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2009/02/12

霊界物語をメールで配信!(739)

霊界物語をメールで配信!第19巻(739)
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■第4篇 地異天変■
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■第13章 混線〔658〕 ■
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 月照りわたる御空《みそら》より
   まばらの雪はちらちらと
 恥づかしさうに降って来る
   樹木茂れる木下闇《こじたやみ》
 ウラル教の宣伝使《せんでんし》
   テルヂー、コロンボの両人は
 常世《とこよ》の国を後に見て
   ウラルの道を開かむと
 海河山野《うみかはやまぬ》を打ち渡り
   自転倒島《おのころじま》に来て見れば
 遥かの空に紫の
   雲立ち昇る怪しさに
 これぞ正しく真人《しんじん》の
   出現ならむともかくも
 雲を目当てに行き見むと
   高熊山《たかくまやま》の峰伝ひ
 大原山《おほはらやま》の山麓に
   月の光を浴びながら
 二人テクテク進み来る。

 片方《かたへ》の森に怪しき人の声、何事ならむと両人は、差し足、抜き足、摺り寄
って、声の出どころを窺ひ居る。
谷丸《たにまる》『オイ、鬼丸《おにまる》、御苦労だったなア。鬼雲彦《おにくもひ
こ》の御大将《おんたいしゃう》は、三五教《あななひけう》の宣伝使に撃退され、続
いて鬼ケ城《おにがじゃう》に堅城鉄壁《けんじゃうてつぺき》を構へ、天下を席巻せ
むとして居た鬼熊別《おにくまわけ》の副将もまた、アア云ふ悲惨《みじめ》な態《ざ
ま》になって、フサの国に逃げ帰り、振り残されたわれわれは、鳥の翼を取られたやう
な悲境に沈淪し、何とかしてモウ一度、大江山《おほえやま》、鬼ケ城を回復し、われ
われ両人は両山に立て籠り、再び堂々と陣取り、以前の隆盛に復活せむと、千辛万苦の
結果やうやく目的を達し、こうして高熊山の言照姫《ことてるひめ》が産んだとか云ふ
玉照彦《たまてるひこ》の神様をお迎へした以上は、何ほど三五教だって、どうするこ
とも出来まい。ウラナイ教の高姫《たかひめ》や黒姫《くろひめ》の奴が一生懸命に骨
を居って、その結果三五教に肝腎の玉照姫を横奪され、今の所ではウラナイ教も追々と
凋落《てうらく》の風が吹いて来よったぢゃないか。それに引き替へ三五教は、玉照姫
の神力《しんりき》で、あの通りの隆盛だ。われわれの奉ずるバラモン教も、玉照彦さ
へ手に入《い》らば、三五教もウラナイ教も、ただ一蹴《いっしう》の下《もと》に滅
ぼしてしまふのだが、到底大将があんなことになったのだから、どうすることも出来や
しない。しかしながらわれわれはたとへ鬼雲彦、鬼熊別《おにくまわけ》の大将が屁古
垂《へこた》れても誠の神さまは決して屁古垂れないのだから、一人になってもこの道
を立てねばおかぬと思って居たが、待てば海路の風が吹くとやら、今日は本当に結構な
日だったネー。それについてもお前に随分骨を折らしたものだ』
鬼丸『谷丸の哥兄《あにい》、別に俺にそう礼を言ふには及ばぬぢゃないか。お前の働
きったら、実に華々しいものだった。山口の来勿止《くなどめ》まで行った時は、来勿
