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イキイキ、ワクワク生きるための素材は、真理と愛。聖書の言葉を味わいながら、心に愛とみことばをたくわえながら、明るくたくましく、そして優しく人生の旅を続けましょう。最後には笑える旅にしたいですね。

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2008/07/26

心に愛とみことばを

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【癒す言葉:箴言】
8:1 知恵が呼びかけ/英知が声をあげているではないか。
8:2 高い所に登り、道のほとり、四つ角に立ち
8:3 城門の傍ら、町の入り口/城門の通路で呼ばわっている。
8:4 「人よ/あなたたちに向かってわたしは呼びかける。人の子らに向かっ
てわたしは声をあげる。
8:5 浅はかな者は熟慮することを覚え/愚か者は反省することを覚えよ。
+++
何とも切実な訴えです。知恵と英知がいろいろな場所で声を張り上げ、浅は
かな者には熟慮することを、愚かな者は反省するようにと呼びかけています。
知恵と英知は人間に向かって「熟慮」と「反省」を促しています。失敗を重
ねる傾向があるとすれば、それはきっと「熟慮」と「反省」の不足から来る
場合が多いのかもしれません。
最近起こった通り魔的な殺人事件には「短絡的」な要素が強く、いつの間に
か「浅はかな思考経路」が頭の中に設置してしまった人による犯行のような
気がします。彼らにとっての「熟慮」は遊園地の世界、空想の中での熟慮で
あって、本物の社会における熟慮とは次元が違うような気がします。善悪の
基準がないわけではないのでしょうが、人の命を奪うということの圧倒的な
卑劣さ、むごさ、かけがえのないものを奪ってしまう悪の深刻さ、それらの
ことが、一瞬の個人的なイライラ感で吹き飛んでしまうことになると、熟慮
も反省もそこにはありません。とてつもなく、浅はかな感情とそれに振り回
されている悲しいほど愚かな思考が見え隠れしています。

「熟慮と反省」をもって社会の中から「逃げ出さず」前向きに進んでいきた
いものです。そのためには、その前段階として何が必要なのでしょう。堂々
巡りではなく、前に進むために、一体何があればよいのでしょう。まずは、
その辺の熟慮から始まるのかもしれません。
熟慮と反省は、今を生きる私たちが、他者と一緒に生きていくために絶対に
身につけなければいけない資質です。
祝福がありますように。 関根一夫

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