2009/05/27
霊界物語をメールで配信!(756)
霊界物語をメールで配信!第20巻(756) ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 発行終了のお知らせ 世界初の霊界物語メルマガ『霊界物語をメールで配信!』は、平成18年(2006年)5 月9日に創刊して以来、3年余りに亘って発行して来ましたが、諸般の事情により、この たび発行を終了することになりました。 現在発行中の第20巻の完了をもって、当メルマガは発行を終了します。 長い間ご愛顧ありがとうございました。 発行人 飯塚弘明 http://onido.onisavulo.jp/ (今後の予定) 第757号…第12章「如意宝珠」 第758号…霊の礎(六)・霊の礎(七) 【最終号】 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ -------------------- ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■第11章 鬼婆《おにばば》〔673〕 ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 夜はやうやくに明け離れ、木《こ》の間《ま》に囀《さへづ》る諸鳥《もろとり》の 声に送られて、三人は足に任せて進み行く。大岩窟を背景に茅葺《かやぶ》き屋根の三 四十、軒を並べて立って居る。 田吾作『サア、とうとう三国ケ岳《みくにがだけ》の鬼婆の大都会が見えて来た。戸数 無慮三十余万、人口ほとんど嘘八百万と云ふ、一大都会だ。大分に俺達も足が変になっ たから、定めし都会には高架鉄道もあるだらうし、自動車、電車の設備も完全に出来て 居るだらう、一つ乗って見ようかなア』 原彦、田吾作の肩を揺すり、 原彦『オイ、田吾作さま、これからが肝腎だ、今から呆けてどうするのだ、しっかりせ ぬかいな。片方は岩窟にたてかけた藁小屋《わらごや》が三四十並んで居るだけぢゃな いか、そんな狂気じみたことを云うてくれると俺も淋しうなって来た』 田吾作『アハハハハ、こいつは余っ程馬鹿だなア、ちょっと景気をつけるために、誇大 的に広告して見たのだ。蛇喰《へびく》ひや蛙喰《かはづくら》ひの半獣半鬼の巣窟だ。 これからもう馬鹿口は慎んで不言実行にかからう』 宗彦『お前たち二人はいよいよ戦場に向かったのだからしっかりしてくれないと困るよ。 また決して乱暴なことはしてはならないから、慎んでくれ。頭の三つや四つ撲《なぐ》 られたくらゐで、目を釣り上げたり、口を歪めるやうでは、この度の御用は勤まらぬか ら、兎に角|忍《にん》と云ふ字を心に離さぬやうにするのだ。忍《にん》と云ふ字は 刃《やいば》の下に心だ。敵の刃《やいば》の下も誠の心で潜《くぐ》って敵を改心さ せるのだから、くれぐれも心得てくれ』 田吾、原の両人は小声で『ハイハイ』と答へながら進んで行く。二百人ばかりの老若 男女が一つの部落を作って居る。さうしてここの人間はどれもこれもみな唖《おし》ば かりになって居る。蜈蚣姫《むかでひめ》の鬼婆が計略で篏口令《かんこうれい》を布 くかはりに、みな茶に毒を入れて呑まされたものばかりだ。ちゃうど唖《おし》の国へ 来たも同様である。田吾作は些《すこ》しもこの事情を知らず、一つの家に飛び込み、 田吾作『ちょっと、物を尋ねますが、婆アの館はどう往《い》ったらよろしいかな』 中より四五人の男女、ダラダラと戸口に走り出で、不思議な顔をして何《いづ》れも 口をポカンと開けて、アアアアと唖《おし》のやうに云って居る。