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2009/04/15

霊界物語をメールで配信!(751)

霊界物語をメールで配信!第20巻(751)
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■第6章 梅花《ばいくわ》の痣《あざ》〔668〕 ■
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 松鷹彦《まつたかひこ》は今まで飯《めし》よりも好きであった漁《すなどり》を断
念し、武志《たけし》の宮の社務所《ながとこ》に居を転じ、宗彦《むねひこ》、お勝
《かつ》の両人と共に朝夕神に仕へ、かつ三五教《あななひけう》の教理を細々ながら
伝へてゐた。田吾作《たごさく》、お春《はる》の両人は御宮《おみや》の参拝を兼ね、
爺《ぢい》さんの話を聴くべく立ち寄った。
田吾作『お爺さま、お前さまもこの頃は大分に村中の評判が善くなったぞい。朝は早う
から御祝詞の声が聞こえるお蔭で、村中が無病息災で全く松鷹彦様のお蔭だと言うてゐ
ますぞや。尚《なほ》宗彦さま、お勝さまの評判も仲々よろしい。しかし村の者の話に
は、お前さまがここへ来て神主になられてから、随分年も経ったが、お竹さまは亡くな
り、後には女房子の無い一人のやもを暮し、本当に御気の毒だ。一層のこと宗彦さまと
お勝さまを子に貰って、後を継がしたらどうだらうかとチョイチョイ村人の話頭《わと
う》に上りかけましたよ』
松鷹彦『わしは最早三五教へ入ってから、今までの執着心をすっかりと除《と》ってし
まひ、幽界の結構なことも悟ったのだから、後継を貰って心配をするよりも一層一人で
余生を送る方が何ほど気楽だか知れやしない。このやうな老耄《おいぼ》れた爺《ぢぢ
い》の子になってくれる者は恐らく広い世界にありますまい。わしが亡くなった時は滅
多に捨てておきはせまい。村人の情けでどこかへ葬ってくれるだらう。それよりも幽界
に行って姿と一緒に暮らす方が、現世《このよ》に執着心が残らなくてよい』
お春『お爺さま、そりゃそうだがお前さまがもしも病気になった時には、やっぱり世話
をしてくれるものがないぢゃないか。何ほど村のものだってさうお前さまの病気に付き
添うて看病する訳にも行くまい。野良の暇の時ならばともかくも、田植の最中や、稲刈
りの最中《さなか》に患《わづら》ひでもなさったら、それこそ仕方がありますまい。
なんとか後継をこしらへておきなさい』
松鷹彦『イヤもう藁《わら》の上から育てた子供なれば、なんとか無理を言って介抱も
して貰へるだらうが、にはかに貰った息子に対して、さうヅケヅケと言へるものでもな
しに、かへって遠慮をせなくちゃならない様なものだから、もうどうぞそれだけは勧め
て下さるな』
田吾作『お前さま、子は無かったのかい』
松鷹彦『わしは元は紀《き》の国で生まれたものだが、素盞嗚尊《すさのをのみこと》
様が高天原《たかあまはら》を神追《かむやら》ひに追《やら》はれて遠い国へ御出ま
しになったその時に、世の中は一旦は常暗《とこやみ》の夜になったことがある。その
時だった、悪魔が横行して男二人、女一人の三人の子供を何者にか攫《さら》はれてし
まひ、女房と二人が泣きの涙で、十五六年前にここへ出て来て村人の情けによって、こ
の宮守《みやもり》をさして貰ひ余生を送って居るのだ。アーア我が子はどうなったで
あらう。今までは女房や子のことは好きな漁《すなどり》に心をまぎらして忘れてゐた
