霊界物語をメールで配信!  RSSを登録する

出口王仁三郎が書いた超長編小説『霊界物語』(全83冊)を、メールで配信します!あまりにも長すぎて読むのを途中であきらめたあなたでも、毎日少しずつ少しずつ読んでいけば、きっと完読できることでしょう!【現在休刊中です】

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2009/05/08

霊界物語をメールで配信!(753)

霊界物語をメールで配信!第20巻(753)
--------------------

■■■■■■■■■■■■■
■第8章 心の鬼〔670〕 ■
■■■■■■■■■■■■■

 宗彦《むねひこ》は親兄妹《おやきゃうだい》に別れを告げ一旦聖地に参ゐのぼり、
言依別命《ことよりわけのみこと》より天晴れ宣伝使の役を命ぜられ、心いそいそとし
て再び宇都山《うづやま》の里に立ち帰り、武志《たけし》の宮の前に報告祭を行ひ里
人《さとびと》に別れを告げて、山奥深く三国ケ岳《みくにがだけ》に割拠する魔神《
まがみ》を征服せむと、旅装を整へ宣伝の初旅に就いた。留公《とめこう》、田吾作の
二人は村の外れに先回りして待って居た。
宗彦『お前は義弟《おとうと》の田吾作ぢゃないか、おお留《とめ》さまもそこに居る
なア、どこへ行くのだ』
田吾作『どうぞ私を二三日、宣伝使のお伴に連れて行って下さいな、留さまと相談の上
ここに待ち伏せして居りました』
宗彦『それは折角だが宣伝使は一人のものだと言依別命様より承《うけたまは》って居
る。ほかのことなら一緒に行かうが、今日は宣伝の初陣だから、御親切は有り難いが是
非なくお断り申す』
田吾作『私は宣伝使でない以上は、信者としてお伴しても差し支へありますまい』
留公『どうぞ二三日でよろしいから連れて行って下さい』
宗彦『お前の足でお前が勝手に行くのなら差し支へ無からう、同じ一条《ひとすぢ》の
道を通るのだから……しかし宣伝使として宗彦《むねひこ》は徹頭徹尾、一人旅だ』
留公『貴方《あなた》はどこを指してお出でになるのですか』
宗彦『そうだなア、言依別命《ことよりわけのみこと》様は明石峠《あかしたうげ》を
越え、それから山国《やまぐに》を経て三国ケ岳の悪魔を征服して来いとのことだった。
随分高い山だらうなア』
留公『近江の国と若狭、田庭《たんば》三国に跨る高山です、大変な猛獣や猿が棲み大
蛇《をろち》が居ると云ふことです』
田吾作『さう聞くと私は貴方一人をやる訳にはゆきませぬ、是非お伴をさして下さいな』
宗彦『絶対になりませぬ』
と首を振り振り先に立って行く。
 折しも秋の初め、田庭《たんば》名物の深霧に六尺先は少しも見えない。宗彦《むね
ひこ》は足を速めて明石峠をさして進み行く。二人の男は霧に隠れて足を速め、先回り
して明石峠の麓に落つる大瀑布に真っ裸となり、身禊《みそぎ》しながら宗彦の進み来
たるを待って居た。宗彦は二人の滝にうたれて居るのを霧にさへぎられて気がつかず、
宗彦『何だか大変な水音がして居るなア』
と小声に囁きながら坂を登り行く。二人の男は宗彦がわが二三間前《にさんげんまへ》
の道を通過して居るのに少しも気がつかなかった。宗彦は明石峠の頂上に登り着いた。
霧は谷間を埋《うづ》めてところどころに高山《かうざん》の頂きのみ画の様に浮いて
居る。
宗彦『アア何と霧の海の景色と云ふものは綺麗なものだなア、到底、紀の国では見られ
