2009/04/06
霊界物語をメールで配信!(750)
霊界物語をメールで配信!第20巻(750) -------------------- □■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■第2篇 運命《うんめい》の綱《つな》■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■第5章 親不知《おやしらず》〔667〕 ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 黄金《こがね》の波も宇都山《うづやま》の 山と山との谷間《たにあひ》を 縫うて流るる宇都《うづ》の川 水も温《ぬる》みて遡《のぼ》り来る 真鯉《まごひ》緋鯉《ひごひ》や鮒《ふな》雑魚《もろこ》 鮎《あゆ》の季節もやうやくに 漁《すなど》る人の此処彼処《ここかしこ》 中に勝《すぐ》れて背も高く 何とはなしに逞しき 白髪異様の老人は 立つる煙も細竿《ほそざを》の 先に餌《ゑさ》をば取りつけて 永き春日《はるひ》を過ごさむと 釣《つり》を楽しむ折柄に 川辺を伝ひ上り来る 蓑笠《みのかさ》着けた二人連れ 諸行無常《しょぎゃうむじゃう》是生滅法《ぜしゃうめっぽふ》 生滅滅已《しゃうめつめつい》寂滅為楽《じゃくめつゐらく》と記したる 菅《すげ》の小笠《をがさ》を頂《いただ》きつ 金剛杖《こんがうづゑ》に助けられ 釣する翁《おきな》の前に立ち 釣れますかなと阿呆面《あはうづら》 翁《おきな》は釣に気を取られ 見向きもやらぬもどかしさ 行者はツカツカ側《そば》に寄り コレコレ爺《ぢ》さまと背《せな》叩き 釣れますかなとまた問へば 情《つれ》無い浮世の一人者 婆アは川に誤って 寂滅為楽となりました 諸行無常の世の中の 是生滅法の道理《ことわり》に 洩れぬ人生を果敢《はか》なみて 余生を送る川の辺《べ》の われは松鷹彦翁《まつたかひこおきな》 汝《なれ》は夫婦の修験者 本来この世は無東西《むとうざい》 何処有南北《かしょうなんぼく》これ宇宙 迷ふが故に三界城《さんがいじゃう》 悟るが故に十方空《じつぱうくう》 食うて糞《はこ》して寝て起きて さてその後は死ぬるのみ これが人生の通路ぞや 汝は若い年に似ず 行者になるは何故《なにゆゑ》ぞ これには仔細あるならむ 委曲《つぶさ》に語れと促せば 若き男は笠を除《と》り 蓑《みの》脱ぎ捨てて川の辺に どっかと坐して目を拭ひ バラモン教の修験者 宗彦《むねひこ》お勝《かつ》の両人が 一粒種《ひとつぶだね》の愛《いと》し子《ご》に 先立たれたる悲しさに 赤児の冥福祈らむと 二世《にせ》を契った妹《いも》と背《せ》が 足に任せて雲水《うんすゐ》の 行方|定《さだ》めぬ草枕 旅に出《い》でたるその日より 憂きを三年《みとせ》の夫婦連れ 月日の駒は矢の如く われを見棄てて流れ行く 二人の果ては小夜砧《さよきぬた》 宇都山川《うづやまがは》の水音《みなおと》も 悲しき無情の叫び声 万有愛護の御教《みをしへ》を 守るわれらは河海《かはうみ》に 泛《うか》び遊べるうろくづの 天津御神《あまつみかみ》の精霊の 宿り玉うと聞くからに 翁《おきな》の釣《つり》を見るにつけ 諸行無常《しょぎゃうむじゃう》の感《かん》深し 生者必滅《せいじゃひつめつ》会者定離《ゑしゃぢゃうり》 世の慣習《ならはし》と云ひながら 釣魚《てうぎょ》の歎《なげ》きは目《ま》のあたり 見るわれこそは痛ましく 彼れが菩提《ぼだい》を弔《とむら》ひて せめてわが子の冥福を 祈りやらむと松鷹彦が 心をこめて釣りあげし 鮒《ふな》や雑魚《もろこ》の死骸《なきがら》に 両手を合はせ拝み居る 松鷹彦は驚いて 竿《さを》投げ棄てて釣りし魚《な》を 川の瀬目がけて放ちやり 涙流してスゴスゴと 茅屋《あばらや》さして帰り行く 宗彦お勝の両人は 悲哀の涙に暮れながら 吐息つくづく老人が 後を慕うて探り行く。 川辺に建てる茅屋《あばらや》を、宗彦《むねひこ》お勝《かつ》の両人は、やうや く見つけだし、戸の外面《そとも》より、 『頼もう頼もう』 と訪《おとな》へば、中より以前の翁《おきな》、 翁『お前は、最前逢うたバラモン教の巡礼だらう。わしはバラモン教は嫌だ。けれど最 前お前の言ったことに少しばかり首を傾けて考へねばならぬことがあるやうだ。この里 はバラモン教の信者ばかりであったが、つい一年ばかり前から、三五教《あななひけう 》に全村|挙《こぞ》ってなったのだから、表向き入って貰ふことは出来ないのだが、 川辺《かはべり》の一《ひと》つ家《や》を幸ひ、誰も見て居ないから、そっと入って 下され。