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2009/05/15

霊界物語をメールで配信!(754)

霊界物語をメールで配信!第20巻(754)
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■第3篇 三国ケ嶽《みくにがだけ》■
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■第9章 童子教《どうじけう》〔671〕 ■
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 九重《ここのへ》の花の都の山背《やまうしろ》
   畏《かしこ》き神代に近江路《あふみぢ》や
 色も若狭に丹波《あかなみ》の
   三国《みくに》に跨る三国ケ嶽
 木立の茂みは大空の
   月日を封じて物凄く
 昼さへ暗き大高峰
   鬼か大蛇《をろち》か魔か人か
 見るさへ凄き婆《ばば》一人
   聳えて高き岩の根に
 仮の庵《いほり》を結びつつ
   蛇や蛙《かはづ》を捕り喰らひ
 その日を送る物凄さ
   この山麓に立ち並ぶ
 形ばかりの破れ家《や》の
   小さき棟も三四十
 浮世離れし別世界
   老若男女は谷川の
 蟹《かに》や蛙《かはづ》を漁《あさ》りつつ
   餌食《ゑじき》となして日を送る
 鬼婆一人を棟梁と
   仰いで遠く夜に紛れ
 山城 丹波 近江路や
   若狭 能登まで手を延ばし
 赤児の声を探しつつ
   隙《すき》さへあらば引っ捉へ
 山の尾伝ひに逃げ帰り
   婆の餌食に奉《たてまつ》る
 この曲津見《まがつみ》は何者か
   言向《ことむ》け和《やは》し世の中の
 悩みを払ひ救はむと
   神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
 御言《みこと》畏《かしこ》み高天《たかあま》の
   原に現《あ》れます言依別《ことよりわけ》は
 聖地に上《のぼ》り来たりたる
   心も清き宗彦《むねひこ》に
 よさし玉へば喜びて
   一も二もなく承諾し
 これぞ布教の初陣と
   親兄妹《おやきゃうだい》に暇乞《いとまごひ》
 明石峠を乗り越えて
   道の熊田の一つ家《いへ》
 病に悩む原彦が
   心の迷ひ吹き払ひ
 奇《く》しき御稜威《みいづ》を現して
   里の老若男女をば
 三五教《あななひけう》の大道《おほみち》に
   一人も残らず帰順させ
 少時《しばし》足をば休めつつ
   原彦、田吾作、留公《とめこう》の
 三人《みたり》の信者を伴ひて
   青垣山《あをがきやま》を繞《めぐ》らせる
 平野の里や山国の
   一本橋を打ち渡り
 宮村、花瀬を後にして
   三国ケ嶽の山麓に
 四人はやうやく着きにける。

 さしも三国《さんごく》に渡る大高山《だいかうざん》、杉の木立は鬱蒼《うっさう
》として風を孕《はら》み、咆哮《ほうかう》する声、数百千の獅子|狼《おほかみ》
が一度に雄猛びする如く聞こえて来る。夏とは言ひながら何となく底冷たき空気漂ひ、
谷川の音もどことなく物凄く、悪魔の囁《ささや》くが如く耳を打つ。猿の群は梢《こ
ずゑ》を伝ひて、キャッキャッと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川《ふかたにがは
》の畔《ほとり》にドッカと坐《ざ》し、旅の疲れを休めながら、ヒソビソ話に耽って
居る。
留公『随分薄気味の悪い谷間《たにあひ》だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふ
ものは、人の子一人出会ったこともなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしてもこ
こは大江山《おほえやま》以上の魔窟《まくつ》らしい。オイ田吾作、ここまでは喜び
勇んでやって来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になってしまっ
たぢゃないか』
田吾作『宇都山村《うづやまむら》で、魚を漁《と》ったり、麦畠《むぎばたけ》に鍬
杖《くはづゑ》ついて、雲雀《ひばり》の糞《くそ》を頭から浴びせられて居るのとは、
そりゃチッとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生
命《いのち》を持って帰れないのは、出発の際から定《きま》りきった話だ。貴様|宅
《うち》を出る時の勢ひはどうだった。鬼でも大蛇《をろち》でも虎でも、狼でも、何
でも来い。この留公《とめこう》の腕には骨が有ると、力味返った時のことを考へて見
よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』
留公『そらそうだ。しかしながらモウ少し暖かい山ぢゃと思うて居たに、夏の最中《さ
なか》にかう寒くっては耐《きば》れないぢゃないか。こんなことと知ったなら、袷《
あはせ》の一枚も持って来るのだったが、薄い単衣《ひとへ》一枚では堪《こら》へら
れない。俺は一つ、宇都山村《うづやまむら》まで引き返して、着物を着替て出直して
来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけてくれ』
田吾作『ハハハハ、隣近所か何ぞの様に、さう着々《ちゃくちゃく》と着替に帰《い》
ねるものか。巧《うま》い辞令を作って、態よく遁走するつもりだらう。口ほどにもな
い代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』
留公『何ほど留めようと思っても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がない
ワ。モシモシ宣伝使様、私をここから……実際のこと言へば、帰らして貰ひたいのです』
宗彦『それだから伴《つ》れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢゃないか。宣