止神《くなどめのかみ》が沢山の手下を引き連れ、固く守って居る。俺はモウこの難関
をどうして突破しようと心配でならなかった、その時お前は来勿止神《くなどめのかみ
》に向かって、強硬な談判をやったお蔭で、ヤッとその場を通過し高熊山の麓まで泳ぎ
つく様にして駆けつけて、ヤアこれでこっちのものだと安心して居る最中へ、神国守《
みくにもり》の神が国依姫《くによりひめ》とか云ふ女房を連れてその場に現れ、俺達
をにらんだ時のその形相の凄じさ、今思ってもゾッとするよ』
谷丸『しかしながらイロイロと得意の弁舌をもって、この関所をウマく切り抜け、両人
が岩窟の前に行った所、目的物の言照姫《ことてるひめ》も玉照彦《たまてるひこ》さ
まも、お姿《すがた》は見えず、イロイロと岩窟内《がんくつない》を探険《たんけん
》する最中《さいちう》、赤児《あかご》の泣《な》き声《ごゑ》が耳《みみ》に入っ
た時《とき》の嬉《うれ》しさ、臍《へそ》の緒《を》切《き》ってから、あの時《と
き》くらゐ愉快《ゆくわい》なことはなかったなア』
鬼丸《おにまる》『お蔭《かげ》で玉照彦《たまてるひこ》様は奉迎《ほうげい》して
帰《かへ》ったが、女神《めがみ》の様な立派《りつぱ》なお姿《すがた》の母親《は
はおや》と聞《き》いて居た言照姫《ことてるひめ》は、皆目《かいもく》影《かげ》
を見せなかったぢゃないか』
谷丸《たにまる》『われわれの威勢《ゐせい》に恐《おそ》れて遁走《とんそう》して
しまったのだ。しかし腹《はら》は借《か》り物《もの》、玉照彦《たまてるひこ》様
の蝉《せみ》の脱殻《ぬけがら》も同然《どうぜん》だ。肝腎の本尊を手に入れて帰っ
たのだから、言照姫なんかどうでも良いぢゃないか』
と玉照彦を大切に傍《かたは》らに休ませながら、一方に窺ふ人有りとも知らず、嬉し
さのあまり声高々と囁いて居る。此方《こなた》の木陰に身を潜めた二人、
コロンボ『コレ、テルヂーよ、遥々《はるばる》と常世《とこよ》の国からやって来て
功名を現はし、ウラル教を昔の勢ひに回復しようと思ったのに、バラモン教の奴に先《
せん》を越されて詰まらぬぢゃないか。何とかしてこちらの方へボッたくる手段はある
まいかなア』
テルヂー『さうじゃなア、向かふはどうやら二人らしい。こちらもヤッパリ二人だ。何
とかして、一つ脅かし、玉照彦様をウマく手に入れる工夫を廻《めぐ》らさねばなるま
い。現在|五六間《ごろくけん》眼の前に、肝腎の玉が輝いて居るのだから、成功不成
功は後の問題として、われわれとしてはこのまま帰ることは出来ないなア』
コロンボ『しかし今のあいつの話で聞けば、来勿止神《くなどめのかみ》が沢山な部下
を連れて、厳守して居た山口の関所も、モ一つ奥の神国守《みくにもり》の関所も、う
まく突破したくらゐな奴だから、なかなか力の強い奴に違ひないぞ。われわれの様に長
途の旅でくたびれきった肉弾をもって打ち向かふた所で到底駄目だ。何とか奇計を廻《
めぐ》らすより仕方がない。……オイ、テルヂーの哥兄《あにい》お前何か良い考へは
湧いて来ぬかなア』
テルヂー『いづれこの路《みち》を通って帰るのだから、中途に待ち受けて、何とかや
らうぢゃないか。あまりヒソビソ話をやって居て、敵に悟られては一大事だ。サア俺に
ついて来い』
と足音を忍ばせ、腰を屈《かが》め、這ふ様にしてこの場を後に、元来し道へ引き返し、
堺峠《さかひたうげ》の山麓に帰り着いた。