が、こんな話が出るとまた思ひ出す』
と涙ぐむ。宗彦《むねひこ》は、
宗彦『モシお爺さま、貴方は今紀の国のものだとおっしゃいましたな。一体何の辺でご
ざいます』
松鷹彦『わしは熊野の生まれだ』
宗彦『ハテ不思議なことを承《うけたまは》ります。私も実のところ両親がわからず、
他人《ひと》から熊野|辺《へん》の生まれだと子供の時分に聞いたことがあります。
私は大台ケ原の山奥の巌窟に悪神《あくがみ》に攫《さら》へられて、長らく閉《と》
ぢこめられて居りました。そこへ立派な神様が現れて、「お前はこれから浪速《なには
》の里へ往《い》て苦労せよ。一人前になったら世界を順礼せい」とおっしゃいました。
それを未だに夢のやうに覚えて居ります。さうして私も兄弟が三人あったさうです。ど
こへ行っても親もなければ兄弟もない者は、誰も可愛がってはくれず、やうやく成人し
て牛馬《うしうま》にも踏まれないやうになった頃から、そろそろ酒を呑み、そこら辺
りへ養子にも幾度《いくたび》か行って見、また家も持って見ましたが、何分子供の時
分から乞食のやうに、そこら中を彷徨《さまよ》うて育って来たものですから、家を持
つの、養子に往くのと云ふことは窮屈でツイ飛び出し、自棄酒《やけざけ》を呑んで女
房に心配をかけ、沢山の女房を先立たしました。ある人に聞けば私は丙午《ひのえうま
》の年に生まれたとかで、女に祟《たた》る身魂《みたま》ぢゃさうです。私も今はか
うして若いが、子が出来ないのでお爺さまのことを思ふにつけ、先が案じられてなりま
せぬ』
松鷹彦『お前さま、腋《わき》の下に梅の花のやうな痣《あざ》がありはせぬかなア』
宗彦『そりゃまた貴老《あなた》はどうして御存じですか』
松鷹彦『イヤわしの子供は男の方は二人とも梅の花の痣《あざ》が付いて居る。兄は左
の腋《わき》の下、弟の方は右の腋《わき》の下にハッキリと出てゐたはずぢゃ。それ
を頼りに夫婦連れ、四五年が間探してみたが、人を捉《つか》まへて一々|裸体《はだ
か》になって腋を見せてくれと言ふ訳にも行かず、夏になると海水浴場へ往って、わが
子の年輩ぐらゐな人の腋の下を一々調べてみたが、何を言っても見え難《にく》いとこ
ろ、温泉へ行っても見当らず、これくらゐ心配したことは無い』
とまた俯向《うつむ》く。
宗彦『お爺さま、私の右の腋の下に何だか花のやうな型がありますが、ちょっと見て下
さらぬか』
 松鷹彦はビクリッと身を自然的にしゃくりながら、
松鷹彦『ドレドレちょっと見せて下さい。アーアほんにほんに擬《まが》ふ方《かた》
なき梅の花の痣《あざ》、五弁の梅が上の方は少し欠けて居ったが、やっぱり欠けて居
る。さうするとお前は竹と云ふ男ぢゃなかったか』
宗彦『ハイ子供の時は竹と云ひました。バラモン教から宗彦といふ名を貰ったのです』
 田吾作は二人の顔を見較べて見て、
田吾作『お爺さま、頭の恰好と云ひ、小鼻のつんもりとした辺から耳の塩梅《あんばい
》、よく似てをるぢゃないか。ヒョッとしたらお前さまの子ぢゃあるまいかな』
松鷹彦『擬《まが》ふ方《かた》ないわしの息子だ。アーこれ宗彦、ようマア無事で居
ってくれた。これと云ふのもやっぱり神様の御神徳《おかげ》だなア』
と泣き伏す。
宗彦『お父さまでございましたか、存ぜぬこととて御無礼を申しました。どうぞ許して
下さいませ』
と宗彦は、カッパと伏して嬉し泣きに声を上げて泣く。お勝は手を組み思案に暮れなが
ら、松鷹彦を抱き起こし、
お勝『モシモシお爺さま、貴老《あなた》、一人の息女《むすめ》があったとおっしゃ