伝使は一人旅、決して同伴《つれ》はならぬのだ。わしに相談は要らぬ、自由行動を取
ったがよからう』
留公『ハイ有り難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で
帰って下さいませ。キッと、私はここでお別れしても、あなたのことは忘れませぬ。お
茶湯《ちゃたう》でも献《あ》げて冥福を祈ります』
田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定《きま》った様なことを言ひやがっ
て、われわれの首途《かどで》を祝することを措《お》いて、貴様は弔《とむら》ふの
だな』
留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな
生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやって来るだらう。宣伝使は一
人とおっしゃった。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に
従《つ》いて帰るのだ。サアサア帰ったり帰ったり』
原彦『私は生命を助けて貰った御恩返しに、御案内役となって来たのですから、宣伝使
の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。この場に及んで男らし
くもない、帰れますものか』
留公『生命《いのち》の安い奴は行ったがよからう。……オイ田吾作、貴様は生命が大
事だらう。お勝《かつ》のこともチッとは思うてやれ』
田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居って
勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』
 留公は、
留公『蛙《かはづ》の行列向かう見ず、生命知らずの馬鹿者』
と口ぎたなく罵りながら、坂路《さかみち》指して韋駄天《ゐだてん》走りに、霧の中
に姿を没した。
田吾作『ハハハハ、宣伝使様、随分妙な活劇|否《いな》悲劇が演ぜられましたなア。
何《いづ》れあいつは今言った様な臆病者ぢゃないから、先駆けの功名手柄をやらかさ
うと思って、キット単騎登山と道を変へて出かけやがったのでせう。途中でアッと言は
せる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。
キット留公の化け者に定《きま》ってゐます。あいつはいつでもああ云ふことをして喜
ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰《い》んだがよからうと、あなたの御言葉を幸
ひに帰《い》なしてやりました』
宗彦『面白い男ですな。何《いづ》れ岩窟《いはや》の付近まで往《い》ったら、鬼婆
の真似でもして現れるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』
原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めてのことで一向不案内です。しかし私の
通る所は貴方も通れるでせう。露払《つゆばらひ》や蜘蛛の巣払ひに、先へ行きますか
ら、従《つ》いて来て下さい』
と不案内の路《みち》を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激
潭飛沫《げきたんひまつ》の谷川が横たはって居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒《
さ》らして木の梢《こずゑ》に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうしてどれもこれ
も皆、黒い熊の皮や、赤い猪《しし》の皮を身に纏《まと》うて立ち働いて居た。
原彦『オーイ、オイ、そこに居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽《みくにがだけ》の婆
アの岩窟《いはや》は、どっちゃへ行ったら良いのかな』
 川向ひの男、無言のまま、指先で……この谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似
で知らして居る。
原彦『アアこいつア唖《おし》と見えるワイ。しかしながらこの谷川を渡って東の方へ
行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私がちょっと瀬踏《せぶ》みをしてみ
ませう。大変流れも急なり、水量《みづかさ》も多いから、万一私が死ぬ様なことがあ
ったら、キット渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』
と尻を捲《まく》って早くも谷川を渡らうとする。
田吾作『オイ原彦、死ぬのはチッと惜しいぢゃないか。お水試《みづみ》なんかせなく
とも分ってる。どれほど水の達者な河童《かつぱ》の兄弟分でも、この急流がどうして
渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』
原彦『私は命を既に宣伝使様に差し上げてあるのだから、運を天に任して渡ってみる』
と無理無体に川瀬を横ぎり、やうやく辛《から》うじて対岸《むかうぎし》に着いた。
五人の男女はこれを見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の
細路を伝うて、霧《きり》の林に姿を没した。
原彦『ヤア有り難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サアこ
いつを一つ身に纏《まと》うて登ってやらう。……オイオイ田吾作、早う渡った渡った。
割とは浅かった。大丈夫だよ』
田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従《つ》いて行きます。もしも
誤って水の藻屑《もくづ》にならしゃった所が、義理の兄弟の私が、決して棄《す》て