テルヂー『何時《なんどき》バラモン教の奴が帰って来るか知れないから、早く計略を
めぐらさねばならぬ、俺はこの老木に攀《よ》ぢ登り、松の枝をザアザアと揺すって、
天狗の声色《こはいろ》を使ふから、貴様は灌木《くわんぼく》の茂みに身を隠し、二
人連れの奴がビックリして腰を抜かした隙を考へ、玉照彦《たまてるひこ》さまをソッ
と抱きあげ、堺峠の天狗岩《てんぐいは》の側《そば》まで逃げてくれ、そうすれば成
功きっと疑ひ無しだ』
コロンボ『兄貴の計画もちょっと聞くと面白いが、しかし当事《あてごと》と牛のオモ
ガイは先から外れるとか云って、危ない芸当だなア、罷《まか》り違へば高い木の上か
ら滑走して、腰を抜くか、脚の骨を折るくらゐが結末《おち》かも知れないよ』
テルヂー『エエまだ松の木に登らぬうちから、落ちるの、落ちぬのって、せうもないこ
と言ふな。俺の計略に一つとして今まで欠点《おちど》があったかい』
コロンボ『天道様の弔《とむら》ひだ、空葬《そらさう》だ』
テルヂー『エーまた怪体の悪いことを云ふ奴だ。これから高い木へ登らうと思って居る
のに、空葬《そらさう》だなんて、またしても縁起の悪いことを言ふ奴だなア。しかし
ながら、何時《なんどき》帰って来るか知れない。早く計画に取りかからう。…………
俺は貴様に妙な言霊《ことたま》を使はれたから、今日は遠慮しておく。罰金として貴
様が木登り役だ。うまく天狗の言霊を使ふのだよ』
コロンボ『兄貴、俺の木登りの拙劣《へた》なのは、常からよく知って居るぢゃないか。
そんなこと言はずに、お前|上役《うはやく》だから、ヤッパリ上の役をしてくれ。俺
は下役を務める。こんな挽臼《ひきうす》の様な重たい体で木登りをして踏み外し、地
上へスッテンコロンボーとやっては、それこそ大変だ。サアサア一《ひ》イ二《ふ》ウ
三《みっ》ツだ』
テルヂー『エー仕方がない。勇将の下《もと》に弱卒《じゃくそつ》有り。これも俺の
型が悪いのだ』
と猿《ましら》の如く、大木《たいぼく》の幹をかかへて、樹上高く駆け登った。
コロンボ『オーイ、兄貴、どこに居るのだ』
テルヂー『馬鹿ッ、大きな声で物を言うと、そこいらへ近寄って来る二人の奴に聞こえ
ると大変だぞ。チッと静かにせぬかい』
コロンボ『しかし作戦計画を、俺に充分教へておかないものだから、どう方針を採った
ら良いかサッパリ暗雲《やみくも》だ』
テルヂー『暗雲だから結構だ。幸ひ雪雲の空、円いお月さまも見えず、ボンヤリとそこ
らが暗いので、この芸当がうてるのだ。グヅグヅして居ると発覚するぞ。モウ良い加減
沈黙せい』
コロンボ『アアさぶしいことだ。なんだ白い手を出して招いて居やがるぞ。いやらしい
ことだなア……………オイ何だか厭《いや》らしい奴が、細い白い手を出して、俺を招
いて居るワイ。俺も何とかして兄貴の側《そば》へ登って行かうかなア』
テルヂー『エー臆病者の、気の利かぬ奴ったら仕方がない。俺の側に居れば随分強さう
なことを言ひ、立派な智慧も出しやがる癖に、一人になると直《す》ぐ怖《おぢ》けや
がって……グヅグヅ言うてると帰って来るぞ。白い手を出して招く様に見えたのは、そ
れは枯尾花《かれをばな》だ。昔から……幽霊の正体見たり枯尾花……と云ふことがあ
る。チッと臍下丹田《せいかたんでん》に魂《たましひ》を据ゑて……千騎一騎の場合
だ。奮闘してくれないと困るぢゃないか』
コロンボ『エー仕方がない。木の茂みへ隠れて居らうかなア』
とコワゴワ枯尾花《かれをばな》の中に身を隠し慄《ふる》うて居る。かかる所へ鬼丸、
