2009/08/29
瀬戸だより 169号 「織部の里公園に行ってみた」という話
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 瀬戸だより ~せとものについて話しませんか~ 169号 「織部の里公園に行ってみた」という話 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ このメールマガジンは毎週つちの日(土曜)にお届けします □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 8月も終わりですね。長かった梅雨が明けたら、なんとなく 秋の気配‥‥結局全く暑くなることなく過ぎた夏でした。お米 の生育が心配になりますね。来週はもう9月。せともの祭が近 づいてきますね。毎日毎日、せともの祭に向けて検品作業を続 けています。今年は瀬戸川沿いの廉売市に店を出します。普段 から扱っている瀬戸の手作りの品物の他、手軽にお求めいただ ける商品も用意しています。また、ちょっとユニークな置物作 りの作家さんの作品も並べる予定です。せともの祭にお越しの 際はぜひお立ち寄りください。詳しい場所などは近日中にホー ムページにアップの予定です。よろしくお願いします。 さて、今回の話題。 仕事で美濃の方まで行くことがあります。美濃と言うのは、 瀬戸から山を越えて岐阜県に入ったところ、多治見市、土岐市、 瑞浪市とその周辺になります。ここも古くから窯業が盛んな場 所です。土岐市の国道19号を走っていると「織部の里公園」 という案内をいつも見かけます。先日は時間があったので、ち ょっと寄り道をしてきました。 「織部」といえば、美濃や瀬戸を代表する釉薬。桃山時代に 活躍した茶人で戦国武将の古田織部の名前が由来になったもの です。現代では織部といえば銅を加えた釉薬を酸化で焼成した 緑色のものとなっています。以前は「織部好みの器」という意 味で、緑の釉だけでなく黄瀬戸や志野も織部の好むようなデザ インであれば「織部」と呼んでいたと聞きます(緑の釉薬は 「青織部」と呼んでいたようです)。 美濃が日本の陶器の生産の中心だった桃山時代、窯の技術も 進み「大窯」や「登り窯」が登場します。また、「瀬戸山離散」 の時代で瀬戸の多くの陶工が美濃に移り住んだ時期にもなりま す。 この織部の里公園、美濃窯最古の連房式登窯「元屋敷窯」の 遺構を中心に整備された公園です。瀬戸にもこのような窯跡を 見られる場所は何ヶ所かあります。以前に紹介した「小長曽陶 器窯跡」や県陶磁資料館の中にもあります。でもここの窯跡は 保存という点だけでなく、わかりやすく見ることができるのが 特徴のようです。いくつかある窯跡は「跡」の展示だけでなく、 外観が復元されその一部をカットすることで中の様子も(製品 が並べられている様子もわかる形で)みられるようになってい ます。なかなか凝った展示です。 他にもロクロなどの陶芸を気軽に体験できるような施設も併 設されていました。 「織部」が歴史に登場したその瞬間に立ち会った窯跡の一つ と思いながら、その場に立つと感慨深いものもあります。最近、 古田織部の活躍を描くコミック「へうげもの」にはまっていま す。織部が美濃の窯元を訪れ、陶工たちとともに「織部好み」 の器を模索するシーンをこの窯跡の風景に合わせて見てしまい ます。高台にある公園、風景もよかったですよ。 公園自体の面積は大きくありませんので、比較的短時間で見 ることも出来ました。ドライブ途中の休憩もかねてというのも いいかもしれません。 さぁ、来週の「瀬戸だより」はせともの祭の特集となります。 よろしくお願いします。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 発行者 web-setomono / 加藤兆之助商店 http://web-setomono.com ぜひ、ご感想・ご要望をお寄せください。 ホームページではすべてのバックナンバーを画像入りで見る ことができます。 ****************************** 瀬戸だより~せとものについて話しませんか~ 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000198183.html □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