てはおきませぬ。キット死骸は拾ってあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』
宗彦『そこまで徹底的に受け合って貰へば、私も安心だ』
と戯談《じゃうだん》半分にしゃべりながら、尻を捲《まく》ってやうやく対岸《むか
うぎし》に着いた。田吾作は手を拍《う》って、
田吾作『アハハハハ、本当の登り路《みち》はこちらにあるのだ。そんな方へ行かうも
のなら、近江《あふみ》の国へ往ってしまふぞ』
 原彦は川の向かうから大きな声を出して、
原彦『コレ田吾作、そんなことが分って居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』
田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産にその猪の皮を全部ひっ抱へてこちらへ渡る
のだ。宣伝使様も四五枚|掻攫《かっさら》へてお帰りなさい。その為にこの田吾作が
計略で、向かふへ渡らしたのだ』
宗彦『ハハハア、一杯喰はされましたな。しかし失敗が幸ひになるとはここのことだ。
何《いづ》れ他人《ひと》にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てるだけ持っ
て向かふへ渡らうかな』
と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、や
うやくにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引き返して来た。
田吾作『皆さま大《いか》い御苦労で御座いました。お土産に一番飛び切りの上等を頂
戴致しませう』
原彦『イエイエこれは私の分だけだ。生命《いのち》も危ないこの谷川を、どうして二
人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチャンと向かふに、屑《くづ》ばっかり残し
てある。人の苦労で徳を取るといふことは、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分
の物は自分で処置をつけるのだよ』
田吾作『そんなことは、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様なことを言う
て貰ふまいかい』
 早くもザブザブと対岸《むかうぎし》へ渡り、洗ひ立ての選《よ》り残りのヅクヅク
ばっかり引っ抱へ、
田吾作『ヤア重い奴ばっかり除《の》けておきやがった。しかし己れの欲する所よく人
に施せ。欲せざる所は人に施すなかれと云ふことがあるなア』
とワザと大音声《だいおんじゃう》に呼ばはりながら、藤蔓《ふぢつる》に残らず縛り
つけ、自分の腰に結《いは》ひ、ザアザアと引きずりながら帰って来た。
田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬとこまで
水を利用し、この通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤッパリ役者が七八枚も上だ。
千両役者だからなア』
と独り悦に入って居る。
原彦『チッと絞ってあげませうか。こりゃ干さねば重たくて持って往けますまい』
田吾作『不言実行だよ』
原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言って下さいな』
田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言ってやるとよいが、天機
を洩らすと雨が降る。不言の教《をしへ》無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励む
が、御神徳《おかげ》の入口だな、アハハハハ』
原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』
 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞っては木の枝に引っかける。
原彦も黙って見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞っては懸け、絞っては懸けて風に乾
かさうと、車輪の活動をやって居る。田吾作は、
田吾作『アアそれが不言実行だよ。分ったか』
原彦『まだ分りませぬ』
田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今《いま》の奴は宣伝だけは立
派だが少しも実行が伴はない。しかしマアマアやうやく及第点に達した。宗彦様は率先
して不言実行をやられたから六十五点、お前はやうやく四十五点だ。五点のことで落第
点になる所だよ』
原彦『ますます分りませぬ』
田吾作『原の腹が暗くって、胸が開けぬから、実地のことが目があっても見えず、田吾
作の立派な生きた教が耳へ入らず、嗅ぎ出すことも出来ず、舌はあっても味はふことが
出来ないのだ。かう思へば何にも知らずに実行する者くらゐ幸福な者はないワイ』
宗彦『有り難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア
これでモウ三十五点頂戴致しませうか』
と一番立派な熊の皮を選《よ》り出して、田吾作の背中に着せる。
田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下
に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に
やりたいのだが、生憎《あいにく》持って居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するの
だなア、これでも十二時が来るとよく知って居る』
原彦『私にも、せめて二十点下さいな』
と自分の攫《さら》へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗
せる。