田吾作は声を張り上 げて、 田吾作『婆アの所はどこだと問うてゐるのだ』 天賦の言霊器《げんれいき》と聴声器《ちゃうせいき》を破壊された一同は、何のこ とだか少しも分らず、ただ口を開けて、アアアアと叫ぶのみである。 田吾作『モシ、宣伝使さま、何と言っても返事もせず、ただ口を開けてアアアアと云う て居る唖《おし》見たやうな奴ばかりですな、次の家《うち》へ行って尋ねて見ませう か』 宗彦『お前に一任するから、どうか、私が当選するやうに戸別訪問をして、清き一票を と丁寧に、お辞儀に資本《もと》は要らぬから頼んでくれい』 田吾作『何ぼ資本《もと》が要らぬと云っても、さうペコペコ頭を下げては頭痛がしま すわい。投票もないことをおっしゃるな、人の選挙(疝気《せんき》)を頭痛にやんで、 たまりますかい。何ほど気張ったって解散の命令が下ったら、それこそ元の黙阿弥《も くあみ》ですよ』 宗彦『ともかくお前に一任する』 田吾作『承知致しました。在野党と思って選挙干渉をやらぬやうにして下さいや。モシ モシこの家《や》のお方《かた》、婆アのお住居《すまゐ》はどこだ、知らしてくれな いか、決して投票乞食ぢゃないから安心して云っておくれ』 家の中からまたもや四五人の男女、怪訝な顔して門口《かどぐち》に立ち現れ、口を 開けてアアアアと云ふばかり。ああこいつも駄目だと、田吾作はまた次へ行く。行って も行っても、アア責めに遇はされて一向要領を得ない。とうとう一戸も残らず戸口《こ こう》調査を無事終了してしまった。されど何の得る所もなく、婆アの姿も見当らなか った。 三人は是非なく腰掛に都合のよい岩を探して、ドシンと尻を下ろし、しばらく息を休 める。赤ん坊を懐中《ふところ》に抱いた女、幾十人ともなく、不思議さうに三人の前 に立ち現れ、口を開けて、アアアアアとア声の連発をやって居る。 田吾作『エエ怪っ体な所だな、やっぱり三国ケ岳の辺は野蛮未開の土地だから、言語が 無いと見えるわい』 と話して居る。そこへ容色優れたる一人の女が現れ来たり、宣伝使に会釈し、これまた アアアアを連発しながら北の谷間を指ざし走り行く。この女は玉照姫《たまてるひめ》 の生母お玉《たま》であった。婆の手下の者に誘拐《かどわか》され、この山奥に連れ 込まれてゐたのである。 婆の考へとしては、玉照姫を占奪する手段として、先づ生母のお玉をうまうまとここ へ奪ひ帰ったのである。三人はお玉の顔を一度も見たことがないので、そんな秘密の伏 在することは夢にも知らず、お玉の跡を追って、スタスタと駆け出した。 四五丁ばかり谷に沿うて左へ進むと、壁を立てたやうな巨岩が幾つともなく谷間に碁 列して居る。お玉は手招きしながら、岩窟の穴を潜《くぐ》って姿を隠した。三人はそ の後から、ドンドンと足を速めて岩窟の中を五六間ばかり進む。ここが鬼ケ城山《おに がじゃうざん》に割拠して居た鬼熊別《おにくまわけ》の妻|蜈蚣姫《むかでひめ》が 自転倒島《おのころじま》における第二の作戦地であった。蛇、蛙、山蟹《やまがに》、 その他|獣類《けもの》の肉はよく乾燥さして岩窟の中に幾つともなく釣り下げられて ある。 田吾作『アイ御免なさい、バラモン教の鬼婆アの住家《すまひ》はここで御座いますか』 婆『ここが鬼婆、蜈蚣姫の住家《すみか》だよ』 田吾作『アア、左様で御座いましたか、これは失礼致しました。なんと立派なお館です な、これでは風雨雷電、地震も大丈夫でせう。われわれもせめて半日なりと、こんな結 構な館に暮らしたいものですわい』 婆『お前は一体どこの人ぢゃ、そしてまた二人も伴を連れて来て居るのかな』 田吾作『ハイ、実の所は三五教《あななひけう》の予備宣伝使を拝命致しまして、今日 が初陣で御座います。