谷丸の両人は、玉照彦を恭《うやうや》しく抱《いだ》きながら進み来たり、
鬼丸『オイ谷丸、何だか妙な声がして居たぢゃないか。三五教の奴がわれわれの行動を
探知し、玉照彦様を横領に来たのぢゃありますまいか』
谷丸『そうだ、人間の声らしかった。一人や二人来たって構はぬが、大勢だとちょっと
面倒だ、こちらは玉照彦様をお守りせにゃならず、さうすれば、敵に向かって奮闘する
者はただの一人だ。そっと……失礼だが……玉照彦様にこの叢《くさむら》に御休息を
願って、二人で様子を考へることにしようではないか』
鬼丸『それでも、玉照彦様がホギャア ホギャアとでもおっしゃらうものなら大変だぞ』
谷丸『玉照彦様、誠に申し訳が御座いませぬが、ちょっとしばらくの間ここにお休み下
さいませ。必ず必ず御声《おこゑ》をお発《た》てにならない様にお願ひ致します』
と恭《うやうや》しく蓑《みの》を敷き、その上に笠を蔽ひ、木の枝を折って載せ、
谷丸『サアもうこれで大丈夫だ。こと急なれば、一時逃げることにせなくてはならぬが、
両人がこの山中で散り散りバラバラになってしまっては困るから、落ち着く所を定《き
》めておかう。………堺峠の天狗岩の前だぞ。良いか………』
鬼丸『ハイハイ承知致しました』
 両人は四辺《あたり》を窺ひながら、ノソ……ノソと握り拳《こぶし》を固めて、大
木《たいぼく》の下《もと》に進んで来た。コロンボは草の中から樹上を眺め、妙な声
を出し、
コロンボ『イ………マ………ジャ………』
谷丸『ヤア何だか妙な声がするぞ。鹿でもなし、虫でもなし、鳥の声でもなし、怪体な
亡国的悲調を帯びた、奇声怪音だないか』
鬼丸『イ……ヤ……ラ……シイ………』
谷丸『オイ鬼丸、貴様までが、イ……なんて、何を言ふのだ。シッカリせんかい。俺が
付いて居る以上は、百万人力《ひゃくまんにんりき》ぢゃ。シッカリ胴を据ゑるのだぞ』
 たちまち樹上より、
『ザア ザア ザア、ウーッ、その方は大江山《おほえやま》の悪神の残党であらうが
な。不都合千万な、高熊山の神山《しんざん》に立ち入り玉照彦様を奪って帰る横道者、
今高熊山の大天狗が汝の素ッ首引き抜き、股から裂いて松の木の枝に懸けてやらう。そ
れが叶《かな》はぬとあれば今その方が懐《ふところ》に抱いて居る玉照彦様を、この
木の下にソッとおろし一時《いっとき》も早くこの場を立ち去れッ』
谷丸『何だ、怪体《けったい》な天狗も有ればあるものぢゃないか。天狗と云ふ奴は、
千里向かうのことでも知っとるはずだ。玉照彦様を懐からソッと出せと吐《ぬか》しや
がる。こいつア木葉天狗《こっぱてんぐ》か野天狗だらう。………ヤイ樹上の野天狗、
木葉天狗、馬鹿な真似を致すと、この方が反対《あべこべ》に股から引き裂いてやらう
か』
鬼丸『モシモシ谷丸さま、そんな途方もないことを言ふものぢゃありませぬ。こんな大
木に棲まって御座る天狗に、相手になってたまりますか………モシモシ樹上の天狗様、
私の大将はちょっと酒に酔うて居りますから、どうぞお見のがし下さいませ。これは酒
が言ったので御座います』
谷丸『エー何をゴテゴテ言ふのだ。……オイ樹上の天狗、シッカリ聞け、われこそはバ
ラモン教の大棟梁《だいとうりゃう》鬼雲彦が懐刀《ふところがたな》と綽名《あだな
》を取った谷丸《たにまる》ぢゃぞッ。野天狗の千疋万疋はこの方に取っては河童のこ
いた屁《へ》ほどにも感じないのだ。サア早く木から下りて来てこの方の前に謝罪《お