ぬ図だ。この景色を眺めて居る心持ちはまるで第一天国へ遊楽して居る様な気分だ』
と独語《モノログ》して居る。
 時しも窶《やつ》れ果てた四十くらゐの一人の女、見すぼらしき風姿《みなり》をし
てスタスタと霧の中から浮いた様に現れて来た。
宗彦『イヨー、妙な女がやって来よったぞ、大変に忙しさうに歩いて居る、何かこれに
は様子がありさうだ、一つここへ近づいたら訊《たづ》ねてみよう』
と心に思って居る。女は宗彦の姿に気がつきキット立ちとどまり、怪しの目をぎょろつ
かせ此方《こなた》を見つめて居る。
宗彦『貴女《あなた》はこの高い峠を越えて女の身のただ一人、どこへ行くのだ』
 女は怖《こは》さうに、
女『ハイ、私はこの下の熊田《くまだ》と云ふ小村《こむら》の者で御座います。明石
の滝へこれから打たれに参ります』
宗彦『明石の滝と云ふのはどこにあるのだ』
女『この山を七八丁ばかり下がったところに御座います』
宗彦『わしも今この坂を登って来たのだがあまりの深霧《ふかぎり》で気がつかなかっ
た。道理で水音《みなおと》のした箇所があった様に思った。してまた滝に打たれに行
くと云ふのは何か深い理由《わけ》があるであらう、それを言ってみなさい』
女『ハイ、私の夫は原彦《はらひこ》と申すもの、二三年前からフラフラと患《わづら
》ひつきこの頃では大変な大病で御座います。それで明石の滝の神様へお願ひ申して夫
の病気を助けたさに、滝に身を浸《ひた》しに参る者で御座います』
宗彦『どんな病気だな、都合によったら神様に願って助けてあげようと思ふのだが…』
女『ハイ、有り難う御座います、夜分になると色々のものが出て参ります、さうして苦
しめるのです、そのたびごとに冷汗をグッスリかき日に日に痩せ衰へ、今は最早骨と皮
ばかりに見すぼらしくなって居ります』
宗彦『そりゃ何か物の怪の病気であらう。サア一遍調べてみるから案内をしておくれ』
女『それは有り難う御座います。これからこの山坂を下り、四五丁ばかり行った所の小
さき村で、山の麓に私の茅屋《あばらや》が建って居ります。御苦労ながらお頼み申し
ます』
と先に立って案内する。やうやく女の家に着いた。大樹《たいじゅ》の森の下に冠木門
《かぶきもん》をあしらった一棟の相当に広い家がある、それがこの女の邸宅。
女『見すぼらしき茅屋《あばらや》で御座いますが、どうぞお入り下さいませ』
と会釈して内《うち》に入《い》る。夫、原彦の何物にか魘《うな》されて苦しむ声は
戸外にまで洩れて来た。女は『また来よったなア』と小声でつぶやきながら、慌てて屋
内に飛び込み、病人の枕許に駆け寄った。宗彦は少し遅れて閾《しきゐ》を跨げ、床上
《しやうじゃう》に上り天津祝詞《あまつのりと》を奏上するや、病人はますます苦悶
の声を放ち狂ひ回る。四五人の村人は次の間に控へて何事か話し合って居た。祝詞の声
を聞くより二三人の男その場に現れ、
男『何処《いづく》の方かは知りませぬが、定めてお露《つゆ》さまがお連れ申して帰
った方でせう、サアどうぞこちらへ来て御休息下さいませ』
 宗彦は『御免』と云ひつつ招かれて一間《ひとま》に踏み込み座に着いた。何事か確
《しか》とは聞きとれないが、非常に病人はお露《つゆ》を相手に怒鳴って居る。この
声を聞いて宗彦は村人に向かひ、
宗彦『いつも病気はあの通りですか』
甲『この四五日前から一層烈しくなって来ました「田吾《たご》が来る田吾が来る」と