この通り、宗彦、原彦と云ふケチな野郎を連れて居ります。大変 腹を減らして居るさうですから、蛙《かへる》の干乾《ひぼし》でも恵んでやって下さ いな』 婆『折角の御入来《ごじゅらい》だから、大切な蛙ぢゃけれど、饗応《よん》であげま せう。この蛙は当山の名物お殿蛙《とのがへる》と云って、虫の薬にもなり、一切の病 気の妙薬だ。田圃にヒョコヒョコ飛んで居る青蛙《あをがへる》や糞蛙《くそがへる》 とはちっと撰《せん》を異《こと》にして居るのだから、そのつもりで味はって食《あ 》がりなさい。お前さんは蛙飛《かへると》ばしの蚯蚓切《みみずき》りだからなア』 田吾作『チョッ、馬鹿にして居やがるわい』 原彦『オイオイ宣伝使の化けサン、そんなことを言うてくれては困るぢゃないか』 田吾作『困るやうにお願ひしたのだよ、昔、竹熊《たけくま》が竜宮城の使臣《ししん 》を招待した時には、百足《むかで》や蜴蜥《とかげ》、なめくじなどの御馳走を食は したと云ふぢゃないか、鰈《かれひ》か鯣《するめ》だと思うて食ひさへすりゃよいの だ。お前は食はず嫌ひだなくて、蛙嫌ひだから困る、アハハハハ』 婆『三人ともそんな所に立って居ずに、サアサア足を洗ってお上がりなさい。今晩はゆ っくりと話しませう。お前は三五教の宣伝使が初陣だと云ったな』 田吾作『ハイ、申しました、全くその通りです』 婆『そんならなほ結構だ、なまりはんぢゃくの、苔《こけ》の生えた宣伝使はどうも強 太《しぶと》うて改心が出来ぬ。お前はまだまだほやほやだから、十分の教理も聞いて 居やせまい』 田吾作『私は郷里を立って来たところですが、何と妙なことをおっしゃいますな』 婆『ハハハハハ、お前は余っ程無学者と見えるわい、【けうり】と云ふことは【故郷】 の意味ぢゃない、三五教の筋《すぢ》はどうだと問ふのだ』 田吾作『つい、きょりきょりして居ましたので筋《すぢ》も何も分りませぬ』 婆『アアそうだらうそうだらう、筋が分ったら阿呆らしうて三五教に居れたものぢゃな い。筋が分らぬのが結構だ。サアこれからここで百日ばかり無言の行をして、その上言 霊を開いて、バラモン教の宣伝使になるのだよ。お前、ここへ来る道に沢山の家があっ たらうがな、みな無言の行がさしてあるのだ』 田吾作『あのままものが言へなくなるのぢゃないのですか、どうやら聾《つんぼ》のや うですが』 婆『聾《つんぼ》は尚更結構だ。モ一つ荒行をすれば目も見えぬやうになってしまふ。 だけれど目だけは退《の》けておかぬと、不自由だと思って大目に見てあるのだ。百日 の行をしてよいものもある、十日でよいものもある、修業さへ出来たら口も利けるやう に、耳も聞こえるやうにチャンとしてあるのだ』 田吾作『婆アサン、そりあ無言の行ぢゃない、云はれぬから云はぬのだらう、云へる口 を持って居って云はぬやうにし、聞こえる耳を持って居て聞かぬやうにして居るのなら、 行にもならうが、しようことなしに云はざる聞かざるはあまり行にもならないぢゃない か』 婆『そんな理屈を云ふものぢゃない、信仰の道には理屈は禁物だ。人間の分際として、 さうガラガラと鈴の化物のやうに小理屈を云ふものぢゃないわい』 田吾作『ヘエ』 と首を傾ける。 宗彦『私は三五教の宣伝使です。今宣伝使と云って居った男はまだ卵ですから、何を云 ふか分りませぬ』 婆『アアさうだらうと思った。何だか間拍子《まべうし》の抜けた理屈を捏《こ》ねる 人だ。人間も大悟徹底すると、神様の広大無辺の御威徳が分って、何とも云はれぬやう になってしまうて黙って居て改心するやうになるものぢゃ、さすがにお前は偉い、最前 から婆の云ふことを耳を傾けて聞きなさった。