2009/05/23
霊界物語をメールで配信!(755)
霊界物語をメールで配信!第20巻(755) -------------------- ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■第10章 山中《さんちう》の怪〔672〕 ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 田吾作『朝日は光る月は照る 武志《たけし》の森の小夜砧《さよきぬた》 宇都山郷《うづやまがう》を立ち出でて 三五教《あななひけう》の宣伝使 神のまにまに宗彦《むねひこ》が 後に随《したが》ひ来て見れば 誠明石《まことあかし》の山道は たちまち霧に塞がりて 不動の滝も雲隠れ 一歩《ひとあし》二歩《ふたあし》探り寄り 水音《みなおと》合図に留公《とめこう》が 留めるも聞かず真裸体《まっぱだか》 蛙《かはづ》の面《つら》に水行を ザワザワザワと浴びながら 手早く衣類を肩にかけ 霧押しわけて山頂に 上って四方《よも》を眺むれば 丹波名物霧の海 あちらこちらにポコポコと 山の頂き浮き出でて さながら絵を見る如くなる 景色に名残りを惜しみつつ 歩みの下手な留公を 抱へるやうに可愛《いたは》りつ 明石の里も乗り越えて 道の傍《かたへ》の一つ家《や》に 病に悩む原彦が 身の禍《わざはひ》をとり除《の》けて ここにいよいよ四人連れ 宗彦司《むねひこつかさ》の後を追ひ 山国川《やまくにがは》の一つ橋 渡る折しも川下に ザンブと立ちし水煙 ただ事ならじと田吾作が 脚を速めて川の辺《べ》に 駆《は》せつけ見ればこはいかに 雪を欺《あざむ》く白い顔 優しき細き手を上げて 流れの中に立岩《たちいは》の 陰に潜みて声限り 救けを叫ぶ真最中 見るに見かねて田吾作が 仁慈《みろく》の心を発揮して わが身を忘れ飛び込めば 川に落ちたる妙齢の 美人と見えしは大江山《おほえやま》 鬼の身魂《みたま》の再来か 青い角《つの》をば額上《がくじゃう》に ニュッと生やして目を剥いて 鰐口《わにぐち》開きカラカラと 笑うてけつかる厭《いや》らしさ 波に揉まれた田吾作も 進退ここに谷《きは》まりて 溺死をするかと思ふほど 息も苦しくなった時 何だか知らぬが妙な声 聞こえ来たるとみるうちに 裸体《はだか》になった俺の身は 巌《いはほ》の上に衝《つ》っ立ちぬ 人三化七《にんさんばけしち》鬼娘《おにむすめ》 悪魔の奴がにらみ居る コリャたまらぬと気を焦《いら》ち 宗彦さまや留公を 声を限りに招けども 臆病風に襲はれた いの一番に宣伝使 宗彦さまを始めとし 留公、原彦、両人は 青い顔して慄《ふる》へゐる エーもう駄目だもう駄目だ こんな卑怯な腰抜けを 力にするのが間違ひよ モーこの上は是非もない 地獄の釜のド天井 一足飛《いっそくと》びに飛ぶ心地 川へザンブと踊り入《い》り 鬼の娘の肩をとり 心中しようか待てしばし たった一つのこの生命《いのち》 死ぬのはチット早かろと 日頃手練の游泳術 悠々騒がず急流を 渡って岸に駆け上がり 後振り返り眺むれば 鬼の娘にあらずして 見るも怖ろし大蛇《をろち》の姿 アア欺《だま》された欺された 俺は夢でも見て居たか 頬を抓《つめ》って調ぶれば やっぱり頬はピリピリと 微《かすか》に苦痛を訴へる 水はどうだと手に掬《すく》ひ 嘗《な》めて見たればやっぱり水 瑞《みづ》の身魂《みたま》の御守護《おんしゅご》は 清く涼しくこの通り 俺は結構な修業した 筑紫の日向《ひむか》の立花《たちはな》の 小戸《をど》の青木ケ原《あをきがはら》に降《お》り 上《かみ》の流れは瀬が速い 下《しも》の流れは瀬が弱い 瑞の身魂や三栗《みつぐり》の 