云ひ出しまして……それはそれは随分苦しむのです。さうしてまたケロリと嘘を吐《つ
》いた様に癒《なほ》ることもあるのです。理由《わけ》の分らぬ病気……何でも死霊
《しりゃう》の祟りだと云ふことです』
宗彦『死霊の祟りとは、……そりゃまた何か心当りがあるのですか』
甲『われわれ村人も初めはちっとも病気の原因が分りませなんだが、この頃そろそろ死
霊だと云ふことが分り出したのです。何でもここ二三日のうちに生命《いのち》を取ら
ねばおかぬと口走り、それはそれは大変なもがき様です』
乙『何でもここの主人の原彦は上方《かみがた》の者らしいが、お露《つゆ》さんの婿
《むこ》になってから早十三年にもなりますのに素姓を明かさないので、どこの人だか、
何をして居ったのか分らなかったのだが、病人の囈言《うさごと》を云ふのを聞いて見
れば、大きな声では言はれませぬが、この男は泥棒をして人を殺した奴らしいですよ。
そして殺された男の死霊が祟って居るのだと云ふこと、病人自ら現《うつつ》になって
しゃべります。天罰と云ふものは恐ろしいものですなア』
宗彦『人間と云ふものは随分|不知不識《しらずしらず》の間に罪を作って居るものだ、
人を殺し火を放ち、或ひは強盗、詐偽等の罪悪を犯す者は実に天下の為に憎むべき者で
あります。しかしながらその罪を憎んで人を憎まずと云ふことがある、公平無私な神様
は肉体を罰し給ふ様なことはありますまい、きっとその罪のために苦しめられて居るの
でせう。罪さへとれれば原彦さまも間も無く本復するでせう。世の中には人間の目に見
えぬ罪人が沢山ある、中でも一番罪の重いのは学者と宗教家だ。神様から頂いた結構な
霊魂《たましひ》を曇らせ、腐らせ、殺すのは、誤った学説を流布したり、神様の御心
を取り違へて誠しやかに宣伝したり、或ひは神様の真似をするデモ宗教家、デモ学者が
最も重罪を神の国に犯して居るものですよ』
甲『ヘイ、そんなものですかなア、心に犯した罪や、学者や宗教家の罪はどこで善悪を
調べるのですか』
宗彦『到底不完全な人間が善悪ぢゃとか、功罪だとか云ふことは判断のつくものぢゃあ
りませぬ。それだから神が表に現れて善と悪とを立別け遊ばすので、人間はただ何事で
も善意に解釈し、直霊《なほひ》の神にお願ひし、神直日《かむなほひ》大直日《おほ
なほひ》に罪を見直し聞直し詔直《のりなほ》して貰ふより仕方がありませぬよ。われ
われは日々《にちにち》一生懸命に国家のため、お道のため、社会のためと思ってやっ
てることに大変な罪悪を包含して居ることが不知不識《しらずしらず》に出来て居るも
のです。それだと云って善だと信じたことはどこまでも敢行せねば、天地経綸の司宰者
としての天職が務まらず、罪悪になってはならぬと云ってジッとして居れば、怠惰者《
なまけもの》の大罪を犯すものですから、最善と信じたことはあくまでも決行し、朝夕
に祝詞を奏上し神様に見直し聞直しを願ふより仕方はありませぬ』
乙『今の法律は行為の上の罪ばかりを罰して、精神上の罪を罰することはせないのです
が、万一|霊魂《みたま》が罪を犯し、肉体が道具に使はれてもやっぱりその肉体が罪
人《つみびと》になると云ふのは、神界の上から見れば実に矛盾のはなはだしいもので
はありますまいか』
宗彦『そこが人間ですよ、ともかく法律と云ふものは人間相互の生活上、都合の悪いこ
とは皆罪とするのですから……たとへ法律上の罪人になっても神界においては結構な御