わしもこの村の武志《たけし》の宮の神主をして居る者だ。婆アに先立たれ、 あまり淋しいので、毎日日々《まいにちひにち》、漁《すなど》りを楽しみ、婆アの霊 前に清鮮な魚《うを》を供へて、せめてもの慰めとして居るのだ。それについてお前に 聞きたいことがある。サアサアお入りなさい』 宗彦『バラモン教でも、三五教でも、道理に二つはないはずだ。開闢《かいびゃく》の 初めから、火は熱い水は冷たいと云ふことは、チャンと定《きま》って居る。それほど バラモン教を排斤するのならば、お前の宅《うち》へ入ることは中止致しませう。サア お勝、行かうぢゃないか』 松鷹彦『お前は年が若いので直ぐに腹を立てるが、マアじっくりとお茶でも飲んで、気 を落ち着け、話の交換をしたらどうだな。わしも一人暮しで、川端柳《かはばたやなぎ 》ぢゃないが、水の流れを見て、クヨクヨと世を送る者だから』 お勝『宗彦さま、お爺さまのおっしゃる通り、一服さして貰ひませうか』 宗彦『そうだなア、そんならドッと譲歩して入ってやらうか』 松鷹彦『サアサア入ってやらっしゃい……(小声で)……バラモン教の奴は、どこまで も剛腹《がうばら》な奴だなア』 と呟《つぶや》きながら真っ黒けの土瓶《どびん》から、忍草《にんぞう》の茶を汲ん で勧める。 松鷹彦『お前は、見ればまだ若い夫婦と見えるが、ようそこまで発起したものだなア、 これには深い訳があるだらう、一つ聞かして貰ひたいものだ』 宗彦『私も実の所は、来世《らいせ》が怖ろしくなって来たので、罪亡ぼしに巡礼とな って、各地の霊山霊場を巡拝し、今日でほとんど三年、この自転倒島《おのころじま》 を回って来ました。私も今こそ、かうして猫の様に温順《おとな》しくなってしまった が、随分|名代《なだい》の悪者《わるもの》でしたよ。家妻《かない》を貰っては赤 裸《まっぱだか》にして追ひ出し、押しかけ婿《むこ》にいっては、その家を潰し、何 度となく嬶《かかあ》泣かせの家潰しや、後家倒し借り倒しなど、悪いことのあらむ限 りを尽くして来た所、最後の女房が私の不身持《ふみもち》を苦にして、裏の溜池へド ンブリコとやって、ブルブルブル、波立つ泡と共に寂滅為楽となってしまった。それか ら直ぐにこのお勝を女房となし、睦じう養家の財産を当てに、朝から晩まで差向ひで、 酒ばっかり飲んで居った所、嬶《かか》アの霊を祀った霊壇から夜半《よなか》頃にな ると、ポーッポーッと青白い火が燃えて来る。夫婦の者は夜着《よぎ》を被って、息を 凝らして慄へて居ると、冷たい手で二人の顔を撫で回す厭《いや》らしさ。こいつア先 妻のお国の亡霊ぢゃと合点し、一言|謝罪《あやま》らうと思うても、どうしたものか 声が出て来ぬ。長い夜中|厭《いや》らしい声がする。冷たい手で撫でる。こいつア堪 《たま》らぬと、朝から晩までバラモン教のお経を唱へ通して居ると、その夜はお蔭で 霊壇の怪は止んだ。さうかうするうちに、ザアザアと雨戸を叩く音、それがまた死んだ 女房の声に聞こえて来る。ソッと窓から透かして見れば、お国の陥《はま》った前栽《 せんざい》の池から、白い煙が盛んに立ち昇り、髪振り乱した青白い女房の顔、恨めし さうに家の中を見詰めて居る。そこで女房に「別れてくれ、さうしたらお国も解脱する であらうから」と何ほど頼んでも、このお勝の執念深さ、どうしてもかうしても離れて くれませぬ。「お前が縁を切るなら切って下さい。池に身を投げて幽霊になり、お国と 一緒に幽霊同盟会を組織して襲撃してやる」……とアタ厭らしいことを吐《ぬか》しや がるので、家《うち》に居ることもならず、巡礼姿に化けてわが家《や》を飛び出しま した。さうすると一年ほど経った春の頃、辻堂の前を通れば、一人の女が癪気《しゃく き》を起こして苦しんで居る。……「オイお女中、この人通りのない辻堂でさぞ御難儀 であらう、介抱してあげませう」と近寄り見れば豈図《あにはか》らむや執念深いこの お勝が巡礼姿になって、私の行方を探して居るのにベッタリ出会《でっくは》し、アー ア何とした甚《きつ》い惚方《ほれかた》だらう、蛇に狙はれた様なものだ。こんなこ とと知ったなら黙って通ったらよかったのに……神ならぬ身の……アア是非もなやと、 天を仰いで歎息して居ました。死ねばよいのに、お勝の奴、私の顔を見るなり、癪《し ゃく》も何もケロリと忘れ、「アイタ、アイタ……イタイはイタイが逢いたかったのぢ ゃ」とぬかしやがる。……エ、仕方がない、色男に生まれたがわが身の不仕合《ふしあ は》せ、と因果腰《いんぐわごし》を定め、嫌ひでもない女房を……アタ恰好の悪くも 何ともない……かうして伴《つ》れて歩いて居りますのだ』 お勝『コレ宗さま、何を言ひなさる。