田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺にくれたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、
アハハハハ』
 田吾作は原彦の顔を眺めながら、またもや、
田吾作『不言実行 不言実行』
と節をつけて謡ふ様に繰り返して居る。原彦はうろたへて、あちらの皮をかやして見、
こちらの皮を嬲《なぶ》って見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋
《わらぢ》が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層
大きな声で、節をつけて、
田吾作『不言実行 不言実行』
をまたもや繰り返して居る。原彦はハッと膝を叩いて、片方《かたへ》に落ちてゐた棒
の様な木切《きぎれ》を拾ひ、毛皮を両端に括《くく》りつけ、肩に担《かつ》いで、
原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩《ふげんぼさつ》に実行菩薩様、
サアお出でなさいませ』
田吾作『普賢菩薩《ふげんぼさつ》は聞いたことがあるが、実行菩薩は聞き始めだ』
原彦『実行菩薩といへば、ミロク様のことだよ。瑞《みづ》の御霊《みたま》の大神さ
まだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふことだよ』
田吾作『アハー月光菩薩のしゃれだな。しゃれどころかい、これから先は不言実行で勝
つのだ。最前の五人の男女を見い。一口《ひとくち》も言はず、不言実行の標本を示し
て、手早く逃げやがったぢゃないか。あれくらゐ慈悲深い奴は有ったものぢゃない。そ
のお蔭でわれわれは月光な恩恵に浴したのだ、アハハハハ、ドレ田吾作も不言実行菩薩
と出かけようかい』
と先に立ちて羊腸《やうちゃう》の小径《こみち》を辿《たど》り辿り進んで行く。田
吾作は歩み減らした細い路《みち》を、曲々《きよくきよく》と舞ひながら、先に立ち
てやや平坦な地点に着いた。
田吾作『アア不言実行組は何をして居るのか。足の遅いことだなア』
と呟《つぶや》いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸《
まっぱだか》となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸のままで面《つら》ふくらし
て怒って居る。一人はニヤニヤと笑ふ。
田吾作『ヤアこいつア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人|上戸《じゃうご》が出て
来やがって、酒でも有ったら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハハハ赤裸《
まっぱだか》だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持って来やがると良いの
だけれどなア』
と云ふ折しもハアハアと息を喘《はず》ませ、両人は登って来た。田吾作は物をも言は
ず、原彦の担いで居る荷をボッタクり、手早くほどいて、その中の小ささうな皮を選《
え》り別け出した。原彦は、
原彦『不言実行だって、泥棒まで実行して良いのか』
と脹《ふく》れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』
と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色《ごしき》の光明
が輝き、麗しき霊衣《れいい》に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌《あわ
》てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて回った。三人は黙って毛皮を
取り外し、大地にパッと敷いて、各自《めいめい》その上に行儀よくキチンと坐《すわ
》った。
宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現れて下さいました。私はこれ
より山頂の岩窟《いはや》に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を
御願ひ致します』
笑童子《わらひどうじ》『アハハハハ、七尺の男子が……しかも宣伝使の肩書を持ち、
岩窟の鬼婆を退治せむと、ここまで勇み進んで登り来ながら、人の助けを借《か》らう
とするのか。ハッハッハ可笑《をか》しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』
宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何《いづ》れの神様か知りませ
ぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふことが、われわれの常套語にな
って居ますので心にもなき卑怯なことを申したので御座います。どうぞ見直し聞直して
下さいませ』
泣童子《なきどうじ》『アンアンアン、情け無い宣伝使ぢゃなア。三人も荒男《あらを
とこ》が、たった一人の婆アを当てに出て来よって、何の態《ざま》ぢゃ。こんなこと
でどうして三五教《あななひけう》の神徳が現れようぞ。思へば思へば厭《いや》にな
って来た。これでは国治立大神《くにはるたちのおほかみ》様、素盞嗚尊《すさのをの
みこと》様が何ほど骨を折り、心を砕かしやっても、こんなガラクタ宣伝使ばっかりで
は、神政成就も覚束《おぼつか》無いわいの、……オンオンオン』
宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。これからキッと勇猛心を発揮し、婆アの千
匹や万匹は、善言美詞《ぜんげんびし》の言霊《ことたま》の神力《しんりき》によっ
て吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』
泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよって、当てもないことに威張って居る……その心根《
こころね》が可憐《いぢ》らしい。一寸先は暗《やみ》の世ぢゃ。なんにも知らぬ人民
は、足許に火が燃えて来るまで分らないのか。アアア可哀相なものぢゃ。どうして人間
はこれだけ、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』
宗彦『誠に汗顔《かんがん》の至りで御座います。さうおっしやれば……さうですが、
何事も神様にお任せ致して進むので御座います』
 怒った顔の童子、面《つら》ふくらし目を剥《む》き、
童子『惟神《かむながら》、惟神と口癖の様に言ひやがって、難を避け易きに就き、自
分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起こし、大きな面をして天下を股《また》にか
け、濁った言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チ
ッとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の
様な穀潰《ごくつぶ》しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生《わき》やがるものだから、
世界の人民が苦しむのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷
《しりしき》にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよって、ケ
ツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやってもまだ虫が承知せないのだ。コラかう小さ
い子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴
様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇《をろち》ともなって喰てしまう
てやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛《なまり》の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらう
か。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐《ぬか》して、言向け和すの、征服す
るのとは何のことだい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知ら
ぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様たちの腹の中の鬼婆から先へ改心さして出
て行きやがれ。大馬鹿者め。ウーン』
と目を剥《む》き出し、大きな口を開け、咬《かぶ》り付く様な勢ひで、突っ立ち上が
り、三人の顔をギョロギョロと睨《ね》めまはす。三人は一度に大地に頭《かしら》を
下げ、
三人『誠に取り違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこ
れから改心を致します』
笑童子《わらひどうじ》『アハハハハ、ちょっとよいと得意がって無暗《むやみ》には
しゃぎ、ちょっと叱言《こごと》を聞いては直ぐに悄気《しよげ》返るカメリヲンの様
な男だな。大きな図体をして、こんなチッポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。
神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よっぽ
ど面白い面白い。アハハハハアハハハハ』
と臍《へそ》を抱へて笑ひ転《こ》ける。
泣童子『アーア情け無いことを見せられたものだ。これでも現界では選《よ》りに選《
よ》って選《えら》まれた特別選手ぢゃさうなが、その他は推して知るべしだ。瑞《み
づ》の御霊《みたま》の祖神様《おやがみさま》もさぞ御骨《おほね》の折れることだ
らう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何と
した腑甲斐ないものだらう。蛸《たこ》の様に骨も何も有りゃせぬワ。こんなことで、
どうして八岐《やまた》の大蛇《をろち》が退治が出来るものか、世の中はますます悪
鬼《あくき》羅刹《らせつ》の横行濶歩を擅《ほしいまま》にさせるのみだ。どうして
現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』
田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎《なげ》きなさいますな。広い世界には一人
や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現にここにただ一人有るぢゃありませぬか。
さう取越し苦労をして、泣くものぢゃありませぬ。世の中は何事も善言美詞《ぜんげん
びし》に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮らすも一生なら、笑って暮らすも一生
だ。結構なこの世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は
大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮らして下されよ」と云ふ神様の教を守って、世の中を大
楽観して活動して居るのだ。お前さまもチッとは思ひ直して改心なさったらどうだ。
「悔めば悔むことが出来て来るぞよ」……と云ふことを知っとりますか。ヤ、まだ子供
だから分らぬのも無理はない』
泣童子《なきどうじ》『わしも朝から晩まで泣いて暮らしたことはない。今日初めて泣