偉いものだ、言葉多ければ品《しな》少 《すくな》し、空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、ガラガラドンドン云ふ男 に限り、智慧もなければ信仰も無いものだ。お前は三五教の宣伝使なら、あの青彦、紫 姫《むらさきひめ》、常彦《つねひこ》、亀彦、悦子姫《よしこひめ》と云ふ没分暁漢 《わからずや》を知って居るだらうなア』 宗彦『イエイエ私達三人は、宇都山村《うづやまむら》の者で御座いまして、ただ一度 聖地へ参り、しばらく修業を致しましたが、そんなお方にはお目にかかったことも御座 いませぬ、どこか宣伝に回って御座るのでせう』 婆『どうぢゃ、お前も三五教を止めて、私の弟子になったら』 宗彦『有り難う御座いますが、各自《めいめい》に自分の宗旨は良く見えるものです。 私は貴女《あなた》に改心をして貰って、三五教に帰順して頂かうと思ひ、遥々《はる ばる》と参ったのですよ。どうです、私の云ふことを一通りお聞き下さって、その上で 入信なさったら』 婆『アア、いやいや誰人《だれ》が三五教のやうな馬鹿な教《をしへ》には入る奴があ るものか、改心をしてくれなんて、そりゃお前、何を云ふのだい。これほど澄み切った 塵《ちり》一つない御霊《みたま》の鬼婆だ、改心があってたまるものか、改心するの はお前らのことだ』 宗彦は拍手し、天津祝詞《あまつのりと》を奏上し初める。婆は驚いて、 『コレコレ皆様、祝詞も結構だが折角|拵《こしら》へた蛙の御飯、お気に入らねば食 べて貰はいでもよいが、せめて神様に供へたのだから、御神酒《おみき》とお茶をお食 《あが》り下さい、それでゆっくりとお祝詞を上げなさい。わしも一緒に上げさせて頂 くから』 と無理に引き留める。 宗彦『弁当はここにパンを所持して居ますからお茶を下さいませ』 婆『お神酒は好きだらう、自然薯《じねんぢょ》で醸造《こしら》へた美味《おいし》 い酒がある。一つあがったらどうだな』 宗彦『イヤ、茶さへ頂けば結構です』 田吾作『婆アさま、論戦は一先《ひとま》づ中止して、そんなら暖かいお茶をよんで下 さい、今晩ゆっくりと言霊戦《ことたません》を負けず劣らず開始しませう。そして負 けた方が従ふと云ふことに致しませうか』 婆『アア面白からう面白からう、そんならさう致しませう。バラモン教の神様は、御神 徳が強いから、うっかり御無礼なことを云はうものなら罰が当たって口が利けなくなる から、心得て物を云ひなさいや。アアどれどれ手づからお茶を温めてあげよう』 と次の間に立って行く。しばらくあって婆アは土瓶に茶を沸騰《たぎ》らせ、 婆『サアサア茶が沸いた、皆さま沢山《どっさり》呑んで下さい、これも婆の寸志《こ ころざし》だ。バラモン教だって、三五教だって、神と云ふ字に二つはない。互ひに手 を引合うて御神徳のある神様の方へ帰順するのだな。この婆も都合によっては三五教に 帰順せぬものでもない、オホホホホ』 三人は何の気も付かず、婆の注いだ茶を呑んではパンを食ひ、呑んでは食ひ、喉《の ど》が乾いたと見えて土瓶《どびん》に一杯の茶を残らず平らげてしまった。 三人はにはかに息苦しくなり、言語を発せむとすれども、一言も発することが出来な くなった。三人は顔を見合せ、アアアアとア声の連発をやって居る。 婆『アハハハハ……よいけれまたもあればあるものだ。とうとう婆の計略にかかりよっ た。口も利けず、耳も聞こえず、憐れなものだ。お玉を首尾よく手に入れ、また三五教 の宣伝使や卵を三人収穫した。