用として褒めらるることもあり、法律上立派な行ひだと認められて居ることが、神界に
おいて大罪悪と認められることもあるのです。それだから何事も神様が現れてお裁き下
さらぬことには善と悪との立別けは人間の分際として、絶対に公平に出来るものではあ
りませぬ。また人間の法律や国家の制裁力と云ふものは、有限的のものであって、絶対
的のものでは無い、浅間山《あさまやま》が噴火して山林|田畑《でんぱた》を荒し、
人家を倒し、桜島が爆発して数多の人命を毀損し、地震の鯰《なまづ》が躍動して山を
海にし、海に山を拵へ家を焼き人を殺し、財産をすっかり掠奪してしまっても、人間の
作った法律で浅間山や地震や桜島を被告として訴へるところもなし、放り込む刑務所も
無し、裁判することも出来ぬ様なもので到底駄目です。ただ何事も神様の大御心《おお
みこころ》に任すより仕方がありませぬなア』
 かく話す折しも次の間《ま》の病人、いやらしい声を出して、
原彦『ヤア田吾作 田吾作、赦《ゆる》してくれ、俺が悪かった、お前は大井川から俺
に落とされて死んで悔しからうが、今となってどうすることも出来ない、これも何かの
因縁ぢゃと諦《あきら》めてどうぞわしの生命《いのち》だけは助けてくれ、アア悪か
った悪かった、赦して赦して』
と叫び出した。
宗彦『ハテナ、この辺に田吾作と云ふ人があったのですか』
乙『田吾作と云ったら皆われわれの雅名《がめい》です。田吾作は田畑を耕し、杢兵衛
《もくべゑ》は山林にわけ入《い》って樵夫《きこり》をやったり薪物《たきもの》を
刈って来る人間の代名詞みた様なものですから、あまり沢山の田吾作で誰が殺されたの
やら訳が分りませぬ』
宗彦『それは分りましたが、しかし一人に特定の名の付いた田吾作と云ふ男はあります
まいかな』
 甲、乙一時に、
甲、乙『サアあまり聞きませぬなア、何でも宇都山《うづやま》の里に大変な周章者《
あわてもの》があって、その男を田吾作と云ふさうですが、それも実際の名か、一般的
の百姓の名か、そいつア判然《はっきり》致しませぬ。少し慌ててやり損ひをする男を、
この辺では宇都山《うづやま》の田吾作みた様な奴だと云って居ます、仄《ほのか》に
話に聞いて居るばかりで実際そんな方が有るのか無いのかそれも分りませぬ』
 隣の室より病人の叫び声、
原彦『田吾作の幽霊どの、悪かった悪かった、どうぞ助けてくれ……何、貴様の様な悪
人を助けて堪《たま》らうかい、俺の生命《いのち》をとった奴だ、貴様の肉体に宿り
腸《はらわた》を喰ひ、肺臓を抉《えぐ》り、胃袋を捻ぢ切り、苦しめて苦しめて嬲殺
《なぶりごろ》しにしてやるのだ。この怨みを晴らさなおかうか』
と原彦は自問自答的に怒鳴って居る。
甲『不思議な病人でせうがな、何でも腹の中に死霊が入ったり出たりすると見えます。
今はきっと腹へ入って居ると見えて本人と変った声で云って居ます…あれが殺された田
吾作の怨霊に違ひありませぬなア、どうぞ一つ祈祷をしてやって下さいますまいか、私
達も村中がかはるがはる五人づつかうして不寝《ねず》の番をして居るのですから、お
露《つゆ》さんも気の毒ぢゃが、われわれ村中の者も大変に手間が取れて困って居るの
です』
 宗彦は打ち頷き裏の谷川にて口を嗽《すす》ぎ手を洗ひ、天津祝詞を奏上し、徐々《
しづしづ》と病人の居間に入《い》り来たり枕頭《ちんとう》に端坐し、両手を組み三
五教《あななひけう》の奉斎主神《ほうさいしゅしん》の御名《みな》を唱へ、天《あ