中瀬に下りて心地よく 禊ぎ祓ひの神業《かむわざ》を 首尾|克《よ》く了《を》へて三人が 茫然自失の為体《ていたらく》 アフンとして居るその前に ニュッと現れオイ留公 原彦、何をして居るか ちっとはしっかりしてくれと 癪《しゃく》に障《さは》って横面《よこづら》を ポカリとやって見た所 神力《しんりき》こもる鉄腕に 一堪《ひとたま》りもなく顛倒し 風に木の葉の散るやうに さしもに広い大川を 毬《まり》を中空《ちうくう》に投げし如《ごと》 二人の奴は飛び散った それより宗彦宣伝使 田吾作さまの神力《しんりき》に 肝《きも》を潰して今までの 態度はたちまち一変し 心の底から我《が》を折って 田吾作さまを様付けに 言霊《ことたま》変へた可笑《をか》しさよ 丸木の橋を後にして 旗鼓《きこ》堂々と来て見れば 錦《にしき》の衣を纏《まと》ひたる 山姫さまが左右より 化粧を凝らして田吾作を ちょっと待ってと呼び止める 三国ケ嶽《みくにがだけ》の曲神《まがかみ》を 征伐道中のこの身体《からだ》 お門《かど》が広いサア放せ 花瀬の里を後にして 谷を飛び越え岩伝ひ やうやう三国《みくに》の山麓に 辿《たど》りついたる折もあれ 留公の態度は一変し そろそろ弱音を吹きかける コリャ面白い面白い きっとあいつのことならば 奇抜な芝居を打つであろ 勝手にせよと突きやれば 留公の奴は喜んで 尻ひっからげスタスタと 今来し道を下り行く 後に残った三人は 激湍飛沫|轟々《ぐわうぐわう》と 音|喧《かしま》しき谷川の 辺《ほと》りを伝ひわけ登る 川を隔てて四五人の 得体の知れぬ老若が 熊の皮やら猪《しし》の皮 襷《たすき》十字にあやどって 木々の梢に干しながら 残った熊の生皮《なまかは》を 谷の流れに浸しつつ 物をも言はず洗ひ居る 一行の中の周章者《あわてもの》 腹の腐った原彦が 欲に恍《とぼ》けてザブザブと 生命《いのち》を的の谷渡り 見るより五人の老若は この勢ひに辟易《へきえき》し 物をも言はず手真似して 雲を霞と遁《に》げて行く 続いて宗彦宣伝使 またもや谷を打ち渡り 欲に限り無き熊鷹《くまたか》の 面《つら》の皮剥ぎヌースー式 遺るくまなく発揮して 矛《ほこ》も交へぬ戦利品 鼻高々とうごめかし 不言実行としゃれながら 田吾作さんが捕獲した 濡れた皮をば汗かいて 絞ってくれた殊勝さよ 迷うた路を踏み直し 小柴をわけてテクテクと 胸つき坂を這ひ上がる たちまちここに三人の 童子の姿現れて 泣き出す笑ふまた怒る 七尺有余の荒男《あらをとこ》 三尺足らずの幼児《をさなご》に 叱り飛ばされ散々に 油の汗を搾《しぼ》られて 謝り入った不甲斐なさ 童子の姿はたちまちに 煙と消えたその後に 耳の鼓膜を破りつつ 伝はり来たる怪声に 三国ケ嶽《みくにがだけ》の大秘密 探る手段《てだて》とならうかと 怖気《おぢけ》づいたる両人を 後に残して田吾作が 小柴押しわけ怪声を 辿り辿りて千仭《せんじん》の 谷の傍《かたへ》に来て見れば 木伝《こづた》ふ猿《ましら》の叫び声 案に相違の自棄腹《やけっぱら》 スゴスゴ帰って両人を わが言霊に脅かし 面白|可笑《をか》しく上り行く やがては名高き鬼婆の 岩窟《いはや》の棲処《すみか》も見えるだろ 神の賜《たま》ひし言霊の 伊吹の狭霧を極端に 神力強い田吾作が イの一番に発射して 高天原《たかあまはら》の蓮華台 錦の宮の御前《おんまへ》に 功《いさを》を建つるは目《ま》の当たり アア勇ましや勇ましや これから乃公《わし》が司令官 宗彦さまよ原彦よ 互ひに胸を打ち開けて 腹を合はして田吾作が 指揮命令を遵奉し 蜈蚣《むかで》の姫の成れの果て 人を取り喰ふ鬼婆や それに随《したが》ふ曲神《まがかみ》を 