いかに頑強な三五教でも、玉照姫の親を取られ、また大 切な宣伝使を取られ、黙って居ることは出来まい。きっと謝罪《あやま》って返して貰 ひに来るのだらう。その時には玉照姫と玉照彦とをこちらへ受け取り、その上に返して やったらよいのだ。しかしながら玉照姫が黄金なら、こいつは洋銀くらゐなものだから 先方《むかう》もこれくらゐでは往生致すまい。マア時節を待って鼠《ねずみ》が餅を ひくやうに二人三人と引っ張り込むみ、往生づくめでたとへ玉照彦だけでもこちらのも のにしたいものだ。鬼雲彦《おにくもひこ》の大将は脆《もろ》くも波斯《フサ》の国 に泡食って逃げ帰ってしまはれた。しかしながらわしは女の一心岩でも突き貫《ぬ》く のだ。ここでかうして時節を待ち、大江山《おほえやま》、鬼ケ城《おにがじゃう》を 回復し、三五教の錦の宮も往生させて、バラモン教としてしまふ蜈蚣姫の計略は旨々《 うまうま》と端緒が開けかけた。アア有り難いことだ。一つここでお玉に酌《しゃく》 でもさして酒でも飲まうかい、そして三人を肴《さかな》にしてやらうかい。これこれ お玉、お酒だよ。これほど呼んで居るに何故返事をせぬのか、オオさうさう、耳の聾《 つんぼ》になる薬を呑ましておいた。聞こえぬも無理はない。ついわしもあまり嬉しく て、精神車《せいしんしゃ》がどこかに脱線したと見える、オホホホホ』 と独言《ひとりごと》を云ひながら笑壺《ゑつぼ》に入《い》って居る。三人は無念の 歯噛《はが》みをなし、躍り上がって破れかぶれ、婆を叩き伸めしてやらうと心に定《 き》めて見たが、どうしたものか体がビクとも動けなくなって居る。言霊を応用するに も肝腎の発生器の油が切れて、かつ筒口《つつぐち》が閉塞して居るのだから、如何《 いかん》ともすることが出来ず、口は自然に紐《ひも》が解《ほ》どけて、頤《あご》 と一緒に垂れ下がり、ポカンと開いて来る。三人は一度に涎《よだれ》をタラタラ流し、 顔を見合せ、首を振り、アアアアとわづかに声を発するばかりであった。 婆は愉快げに安坐《あぐら》をかき、長い煙管《きせる》で煙草を燻《くす》べ、酒 を呑み、 婆『オイこりゃ、阿呆宣伝使、俺の智慧はこんなものだぞ。蜘蛛が巣をかけて待って居 るところへ茅蝉《ひぐらし》が飛んで来て引っかかるやうなものだ、動くなら動いて見 い、言霊が使へるなら使って見い、耳も聞こえまい』 と長煙管《ながぎせる》の雁首《がんくび》で耳の穴をグッと突いて見る。宗彦は耳の 穴を突かれてカッと怒り出した。されどどうすることも出来ぬ。こんどは婆は煙草の吸 殻を宗彦の口の中にフッと吹いて放り込み、 婆『熱からう、そりゃちっと熱い、火だからのう。おまけにえぐいだらう、えぐいのは ズだ。煙草のズに、えぐい婆の御馳走だから、ついでにこの酒も飲ましてやろか。イヤ イヤ待て待てこいつを飲ましてやると、わしの飲むのがそれだけ減る道理ぢゃ、マアマ アかうして二ケ月も三ケ月も固めておけば大丈夫だ、若い奴が二三日したら大江山の方 から帰って来るだらうから、その時この生木像《なまもくざう》を穴庫《あなぐら》へ でも格納さしてもよいわい、マアマアそれまでは頭を叩いたり、耳に煙管《きせる》を 突っ込んだりして、バラモン教の御規則通りの修業をさしてやるのだ。なんと心地よい ことだ。これで八岐《やまた》の大蛇《をろち》さまもさぞ御満足だらう。嗚呼《ああ 》大蛇大明神様《をろちだいみゃうじんさま》、喜びたまへ勇みたまへ。婆の腕前はこ の通りで御座います、どうぞこの手柄により、鬼熊別《おにくまわけ》の失敗の罪を赦 して下さいませ。