2006/04/18
【経営者・管理者の為のコンサルタント養成講座】
戦国時代は今と同じ実力主義社会でした。 戦国武将の活動は、現代の我々には格好の事例となるはずです。 よって戦国武将と経営という観点で見ていきたいと思います。 【織田信長】 信長は16才で尾張の国を引継ぎ、自国統一からステップ ・バイ・ステップで全国統一へ向かった武将です。 しかし、俗に言われるように桶狭間の戦いで駿河の今川氏 を破ってから天下を夢見たのではないです。 むしろ、天下を夢見ていたから今川氏を破ることができた のだと言えます。 もし信長が天下を夢見ず自国の安泰のみを考えていたら、 兵力わずか3千人で4万人の今川氏に戦いを挑んだりし なかったでしょう。 むしろ今川氏と同盟を結んで、自国の延命を図ったと思われます。 【ここでの気づき!】 信長は、桶狭間で今川氏と戦うことに自分の天命をかけた。 自分の手で天下をとれないぐらいなら討ち死にしようと思っ たに違いありません。運命にチャレンジしてこれを乗り超えた。 ⇒どうしてやり抜こうとする強烈な信長の意欲、野望が、 桶狭間の奇跡を招いた 桶狭間の戦い以来の信長は、はっきり天下をとることを 公言するようになりました。 漠然とした野心が明確な「目標」となったわけです。 初めから信長は、有利な条件下にあったのではありません。 尾張は京都から遠かったし、恵まれた環境に育った尾張の 兵は弱かった。信長の野望も途中で挫折してしまう要素が 少なくなかったわけです。 しかし、信長は足利将軍へのアプローチを着実に進めた他、 兵力増強の為に鉄砲の独占体制を着々と整えていきました。 【ここでの気づき】 信長の計画的で、しかも確実な行動が、信長の野望を実現 に導いた。 ⇒強い目的意識のみならず、それを実現する計画的実行力 が信長にはあった。 ⇒「目標設定」→「実現」→「新たな目標」→「実現」 →「更に高い目標」というサイクル の中で信長の心は高揚に高揚を続けていった。 信長は、当時誰も手をつけることができなかった石山本 願寺や比叡山を成敗した。これは神仏を破壊するという より、神仏の陰に隠れて私腹を肥やす勢力の一掃でした が、他の武将は神仏に恐れを抱き信長のような「暴挙」 には出られなかったのです。 【ここでの気づき】 信長は自分の「信念」に従って行動した。 それまでの常識や因習にとらわれず、自らの夢を実現 する道を邁進した。 本日のまとめ <信長から学ぶ自己実現のポイント> 1.強烈な欲求や実現したいビジョンを持つこと。 2.夢の実現に向けて具体的な施策を計画化し、一つ 一つの施策を果たしていく力を持つこと (大きな夢を段階的な目標に分解して一つ一つの目標 を実現すること) 3.目標実現のための具体的な計画を立案する際は、 いかなる既成概念にもこだわらず、自分の「信念」に 従って行動すること ⇒10年後のビジョンと向こう3年間の中期経営計画の両 方とも揃わなければ挫折する危険が高い いかがだったでしょうか? 何か1つでも気づきがあれば、うれしく思います。 では本日のコンサルタント養成講座は、これで終了し たいと思います。 ご静聴?ありがとうございました。 ************************************* 経営コンサルタント 吉村 裕司 *************************************


