-02T06:40:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000198410/20081001072000000.html">
    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉:箴言】&lt;br /&gt;15:13 心に喜びを抱けば顔は明るくなり／心に痛みがあれば霊は沈みこむ。&lt;br /&gt;＋＋＋&lt;br /&gt;心に喜びがあるかどうか、心に痛みを感じているかどうかで、私たちの表情&lt;br /&gt;が変わります。隠そうと思っても隠し通すことなどできません。&lt;br /&gt;どこかでその表情の中に見えてきてしまうと箴言は教えています。&lt;br /&gt;「心の喜び」それは「希望」「愛」「信仰」に基づく喜びです。すべてに楽&lt;br /&gt;観的だという人も孤立や孤独を味わうと暗くならざるを得ません。心の痛み&lt;br /&gt;は「孤立」「不遜」「裏切り」などによってより深くなってしまいます。&lt;br /&gt;人間は、常に喜びだけを持って生きていくことは出来ません。あるときは喜&lt;br /&gt;び、あるときは悩み、痛むのが普通であり、順調です。&lt;br /&gt;私たちは漠然とした不安の中に生かされており、喜ぶだけという確証をもっ&lt;br /&gt;て生きる事は本当に難しいのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;礼拝への参加が教理の確認や学習のためではなく、心に喜びを受け取りたい&lt;br /&gt;という切実な願いをもっての行動なのだとわかると牧師の説教の内容が変わ&lt;br /&gt;るはずだと思います。心の痛みの軽減のための説教が、聴く人の身になって&lt;br /&gt;語られる説教がすべての教会に溢れればいいなと思います。&lt;br /&gt;私の&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20081001072000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000198410/20080930060000000.html">
    <title>心に愛とみことばを</title>
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    <description>【癒やす言葉：箴言】&lt;br /&gt;15:4 癒しをもたらす舌は命の木。よこしまな舌は気力を砕く。&lt;br /&gt;＋＋&lt;br /&gt;舌で人はひどく傷つけられることがありますが、同時に、同じ舌で癒しをも&lt;br /&gt;たらされることもあります。あの人と話ができると何だか元気になるという&lt;br /&gt;友人や仲間がいますか？厳しい言葉だとしても背後に愛を感じることができ&lt;br /&gt;るなら、それらの言葉でも大いに励ましを受け、癒やされるような気持ちに&lt;br /&gt;なれます。&lt;br /&gt;「よこしまな舌」とは「騙す言葉を吐く舌」のことであり、「意地の悪い偽&lt;br /&gt;りの言葉」でもあります。それは「高慢な心」から吐き出される言葉でもあ&lt;br /&gt;るように思います。そういう発言は失意や落胆を生み出し、気力が砕かれて&lt;br /&gt;しまいます。&lt;br /&gt;意地の悪い言葉、悪意に満ちた騙しの言葉をその人の立ち居振る舞いの中に&lt;br /&gt;感じてしまうと、もはやその人と一緒に働くこともできなくなるほど気力が&lt;br /&gt;落ち込み、意気消沈してしまうことがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;癒しをもたらす言葉にはいろいろあるのでしょうが「いてくれてありがとう」&lt;br /&gt;という言葉には不思議な力があるように思います。&lt;br /&gt;「ありがとう」だけでも良いのですが、「いてくれてありがとう」という言&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000198410/20080930060000000.html"&gt;続きを読む&lt;a&gt;</description>
    <dc:date>2008-09-30T06:00:00+09:00</dc:date>
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