そりゃお前のことぢゃらう。飛んで出たのはわた しぢゃないか。お前、お国の亡霊が出るのは、わたしが後妻に入り込んだのがお気に容 らぬのであらう。わたしさへ出れば家は無事太平、お国の霊も解脱遊ばすに違ひない。 これだけ惚れた爺《おやぢ》、何と言っても暇をくれる気遣ひはない、わたしから飛び 出すのが上分別《じゃうふんべつ》だと、お前に酒をドッサリ飲まし、夜陰《やいん》 に紛れて巡礼姿となり、バラモン教のお経を称へつつ、お国の冥福を祈って、霊山霊地 を参拝して彷徨《さまよ》ふ折しも、辻堂の中で一人の男が、一尺くらゐな光る物をニ ュッと出し、腹を出して自殺を図らうとして居る者がある。何処《いづこ》の誰人《た れびと》かは知らねども、これが見捨てて行かれようかと、わが身を忘れて躍りかかり、 その光る短刀をひったくり、……「モシモシいかなる事情か知りませぬが生《せい》は 難《かた》く死は易《やす》し、先づ先づ気を落ち着けなさいませ」……と女の細腕に 全身の力を籠めて止《とど》むれば、「イヤどこのお女中か知りませぬが、私はどうし ても死なねばならぬ深い理由《わけ》がある。お慈悲はかへって無慈悲となる。どうぞ この腕放しやンせい」……と無理に振り放さうとする。わたしはバラモン教のお経を一 生懸命に唱へて居ると、その男は……「可愛い女房は幽霊が怖さに家を飛び出し、行方 不明となりました。今まで沢山女も有《も》ってみたが、あのくらゐ気のよい、綺麗な 女房は持ったことがない。あの女房と添はれぬのならこの世の中に生きて居っても、何 楽しみも無い。この広い世の中を十年や二十年探し回った所で会へるとも会へぬとも分 りませぬ。娑婆の苦を遁《のが》れる為に、この場で腹掻き切って浄土参りをするのだ。 ヒョッとしたら女房も先にいってるかも知れませぬ」……と云ってみっともない、女の 一人ぐらゐに生命《いのち》を捨てようとする馬鹿な奴は、どこの何者かとよくよく月 影に照らして見れば、アタ気色の悪く無い、この人でしたよ。まるで蛇に狙はれた蛙の 様なものだと、因果を定めて、ここまでついて来てやったのですよ』 宗彦は真赤な顔して俯向《うつむ》く。松鷹彦《まつたかひこ》は、 『アハハハハ、随分おめでたいローマンスを沢山に拝聴致しました。千僧万僧《せんぞ うばんぞう》の読経よりも、宅《うち》の婆アが聴いて喜ぶことでせう。この爺だって もとより木や石では無い。若い時にゃ、随分|情話《じゃうわ》の種を蒔いたものだ。 しかし過越苦労はやめておきませうかい。また姑《しうとめ》の十八を言って誇ると思 はれても詰まらぬからな、アハハハ。しかしお前達はさうして夫婦仲良く意茶つき喧嘩 をチョコチョコやって、天下を遍歴して居れば随分面白からう。……わしもお前ら夫婦 の苦楽を共にする状態を見て羨《うらや》ましうなって来た。どうしても人間は異性が 付いて居らねば、世の中が何ともなしに寂しくて、春の暖かい日も冷たい様な気分がす るものだ』 宗彦『あなたのやうに年が寄って、行先の短い爺さまでも、ヤッパリ女房が要りますか なア』 松鷹彦『定《きま》ったことだよ。雀百まで牝鳥《めんどり》忘れぬと云って、年が寄 れば寄るほど、皺苦茶婆《しわくちゃばば》でも恋しうなるものだ。夫婦と云ふものは、 若い時よりも年が寄ってから本当の力になるものだ。若い時には春の蝶が彼方《あちら 》の白い花やこちらの黄色《うこん》の花に飛び交ひて、花の唇にキッスをする様に、 花もまた喜んで受けてくれるが、かう体中に皺が寄り、皮が余って来、竹笠の様に骨と 皮ばっかりになって、胃病の看板然と痩せ衰へては、誰だって見向いてもくれやしない。 その時には本当の力になってくれる者は、爺に対しては婆ア、婆アの力になる者は爺だ。 何ほど可愛い子が沢山あってもヤッパリ大事の話は、夫婦でなければ、打ち解けて話せ るものぢゃない。……アア中年にやもを鳥になる者ほど不幸な者はありませぬワイ』 宗彦『若い時の心と、年の寄った時の心とは、それだけ違ふものですかいな。われわれ から見ると、爺さまが皺苦茶婆《しわくちゃばば》を可愛がり、婆アがまた目から汁を 出し、水ばなを垂れ、歯糞をためて枯木の様になった、不潔《きたな》い爺《おやぢ》 を大切にするのを見ると胸が悪い様な気がするものだが、なんと人間と云ふものは合点 のゆかぬものですなア』 松鷹彦『お前達は庚申《かうしん》の眷属の様に、あっちゃの枝に止まっては小便を掛 け、こっちゃの枝に止まっては小便を垂れて、結構な人間を弄物《おもちゃ》の様に取 り扱ひ、色が白いの、黒いの、背が高いの短いのと、小言を云って居られるが、わしの 様な世捨人になってしまへば、誰も相手になる者はありゃしない。