わび》を致さぬか』
 樹上またもや、
『ザワザワザワ、ウ………ツ』
鬼丸『モシモシ天狗様、どうぞ赦して下さいませ』
 草の中よりコロンボは、
コロンボ『モシモシ谷丸さま、どうぞ生命《いのち》ばかりはお助け下さいませ。つい
でに天狗も助けてやって下さい、アンアンアン』
谷丸『ヤア何だ。鬼丸《おにまる》、貴様よっぽど怖いと見えるな。副守《ふくしゅ》
の奴、貴様の体から飛び出しやがったと見えて、萱《かや》の中に隠れて、みっともな
い、泣いて居るぢゃないか』
鬼丸『こんな恐ろしい、魂《こん》飛び魄《はく》消えると云ふ様な目に会うたのだも
の、副守護神も飛び出しませうかい。モウモウどうぞ我《が》を出さぬ様にお鎮まり下
さいませ。あなたの副守護神も随分乱暴です。どうぞ副守護神さま、お静まりを願ひま
す。………コレこの通り手を合はして拝みます。アンアンアン』
コロンボ『オンオンオン』
とソロソロ勢ひが付いたと見えて、狼《おほかみ》泣きを始めたり。
鬼丸『アーア上には天狗、下には狼、コラまア、どうしたらよからうかなア』
 この時テルヂーは、どうした機《はづ》みか、足踏みはづし、風を切って『ズーズド
ン』と真っ逆様に落ち来たりぬ。鬼丸は『キャッ』と云って腰を抜かす。谷丸は一生懸
命、この光景に面喰らったか、もと来し道に引き返し、玉照彦を引っ抱へ、天狗岩《て
んぐいは》指して茨《いばら》茂れる密林を、遮二無二《しゃにむに》掻き分けて行く。
コロンボは、
『生命《いのち》あっての物種《ものだね》、かねての約束天狗岩だ。兄貴、後から続
けッ』
と言葉を残し、一生懸命に駆け出す。
鬼丸『アーア何だ、天狗の奴、木から落ちて目を暈《まは》して居やがるな。ヤアこれ
でヤッと安心した。………ヨウ腰が抜けたと思へば、まだ腰抜けの未成品だ。天狗岩さ
して一散走《いちさんばし》りだ』
とまたも駆け出す。
テルヂー『アーア、あまり下の活劇が面白いので、枝の端へ行って、一生懸命に覗いて
居ったら、いつの間にか、こんな所へ墜落して居る。ちょっと……コラ目を暈《まは》
して居たと見えるワイ。…………オイ、コロンボ、俺だ俺だ……ヤア、コロンボの奴天
狗岩へ行きよったと見える。……ドーレあいつを捜索かたがた行ってやらうかなア。そ
れにしてもバラモン教の奴ら、俺達の目をまはしとる間に、うまく関所を通過しよった
と見える……エー残念だが仕方がない』
と地団駄を踏みつつ、叢《くさむら》の中を峠の上の天狗岩さして、またもや登り行く。
コロンボはやうやくにして、朧月夜《おぼろづきよ》を便りに、目的の天狗岩のかたは
らに登り着いた。樹木繁茂して暗く、岩のみ白く闇に浮き出て居る。
コロンボ『アアこれが目的の天狗岩だ、名高い割には見映えのせぬ巨岩だなァ。しかし
ながら俄天狗《にはかてんぐ》のテルヂーは、どうしとるだらうか。本当に、偉い奴が
来やがって、反対《あべこべ》に荒胆《あらぎも》を取ってしまひよった。スッテのこ
とで睾丸《きんたま》の洋行する所だった。……アーア早く来てくれればいいのに……
寂しいことだ。……そうして玉照彦様はウマく手に入《い》ったか知らぬテ』
と一人つぶやいて居る。そこへノソノソと白い物を抱へてやって来た一人の男、
コロンボ『ヤアうまく玉照彦様が手に入《い》って結構でした。私は大変に心配致しま
した』
谷丸『なんだ、お前は声まで嗄《か》らして居るぢゃないか。胴の据わらぬ奴ぢゃなア。
