Sacres francais! <映画と美術とパリジャンと>  RSSを登録する

パリに住む筆者が、なにがなんだかわからないフランス人という人達を映画や絵画作品を通して解剖してみました。Sacres Francais!(サクレ フランセ)とは「とんでもないよ、フランス人」という意味です。

  • 発行周期 隔週刊
  • 最新号 2009/11/25
  • 部数 146部
  • メルマガID 0000191817
  • 個別ページ
最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2009/11/25

写真の価値

                         2009年11月25日発行
【Sacres  francais !55号】                  


写真の価値
───「写真コレクターには絶対ならないぞ!」宣言───


【Editorial par koko】

今月3日、フランスを代表する人類学者Claude Levi-Stauss(クロードレヴィ
ストロス)が亡くなりました。文化の日に死んだんだな~と変な感慨を持ち
ました。『悲しき熱帯』をはじめとして、彼の著作を興味深く思って読んだ
学生の頃を思い出します。皆に尊敬される学者、それがレヴィ ストロス
だったようです。

人類学または民俗学という不思議な学問に興味を持ったのは、
英文学科(フランス文学ならまだわかるけど)の大学2年ぐらいからでしょうか。
英文学なんてそっちのけで文化人類学や社会人類学の本を読んでいたような
覚えがあります。

ちなみに英文学科で学んだことは、「シェークスピアは凄い!」という、
別に英文学専攻でなくてもわかるようなことだったのでした(恥、恥・・・)
あっ、そうそう、それからアポリネールの詩は美しいなぁ、
などとなぜか英文学の授業で思った覚えもあります。

今では英語なんてほとんど覚えてませんし、どうやって英文科を卒業したの
かあまり記憶がないのです。それほど無意味な授業をこなしていたということ
ですかねぇ。
典型的な出来の悪い女子大生です、全く、トホホホホ、、、、、。

『恥』といえば、先週行われたサッカーワールドカップ出場をかけたアイル
ランドとの試合が大変なことになってしまって、もう毎日毎日政治家も有名人
も一般人も、その話についてまずコメントしないと埒があかないような状態です。
『アンリの手』は、『マラドーナの手』に続く忌まわしい伝説となるでしょう。
さらに大変なのは監督さんです。
フランス代表チーム、ドメネク監督の評判はこの1年特にひどいもので、先日の
テレビでは、あのエリック・カントナがプレス会見の場で、
『ドメネク監督は、ルイ16世以来でもっとも出来の悪い監督だ!』
なんて豪語しておりました。

ここまで言われたら開き直るしかないよね。

日本人の私としては、日本代表ガンバレ!みたいなことでお茶を濁しましょう。

本日もどうぞよろしく。



【お題 その1】
Koko, 写真について悩み通す。


私は写真への感受性がほとんどゼロだ。
こんなに美術に関するものに興味があるのに、写真は今一つピンとこない。
パリで知り合った友人に、写真のコレクターがいて、もう写真の素晴らし
さをどれだけ聞かされたことか!また写真家の彼氏のいる友人にどれだけ
写真が美しいかを聞くハメになったことか!
私ははっきり言って、一部の忘れがたい写真家以外はどうでもいいのかも
しれない。
その昔、編集者として立ち会った撮影現場で、腕のいいカメラマンの皆さ
んにお世話になったけれども、それは職人として彼らがとても素晴らしい
技術を持っているというだけのことだ。
アーティストとは比較できない。

≪写真家は果たしてアーティストなのか?≫

この疑問は私にずっと付きまとっているものである。
(但し、私の中でアーティストとしての座を確保しているフォトアーティ
ストもそこそこはいることを予めお伝えしておくことにします)

この疑問の行きつく先は、写真の持つ価値についてである。



【お題 その2】
『The September Issue』 (2009年公開 アメリカ) ドキュメンタリー映画


そもそもモードに関わる人間というのは、写真への愛着がとても強い。
美しいモード写真を撮れる人間は、大都会では人気者だ。
モード雑誌の表紙を飾る写真や、特集のページを埋める写真たちは、
編集者と制作者の莫大なエネルギーとお金を費やして作られている。
そんな場面を少し覗いてみたければ、アメリカヴォーグ誌の女性編集長、
Anna Wintourの仕事ぶりを追いかけたドキュメンタリーを見ればいい。

素晴らしい才能を持ったスタッフ達が切磋琢磨してつくりあげる雑誌の
写真は、私からいわせればただの消費財でしかない。だからどんなに
写真が美しくても、これらの写真にはあまり興味が湧かない。つまり目
の保養にはなるけれど、脳みその保養にはならないということだ。
(ヴォーグの写真が素晴らしいということは十分認めています)

所詮、〈Mode〉は書いて字のごとく、〈流行〉に他ならないから、
流行に興味がない私のような人間には写真はあまり話しかけてはくれない。
それに大体世の中〈ECO(エコ)〉の大合唱なのに、このヴォーグ9月号
の雑誌の厚さはなんなんだ?
映画を観ていて少し時代遅れのような気がした。

しかしモード界の女王、Anna Wintourをはじめとするヴォーグ編集部の
仕事ぶりということに興味をもてば、なかなか面白いドキュメンタリー
映画だったと思う。『プラダを着た悪魔』を見た方には、比較する意味も
込めて是非一度見てもらいたい映画である。