一泡吹かせ三五《あななひ》の 教《をしへ》の道に救はむは 今|目《ま》の当たり見る様だ アア面白い面白い 神が表に現れて 善と悪とを立別ける 田吾作ここに現れて 神と鬼とを立別けて この世を造りし皇神《すめかみ》の 貴《うづ》の御前《みまへ》に復命《かへりごと》 申すもあまり遠からず 来たれよ来たれいざ来たれ 敵は幾万ありとても 怖るるなかれ怖るるな 神は汝と倶《とも》にあり 神はわが身に宿ります アア惟神《かむながら》々々 御霊《みたま》幸《さち》はひましませよ』 と呂律《ろれつ》も回らぬ口から出任せの歌を謡ひ、田吾作は勢ひ鋭く、山上目がけて 進み行く。幼《いとけ》なき赤児に乳をふくませながら下り来る妙齢の美人ただ一人、 やや面部に憂愁の色を浮かべながら、灌木《くわんぼく》の茂みより浮いたやうに現れ た。 田吾作『ヤア山姫《やまひめ》の奴、俺の円満清朗なる言霊に感動し居って、感謝の意 を表するために現れたのだな。コレハコレハ山上の御婦人、山の神様、出迎ひ大儀でご ざる』 女『オホホホホ』 田吾作『コリャ山女《やまをんな》、俺を誰だと心得て居る。七尺の男子が物申して居 るのに、無礼千万にもわれわれを冷笑いたすとは怪しからぬ代物だ。汝は何といふ魔神 《まがみ》であるか。あり体《てい》に申し上げろ。愚図々々致せばこの鉄腕が承知を 致さぬぞ』 女『オホホホホ』 赤児『フギア フギア フギア』 田吾作『宗彦さま、原彦さま、チット加勢して下さらぬか。随分怪しい代物ですがなア』 宗彦『最前からお前の歌を聞いて居れば、随分豪勢なものだった。何事も自分でなけれ ば出来ないやうな業託《ごふたく》を列《なら》べたぢゃないか』 田吾作『業託は業託としてこの際|一臂《いっぴ》の補助を願はねば、言霊会社も経営 難に陥り、破産の運命に瀕するかも分りませぬ。どうぞ嘘八百株ほど持って下さらぬか。 さうして原彦さまには代言《だいげん》三百株ほど御願ひします』 宗彦『アハハハハ』 原彦『ウフフフフ』 女『オホホホホ』 赤児『フギア フギア フギア』 田吾作『エー貴様らは泣いたり、笑うたり人を馬鹿にするのか。貴様が泣き笑ひで責め るなら俺は怒りの言霊だ。【おこり】といふものは間歇性《かんけつせい》の病気で、 隔日に来るものだが、俺は毎日毎晩【確実】に責めてやるから、左様思へ』 女『オホホホホ』 赤児『フギア フギア フギア』 田吾作『エーまた泣いたり笑ったり、この結構な神国《しんこく》に生まれて、泣いた り笑ったりする奴があるか。謹《つつし》み畏《かしこ》み真面目になって御神恩を感 謝せぬかい』 宗彦『モシモシ御女中、かやうなところに赤ん坊を抱いて現れ給うたのは、何《いづ》 れの神様でございますか。どうぞ御名《みな》を名告《なの》り下さいませ』 田吾作『エー宗彦の宣伝使、何を恍《とぼ》けてござるのだ。こいつは三国ケ嶽《みく にがだけ》の古狐だ。古狐に御丁寧な敬ひ言葉を使ふといふことがありますか。大方眉 毛を読まれてしまったのでせう。アア御用心御用心』 と言ひつつしきりに眉に唾《つばき》を指尖《ゆびさき》で発送してゐる。 田吾作『アー留公《とめこう》はかねての計画を忘れ居ったか。なんぼ待って居っても 現れてはくれず、力に思ふ宣伝使は狐につままれる。何ほど智謀絶倫の俺でも、マア二 人の気違ひを看病しながら敵地に進むことは出来ない。誰か出て来てこの足手纏《あし てまと》ひの気違ひを引き留めてくれるものがあるまいかなア。近くに癲狂院《てんき ゃうゐん》があれば入院させたいものだが、深山《しんざん》のこととて、仰天院《ぎ ゃうてんゐん》ばかりで精神病院らしいものも無し、どうしたらよからう。