いましたなア、その息女《むすめ》さまには何か特徴はありませぬか』
 松鷹彦は声をかすめて、
松鷹彦『息女《むすめ》の特徴と云ふのは、臍《へそ》の上に三角形なりに黒子《ほく
ろ》が行儀よく出来て居たやうに覚えて居る。アーア一人の伜《せがれ》にめぐり合っ
て嬉しいが、兄の松や、お梅はどこの何処《いづく》に暮らして居るであらうか。一つ
叶《かな》へばまた一つ、折角|除《と》れた執着心が再発して来た、ほんに苦しい浮
世だなア』
と打ち沈む。お勝の胸にグッとこたへたのは臍《へそ》の上の三角形の黒子《ほくろ》、
宗彦と夫婦になって暮らして来た関係上、名乗りもならず、一人胸を痛めてゐる。
松鷹彦『妙なことを訊《たづ》ねるがわしの心のせいか、何となくお前が恋しいやうな
気がしてならぬのだ。竹にどこともなしに似たやうな所もあり、女房のお竹にもどこか
似て居るやうだが、もしやわしの息女《むすめ》ではあるまいか』
 お勝は口ごもりながら、
お勝『私も親も兄弟もあったさうですが、行方は今にわかりませぬ。しかしながら今|
貴老《あなた》のおっしゃる黒子《ほくろ》はありませぬ』
松鷹彦『アーさうかな、それは幸ひだった。万一娘だとすれば血族結婚になり、天則違
反で神様に罪せられるから、可愛《かはい》さうだがマア兄妹《きゃうだい》でなくて
結構だった』
お勝『兄妹の結婚はそれほど罪が重いのですか。しかしながら万一《もしも》知らずに
結婚をしたら、それはどうなります?』
松鷹彦『サア、それは何ともわしにはわからない。あまり例《ためし》の無いことだか
ら、この年になっても聞いたこともなし、三五教《あななひけう》の真浦《まうら》さ
まにも教へて貰ったこともないのだから』
宗彦『知らぬ神に祟りなしと云ふぢゃありませんか。万一世間にそんな夫婦があるとし
ても、慈悲深い神様はきっと赦して下さいませう』
 お勝は両の袂《たもと》を顔に当て、身を悶《もだ》えて泣いて居る。
田吾作『コレコレお勝殿、結構な父子《おやこ》の対面にお前さまが泣くと云ふことが
あるものか、ハー羨《けな》りいのだなア。宗彦さまは焦がれて居ったお父さまに会う
て嬉しからうが、わしはいつになったら会へるだらうと思ひ出して泣くのだな。マママ
何事も神様に任して時節を待ちなさい。きっと信心の徳によってお父さまや、お母さま
が現世《このよ》にござったら、会はして下さるでせう』
お勝『ハイ有り難うございます。よう云って下さいました。折角親子の……イエイエ親
と子と御対面なさって喜んでゐられるのを御喜びもせず涙を零《こぼ》して見せました。
誠に済まぬことでございます。どうぞお父様|否《いや》宗彦さまのお父様、どうぞ私
も子の様に思うて可愛がって下さいませ。これからは打って変って親のやうに思って孝
行致します』
松鷹彦『アアよう言うて下さった。わしも他人のやうには、どうしても思へない。親子
も同然互ひに親切を尽くし合うて神様の御用を致しませう』
 三人は嬉し涙に暮れて、暫時《しばし》無言のまま沈黙の幕が下りた。春の日は晃々
《くわうくわう》として武志《たけし》の森の千年杉の梢にかかってゐる。烏《からす
》は卵を孵化《かへ》し、雌雄《しゆう》互ひに飛び交ひ、餌《ゑ》を漁《あさ》って
子烏《こがらす》に与へてゐる。子烏は黄色い口を裂けるほど開けてゐる。
 田吾作は性来の慌者《あわてもの》、
田吾作『ヤア爺さま、宗《むね》さま、親子の対面御芽出度う。ドーレこれから帰って
御祝ひでも持って来ませう。オイお春さま、お前も何か祝はにゃなるまい。さア帰らう』
