サクレ・フランセ 37号 記憶(1)クリスチャン・ボルタンスキー
【Sacres Francais! 37号】 2008年7月10日発行
記憶について(1)
【Editorial par koko】
なが〜いストライキでした。
突然の休刊をお許しください。
この6月、1日違いで2人の家族が私の存在する世界から消えて、しばらく自分も普段の
世界とは違う時空に飛んでました。
この2か月ほど映画もテレビも大好きな展覧会さえ見に行くことはなく、誘われたコン
サートもぼんやりとしたイメージしか残ってません。
でも先週末から徐々に復活しつつあります。
パリは今文化イベントでお祭り騒ぎ。
人生短いんだから楽しまないとダメじゃない!と独り言。
今ラジオから『コロンビアでイングリッド・ベトンクールさんが解放された』とのニュースが流れています。
世の中は私のつまらないストライキなどとは関係なく動いている・・・
そう思ったところ、「まぐまぐ」から発行催促のメール。
『うぉ〜、忘れてた!読者の皆さん、ごめんなさい』とばかりにコンピュータを開いて
いるkokoです。
何について書くべきかとても悩んだのですが、やはりこの数か月の体験や思いからは離
れられない。どうしてもそのことを書かねば次に進めないような気がします。その思い
の一部は少なくともChristian Boltanski(クリスチャン・ボルタンスキー)というアーテ
ィストの活動と重複するような気がするのです。
【お題 その1】
Christian Boltanski クリスチャン・ボルタンスキー(1944 Paris生まれ)
フランス現代美術アーティスト
まずは彼のおおまかな作品傾向を知ってもらうために下記サイトを覗いてください。
※高松宮殿下記念世界文化賞(日本語)
http://www.praemiumimperiale.org/jp/laureates/boltanski_gallery.html
※Re+nessance(日本語)
http://renessance.jugem.jp/?eid=58
※参考作品写真
http://images.google.fr/images?q=christian+boltanski&hl=fr&um=1&ie=UTF-
8&sa=X&oi=images&ct=title
パリ市立近代美術館の常設展示室が改装されてリニューアルオープンされたとき、その
地下の部屋に新しくボルタンスキーの作品展示スペースが作られた。不思議な古着がい
っぱいかかったその部屋を、当時私は何気なく覗いて通り過ぎた。そのころボルタンス
キーの作品のイメージといえば、古ぼけたポートレートを祭壇のような形で飾った作品
だった。その意味について深く考えたことがなかったから、なんとなく印象に残る作品
として私の記憶の隅にこの作品イメージが残っていた。それはフランスを代表する現代
美術作家として彼の名前と代表作を記憶に刻んでいたにすぎない。
作品に対するイメージはそれはそれは漠然としたもので、私はとてもじゃないけど作家
の意図をくみ取れるような感受性を持ち合わせていなかった。でもその作品群への扉は
一つのインタビュー記事を読んで開かれたといっていいと思う。美術作品との出会いは
往々にしてこのように突然訪れるものだ。簡単にいえば初めて私は、彼が『死または不
在、さらには記憶』について多くの考察をしていることを知ったのである。彼に対する
認識がかなり遅れていたことは歪めないけど、ヒトでもモノでも出会いは予期せぬタイ
ミングでやってくるもんじゃないですか・・・
【お題 その2】
ささやかなる一つの個性
彼が語るいろんな言葉に興味はあるけれど、特に各個人が持つ特異なアイデンティティ
への考察は、今の私の気持ちと重なっている。
故人が住んでいた家の片づけをする、ただその行為を通してその人の特異な人格の片鱗
を垣間見ることができる。自分が知っていたその人どおりの事もあれば、そうじゃない
一面も知ることができる。自分がまだその人と関わりを持つ以前のことも伺い知ること
ができる。
洋服ダンスを開けて、一つ一つの洋服を吟味する。捨てるかどこかのアソシエーション
にでも寄付するか、そんなことを思いながらポケットに何かが入っているのに気がつ
く。飴が数個、それも古すぎて食べることができなさそうな飴。違う服のポケットには
また違う種類の飴。また飴、そしてやはりあちらにも飴・・・家のあちこちに飴の山。
そういえばよく飴をくれたっけ。薬棚には塗り薬が一杯。足に貼る絆創膏もたくさんあ
った。冬になると手足が冷えるというのを聞いてプレゼントしたカイロは使われないま
ま薬棚の奥に置かれていた。さらに家でもネクタイをするほどおしゃれだったのに、擦
り切れて穴が空いても愛用していたセーター。私にとっては臭いとしか思えない香水。
今にも火を噴きそうなドライヤーの横に高額そうなサプリメントの数々。言い出したら
きりがない。
このオブジェを通して持ち主の個性がうかがえる。でもこの個性はこの家の整理が終わ
って、その人を生前知っている私たちが死ねば、もう誰も知ることのできない個性、つ
まりただの名前だけになってしまう。
この私が今書いた記憶を、ボルタンスキーは『小さな記憶』と呼んでいる。そして国王
などの有名人にまつわる記憶を『大きな記憶』と呼んでいる。このとるに足らない小さ
な記憶にもそれぞれの個性が潜んでいて、人がみな平等だとすればやはり忘れるのが悔
やまれる記憶なんじゃないだろうか。『大きな記憶』に入らない限り少なくともそうや
って人は二度死んでいくのだ、本人の肉体が滅びるその瞬間と、故人に纏わる記憶が消
えてなくなる瞬間に。
【お題 その3】
記憶の喪失
そんなわけで時折故人を偲ぶため、たまにはお墓参りに行ったり、何か故人ゆかりの行
事をすることは大切なことだと思う。また少し真剣に自分が生活する地域の歴史を習っ
たり、原爆の落された日に黙とうを捧げることも大切なことだ。
小さな記憶について逆説的に考えれば、私は自分の存在が人の記憶から消えてなくなる
のが恐ろしい。つまり好きな人たちがアルツハイマーになったりすることを考えただけ
で寒気がする。私は彼らの世界から抹殺される。こんな残酷なことがあっていいんだろ
うか?
大きな歴史でいえば、歴史は常に権力者の側の都合で作られている。だからなるべくそ
れが偏らないように気をくばったり、また小さな歴史をたくさん語られなければならな
いとも思う。そうでないと小さな記憶がどんどん消えて、本当の事実が見えなくなって
しまう。世の中は一人ひとりの人間から成り立っているんだ。
あ〜、私はなんてたくさんの記憶を葬ってきたことか。
こうしてこの春旅立った二人を想いながら、また家の片づけに勤しむこの夏です。
【あとがき】
メルマガは本当に自己テラピーです。思うこと全部は書けないけど(私の場合は思って
いたことを忘れてしまう・・・・これも困ったもんです)こうして思っていることの少
しでも文字に変えて、それを人が読んでくれると思うとなんだかほっとします。
そろそろ通常通りの生活パターンに戻れそうな気がします。
復活の証とまではいかないけれど、今日は美術館のベルニサージュに行ってこよっと。
ではまた次回。
今回も読んでくださってありがとうございました。
Koko
追伸:メルマガの発行は10日ですが、実際書いたのは7月3日です。
Sacres francais! <映画と美術とパリジャンと>
お便りはこちら ynoritak@net2.kddi.fr
発行システム:「まぐまぐ」http://www.mag2.com
配信中心はこちら http://www.mag2.com./m/0000191817.html


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