無線電話を かけて言依別《ことよりわけ》様の応援を願ふ訳にも行かず、アア困った破目になった ものだ。イヤア待て待て、これから無言霊話《むげんれいわ》をかけて留公を呼んでや らう』 女は大きな臀《しり》をクレッと捲《まく》って見せた。熊のやうな真っ黒の毛を一 面に生やし、見る見るうちに上半身は純白となり、後半身は純黒の獣となってガサリガ サリと歩み出し、三間ほど行ってはギョロッと後ろを向き、また三間ほど行ってはギロ リッと振り向き、幾十回とも無く繰り返しながら山上目がけて登り行く。 田吾作『どうですか、宗彦さま、原彦さま、天眼通《てんがんつう》もここまで応用出 来れば結構なものでせう。無言霊話《むげんれいわ》を高天原《たかあまはら》へかけ たところ、たちまち数万の神軍ここに現れ給ひしその御威勢に怖れ、さしもに兇暴なる 曲神《まがかみ》も、目も身体《からだ》も白黒させて正体を露《あら》はし遁《に》 げて行ったでせう。これでも田吾作が命令を聞きませぬか』 宗彦『それは、まぐれ当たりだよ。お前は未だ宣伝使の肩書がないのだから、何と云っ ても表面《おもて》に通らない。腐っても鯛《たひ》だ、名は実《じつ》の主《しゅ》 だからやっぱり宣伝使と云ふ名に怖れて、悪魔が正体を露はしたのだ。いかに悪魔だっ て名も無き奴らに降伏するものか、無名の人物に降伏するやうなことでは、悪魔の体面 に関するからなア』 田吾作『アハハハハ、ようおっしゃいますワイ、宣伝使のレッテル一枚くらゐを金城鉄 壁《きんじゃうてっぺき》と頼んで、何事もそれでやって行かうと云ふのは実に無謀だ、 無恥だ、依頼心を極端に発揮したものだなア。宣伝使なんかは地の高天原から紙一枚下 って来たが最後、直ぐに首落《くびお》ちになるのだからなア。 宗彦 一、この度の三国ケ嶽の言向戦《ことむけせん》に不都合の廉《かど》有之《これある 》をもって、評議の上その職を免ずべきものなり。 言依別命《ことよりわけのみこと》 とこれだけだ。あんまり肩書を力にして貰ふまいかい。それよりも腹の中の第一鬼《だ いいちおに》を征服し、本守護神即ち天人の御発動を御祈願するのが一等だ』 宗彦『よう小理屈を囀《さへづ》る男だなア。わしも妹の婿《むこ》に百舌鳥《もず》 や燕を持ったかと思へば残念だワイ、アハハハハ』 原彦『モシモシ貴方がたは義理の兄弟ぢゃありませぬか、みっともない、喧嘩はおよし なさいませ。兄弟《けいてい》墻《かき》に鬩《せめ》ぐともほかその侮《あなど》り を防ぐと云ふことぢゃありませぬか。喧嘩したければ家へ帰って、いくらでも御やりな さい。ここは敵前|否《いな》敵の領地へ入って来て居るのですからなア』 田吾作『敵地は敵地、喧嘩は喧嘩、兄弟は兄弟と区別を立てねば、国政整理上都合が悪 い。何もかもゴモク飯のやうに混同されては、社会の秩序が紊《みだ》れてしまふ。総 て分業的になって来た文明の世の中だ。兄弟は他人の始まりと云ふことがあるが、わし の兄弟は一種特別だ、他人は兄弟の始まりとなったのだからなア、アハハハハ』 宗彦『もういい加減に猫じゃれの様な喧嘩はやめようかい。花ばっかり咲かして居る山 吹では仕方がない。サアこれからが戦場だ』 原彦は心配相な顔をして、 原彦『田吾作さま、あの通り宣伝使がおっしゃるのだから、お前も今しばらく沈黙して 下さい。最前からやかましうおっしゃったあの不言実行とやらを、どこへ落としなさっ たのか』 田吾作『目下熟考中だ。さうやかましう云ってくれない。なんぼ、普賢菩薩《ふげんぼ さつ》の俺でも、にはかにさう奇智名案が湧くものではない。今心の畑に智慧の種子《 たね》を蒔いたところだから、せめて十日や二十日待ってくれないと、蕪《かぶら》と も菜種とも見当がつかぬわい。