蚊だって味が悪いと 云って吸ひ付きにも来てくれやしない。本当に寂しいものだ。それで、せめて婆アの幽 霊になりと、好きな魚《うを》を毎日供へてやって、追懐して居るのだ。わしの真心が 通うたと見えて、婆アは毎晩床の間に現れ、わしと一緒に飯も食ひ、茶も飲み、それは それは大切にしてくれるが、しかし何となしに便りないものだ。嬉しいと云ふ表情は見 せるが、ただの一言も爺さまとも、爺《おやぢ》どのとも言やアしない。これだけが現 幽《げんいう》ところを異《こと》にした為でもあらうが、どうぞお前さまも今晩泊ま って、婆アの幽霊を一遍見なさったらどうだ。お茶くらゐは汲んでくれるなり、冷たい 手でお前の様な若い男なら握手してくれるかも知れやしないぞ。そりゃマア親切な者だ。 死んでからでも、こんな目脂《めやに》、鼻汁《はなじる》を垂れる爺を慕うて来るの だから、わしもドッかにいい所があるのだらう、アハハハハ』 宗彦『お爺さま本当に出るのかい。……イヤお出ましになるのかい。私はもう幽サンだ けは真っ平御免だ。しかし随分よう惚《のろ》けたものですな』 松鷹彦『きまったことだよ。淋しい【やもを】の前で艶《つや》っぽい意茶つき話を聞 かされて、大変にわしも若やいだ。返礼の為にちょっと秘密の倉を開けて見せたのだ。 夫婦と云ふものはマアざっとこんなものだ。夫婦の中の愛情は若いお方にはちょっとに は分るものぢゃない。しかしお前さまは最前|柳《やなぎ》の木の側《そば》で、私が 釣して居る時に、一粒種の子に放れたのが悲しさに巡礼に回ったと云うたぢゃないか。 今聞けば子に別れたと言ふのは全くの嘘だらう。そんな憐れっぽいことを云って、世人 《よびと》の同情を買ひ、殊勝な若夫婦だと言はれようと思って嘘八百を言ひ並べて歩 くのだらう』 宗彦『本来無東西《ほんらいむとうざい》、何処有南北《かしょうなんぼく》、色即是 空《しきそくぜくう》、空即是色《くうそくぜしき》、有ると思へば有る、無いと思へ ば無い。死んだと思へばヤッパリ死んだのぢゃ。しかし私の子を殺したと云ふのは、ホ ギャホギャと唄ふ子ぢゃない。日が暮れるのを待ち兼ねて妙な手つきをして…コレコレ 宗彦さま、夜も大分に更けました。隣のお竹さまはモウ就寝《やすま》しやったと見え て砧《きぬた》の音が止まった。あんたもいい加減にお就寝《やす》みなさいませ。ま た明日が大事ですから……と妙な目付して褥《しとね》を布いてくれる……猫が死んだ と云ふのだ。猫かと思へばチウチウと啼《な》くこともある。猫か鼠《ねずみ》か赤ん 坊か知らぬが、わしはマア、ニヤンチウ運の悪いものだと、ミカシラベにハラバヒ、御 足辺《みあしべ》にハラバヒテ泣き給ふ時|現《あ》れませる神は、ウネヲのコノモト にます泣沢女《なきさはめ》の神と云ふ』 松鷹彦『アハハハハ、それは古事記の焼き直しぢゃないか』 宗彦『古事記の焼き直しぢゃから、若夫婦が乞食に歩いとるのだ。お前さまも年を老《 と》った癖に合点の悪い人だな。余程|耄碌《まうろく》したと見えるワイ。太公望《 たいこうばう》気取りで、いつまで川の縁《ふち》で魚《うを》を釣って居っても、西 伯文王《せいはくぶんわう》は釣れやしない。婆アの幽霊だって喰ひ付きやしませぬぞ え。良い加減にあきらめて、殺生は廃《や》めなされ。五生《ごしゃう》が大事だ、そ んな六生《ろくしゃう》なことをすると七生《しちしゃう》まで浮かばれぬからなア。 今かうして婆アさまの噂をして居ると、冥土に御座るお竹さまが今頃にゃ八九生《はっ くしゃう》と嚔《くさめ》でもして居るだらう。十生《としゃう》も無い爺《おやぢ》 だと恨んで御座るであらうのに、思へば思へばお爺さま、私も身に詰まされて、悲しう も何ともありませぬワイ。……アンアンアン』 と目に唾《つばき》を付け泣いて見せる。 松鷹彦『年が寄って目がウトイと思って、そんな俄作《にはかづく》りの同情の涙を零 《こぼ》して見せても、声の色に現れて居る。お前さまアタむさくるしい。唾《つば》 を日月《じつげつ》にも譬ふべき両眼にこすりつけて、そんな虚礼虚式的な巧言《じゃ うず》は廃《や》めて貰ひませうかい。本当に唾棄《だき》すべき心事《しんじ》と云 ふのは常習乞食の遍歴 行者の馬鹿夫婦……オットドッコイ若夫婦連《わかめおとづ》 れ、モウモウわしも何だか胸が悪くなって来た。サアサア早くここを立って貰ひませう』 宗彦『ハハア、俺が宗彦ぢゃと思って、胸が悪うなったなぞと、爺さま随分腹が悪いな』 松鷹彦『腹が悪いから、ムカつくのだよ。