松鷹彦『モシモシ田吾作さま、お春さま、どうぞしばらく村の人に言うて下さるな。ま
た騒がせると気の毒だから』
田吾作『何を爺さまおっしゃるのだ。地異《ちい》天変《てんぺん》、手の舞ひ脚の踏
む所を知らざる大観喜天様の御来迎《ごらいこう》、これが黙って居られますか。サア
お春さま、早く早く』
と促《うなが》し、爺《ぢい》の呼び留めるのも聞かばこそ、捻ぢ鉢巻をグッと締め、
尻ひん捲り、わが家《や》を指して馳《は》せ帰る。
松鷹彦『アーア親切な男だ。ようちょかつく人だが、しかしあれくらゐ心のキレイな方
はない、アー見えても心はしっかりして居る。村中の賞めものだ。どうぞよい嫁さまを
お世話して上げたいものだ』
 一方田吾作は何よりも早く留公《とめこう》が離家《はなれ》に居る真浦の宣伝使に
報告せむとし、
『大変大変』
と道々呼ばはりながら、近所に火事でも起こった様な周章方《あわてかた》で走って来
た。留公は鍬《くは》を担《かた》げて門口《かどぐち》へ出ようとするところであっ
た。
 田吾作は、
『オイ留公、貴様は鍬《くは》を担《かた》げてどこへゆくのだ。大変だ、地異天変だ、
欣喜雀躍《きんきじゃくやく》手の舞ひ、脚の踏む所を知らぬ大事件が突発した。サア
サア早く貴様も用意をせぬかい、何をグツグツしてゐるのだ、野良仕事くらゐは休んで
もいい。天変だ天変だ』
と地団太ふんで踊り回る。
留公『貴様さう云ったって理由《わけ》も言はずに解らぬぢゃないか。一体なんだい』
田吾作『なんだって解っとるぢゃないか。芽出度いことだ。タタタ大変だ。早く宣伝使
の真浦さまに取り次いでくれ』
留公『そら取り次がぬことは無いが、ちっと落ちつかぬかい。詳細に報告せなくては事
件の真相どころか、端緒《たんしょ》も探れぬぢゃないか』
田吾作『エー邪魔臭い、愚図々々して居ると喜びがどこかへ消滅してしまふと大変だ。
邪魔ひろぐな』
と無理矢理に真浦の居間に走り込んだ。
真浦『田吾作さま、大変な勢ひで何事が起こったのだ』
田吾作『何事が起こったもあるものか。梅ぢゃ梅ぢゃ、梅の花ぢゃ』
真浦『梅だと云ったって解らぬぢゃないか。梅が必要なら裏に沢山なってゐる。トット
とむしってゆかっしゃれ』
田吾作『そんなことどころか。梅と云ったら梅ぢゃな。合点の行かぬ宣伝使だな。親子
の対面だ』
 かかるところへ留公は跡を追って走り来たり、
留公『オイ田吾作、貴様は気が違ひ居ったのか。チトしっかりせぬかい』
と背中を握り拳《こぶし》で二つ三つ叩いた。
田吾作『アイタタタ、腕《かひな》が抜けるやうな目に会はせやがった。オーそれそれ
 かひなぢゃ、かひなぢゃ かひなぢゃ』
と腋を左の食指《ひとさしゆび》でしきりに指し示す。
真浦『腕《かひな》がどうしたと云ふのだい』
田吾作『腕《かひな》に梅の花が咲いたのだ。五弁の上の奴がちょっと欠けて居る。そ
れで親子の対面だ。武志の森の社務所《ながどこ》で腕《かひな》に咲いた梅の花、三
千世界一度に開く梅の花のやうな喜悦《よろこび》だ』
真浦『とんと合点が行かぬわい。田吾さま、もうチット落ちついて云って下さい』
田吾作『他人の乃公《わし》まで、あまり嬉しうて、これがどうして落ちつけよう。梅
ぢゃ梅ぢゃ。武志の森まで往って見りゃ解る』
真浦『ますます解らぬことを云ふぢゃないか』
と訝《いぶ》かしさうに首を傾ける。そこへお春が遅れ馳せにやって来た。
お春『モシモシ大変な喜びが出来ました。田吾作さまに大体のことは、御聴きでせうか