アハハハハ』 と他愛も無く笑ひながら、大木の根に腰をかけて横臥する。四辺|暗澹《あんたん》と して天日《てんじつ》を没し、闇の帳《とばり》は固く閉《とざ》された。深山《しん ざん》の常として猛獣の吼《たけ》り狂ふ声、天狗の木を捻ぢ折るが如き怪しの物音、 間断無く聞こえて来る。原彦はこの物凄き声に肝を奪はれ、声をも立て得ずビリビリと 慄ひ上がり、田吾作の袖を確《しっか》と握り小声にて、 原彦『オイ田吾作、コリャどうなるのだらう。随分気分が悪いことはエーないぢゃない か』 田吾作『そうだ、あまり気分がよくないことはないわい。しかしわれわれの小宇宙に変 動を来たし、震災の厄《やく》に見舞はれて居る所だなア』 原彦『さう高い声で言ってくれな。宣伝使が目を開けて聞かれたら態《ざま》が悪いワ』 田吾作『態《ざま》が悪いなんて、よう吐《ぬか》すなア。貴様の旧悪はみんな宣伝使 の前で、うつつになってしゃべったのだから、今になってそんなテレ隠しをしたって駄 目だよ。随分昔は悪人だったなア。俺が愛宕山を越えて結構な黄色《わうしょく》の宝 玉を懐に持ち、保津《ほづ》の里までやって来ると、森陰から頬被《ほうかむ》りをし てヌーと現れた奴は誰だったいのー。随分|彼処《あこ》もここも劣らぬ凄い所だった ねー。さうして何々とか云ふ腹の悪い男が俺の玉を嗅《かぎ》つけ、腹をペコペコ、鼻 をピコピコ、ハラハラヒコヒコさせながら現れて来やがって「モーシモーシ旅の御方《 おかた》、私はこの辺の猟人《かりうど》でございます。最前からの雨に火縄も湿り、 困難を致して居りますれば、どうぞ提灯の火を御貸し下さいませ」と出て来居ったのだ。 さうすると田吾作と云ふ旅人が「ハテ心得ぬ、この淋しき山道の、しかも森林の中より 狩人が現れるとは合点が行かぬ。昼ならばともかく、夜分に猪が目につくはずはない。 こんな不合理なことを言ふ奴は、確かに猪《しし》の猟夫《れふし》ではなからう。懐 《ふところ》の我が玉を猟する曲者《くせもの》か、但しは追ひ剥ぎか」とさすがの奇 智神謀に富んだ旅人はやや躊躇の態であった』 原彦『オイオイそんなことを言ふものぢゃない。もうよい加減にやめてくれ』 田吾作『マアいいぢゃないか。この夜の長いのに、ちっと言はしてくれ、口に虫が湧く わい。エーちょっと五分間休息を致しました。お客様方、御待たせをして済みませぬ。 これから前段の引き続きを一席講演致しまして御高聞《ごかうぶん》に達します』 原彦『さう昔のことを思ひ出し、心気《しんき》昂奮させた所が仕方がないぢゃないか。 もうよい加減にやめて欲しいものだなア』 田吾作『俺のは天下の公憤だよ。決してお前に対して私憤を洩らすのぢゃない。またお 前と俺との話でも何でも無い。過ぎし昔の夢物語で、決して俺の腹も原彦も悪いのぢゃ ない。お前はこんなことを聞くと、むかついて宗彦が悪くなるだらうが、これも時の回 り合はせだ。忍耐は幸福の基《もと》だから、忍耐をして面白い話を聞くのだよ。…… 時しもあれや怪しき何者かの足音がする。よくよく見れば一頭の手負ひ猪《じし》だ。 猟夫《れふし》と名乗った男はたちまち肝《きも》を潰し、キャッと声を立て旅人の身 体《からだ》にしがみついた。旅人は心の中に思ふやう。四つ足の一匹くらゐに胆を潰 すやうな奴だから、まさか悪人ではあるまいと哀憐の情が勃然として、心中に萌芽し… …』 原彦『そんなむづかしいことを云って、解るものかい』 田吾作『解らぬのは有り難いのだぞ。坊主のお経だって、ダダブダ ダダブダと拍子の 抜けた声でずるずるべったりに棒読みにするから、人間に解らぬから有り難いやうなも のだ。お経といふものは不可解なのが調法なのだ。俺のも少し和讃《わさん》じみて居 るが、これでも新奇流行のアホダラ経を聞くと思うて聞いて見よ。