天にも地にも無い私の夫、神様の御用を縮尻《しくじ》って、死んで 神罰をかうむり、地獄の釜の焦起《こげおこ》しにせられるのも女房として見て居られ ませぬ、どうぞ私と一緒に、今ぢゃ御座いませぬが、命数《めいすう》の尽きた時は天 国にやって下さい。南無八岐大蛇大明神様《なむやまたをろちだいみゃうじんさま》、 ハズバンドの罪を許したまへ、払ひたまへ、清めたまへ、金毛九尾《きんまうきうび》 の命《みこと》』 と祈願して居る。このとき岩窟の口より、声も涼しく宣伝歌を謡ひ来る男があった。 男『神が表に現れて 善と悪とを立て分ける この世を造りし神直日《かむなほひ》 心も広き大直日《おほなほひ》 ただ何事も人の世は 直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す 三五教の神の教《のり》 綾の聖地に現《あ》れませる 言依別命《ことよりわけのみこと》もて 三国ケ岳《みくにがだけ》の曲津見《まがつみ》を 言向《ことむ》け和《やは》すそのために 三五教の宗彦が 宇都《うづ》の里をば後にして 足に任せてテクテクと これの岩窟《いはや》に来て見れば 悪にかけては抜け目なき 鬼熊別《おにくまわけ》が宿の妻 顔色黒き蜈蚣姫《むかでひめ》 小智慧の回る中年増《ちうとしま》 この岩窟《いはやど》に陣取りて 四方《よも》の人々|欺《あざむ》きつ 赤子の声を聞きつけて 十里 二十里 三十里 遠き道をば厭《いと》ひなく 手下の魔神《まがみ》を配りおき この岩窟に連れ帰り 朝な夕なにさいなみて 悪の限りを尽くしつつ 日に夜に酒に酔ひ狂ふ 宗彦、田吾作、原彦は 婆が引き出す口車《くちぐるま》 知らず識《し》らずに乗せられて 毒茶をどっさり飲みまはし 口も利かねば耳利かず 五体すくみて一寸《いっすん》も 動きの取れぬ破目となり 眼ばかりきょろきょろきょろつかせ その上ポカンと口あけて 涎《よだれ》を流しアアアアと 鳴りも合はざる言霊を 連発するこそいとしけれ 天《あめ》の真浦《まうら》の神司《かむづかさ》 この留公《とめこう》の腹を知り 肝腎要《かんじんかなめ》の神策を そっと知らして下さった 宗彦、原彦、田吾作は 知らず識らずに魔が神の 罠に陥り今日の態《ざま》 助けてやらねば三五《あななひ》の 神の教《をしへ》が立ち兼ねる サアこれからは留公が 神に貰うた言霊の 御稜威《みいづ》をかりて三人の 危難を救ひ玉照《たまてる》の 姫の命《みこと》を生みませる お玉の方《かた》を救ひ出し 鬼のお婆を言向けて この岩窟《いはやど》を改良し 三五教の皇神《すめかみ》の 御霊《みたま》を斎《いつき》祀りつつ ミロクの御代の魁《さきがけ》を 仕へまつらむ頼もしさ 嗚呼《ああ》惟神《かむながら》々々 御霊《みたま》幸倍《さちはへ》ましませよ』 と謡ひつつ三人が前に現れ来たる。婆は身体|竦《すく》み、身動きならず、目をぱち つかせ苦しみ居る。この時、岩窟の奥の方より涼しき女の声、 『神が表に現れて 善と悪とを立て別けて 誡《いまし》め給ふ時は来《き》ぬ 四継王《よつわう》の山の聖麓に 錦《にしき》の宮と仕へたる 玉照姫の生みの母 お玉の方は妾《わらは》なり 桶伏山《をけふせやま》に隠されし 珍《うづ》の宝を奪ひ取り 逃げ行く姿を見るよりも 妾《わらは》は驚き身を忘れ 跡《あと》を追ひかけ山坂を 駆ける折しも木影より 現《あらは》れ出でたる曲神《まがかみ》の 手下の奴に見つけられ 手足を縛りいろいろと 苦しき笞《しもと》を受けながら 憂《うき》をみくにの山の上 この岩窟に押し込まれ 蜈蚣《むかで》の姫てふ鬼婆に 茶を勧《すす》められ一時《いっとき》は 息塞がりて言霊の 