ら私が申し上げるものも二重ですが、本当に結構でございますよ。松鷹彦《まつたかひ
こ》のお爺さまも到頭親子の対面をなさいました』
真浦『何ッ、お爺さまが親子の対面、してその子と云ふのは誰のことだな』
お春『あのこの間行者になって出て来た宗彦さまが、お爺さまの子だったさうです。右
の腋の下に梅の花の痣《あざ》があったので、それで親子と云ふことに気が付いたので
す。あの方は紀の国の生まれで、名前は竹さまとか云ったさうです。さうしてまだ松さ
まといふ兄があり、お梅さまといふ妹があるさうです。それは未だ分りませぬ。しかし
ながらお爺さまは竹さまに会ったので大変な御喜び、どうぞ貴方《あなた》も早く武志
の森までいって神様に御礼を申して下さい。村中明日は総休みをして御祝ひをせなくて
はなりませぬから』
真浦『何ッ、三人兄妹、さうして竹と云ふのがあの男か』
田吾作『オーさうぢゃさうぢゃ、なにを愚図々々して居るのだ。早くいきなさらぬか。
お春さま女だてら構はひでもいいワ。早く帰って御馳走の用意をせないか』
 お春は『ハイ』と答へて足早に立ち去った。真浦は手を組み、
真浦『ハテナ』
と云ったきり、深き思案に沈むものの如くである。
田吾作『ハテナもあったものかい。サアサア御輿《おみこし》を上げたり上げたり。お
前さまはこんな芽出度いことが何とも無いのか。何を愚図々々してゐるのだ。それだか
らわしに鍬《くは》の尖《さき》で指を斬られるやうなことが出来るのだ。サア早う早
ういっておくれなさい』
 真浦は何故《なにゆゑ》か太き息を吐《つ》き、無言のままうつむいてしきりに考へ
てゐる。
田吾作『オー今思ひ出した。この間お前さまが禊身《みそぎ》の時にわしがチラと見て
おいた、お前さまの腋《わき》の下に梅の痣《あざ》がありましたなア。それならひょ
っとしたら爺さまの子で松と云ふ男かも知れはしない。どうだい、違ひはありますまい
がな』
真浦『コレコレ田吾作さま、滅多なことを云って下さるな。梅の紋の痣《あざ》のある
ものは、広い世界には沢山あるだらう。さう軽率に云って貰っては困るからなア』
田吾作『なに化物のやうに人間の身体《からだ》に、梅の花の咲いた奴が、さう沢山あ
ってたまりますかい。うめい言ひ訳をしなさるな。ドーレ 一つこれから爺さまの所へ
トッ走って注進だ。ヤア天変だ、天変だ』
と駆け出す。
真浦『コレコレ留《とめ》さま、ちょっと田吾作さまを捉《つか》まへて下さいな』
 留公は、
留公『合点だ』
と田吾作の後を追ひ駆ける。田吾作は一生懸命走り出す。踏み外して崖下《がけした》
の麦畑へ顛落《てんらく》し、
田吾作『アーアやっぱり地異天変だ。麦一升な目に会ったものだ。オイ留公、この報告
は俺が承《うけたまは》ったのだ、先へいって喜ばしやがると承知せぬぞ』
留公『貴様の言ふことは何が何だか、さっぱり解らせんワ。俺ん所の麦畑をワヤにしや
がってどうしてくれるのだい』
田吾作『どうもかうもあったものかい。麦の一升や二升ワヤになったって、この喜びに
替へられるものか。親子の人に寄付したと思へば済むのだ。この場合になって吝嗇《け
ち》くさいことを言ふな』
 留公はまたもや両手を組んで、
留公『ハテナ』
と思案に暮れてゐる。松鷹彦は二人に留守を命じおき、【あかざ】の杖をつき田吾作の
後を追うてヒョロヒョロとここまでやって来た。
留公『ヤア貴方は宮のお爺さま』
松鷹彦『お前は留《とめ》さまぢゃないか。こんな路傍《みちばた》に何心配さうにし
て立ってござるのだ』
留公『別に心配も何もありませぬが、田吾作の奴にはかに発狂し居って、これこの通り