この冬枯れの木の様な寂しい爺イのとこへ出 て来て、お安くもないローマンスを見せ付けられて堪《たま》るものかい。お前も世界 を遍歴して、苦労の味が分って居るなら、気を利かして、トットと帰ったらどうだ。し かしながらウラル教の言ひ草だないが、一寸先や暗《やみ》の夜《よ》だ、諸行無常だ。 随分足許に気を付けて行きなされ。左様なら……』 お勝『モシモシお爺さま、この宗彦はチット智慧を落として来てますから、どうぞ気に 障《さ》へて下さいますな。わたしだってこんな分らずやと旅行するのは、胸が悪いの だけれど、わたしが尻を振れば宗《むね》さまが腹を立て、腰を据ゑて頑張り、手にも 足にも合はないから、口惜《くや》しながら目を塞いで、鼻持ならぬ香《にほひ》のす る男を連れて歩いて居るのだ。本当に好かぬたらしい野郎ですよ』 宗彦『コラコラお勝、貴様はどこまでも夫を馬鹿にするのか』 お勝『ヘン、夫なんて、膃肭臍《をっとせい》が聞いて呆れますワイ。お前さまは人の 宅《うち》を、女房の有る身をもって、毎晩々々|連子《れんじ》の窓を覗きに来て、 水門壺《すゐもんつぼ》へ落ち込み恥ぢをかき、結局《しまひのはて》にはお勝さまを くれねば、死ぬとか、走るとか、男らしうもない吠面《ほえづら》かわいて、近所合壁 に迷惑を掛けたぢゃないか。それを先妻《せんさい》のお国さまが苦にして病気を起こ し、とうとう帰らぬ旅に赴《おもむ》かしやった。墓の土のまだ乾かぬ前《さき》に、 無理矢理にわたしを是非ともと言って、ひっぱり込んだと云ふデレさんだから、わたし もホトホトと愛想が尽きて来た。三文一文助けて貰うたのでもなし。嫁入りに持ってい った着物も帯も、何もかも六一《ろくいち》銀行へ無期徒刑に落としてしまひ、本当に 仕方のない男だよ。誰か目鼻のついた女が出て来て、お前を喰《く》はへて帰《い》ん でくれるものがないかと、朝から晩まで聞こえぬ様に暗祈黙祷を続けて居るのだが、根 っから、金勝要大神《きんかつかねのおほかみ》さまもどうなさったのか、添ひたい縁 なら添はしてもやらう、切りたい縁なら切ってもやらうとおっしゃる癖に、この頃は神 さまも聾《つんぼ》になられたと見えて、見向きもして下さらない。……アア残念な、 口惜《くや》しい、……わしはお国の霊魂ぢゃ、アンアンアン』 宗彦『何だ、最前から俺の……善くもないことの棚卸ばっかりやりやがると思へば、お 国と二人連れだな。随分|厭《いや》らしい奴を連れて歩いたものだワい』 お勝『半顕半幽《はんけんはんいう》だよ。幽顕一致、霊魂《みたま》の奥にはおくに さまが納まって御座るのだ。お国は何処《いづこ》と尋ねて見れば、……アイわたしは 阿波の徳島で御座ります、……と云ふ様なものです、オホホホホ』 宗彦『爺《おやぢ》さま、一つ……あなたも武志《たけし》の宮の神主さまと云ふこと だから、一遍こいつを審神《さには》して下さらぬか。お国を放《ほ》り出して、お勝 の本当の肉体ばっかりにして下さいな』 松鷹彦『ソリヤお前さま可《い》けませぬぞえ。結構な神様の御神懸《おかむがか》り だ。国常立尊《くにとこたちのみこと》様の御分霊《ごぶんれい》かも知れんぞや。イ ロイロに化けて化けてこの世を御守護なさる神様ぢゃから……|天勝国勝《あまかつく にかつ》と云って、お国様がお懸りなさって御守護して御座るのだ。さうしてお前は女 房のお勝に甘いだらう。そこでアマカツ、国カツだ。……結構な国所《くにとこ》を立 ち退《の》いて来たから、国所立《くにとこた》ち退《の》きの命様《みことさま》の 御守護だよ。わしの様な者がウッカリ審神《さには》でもしようものなら、それこそま たわしが憑《の》りうつられて、年が寄ってから住み慣れし第二の故郷を後に国所立退 《くにとこたちの》きの命《みこと》にならねばならぬから、マアこの審判《さには》 は御免かうむらうかい』 お勝にはかに体を振り、神懸り状態になり、 お勝『金勝要大神《きんかつかねのおほかみ》であるぞよ。切りたい縁なら切ってもや らう。添ひたい縁なら添はしてはやらぬぞよ。宗彦は今まで沢山な女をチョロまかした 罪悪の報いによりて、ただ今限りお勝との縁を切るぞよ。ウーンウンウン』 松鷹彦『アハハハハ、お勝さま、ウマイウマイ、モウ一《ひと》しきり神懸りをやって 下さい。こいつアどう考へても私憑《しひょう》だ。コレコレ宗彦さま、胸に手を当て て、今までのことをよう考へて見るがよい。神様は決して無理なことはおっしゃいませ ぬぞ』 宗彦『そうだって、私の女房を、頼みもせぬのに、縁を切るとはあまりだ。切ると云っ ても、金輪際《こんりんざい》こっちから切りませぬワイ』 お勝『エー思ひ切りの悪い男だなア。