……玉照彦様を渡してたまるものかい。この通りチャンと懐に奉按して居るのだ』
コロンボ『それはそれは結構でした。さすが大将だけありますワイ』
谷丸『定《きま》ったことだよ。貴様の様に泣声を出して慄うとるのはチッと違ふのだ
から』
コロンボ『しかし天狗の失敗はどうでした。別状はありませぬかい』
谷丸『ウン天狗の失敗か。あいつァちょっと乙だった。しかしながら肝腎の玉照彦さま
に別状は無いのだから、マア安心せい』
コロンボ『ハイ有り難う御座います。………あなたもチットお声がどうかなさいました
なア』
谷丸『ウンあまりにはかの出来事で、ちょっと面喰らったものだから、どうで声も変ら
うかい。三五教《あななひけう》の奴が鵜の目鷹の目で考へて居るのだから、チッとも
油断は出来ないぞ』
コロンボ『ごもっともです。ヤッパリ哥兄《あにい》は哥兄《あにい》だ。何から何ま
で抜け目がありませぬなア』
谷丸『定《きま》ったことだよ』
 話かはってテルヂーは、峠の七八合目まで登り着き、路傍の岩に腰打ち掛け息を休め
て居る。そこへ鼻息荒く上がって来た一人の男、
男『ヤア哥兄《あにい》、イヤ参謀長、玉照彦はどうだった。うまくい来ましたかな』
テルヂー『貴様が卑怯な、下の方から泣き声を出しよるものだから、到頭目的物をシテ
やられてしまったのだ。エー仕方のない腰抜けだナア』
鬼丸『腰が一時抜けたと思っただけで、ヤッパリ腰はもとの通り大丈夫ですよ。その点
は必ず必ず心配して下さるな。しかし折角ここまで仕組《しぐ》んだ玉照彦さまを取り
逃がすとは残念なことだ。そうだから上役面《うはやくづら》をして高上がりをするも
のぢゃないと、いつも言うのですがなア』
テルヂー『貴様さう言ったって、ヤッパリ上役の務めが出来やせうまいがな。マアマア
生命だけ拾ったら結構だと思って諦《あきら》めるのだなア』
 このとき雪雲《ゆきぐも》を分けて十六夜の満月は、明皎々《めいかうかう》と二人
の顔を照らしたまふ。
テルヂー『ヤア貴様はコロンボぢゃないのか』
鬼丸『ヤア貴様は谷丸ぢゃないのか』
テルヂー『ウン進退|維《こ》れ谷丸ぢゃ。何ほど月はテルヂーでも、われわれの心は
真暗闇だ。暗闇紛れに頭と尻を、いつの間にか取っ換へてしまったらしい』
鬼丸『そんなことおっしゃっても、私は頭からシリませぬワイ、アハハハハア』
テルヂー『ヤア貴様はバラモン教の奴だなア。貴様の大将はどうしたのだい』
鬼丸『サッパリ婆羅門《ばらもん》だ。笠が古くなれば新しいのと換へたらいいのだ。
お前、わしの大将になってくれないか。こんな山路《やまみち》で一人になっちゃ心寂
しくって仕方がない』
テルヂー『ウン、なってやらぬこともない。頭ばかりで歩く訳にも行かず。………俺も
大切な足をどっかの谷底へコロンボーしてしまったので困って居るのだ。合うたり叶《
かな》うたり。サアこれから仲善うして行くのだぞ。この俄天狗に従《つ》いて来い。
貴様は小天狗《こてんぐ》にしてやらう』
鬼丸『さうすると、お前は松の木から墜落した天狗だな。………ヤアもう解約致しませ
う。アタ恐ろしい、天狗と主従の縁を結ぶなんて、どんな祟《たた》りが来るか知れた
ものぢゃない』
テルヂー『アハハハハ、実のところ、貴様たち両人、うまいことをやりよって、大原山
麓《おほはらさんろく》の木陰で、玉照彦さまを手に入れた自慢話をやって居ったのを、
俺達両人がソッと拝聴して、……こいつ一つ計略をもって横奪せむものと、俺の家来の
コロンボと云ふ奴を、樹下の薄原《すすきはら》に忍ばせ、俺は松の木の上に登って、