ま》の数歌《かずうた》を二三回繰り返すや否や、病人はムクムクと起き上がり、目を
剥き鼻を左右に馬の様にムケムケと回転させ、舌を出し、
原彦『アーラ怨《うら》めしやなア、俺は田吾作の怨霊だ、この肉体をどこまでも苦し
め生命《いのち》をとらいでおくものかア』
と妙な手付をなし衰弱しきって動けない病人がにはかに立って騒ぎ出す。宗彦は一生懸
命に天の数歌を奏上し、
宗彦『これこれ原彦さま、決して田吾作の怨霊が殃《わざはひ》をして居るのではない、
お前の心の鬼が身を責めるのだ。神様にお詫びをしてやるから、お前の罪は神素盞嗚尊
《かむすさのをのみこと》様の千座《ちくら》の置戸《おきど》の贖《あがな》ひの御
徳《おんとく》によって最早救はれた、安心なされ』
 原彦は形相凄じく、
原彦『アラ怨めしやなア、何ほど救はれたと云っても、生命をとられた田吾作はどこま
でも祟らにゃおかぬ。親を殺し、本人は申すに及ばず、女房の生命をとり、一家親類村
中までも祟ってやるぞよ……』
宗彦『お前は田吾作と云ふがその田吾作は今どこに居るのだ』
原彦『田吾作は大井川の大橋の下で肉体は亡びたが、精霊《みたま》はここに悪魔とな
って憑いて居るのぢゃわいのう、怨めしやア怨めしやア』
宗彦『田吾作の顔には何か特徴があるか』
原彦『特徴と云ふのはほかでもない、眉間の真ん中に大きな黒子《ほくろ》があるばっ
かりだ、俺の顔を見てくれ、これが証拠だ』
と原彦は宗彦の前に額を突き出す。
宗彦『別に黒子《ほくろ》も何もないぢゃないか』
原彦『お前は霊眼が開けて居ないから大方原彦の肉体を見て居るのだらう、私の正体を
目を光らして見てくれたら眉間の黒子が分るだらう。ああ怨めしい、キャッキャッ』
と云ひながら嫌らしい相好を遺憾なく曝して、また元の寝間《ねま》へクスクス這ひ込
み『ウンウン』と苦しさうに呻りを続けて居る。
お露『もうし、宣伝使様、この病人は癒るでせうか』
宗彦『癒りますとも、眉間に黒子のある田吾作は死んでは居ませぬよ、確かにピンピン
して生きて居ます、今にここへやって来るでせう、要するに神経病だ、心に犯した罪悪
の鬼に責められて居るのです。今に当人がやって来て「許す」と一言《ひとくち》云っ
たら全快は請け合ひです』
お露『何とおっしゃいます、あの田吾作さんが生きて居られますか、そりゃまたどうし
た訳でせう』
宗彦『どうでもありませぬ、実際生きて居るのですから今に実物をお目に掛けませう、
田吾作がここへ参るまで、次の室《ま》で休息して待つことに致しませう』
お露『御苦労様で御座いました、なにとぞ奥でお茶なりと召し上がり緩々《ゆるゆる》
御休息下さいませ』
 宗彦は『有り難う』と一礼し奥の間に行って休息した。
甲『何と宣伝使様、妙な病人で御座いますなア、マア千人に一人くらゐな者でせうか、
さうして承《うけたまは》れば田吾作さまは生きて御座るとは、そりゃまた何と云ふ不
思議でせう』
宗彦『すべて天地の間は不思議ばかりで満たされて居るのです、菜の葉一枚だって考へ
てみれば実に不思議なものです。今の人間は石地蔵を祈って疣《いぼ》がとれたとか、
脚気《かっけ》が癒ったとか云って不思議がって居るが、そんなことは不思議とするに
足りませぬ。第一人間は、ものを云ふのが不思議ではありますまいか、何ほど立派な解
剖学や生理学の上から調べてみても、声の袋もなし、それに色々の言霊《ことたま》が
七十五声《しちじふごせい》際限もなく出て来るのですから、これくらゐ不思議なこと