それだからこの肉体が嫌ふのだ。男は断《だん》 の一字が肝腎だ。どうだこれからこの肉体に先妻のお国に、お光《みつ》、お福《ふく 》、お三《さん》、お四《よ》つ、お市《いち》、お高《たか》が同盟軍を作って憑依 して来るが、それでもその方はまだ未練があるか、どうだ厭《いや》らしいことはない か』 宗彦『何が厭らしいかい。どれもこれも因縁あってたとへ三日でも夫婦になった仲ぢゃ、 肉体の有る女房を数多《やっと》連れて居ると、経済上困るが、物も喰はん嬶《かか》 アなら、千人でも万人でも出て来い。アーア色男と云ふものは偉いものだ。幽冥界から までもヤッパリ電波を送ると見える。何だか知らぬが、肩が重くなったと思へば、これ だけ沢山な女房に対し、責任を双肩に担《にな》って居るのだから無理もないワイ。正 式結婚の女房の霊も、準正式も、雑式も、野合《やがふ》も何もかもやって来い。この 頃は多数決の流行《はや》る時節だ。何ほど偉い者だって少数党では目醒ましい仕事は 出来やしないワ』 松鷹彦『オホホホホ、宗彦さま、お前の背後《うしろ》をちょっと御覧、針金の妄念の 様な、蟷螂腕《かまきりかひな》を出して餓利法師《がりぼし》が踊って居るぢゃない か』 宗彦『アアそんなこと言うて下さるな。見さへせねば良いのだ。目ほど不潔《きたな》 いものの、恐ろしいものはない』 お勝は『ウーン、ドスン』を腰を下ろし、ケロリとした顔で、 お勝『宗サン、わたし何か言ひましたかな。夢でも見とったのか知らぬ。沢山な厭らし い亡者が、柳の木の麓で、「宗彦は生前にわれわれを機械扱ひにしよったから、今晩は 餓鬼も人数《にんず》だ。力を協《あは》して、素首《そっくび》を引き抜いてやらう」 と相談して居りましたよ。その時にわたしにも同盟せいと言はれたのです。けれども、 あまりお前さまが可哀相だから「さう皆さま慌てるに及びませぬ。何《いづ》れあいつ も年が寄ったらここへ来るのだから、その時に苛《いぢ》めてやりさへすれば良いだな いか」と一時遁《いちじのが》れにその場を切り抜けようとしたが、なかなか亡者の連 中聞きませぬがな。今のうちに宗サンの生命《いのち》を取らねば、死ぬまで待って居 ったらわれわれはまたもや現界に生まれ替り、幽冥界は不在《るす》になってしまふ。 そうだから讎《かたき》を討つのは今のうちだと言って、それはそれはエライ勢ひでし たよ。用心しなさいや』 宗彦『そりゃ貴様、本当か、嘘ぢゃないか』 お勝『嘘か本真《ほんま》か、今晩中に分りますわいな』 宗彦『そら分るだらうが……どちらだ。実際《ほんま》か、虚言《うそ》か聞かしてく れ』 お勝『幽冥の秘、妄《みだ》りに語る可《べか》らずと、どこともなしに神様の声が聞 こえました。マア今までの年貢納めだと思って、楽しんで日の暮れるのを待ちなさい。 あのマア青い顔、オホホホホ』 宗彦『お爺さま、大変なことになって来た。愚図々々して居ると、たちまちここに【や もめ】が一人出来ますワイ。何とかして助けて下さいなア』 松鷹彦『わしもこの村で【やもを】の連れが無うて、寂しうて困って居ったのだから、 お前さまも早く【やもめ】が出来る様に死なっしゃい、それの方が結句《けっく》気楽 でよからうぞい』 宗彦『何が何だか、サッパリ分らぬ様になって来たワイ。夢でも見とるのではあるまい かなア』 としきりに頬《ほほ》を抓《つめ》ってみて居る。かかる所へ捻ぢ鉢巻をした二人の男、 慌《あわ》ただしく入《い》り来たり、 留公『松鷹彦《まつたかひこ》の神主さま、お前は聞く所によれば、またしてもバラモ ン教の行者を引っ張り込むんで、しやうもないお説教を聴聞しとると云ふことだ。さう 猫の目の様にクレクレと精神を変へて貰うと、村の者が迷って仕方がない。一体どうす る量見だ。お竹さまが死んでから、お前さまはますます変になったぢゃないか』 松鷹彦『チットは変にならうかい』 留公『変にもならうかいもあったものかい。改心して殺生を止め、神妙にお宮さまの御 用を勤めたらどうだ。あんまりお前の行ひが悪いので、村の者が此間《こなひだ》も庚 申待《かうしんまち》に集《よ》ってお前をおっ放り出し、三五教《あななひけう》の 真浦《まうら》さまを跡釜に据わって貰はうと云ふ相談があったぞ。こんなことども村 の連中に聞こえようものなら、それこそ今日限り叩き払ひだ。そうなればお前さまも可 哀相だからと思って、気を注《つ》けに来たのだ。お春やお弓の奴、チャンと知って、 俺に話しよったから、俺は決して誰にも言ふぢゃないと口止めをして来たのぢゃ。どう だ止《や》めて下さるか』 松鷹彦『わしは武志《たけし》の宮の神様にお仕へして居るのだ。