【お題 その3】
『Paris Photo 』 11月19日~11月22日、パリ、 カルーゼ ドゥ ルーブル


毎年10月のFiacの1カ月後ぐらいに開催される写真版Fiac
『Paris Photo』が、今年も始まった。
何年ぶりか思い出せないけど、久しぶりに行ってみた。
写真というものは、本当に流行り廃りがあるものだとつくづく思う。
少なくとも10年前は、ナン・ゴールディンやアラーキーの写真があちこ
ちのブースで見られたものだ。それも今は昔の話か。

例えばKaren Knorrの写真は相変わらず目立つ。 
http://www.karenknorr.com/photographs/

それからMassimo Vitalihを扱っているギャラリーが多かった。
http://www.massimovitali.com/

Dae-Soo  Kimの竹の写真は、日本人の私にとってはちょっと反則って感じかな。
http://www.parisphoto.fr/artiste.html?ar=3344

日本画を眺める感じで家に飾ってもいいなと思ったSusan Derges。
http://www.susanderges.com/


しかし相対的にはそれなりに充実した内容だったと思う。
※Paris Photo (英語)
http://www.parisphoto.fr/?lg=en





【お題 その4】
写真が気にくわない理由。


写真の値段が私の気にくわないのは、まず一つにエディションが好きな
だけ作れるという理由からである。
ポジ1枚あれば、いくらでもコピーがつくれる。なのに敢えて偉そうに
エディションをつける。
そこが気にくわない。
版画のほうがずっといい。刷ればするほど版は磨滅していくから。
それに銅版画なんてほんとうに一枚一枚に手が加えられて愛おしい違い
が刷りに出てくるものだ。それに比べてリトグラフは興ざめだ。
(もちろん例外というものはいつでも存在します)

写真が気にくわない2つめの理由は、撮る対象がつかの間(一瞬)の現象
を捉えることだ。だからインパィクトの強いものができるかもしれないけ
れど、全体としては一過性のものに陥りやすい。シャッターチャンスによって、
恐らく結果的に出来上がる写真の内容は随分と変化することだろう。

3つ目は、カメラという高性能機器の助けを借りているということ。
これは万民にはありがたい。
プロカメラマンには絶対なれないだろうけど、誰でも自称カメラマンに
なり得るという意味においては、なかなか微妙な問題をはらんでいると
思う。プロになれないのにカメラマンにはなれるんだ。カメラ自体の性能
向上も凄いものがあるので、ますます微妙な話しである。
だから商業写真については敬意を払うけれども、アートフォトというもの
の限界をいつも感じている。
ここでもはっきりいっておかないといけないが、アーティストがたまたま
写真という技術を選んで自己を表現する活動は、また全く別の次元の写真
作品だと思っている。その場合写真技術は手段でしかなく、アーティスト
の目的は撮影対象の設定だったり、自分のパフォーマンスの記録だったり
するからだ。

とうわけで、いつも私は写真について少し歪んだ感情を抱き続けている。



【結論】
写真の価値


得手勝手なことをほざいたけれど、写真が一番光を放つのは、やはり報道(
ドキュメンタリー)写真だろう。
あれはカメラの特性を最大限に活かした結果である。
でもそのような写真に、果たしてエディションナンバーが入るものだろうか。
エディションの入るような写真とは正反対なのがドキュメント写真であるはずだ。

私は絶対あのエディションというものが受け入れられない体質なんだ。
だから最近よくアートとして売られているフィギャーも好きではない。
『あれはアートではない!』と心の底でいつも思っている。
アート作品はもっと極端にパーソナルなものがふさわしい。
パリフォトに飾られていた写真をみながら、つくづくそう思うのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

今日はすっかり写真への不満をぶちかました形になってしまいました。
そんなつもりではなかったけど、書いてるうちにそうなったのです。
これは私の「写真コレクターには絶対ならないぞ!」宣言みたいなもんです。

映像という言葉を使えば、私は写真より映像が好きです。もっと突っ込んで
いえばやはり映画のような総合芸術(映像に音楽やせりふなどの要素が絡み
合って出来上がる作品)が大好きです。監督業というのはオーケストラの
指揮者同様、本当に面白い仕事だと思います。

先週は映画『2012』を観ていて、あそこまで地球をくちゃくちゃにできる
仕事もそうないだろうと、ニヤッとしてしまいました。作品の出来不出来
の問題以前に、世の中の人間がひそかに抱く地球の最後への恐れを軽く刺
激しながら、豪快に地球を壊していくというのはなかなか爽快な行為です。


今日も読んでくださってありがとうございました。

最後にお知らせがあります。
この11月25日から毎月一回『本のメルマガ』に現代美術についてのコラムを
書くことになりました。興味のある方は是非読んでみてください。
登録、またはバックナンバーの閲覧はこちらからどうぞ。
http://back.honmaga.net/


ではまた次回。
koko


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Sacres francais! <映画と美術とパリジャンと>
お便りはこちら yuriko.noritake@gmail.com
発行システム:「まぐまぐ」http://www.mag2.com
配信中心はこちら http://www.mag2.com./m/0000191817.html
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る