千字一話物語 634話 上司の調子
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■ 千字一話物語 川崎ゆきお
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634話 上司の調子
何かが投影されており、その投影させてい
るものを探れば意味が分かるのではないか。
倉田はそう考えた。
それは倉田の上司の発言がよく聞き取れな
かったからだ。耳が悪いのではない。意味が
分からないのでもない。ただ、なぜそんな発
言となるのかが腑に落ちなかったからだ。
だが、上司が何を元にしての発言なのかは、
倉田にとっての想像でしかない。
それでも、憶測は可能だ。おそらくそうだ
ろうと思えるような元ネタがあるはずなのだ。
たとえば、上司に何かを吹き込んだ同僚が
いるとか、上司が妙なビジネス教訓書を読ん
だとかだ。
倉田が腑に落ちないのは、いつもの上司の
態度とは違っていたからだ。妙に優しいのだ。
残業すべきところを定時で帰ろうとすると、
何らかの反応を上司はいつも示す。軽い一言
だが、それで上司の心理状態が分かるのだ。
それは、言葉だけのことではなく、その話
し方でも分かる。
倉田はこの上司とうまくやっていこうと思
っている。好き嫌いをいっている場合ではな
い。気に入られればそれが一番いいのだが、
嫌われない程度でもかまわない。つまり、う
まくいっている関係を維持したい。
ところが最近、この上司の態度が柔らかく、
そして優しくなった。すべてでそうではない
が、今まで見せなかった態度だ。
これには何かがあると考えるのは当然だろ
う。
そして、倉田は、何かの投影ではないかと
考えたのだ。
つまりそれは、倉田が問題なのではなく、
上司の心理だけが問題なのだ。上司の気が変
わったともいえる。
「嵐の前の前の静けさではないか」
倉田は最悪のことも考える。人事移動でも
あるのかもしれない。それなら、もう直接の
上司ではなくなる。だから、態度が変化した
のだろうか。
倉田はこの課に残ることを希望している。
上司がどんな人間でも、この課にいることが
大事なのだ。社では、この課にできる人間が
集まっている。優秀な社員がいる場所なのだ。
三ヵ月後、やっと理由が分かった。
やはり人事移動があり、あの上司は他の課
へ移ってしまった。
誰が見ても栄転ではなかった。
了
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