かねばならぬことが出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折って、生命懸け
で熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思って、楽しんで居っ
た人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残
念で、これが泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……
アンアンアン…それに付けても言依別神《ことよりわけのかみ》様から、大切な御命令
を受けた宗彦《むねひこ》のデモ宣伝使、二人の奴が盗人《ぬすびと》をするのに、な
ぜ黙って居ったか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよったぢゃないか。こん
なことでどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感ますます深しだ。
どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山《せいざん》を汚《
けが》されて取り返しのならぬことをしたわい……アンアンアンアン』
宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチッともありませぬ。あの様な所
に棄てておいては、また泥棒が攫《さら》へて行っちゃならない………それよりもわれ
われがしばらく拝借して、また帰りがけにゃ、旧《もと》の所へ御返しをして帰るつも
りだった。世の中は相身互《あひみたがひ》だからと思って、ちょっと借《か》ったの
ですよ。心の底から泥棒する根性はありませぬ』
怒童子《おこりどうじ》『エーつべこべとこの期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが
気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、その上|嬶《かかあ》泣かせの家潰し、沢
山な人を泣かして来た揚句、不知不識《しらずしらず》とは云ひながら、平気の平三《
へいざ》でお勝と〇〇になって居た汚《けが》れた人足だ。何ほど言依別神《ことより
わけのかみ》様から大任を仰せ付けられたと言って、一も二もなく御受けして来ると云
ふことがあるものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。この岩窟《
いはや》の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居
ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞《しゃばふさ》ぎめ。ここ
をどこだと心得てゐる。貴様の目には悪神《あくがみ》の巣窟と見えるであらうが、誠
の神の目から見れば、どこもかしこもみんな天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄
条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』
 三人は頭を鉄槌にて打ち砕かるる様な心地し、一言《いちごん》も発し得ず、大地に
ピタリと鰭伏《ひれふ》し、しばらくは頭《かしら》を得上《えあ》げず、慄ひ戦《を
のの》いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得もいはれぬ美《うる》はしき天然の音
楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭《かしら》を擡《もた》げ四辺《あたり》を
見れば、童子の影もなくまた一枚の獣皮《けがは》も無くなって居る。
田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴、率先して不言窃盗《ふげ
んせっとう》をやるものだから、こんな目に遭ったのだよ。しかしながらマアマア結構
な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服してかからねば、何ほど努力し
ても駄目だワイ』
原彦『三人の愁笑怒《しうせうど》の神様が現れて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教
へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがって、
大きな七尺の男がこんな馬鹿な態を見たのだ。チットこれから言霊を控へて貰はねば、
この先はどんなことが突発するか分ったものぢゃありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』
宗彦『何事も神様のなさること。惟神《かむながら》にわれわれは任すより仕方があり
ませぬ』
田吾作『それまた覚えの悪い、今惟神と云って怒られたぢゃありませぬか。惟神中毒を
すると、怒り神さんがまた現れますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』
宗彦『さうだと云って、われわれは惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、
宣伝も何も出来ぬぢゃないか。鶏《にはとり》にコケコーと鳴くな、烏《からす》にカ
アカア囀《さへづ》るな、釣鐘《つりがね》になんぼ敲《たた》かれてもゴンゴンと鳴
らずに沈黙せよと云ふ様な注文だないか。そんな天地不自然なことがどうして実行出来
るものかい』
田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけ
はしばらく言はない方がよろしかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々