はありませぬよ』
乙『さう聞けばさうですな、森羅万象|一《いつ》として不思議ならざるは無しですな
ア』
 かく話す折しも田吾作、留公の両人は門の戸を敲《たた》き、
田、留『モシモシ、ちょっとお尋ね致します、宗彦と云ふ三五教《あななひけう》の立
派な宣伝使はもしやこの家にお立ち寄りでは御座いませぬか』
 この声にお露《つゆ》は慌てて門口《かどぐち》に走り出で、田吾作の顔を見るより、
お露『アッ、貴方の眉間に黒子《ほくろ》がある、田吾作さまでは御座いませぬか、エ
ライ私の夫《やど》が貴方に対し御無礼を致したさうです、なにとぞ堪忍してやって下
さい』
 田吾作は何が何やら合点ゆかず、留公《とめこう》と共にお露の後に引っ添ひ、宗彦
の憩《いこ》へる居間に入った。
宗彦『アアよう来てくれた、さはさりながらちょっとこちらへ来ておくれ』
と原彦の病室に伴ひ原彦を揺すり起こした。原彦は病に疲れた身体《からだ》をやうや
く起き上がり、目を開き田吾作の姿を見るなり『アッ』と一声、またもや寝具の上に打
ち倒れもがき苦しむ。田吾作は原彦の窶《やつ》れたとは言へどことはなしに目付、鼻
の恰好、口許の具合の十数年前大井川の橋の上において、河中に突き落とした泥棒によ
く似て居るなアと半信半疑の態で打ち見まもって居る。
宗彦『コレ原彦さま、お前に橋から突き落とされて死んだはずの田吾作はこの通りピン
ピンして居る、お前の迷ひだから気を取り直したがよからうぜ』
田吾作『オイ、病人さま、久し振りだったなア、十三年前の月夜の晩だった、お前は狭
い橋の上で俺の懐中《ふところ》の玉を強奪しようとする、俺はとられてはならんと争
ひ、遂には組みつ組まれつ戦うた末、足踏み外し濁流|漲《みなぎ》る大井川に真っ逆
様に顛落《てんらく》し、それより心は疎《うと》くなり、現世《このよ》と幽界《あ
のよ》の境界《さかひ》の山の口まで歩いて行くと、後から大勢の俺を呼ぶ声、振り返
る途端に気がついて見れば、高城山《たかしろやま》の麓の芝生の上に横たはり、大勢
の人が火を焚いて介抱をして居てくれた、お蔭でわしは生命《いのち》が助かった。そ
れから宇都山村《うづやまむら》の住人となってこの通りピンピンと跳ね回って居るの
だ、決して決して露《つゆ》ほども怨んでは居らぬ。その時にわしが執着心を離しさへ
すればこんな目に遇ふのでは無かったのだ。エエ済まぬことをした、あの人に渡せばよ
かったと始終|懐中《ふところ》離さずその橋の辺りを通り、その方《かた》に会うた
ら心よう進ぜようと思ってゐたのだ、それ……この玉だらう』
と懐中《ふところ》から出して、病人の手に渡した。原彦は初めてヤッと安心した刹那
に病気は軽快に向かひ、日を追うて恢復《くわいふく》し、漸々《やうやう》肉もつき、
十日ほどの後には全く元の壮健体となってしまった。
 原彦夫婦を初め村人一同は執着心より恐るべき罪の発生し、その罪はたちまち邪気と
なってわが身を責むると云ふ真理を心の底より悟り、熊田の小村は挙《こぞ》って宗彦
の教《をしへ》を信じ、遂に三五教の信者となってしまった。
(大正11年5月13日 旧4月17日 北村隆光録)
--------------------
(754)に続く
http://onisavulo.web.fc2.com/
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る