随分利益があるぞ。 第一怖ろしいと云ふ観念を忘れ、夜が長いと云ふ苦しみをその間だけなっと救はれるの だ。このくらゐ現当利益の御陰はありませぬ。しかしこの内《うち》に一人くらゐは耳 に応《こた》へる優婆塞《うばそく》があるかも知れぬ。それも修行だと思って聞いて 居れば遂に習慣性となり、初めには耳についた汽車の音が、終ひには何ともないやうに なるのと同じことだ。マア辛抱してお日待ちの説教を聞くと思って聞くがよいワ』 宗彦『アーアやかましいなア。何をヒソビソとお前達は言って居るのだ。黙って寝ない か。最前から聞いて居れば猟夫《れふし》がどうしたの、かうしたのと仕様も無い昔話 しを持ち出して、乞食坊主のホイト節《ぶし》のやうなことを云ってゐたぢゃないか。 よい加減に寝え寝え。また明日大活動をやらねばならぬから肉体の休養が肝腎だ』 原彦『宣伝使さま、何と云っても田吾さまが、耳の痛いことをしゃべるのですもの、チ ット叱って下さいな』 宗彦は早くも眠りについたと見えて何の応答《いらへ》も無い。 田吾作『そーれから、そーれから、 ゑゑ、鱧《はも》、鰈《かれひ》、矢柄《やがら》(エーはばかりながら) 無精山《ぶしゃうざん》道楽寺ナマ臭厄介坊主の 自堕落上人御招待に預りました そもそも愚僧が万国修行の根元 戒行、難行、苦行、故郷の 住めば都を後に愛宕の山を乗り越えて 闇を冒してスタスタと 保津《ほづ》の里までやって来ました 時しもあれや森陰に 七尺有余の荒男 現れ出でて皺嗄《しわが》れた 声を張り上げコレコレモーシ旅の人 提灯の明かり貸して下さんせ 聞いて旅人立ち止まり この闇黒《くらがり》に提灯の 火が欲しい奴は何者ぞ 夏の夕べの火取虫《ひとりむし》か 飛んで火に入り身を焼いて 死んでしまふのを知らないか そんな馬鹿なことよせよせと 後をも見ずに進み行く 性凝りも無く怪しの男 オットどっこいちょっと違うた 折から猪《しし》めが飛んで来た 怪しの男は驚いて 猿《ましら》のやうな声を上げ キャッキャと言うてしがみつく こいつはよっぽど弱虫と 心を許して道伴《みちづ》れに なってやったがわが不覚 大井の川の袂《たもと》まで 来たる折しも其奴《そやつ》めが コレコレモーシ旅の人 お前の懐中に光るもの ちょっと私に貸してくれ 貸さなかうぢゃと高飛車に 拳固をかためて攻め寄せる 此方《こなた》も痴者《しれもの》ひっぱづし 腕首掴んで中天《ちうてん》に 力を籠めて投げやれば 空中の舞《まひ》を舞ひ納め 遥か向方《むかう》の川中へ はまって死んだと思ひきや 蛙《かはづ》のやうな態《ざま》をして 草の中からガサガサと やって来居って旅人が 胸倉グット引っ掴み 川へザンブと投《ほ》り込んだ 怪しの男は肝腎の 玉が無いので力抜け 青い顔してノソノソと 疵《きず》持つ足のどことなく 帰って行たがその跡は どこかの松の並木原 根元に埋められ肥料《こえ》となり くたばりしかと思ふうち 明石峠の麓なる 小さい村の離れ家《や》の 首をおつるが婿《むこ》となり ハラハラしながら十五年 胸もヒコヒコ十五年 つひには病を惹き起こし 明日をも知れぬ難儀の場 三五教《あななひけう》の宗彦が 留公、田吾作両人の 立派な家来を引き伴《つ》れて お出でましたるその御かげ ケロリと癒った人足《にんそく》が 今は三国《みくに》の山登り 猛獣毒蛇の唸り声 聞いてブルブル慄て居る アア面白い面白い エー無精山《ぶしゃうざん》道楽寺 なまぐさ厄介坊主の自堕落上人が この所に現れまして 諸行無常《しょぎゃうむじゃう》や是生滅法《ぜしゃうめっぽふ》 やがて寂滅為楽《じゃくめつゐらく》の愁歎場《しうたんば》 ブツブツ唱へ奉《たてまつ》る チャカポコ チャカポコ ポコポコポコ』 このとき一寸先も見えぬ闇黒《くらがり》の中より聞き慣れぬ妙な鼻声交りの婆の声 が聞こえて来た。 