この高土手から顛落し、訳のわからぬことを言ってます』
 爺さんは恐《こは》さうに崖下《がいか》をソッと覗いた。高所から落ちて腰を痛め、
脚の蝶番《てふつがい》を破損した田吾作は、爺《ぢい》の顔を見るより、
田吾作『ヨーお爺さま、大変大変、左の腋下にモ一つの梅の花が咲いた』
松鷹彦『それはどこに咲いたのだな』
田吾作『どこにもかしこにも咲いて咲いて咲き乱れて居る。真浦ぢゃ真浦ぢゃ、真浦の
左の腋下に梅の花の痣があるのだよ。てっきりお前の伜《せがれ》の松さまに間違ひな
からう。いって来なさい。わしはお前に報告のため、駄賃取らずの飛脚さまで今日一日
は、お前のために社会奉仕をするのだよ』
松鷹彦『それはマア妙なことを聞くが実際そんなことがあるのかい。嘘ぢゃあるまいな
ア』
田吾作『嘘を云った所で一文の徳にもなりはせぬ。早く帰って親子対面の用意をしなさ
い。オイ留公、真浦さまを宮の社務所《ながどこ》まで引っ張って来るのだよ』
と身体《からだ》の痛みも忘れて、一生懸命に叫んでゐる。松鷹彦は半信半疑ながらも、
何か心に期する所あるものの如く、覚束《おぼつか》なき足も欣々《いそいそ》と軽げ
に元来し道へ踵《きびす》を返した。
 留公は田吾作を助けむと、少しく迂回して側《かたはら》に近付き、
留公『オイ田吾作、しっかりせぬか、口ばっかりはしゃぎ居って、腰がチッとも立たぬ
ぢゃないか』
田吾作『あまり嬉しくて嬉し腰が抜け居ったのだい』
留公『サア、俺が負うてやるから俺の背中に喰らひつくのだ』
田吾作『俺を負ふ人があるのだ。それまで待ってゐるのだよ。大きに憚《はばか》りさ
ま』
留公『負け惜しみの強い奴だな。俺が親切に負うてやらうと言ふのに、何故負はれぬの
か』
田吾作『かうしてここに平太《へた》って居れば、きっと通る人があるのだよ。カカカ
エーやっぱり構うてくれな。何事も惟神《かむながら》に任すのだ』
留公『ハハア、カカカと云ひやがって、大方お勝さまに負うて貰はうと思ってゐるのだ
らう、サアサ俺がお勝さまの所へ負って連れて行ってやらう。背中に喰らひつくのだよ』
 田吾作はソーと腰を上げてみて、
田吾作『アー妙だ、いつの間にか自然療法で全快し居った。マア生命《いのち》に別条
はない。安心してくれ』
留公『こんな奴に相手になって居ると狐につままれたやうなものだ。エエ怪体の悪い』
とボヤキボヤキ上がって行く。田吾作はシャンシャンとして後を追ふ。やうやく顛落し
た箇所までやって来た。
田吾作『アアここだ、俺の一生一代の放れ業の遺跡だ。臨時に目標でも建てて記念にし
ておかうかな』
 そこへ慌《あわただ》しくやって来たのは真浦である。
真浦『留さま、田吾作さま、何をしてゐるのだ』
留公『今田吾作が空中滑走の曲芸を演じ、この留さまに御覧に供した所です』
田吾作『ヤア左の腋の下の梅の花か、サア早く来た。もう爺さんに注進済みだ。きっと
四頭《しとう》立ての黒塗りの馬車か、自動車をもって迎ひに来ますぜ。マア、ゆっく
りこの田圃路《たんぼみち》に待って居なさい』
 真浦はニタリと笑ひながら、足早に武志の森をさして急ぎ行く。二人も捻ぢ鉢巻しな
がら大股に宙を飛んで、宮の社務所《ながどこ》目がけて駆け出した。
(大正11年5月13日 旧4月17日 外山豊二録)
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(752)に続く
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