細くなるぢゃないか。あまり執拗《しつか》うカンナがらを使って居ると、結局《しま
ひ》にゃ糸の様になって、結構な宣伝使|神柱《かむばしら》の資格が消滅してしまひ
ますワ』
宗彦『ハハハハ、余程怒り神様の御言《おことば》が感応《こた》へたと見えるワイ。
ありゃ一体どこから来た神様だと思って居るのだ』
田吾作『神界のことはわれわれに分るものぢゃありませぬが、マア天から天降《あまく
だ》られたと云ふより仕方がありますまい』
宗彦『馬鹿言ふな、あの怒《おこ》り神《がみ》さまは宗彦さまの本守護神《ほんしゅ
ごじん》だ。泣神《なきがみ》さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公《とめこう》
の守護神だ。チット貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢゃないか』
田吾作『そりゃチト違ひませう。笑って居るのが私の守護神、怒って居るのがあなたの
守護神、泣いとる奴が留公《とめこう》の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を
仰せ付かりながら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒って居
るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこっておこって、おこり
さがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面《たいしゃうづら》して威張って歩くのがあ
まり可笑《をか》しうて、田吾さんの本守護神が笑って居るのだ』
宗彦『どうでも良いぢゃないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際の
こたア、三柱の神とも共通的に守護して御座るのだ』
原彦『モシモシ私だけは本守護神がどうなりました』
田吾作『お前の本守護神はまだ現れる幕ぢゃない、地平線下の身魂《みたま》だから、
土の上へ出るとこへは往かぬ。しかしながら孟宗竹《まうそうだけ》でさへも土を割っ
てニューと首を突き出すのだから、どっかそこらに頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。
チット探して見たらどうだ』
原彦『アハハハハ、身魂《みたま》と筍《たけのこ》と一つに見られちゃ、原彦も迷惑
だ。まるでドクトルの身魂の様に、田吾さんがおっしゃいますワイ。疑ふのぢゃありま
せぬけれど、随分道理に違うたことを言ふお方ですな。
「竹の子の番人見れば藪《やぶ》にらみ」
アハハハハ、オイ藪にらみの田吾竹《たごたけ》さま』
田吾作『議論は後にせい。筍《たけのこ》の身魂と云ふことは、モウつい、日日薬《ひ
にちくすり》で竹々《ちくちく》と分って来る。チクと身魂を練薬《ねりやく》して、
俺の言ふことを膏薬《かうやく》(後学)の為に聞いておくのだな。……エー何を薬々
《くすりくすり》と笑ふのだい。薬価《やくか》い(厄介)者め、それよりも身魂の煎
薬《せんやく》(洗濯)が一等だぞ』
原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。やうやく医師(意思)が疎通
しました。モウこの上決して、医(異)議は申しませぬ』
田吾作『キット医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふことを守れば、キット薬《くす
り》九層倍《くそうばい》の報いが出て来る。力一杯|薬《やく》(約)を守って、こ
の上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふことはチットは苦いこともある。しかし良薬
は口に苦しだ。薬《やく》(厄)雑魂《ざだましひ》を下痢させて、神霊の注射を為し、
身体《からだ》一面何の医(異)状もないとこまで清めて、これから悪魔征伐に向かふ
のだ。心に煩ひのある時は病が起こると云ふ、その病の問屋が山の神を置き去りにして、
こんな深い山い(病)あがって来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病《ふけんせっ
たうびゃう》が勃発するのだ、アハハハハ』
宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵《やくわん》が風
を引いてしまふぞ』
 二人は黙って座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂《
むねつきざか》を掻きあがる。たちまち右方の谷間に当たって女の悲鳴が聞こえて来た。
田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。しかし婆アばかり
ぢゃない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当てに実地検分と出かけたらどうで
せう。ナア宗彦さま』
宗彦『追々と叫び声が高くなって来るやうです。何かこれには秘密が伏蔵《ふくざう》
されて居るでせう。私はここに原彦さまと待って居るから、ちょっと偵察して来て貰へ
ませぬかなア』
田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』
と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、
宗彦『アハハハハ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へ
ば大勢らしいぞ。こりゃ安閑としては居られない。私も行って調べて見ようかな』
と首を傾げて居る。原彦は、
『マア少時《しばらく》御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へって来れば、様子が分
りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れ