車も回らぬ苦しさに 朝な夕なに三五《あななひ》の 神の御前《みまへ》に黙祷し 居たるにたちまち喉《のど》開き 胸は涼しく晴れ渡る されど妾《わらは》は慎みて ただ一言《ひとこと》も言挙《ことあ》げを なさず唖《おし》をば装ひつ 珍《うづ》の宝の所在《ありか》をば 今まで探り居たりしぞ 神の恵の幸ひて いよいよここに宗彦が 言依別《ことよりわけ》のみことのり 身に受けまして出でたまひ 顔を合はせて居ながらも 一面識もなき故か 悟り給はずわが配る 眼《まなこ》に心|留《と》めまさず やみやみ毒茶を飲み玉ふ その様見たる我が心 剣を呑むよりつらかりし ああ惟神《かむながら》々々 神はこの世に在《ま》さずやと 女心の愚かにも 愚痴の繰事《くりごと》繰り返す 時しもあれや表より 涼しく聞こえし宣伝歌 耳をすまして伺へば 三五教の教《のり》の声 地獄で仏に遇ひしごと 心いそいそ今ここに 現れ来たるお玉こそ 天《あま》の岩戸も一時《いっとき》に 開くばかりの嬉しさよ ああ惟神々々 御霊《みたま》幸倍《さちはへ》ましまして 宗彦、田吾作、原彦の 病を癒やし給へかし 悩みを助け給へかし』 と歌ひつつこの場に現れたり。不思議や三人はにはかに身体自由となり、耳も聞こえ、 口も縦横|無碍《むげ》に動き出した。 田吾作『イヤ、留公さま、よう来てくれた。もう一足《ひとあし》早ければこんな目に 遇ふのだ無かったに、しかしながら最前途中で見たお女中さまが、今聞けば玉照姫さま の御生母と云ふことだ、何とマア神様の御経綸は分らぬものですなア』 お玉『皆さま、良いところへ来て下さいまして結構で御座いました。実はこの婆アの手 下の者共が、ミロク神政成就の御宝を、桶伏山《をけふせやま》から盗み出し、この岩 窟に秘蔵して居たのを、今朝になって所在《ありか》を知り、何とかして逃げ出さうと 思って居たのですが、婆アの監視が酷《きつ》いので、どうすることも出来ず、誰人《 たれ》か助太刀に来て下さったらと思うて居た矢先、貴方のお出で、こんな結構なこと はありませぬ。サア一時も早くこのお宝を持って聖地へ帰りませう』 と後は嬉し涙に声さへ曇る。 宗彦『アアさうで御座いましたか、私は言依別命《ことよりわけのみこと》様より、是 非とも三国ケ岳へ行って来いと仰せられて、魔神《まがみ》を征服せむと出て来たので す。貴方がここに囚はれて御座ることも、今の今まで夢にも知らなかった。サアこれか らこの婆アを言向《ことむ》け和《や》はし、ゆるゆると凱旋致しませう』 お玉『到底婆アには改心の望みはありませぬ、自分からかうして霊縛《れいばく》にか かって居るのですから、これを幸ひに皆さん聖地へ帰りませう。このお宝は厳重に封を しておきました、私が捧持して帰ります。前後を警固して下さい。この婆アは半日ばか り霊縛の解けないやうに願ひおけば、追ひかけて来る気遣ひもありませぬ。五六十人の 手下の荒くれ男が、今日に限って、何《いづ》れも遠方へ出稼ぎに行った留守の間《ま 》、これ全く天の恵みたまふ時でせう。サアサア長居はおそれ』 とお玉の方《かた》は帰綾《きれう》を促す。 宗彦を先頭にお玉、田吾作、留公、原彦と云ふ順序で、宣伝歌を高く謡ひ、四辺《あ たり》の木魂《こだま》に響かせながら、聖地を指して目出度く凱旋することとはなり ける。 岩窟の中には進退自由を失った婆アただ一人、谷の彼方《かなた》には淋しげに閑古 鳥《かんこどり》が鳴いて居る。 (大正11年5月14日 旧4月18日 加藤明子録) -------------------- (757)に続く http://onisavulo.web.fc2.com/