決して村の人間のお 給仕役ぢゃない。神様から命じられたものを人間が寄《よ》って集《たか》って動かさ うとした所で、そいつア駄目だ。そう云ふことをすると村中に神罰が当たって、米も麦 も穫れぬ様な饑饉《ききん》が出て来るぞや』 田吾作『お爺《やぢ》さま、お前のおっしゃるこたア一応もっともだが、ヤッパリ人間 の皮を被って居る以上は、人間の規則にもチットは従はねばなるまい。そんな我《が》 の強いことを言はずに、チットは省《かへり》みたらどうだい』 松鷹彦『馬鹿にするない。人間の皮被っとるなんぞと……骨から腸《はらわた》まで、 魂まで、みんな人間だ。皮被っとる奴はお前達ぢゃ』 留公『爺さま、お前さまこそ魂が四つ足ぢゃで。その証拠にゃ、川獺《かはうそ》か何 ぞの様に、神様の方はそっちのけにして、魚捕《さかなとり》ばっかりに憂身《うきみ 》をやつし、盆過ぎの幽霊の様に、水ばっかり羨《けな》りさうに眺めて暮らして居る ぢゃないか。一体神様にお仕へする者が、殺生をすると云ふことがあるものかい』 松鷹彦『わしは神様に仕へて居るから魚を捕るのだ。御神前で海河山野《うみかはやま ぬ》の珍味物《うましもの》だとか、鰭《はた》の広物《ひろもの》、鰭《はた》の狭 物《さもの》と称へながら、魚一匹、誰もお供へする者がないのだから、仕方なしにこ の老人《としより》が魚《さかな》を漁《と》ってお供へするのだ』 留公『ヘン、うまいこと言ってるワイ。大方自分の喉《のど》の神さまに供へるのだら う。神主は神主らしうやって居ればいいのだ。猫は鼠を捕るのが商売、猟師は獣《けだ もの》を獲り、漁夫《ぎよふ》は魚を漁ると、チャンと天則がきまって居るのだ』 松鷹彦『それだって、わしが漁《と》っても、漁師が漁っても、生命《いのち》の無く なるのは同じことだ、そんな開《ひら》けぬことを言ふものだないワイ。息子は嫁取る、 娘は婿取ると云って、お前達は若いから楽しみだが、俺の様な老爺《ぢぢ》は、あんま り外分が悪くって、嫁を取る訳にも行かず、仕方がないから魚を漁るのだ。チットは大 目に見て、長老を敬ふのだぞ。長幼|序《じょ》ありと云ふことを知って居るか。今日 《こんにち》は養老会と云って、老人《としより》を大切にする会が、あちらにもこち らにも開《ひら》けて居るぢゃないか。それにこの村の奴ア、年が老《よ》ったら姥捨 山《うばすてやま》へでも捨てたら良いものの様に思って居るから、ことが面倒になる のだ。老人は村の宝、生き字引だ。俺がこの村に居ればこそ、古いことが分るのだない か。俺の体は俺一人のものぢゃない。一方はお宮様の召し使ひ、一方はこの村の骨董品 だ……|否《いな》如意宝珠《にょいほっしゅ》の玉だ。今こそ貴様たちは不潔《きた な》い爺いだと云って、沢山さうに思うて居るが、俺が死んでみい、思ひ出すことが幾 らでも出来る。……アーア松鷹彦様がモウちっと生きて御座ったら、御尋ねするのに… こんなことなら生存中に…あれも聞いておいたら良かったに、これも教へて貰っておけ ばよかったのに………と後悔をして、泣いても、悔んでも後の祭りだ。せめては故人の 徳を忘れぬ為だと云って、宮の境内か川の縁《ふち》に記念碑を建てて何ほど拝んだっ て、石になってから物は言やしないぞ』 留公『お前の様な爺さまに聞いたって、何が分らうかい。しかし一つ聞いておかねばな らぬことがある。そいつア、どこの淵《ふち》には魚が余計寄っとるか……と云ふこと だ。なア川獺《かはうそ》の先生』 松鷹彦『エー大人|嬲《なぶ》りの骨なぶりだ。グヅグヅ言うと、死んだら目が潰れて 物が言へなくなり、身体《からだ》がビクとも動かなくなってしまふぞ』 留公、肩を上げ下げし、鷹が羽を拡げた様な調子で、体を揺すり、舌を出し、 留公『ウフフフフ』 と笑ふ。 松鷹彦『貴様のその状態《ざま》は何だ。鳶《とんび》の様なスタイルをしやがって… …』 留公『オイ、お前がバラモン教の駆け落ち巡礼だなア。何だ人気《ひとぎ》の悪い鯱面 《しゃちづら》をしよって……この川獺《かはうそ》先生の所へ無心に来よったのか。 ……コリャこの村はバラモン教は禁物だ。布教禁制の場所だぞ。しかも気楽さうに女房 を連れて何のことだい。そんなことで神聖な神様の御用が出来ると思うて居るのか。一 時《いっとき》も早う、足許の明かるいうちに帰ってしまへ。帰るのが厭《いや》なら、 この川へドブンと飛び込め。さうすりゃいっそ埒《らち》が明いて良いワ』 宗彦『ハイハイ、私は御存じの通りバラモン教のお経を唱へて、巡礼に回って居る者で わが子の冥福を祈るだけの者、人さんに宣伝なぞは決して致しませぬ。