天狗の声色《こわいろ》を使ひ、貴様ら両人を嚇《おど》かして目的を達しようと、一
幕《ひとまく》の芝居をやって見たところ、貴様の大将谷丸が、非常に剛腹《がうばら
》な奴で、この天狗も策の施す所が無かったのだ。実際は俺も横目立つ鼻の人間だ、疑
ふなら俺の鼻を見い。一割低い鼻だらう』
鬼丸『アハー、それでヤッと安心しました。モウこうなれば、神さまの道は元は一株、
ウラル教とバラモン教の同盟軍を作り、玉照彦様の行方を尋ね、三五教に一泡吹かせて
やりませうかい』
テルヂー『それもよからう。しかし肝腎の時になって、俺達に素ッ破抜きを喰はさぬや
うにしてくれよ』
鬼丸『それは三五教ぢゃないが、刹那心《せつなしん》ですよ。何時《なんどき》神界
の御都合で、どうなるやら予測すべからざるが、われわれ神に仕ふる宣伝使の境遇、そ
の時はマアその時、ともかく玉照彦様の行方を協心戮力《けふしんりくりょく》捜査す
ることに致しませう。私はこれからちょっと、天狗岩まで往《い》って来ねばなりませ
ぬ。約束があるのですから……しかし天狗岩は本当の天狗が出よったら困るから……ど
うぞテルヂーさま、あなたのお伴をさして下さいな』
テルヂー『ハハハハア、巧《うま》いこと言やがるなア。天狗岩には大方谷丸の大将が
玉照彦様を奉按して待って居るのだなア』
鬼丸『サアその辺は保証出来ませぬが、抜け目の無い谷丸先生のことだから、きっと大
切に保護して、わしの行くのを待って居られるでせう』
テルヂー『谷丸に会うたが最後、にはかにまたはしゃぎ出して、俺に三行半《みくだり
はん》を渡すと云ふ計画だなア』
鬼丸『イエイエこうして、あなたとここで会うたのも神様のお引き合はせでせう。谷丸
の大将もなかなかひらけて居ますよ。きっと喜んであなたと提携するに間違ひありませ
ぬワ』
テルヂー『俺も実は天狗岩へ行かねばならぬのだ。コロンボが先へ往って待ってるはず
だから』
鬼丸『あなたもヤッパリ天狗岩に御用があるのですか。……ア、そんなら別にあたま下
げて頼むぢゃなかったに……エライ言霊《ことたま》の濫費《らんぴ》をしたものだ』
テルヂー『アハハハハ、現金な奴だなア。口《くち》に資本《もと》は要らぬぢゃない
か。何程《なんぼ》物価騰貴の今日この頃でも、言霊だけは無料だ。親の讎敵《かたき
》でも討ち損なうた様に、そう過ぎこし苦労をするものぢゃない……サアサア行かう』
とテルヂーは先に立つ。鬼丸はブルブル慄ひながら従《つ》いて行く。やうやく木下闇
《こしたやみ》に白く浮き出た天狗岩の間近になった。
鬼丸『モシモシ谷丸は来て居ますかなア。天狗を一疋連れて来ました』
テルヂー『それ見たか。すぐ、はしゃぎやがる』
谷丸『誰だ。鬼丸の作り声をしやがって、狐か狸か、但しはウラル教の奴だらう。そん
な手に乗る谷丸ぢゃないぞ。俺の部下の鬼丸は最前からここに来て居るのだ。二人も鬼
丸があって堪《たま》るか』
テルヂー『オイ、バラモン教の谷丸とやら、俺はウラル教のテルヂーと云ふ宣伝使だ。
玉照彦様を、御無事に奉按して来たか』
谷丸『ナニッ、貴様、玉照彦様のことを尋ねてどうするつもりだ。たとへ天地が覆《か
へ》っても、貴様らに渡すものかい。天狗の化け損ひめが……』
コロンボ『アア、テルヂー、今来たのかい。私は今までお前だと思って、一生懸命に話
して居った。ア馬鹿らしい』
テルヂー『アハハハハ、エライ混線したものだなア。これだけ需要者が殖えて来ると、