ませぬぜ。最前の様なお叱言《こごと》を頂戴すると困りますから、マアゆっくりとこ
こに待ちませうかい』
宗彦『そうだな。待ってもよいが、しかし何だか気がイライラして来た。田吾作一人や
っておくのも心許《こころもと》ない。………そんならここに待って居るから、原さま、
お前|往《い》って来てくれないか』
原彦『ハイ、そりゃモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。な
らうことなら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』
宗彦『分ったやうな分らぬやうなことを云ふぢゃないか。ハッキリと言ったらどうだ』
原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通《てんがんつう》、天耳通《て
んじつう》、漏尽通《ろじんつう》、宿命通《しゅくめいつう》、自他神通《じたしん
つう》、感通《かんつう》に天言通《てんげんつう》、七神通《しちじんつう》の阿羅
耶識《あらやしき》を得たと云ふ宣伝使ぢゃありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂
でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様がおっしゃいませう。さうすれば貴方は
最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』
宗彦『俺は天言通《てんげんつう》はお神徳《かげ》を戴いて居るが、どうもまだ人語
通《じんごつう》は得て居ないのだ。まして曇った身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。
何ほど近くに居っても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国《ゑんごく》からわか
りて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』
原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今までチットばかり
八丁笠を買ひ被って居りました』
宗彦『さうだらう、御互ひ様だ。お前もモウチット勇気が有るかと思へば、実に脆《も
ろ》いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいったのに、わしの側《そば》にくつつ
いて、慄《ふる》うて居るとは実に見上げたものだ。生命《いのち》を宣伝使に差し上
げると云った癖に、ヤッパリ生命が惜しいと見えるワイ。きつく俺も買ひ被ったものだ
ワイ』
原彦『初めに言ったのは、アラ見本ですよ。見本通りの物品を製造して輸出でもしよう
ものなら、海関税《かいくわんぜい》を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を
取りますワ』
宗彦『アハハハハ、お前は口ばっかりの男だなア』
原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現れて、この世を悪に立て直し、善の身
魂を改心させるお役ですもの……』
宗彦『悪に立て直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』
原彦『イヤちょっと違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤ったのです。悪を立て直
し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」
にか、どっちゃにせよ、チットばかりの間違ひだ。さう一字や二字配置が違ったと言っ
て、気の小さいことを言ふものぢゃありませぬワ。アハハハハ』
 にはかに傍《そば》の小柴の中よりガサガサと音を立て、現れて来たのは田吾作であ
った。
宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』
田吾作『最早|讐敵《かたき》は攻め寄せて候《さふら》へば、あなたに代って一戦《
ひといくさ》、御身《おんみ》は早くこの場を遁《のが》れて下さりませ……と口には
言へど御名残《おんなごり》……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』
宗彦『ハハハハハ、そんな冗談言ってる所ぢゃなからう。どんなことが起こって居った
か、早く聞かしてくれい』
田吾作『ハイ申し上げます。一方の大将は大岩石を楯《たて》に取り、一丈有余の大木
の小枝に甲冑を鎧《よろ》ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採って号令を
なすあり、こちらの谷間よりは、また古今無双の豪傑樹上に陣取り、負けず劣らず声を
限りにキャッ キャッ キャッ キャッの言霊戦《ことたません》、勇ましかりける次
第なり、ハアハアハアハアだ。ウッフッフッ ウッフッフッフウ』
宗彦『なアンだ、ちッとも分らぬぢゃないか』
田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝
居、否《いな》猿合戦ですもの……』
宗彦『ハハハハハ、千匹猿《せんびきざる》の喧嘩だったのか。なアーンだ、しゃうも
ない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。この前途《さき》でまたまた大蛇《
をろち》の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよ
う』
(大正11年5月14日 旧4月18日 松村真澄録)
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(755)に続く
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