私の身体《から だ》には大変な地異天変が勃発したので、何どころの騒ぎじゃ御座いませぬワイ。女房 が今となって暇をくれの、何のと言ふものだから…』 留公『ハッハア、地異天変て、どんなことかと思へば、嬶《かか》アにお尻を向けられ たのだなア、そりゃ気の毒だ。俺も覚えがある。それなら両手を挙げて同情…|否《い な》賛成だ。オイオイ奥さま、こんな結構な、青瓢箪然《あをべうたんぜん》たるハズ バンドを持ちながら、そんな綺麗な顔したナイスのお前が、こんな所までやって来て、 肱鉄砲《ひぢでっぱう》を噛《か》ますとはチット人情に外れては居やせぬかい』 お勝『わたしは訳を聞いて貰はねば分りませぬが、あまりのことで、モウ見切りを付け ました。同じことなら…あの…見た様な何々に、何々したう御座います』 と笠に顔を隠す。 留公『ハッハッハア、分った。お前のホの字とレの字は、トの字とメの字の付く男に秋 波《しうは》を送って居るのだな。生憎様ながらトーさまには、立派な烏《からす》の 様な色の黒い【おから】と云ふ奥さまが御座んすわいな』 お勝『イエイエわたしは若い人や、土臭い蛙切《かはづき》りは虫がすきませぬ。同じ 添ふのならこのお爺さまの女房になりたいのですよ。年は老《と》って居られても、ど こともなしに崇高な御容貌、今年で三年が間、広い世界を股にかけて探してみましたが、 こんな立派な気品の高いお方に逢うたことはありませぬ。まるで太公望《たいこうばう 》の様な御方ですワ。ここへ来るなり、宅のハズバンドが厭になってしまったのですよ、 ホホホホホ』 留公『これはまたエライ物好きもあったものだナア、ヘーン』 と言ったきり、舌を斜《はす》かひに噛み出し、白眼を剥いて、両手のやり場が無い様 な調子で、下前方《かぜんぱう》へ俯向《うつむ》けに手を垂らしシューッと延ばし、 呆《あき》れたふりをして見せる。 田吾作『わしは未だ独身《ひとりみ》だがなア。アーアどっかに合口《あひくち》があ ったら、一つ買ひたいものだ』 留公『コリャコリャ短刀《あひくち》なんか買ってどうするのだい。過激派取締のやか ましい時に、そんな物でも買ひにいかうものなら、それこそポリスに追跡され、終局《 しまひ》には高等警察要視察人簿に登録されてしまふぞ』 田吾作『女房を貰って、警察につけられるのなら、村中の奴ア、みんな高警《かうけい 》要視察人ぢゃないか』 留公『貴様も訳の分らぬ奴ぢゃなア。……|破《わ》れ鍋《なべ》に綴蓋《とぢぶた》 と云って、それ相当の女房を持たねば、遂には破鏡の悲しみを味ははねばならぬぞ。こ んな立派なナイスに対して秋波《しうは》を送るのは、チッと提灯《ちゃうちん》に釣 鐘《つりがね》だ。しかしお爺さま、枯木に花が咲いたやうなものだ。さすがはエライ。 それなれば私も賛成だ。貰ひなさい。その代りに私がチョイチョイと水汲みくらゐ、手 伝ひに来てあげるワ』 お勝『オホホホホ』 宗彦はクルクルと着物を脱ぎ棄て、褌《まはし》まで除《と》って、川の早瀬《はや せ》へ惜し気も無く、笠も蓑も杖も一緒に投げ込んでしまった。 宗彦『ヤアお爺さま、モウこれでバラモン教のレッテルを残らず剥がし、生まれ赤児に なってしまった。どうぞお前さまの弟子にして下さい。さうして女房は貰ってやって下 さいませ。今日からは女房をあなたの奥さまとして敬ひます。ナアお勝、遠慮は要らぬ から宗々《むねむね》と呼びつけにするのだよ』 お勝はまたもやクルクルと下帯《したおび》まで脱ぎ棄て、同じく蓑も笠も、金剛杖 も一括《ひとまとめ》にしてザンブとばかり投げ込んだ。 宗彦『アアやっぱり女房は女房だ。かうなるとチッとチッと、ミとレンが残っとる様な 気がする。しかしながらお爺さま、着物を私に恵んで下さい。何でもよろしいから……』 松鷹彦『さうだと云って、わしも北国雷《ほくこくかみなり》ぢゃないが着たなりだ。 山椒の木に飯粒で、着の実《み》着のまま、どうすることも出来やしない。先祖譲りの 洋服で、二人共しばらく辛抱するのだなア』 留公『ヤアうちの嬶《かか》アの着物を、俺が取って来て、裸ナイスに進上しよう。田 吾作、貴様はお前の一張羅を献上せい』 田吾作『貰うて下さるだらうかな。わしはチッと背が低いから、身に合ふだらうか』 留公『合うても合はいでも、無いより優《ま》しだ』 松鷹彦『ヤア留《とめ》さま田吾作さま、世の中は相身互《あひみたが》ひぢゃ。さう なくてはならぬ。これもヤッパリ三五教《あななひけう》の感化力のお神徳《かげ》だ ……』 (大正11年5月13日 旧4月17日 松村真澄録) -------------------- (751)に続く http://onisavulo.web.fc2.com/