電話交換局も大抵ぢゃないワイ』
 再び月は皎々《かうかう》と輝き始めた。四人の顔は、菊石《あばた》まで見える様
になって来た。
谷丸『ウラル教の御大将、これも何かの神様のお引き合はせだらう。どうぞ打ち解けて
仲ようして下さいや。しかしながら松の木から墜落することはやめて下さい。一つ違へ
ば、一つより無い生命《いのち》を棒に振らねばなりませぬぞ』
テルヂー『それは有り難う。そんならここで平和条約を締結しませう。しかし玉照彦さ
まは何方《どちら》の手に預ったら良いのだ、先決問題として、それが定《き》めたい
のだ』
谷丸『こればっかりは、御免蒙りたい。折角骨折って奉迎して来たのだから………ヤア
玉照彦さまは冷たくなって居らっしゃる。コリャ大変だ……ハハア、あまり慌てて石と
間違へてきたなア。道理でエロウ重たくならっしゃったと思うて居た。エーエ何のこと
だい』
テルヂー『アハハハハ、態《ざま》を見なさい。それだからあまり欲張るものぢゃあり
ませぬぞ』
谷丸『ヤアこりゃ大変だ。マ一遍元の所へ引き返して探して来うかな』
テルヂー『今度は一ィ二ゥ三ッで、先へ往《い》った者が頂くことにしょうかい。お前
が放《ほ》かしておいたものだから、棄《ほ》かしたものを拾ふのは拾ひ勝ちだ。サア
走った走った』
谷丸『テルヂー、お前から先へ走りなさい。わしや、ゆっくりと後から探しに行きます』
テルヂー『それだと言って、お前から先へ往ってくれな、どこに落としてあるか方角が
分らぬぢゃないか。谷丸、御遠慮は要らぬ。サアお前からお先へお出でなさいませ、最
後の一秒間が勝負ぢゃ』
谷丸『アハハハハ、うまいことおっしゃるワイ。お前が動《いご》かねば、私は二日で
も三日でも動《いご》かせぬのだい。人を先頭に立てて所在《ありか》を探さうと思っ
て……本当にウラル教の宣伝使は、狡猾《ずる》いなア』
鬼丸『オイオイ谷丸、グヅグヅして居ると、三五教の奴が通って、拾って帰《い》んで
しまひますで。サア早う往きませう』
谷丸『エエ気の利かぬ奴ぢゃなア。俺がこう言うて暇|費《い》れてる間《ま》に、貴
様は場所を知ってるのだから、何んでソッと何々せぬのぢゃい。頓馬な野郎だ』
テルヂー『オイ、コロンボ、鬼丸君の側をチットも離れちゃならぬぞ。キュッと袖を掴
まへてどこへ行っても構はぬ、往く所へ従《つ》いて往くのだ。そして何々を何々して
来るのだ。良いか』
コロンボ『承知致しました。しかし鬼丸の足が速かったら、どう致しませう』
テルジー『帯なっと、足なっと、喰らひついて行くのだ。気の利かぬ奴だなア』
谷丸『アアもうこうなっちゃ、到底独占する訳にはゆかなくなって来た。そんならモウ
仕方がない、共有物として、ユックリと行きませう』
とソロソロ歩き始めた。テルヂーは谷丸の袖をグット握りながら、
テルジー『オイ、コロンボ、鬼丸を放しちゃいけないよ』
谷丸『エーエ鳥黐桶《とりもちをけ》に足を突っこんだ様なものだ。エライとこでダニ
が喰らひ付きやがって……アアこれも何かの罪業《めぐり》だらう』
と面《つら》膨らしながら、四本足《しほんあし》の二組は、堺峠の麓を指して急ぎ下
り行く。
(大正11年5月9日 旧4月13日 松村真澄録)
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(740)に続く
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