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欧州の小国で世界一豊かな国の謎に迫るブログ。欧州の小国ルクセンブルグが、なぜ世界一豊かな国になったのか。その秘密を探るとともに、ルクスとベルギーなど近隣国の観光案内特に最新のイベント案内、割引切符、 一味違った旅行先についても取り上げてみます。

  • 周期 不定期
  • 最新号 2008/10/06
  • 発行部数 243
  • マガジンID 0000194376
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2008/10/06

ルクス最大の移民社会では、54才で年金生活も

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第172回  ルクス最大の移民社会では、54才で年金生活も

ルクスでは、10月に入って一段と冷え込みが厳しくなり、早くも冬が訪れたよう
な気候です。4日は一週間ぶりに晴れ間が見えましたが、5日は、また厚い雲に覆
われた時々雨が降る10℃ほどの肌寒い天気です。3日の夜にフランスのメッスで
開催された初の nuit blanche (眠らない夜)に、再びQuattrople(4都市連
合)の無料バスで行ってきました。パリでは、2002年以来、毎年開催されて今年
も好評でしたが、メッスでは初めてで、悪天候の6℃の寒い夜にも関わらず、多く
のを見物客で賑わっていました。日本人も老夫婦を含めて、数組がいました。無料
バスは、大型バスに乗客わずか6人で、午後からの雨で、キャンセルした人が多か
ったみたいです。ただ、夜8時過ぎにメッスに着いた時には、雨も止んで、傘なし
で、数カ所にわかれた会場を見物できました。
ところで、前回の教育後進国で、後進国の用語について、質問がありましたが、後
進国の意味は、語学教育の負担増による落ちこぼれで、教育レベルが低いというこ
とです。
今回は、ルクスで最大の移民社会を構成するポルトガル人について取上げてみます。
1960年代から、労働力不足を補うために同じカソリック教徒の国ポルトガルからの
移民が始まりました。他の欧州大国と異なり、計画的に文化的に近い国から、勤勉
なポルトガル人を集中的に受入れたことが、大量移民でも問題があまり発生してい
ない要因になっています。1969年には、わずかに6千人に過ぎなかったのが、1981
年には3万人弱、1991年には4万人弱、2001年には6万人弱、2006年には、7万2千
人に達して、総人口の16%、外国人居住者の41%を占めるまでになっています。
現代の移民者の年代別移住内訳は、1982年以前が17%、1982年から1993年が29%、
1993年以降が最も多く34%を占め、2世代目と12才未満での移住者の割合が20%を
占めています。最後の2世代目と12才未満での移住者は、ルクスで教育を受けた世
代に当たります。移住者の学歴は、1世代目で、小学校卒が90%を占め、2世代目で
は、小学校卒が32%、中学または高校卒が58%、大卒はわずかに10%に過ぎません。
ルクス人の大卒の割合が29%ですから、ポルトガル人の大卒は3分の 1しかいませ
ん。親の学歴が低いことと、前回取上げた4ヶ国語教育の弊害が大きくでています。
ポルトガル移民の多くは、建設労働者として、道路工事やビル、家屋の建設に多く
従事しています。移民の平均年齢は40才で、小学校卒が多いために、1世代目では、
早くも40年勤続で、54才から年金生活に入っている人もいます。日本のような、貧
しい建設労働者とのイメージはなく、物価が安く気候も良い故郷で、悠々自適の老
後生活をする人も多いです。日本のように60才過ぎても働きたいと言うのは、少数
派で、少しでも早く引退したいと言うのが欧州での多数派です。働くことが人生の
目的である多くの日本人と、労働は苦痛と考えるキリスト教徒の違いです。日本の
大都市のような消費社会でないため、夫婦2人で月15万円もあれば十分です。田舎で、
野菜や果物栽培をすれば、食費が節約でき、しかも無農薬で健康にも良いです。
ルクスでは、ポルトガルからの移民をさらに増やすために、親の介護負担を減らす目
的で、移住者の両親が入居する老人ホームをポルトガルで財政援助して、建設するこ
とに先週決まりました。

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