婆『ハテ訝《いぶ》かしやな、わしは三国ケ嶽の鬼婆である。今日三五教の身魂《みた ま》の研けた立派な宣伝使が、当山へわれを退治せむと企《くはだ》て、上り来たると 聞き、これこそ天の時節の到来と喉《のど》を鳴らして待ってゐた。蛙《かはづ》や 【くちなは】はモウ喰ひ飽《あ》いた。赤児も最早飽いて来た。宗彦と云ふ奴、魂《み たま》の綺麗な奴と聞いた故、噛ぶって喰うたらうまからうと、この間から楽しんで待 ってゐた。どうやらこれが宗彦らしい。さうして二人の奴は、どれもこれも口ばっかり 大きい奴で、ちょっとも実のない奴だ。三匹が三匹とも、ようこんなガラクタが揃うた ものだ。アーあてが違うた。この年寄が足許の見えぬやうな闇黒《くらがり》をうまい 餌食があると思って出て来たのに、さっぱり梟鳥《ふくろどり》の宵企《よひだく》み、 夜食に外れたやうなものだ。それでも尻の傍《はた》には、少しうまさうな肉《み》が 付いて居るだらうから、これなっと喰てやらうかな』 田吾作『コリャ婆のやうな声を出しやがって、何を吐《ぬか》すのだ。尻なっと喰らへ、 貴様がそんな作り声をしたって、田吾作さんはよく知って居るのだ。まだ貴様の出る幕 ぢゃないぞ。気の利いた化物はモウ足を洗って寝る時分だ。言依別命さまに願ったこと を早く往《い》って計画せぬかい。馬鹿だなア、陰謀発覚のおそれがあるぞ。化けるな らモッと仮声《こわいろ》を上手に使へ。留《とめ》……イヤウーン留度《とめど》も 無く馬鹿ばっかり垂れやがって、どこの呆け曲津だ。愚図々々致すと承知せぬぞ』 原彦はまた小声で、 原彦『オイ田吾作さま、相手になるな。あんな化物にこの闇黒《くらがり》で相手にな ったとこで、どうすることも出来ぬぢゃないか』 田吾作『やかましう云ふない。俺の言霊を留公……オットどっこい留めようとしたって、 かう馬力がかかってからは、容易に止まるものぢゃないワ』 留公『田吾作、原彦、宗彦様様、また明日御目にかからう。頭から岩窟《いはや》の婆 が塩つけて噛《か》ぶってやらう。それを楽しんで居ったがよからう』 宗彦『あの声は婆の声のやうでもあり、鼻声だがどこともなしに留公に似たとこがある ぢゃないか、ナア田吾作さま』 田吾作『マア何でもよろしいわい。何《いづ》れ明日になったら解りませう。サアサア モー一寝入《ひとねい》り』 と横になり、しゃべり草臥《くたび》れて他愛もなく寝込んでしまった。 宗彦もまた寝《しん》に就く。原彦は時々怪しき声の響き来たるに脅かされ、二人の 中に挟まって一睡も得せず、一夜を明かしける。 (大正11年5月14日 旧4月18日 外山豊二録) -------------------- ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 発行終了のお知らせ 世界初の霊界物語メルマガ『霊界物語をメールで配信!』は、平成18年(2006年)5 月9日に創刊して以来、3年余りに亘って発行して来ましたが、諸般の事情により、この たび発行を終了することになりました。 現在発行中の第20巻の完了をもって、当メルマガは発行を終了します。 長い間ご愛顧ありがとうございました。 発行人 飯塚弘明 http://onido.onisavulo.jp/ (今後の予定) 第756号…第11章「鬼婆」 第757号…第12章「如意宝珠」 第758号…霊の礎(六)・霊の礎(七) 【最終号】 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