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パリに住む筆者が、なにがなんだかわからないフランス人という人達を映画や絵画作品を通して解剖してみました。Sacres Francais!(サクレ フランセ)とは「とんでもないよ、フランス人」という意味です。

  • 発行周期 隔週刊
  • 最新号 2009/11/25
  • 部数 146部
  • メルマガID 0000191817
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2009/02/16

サクレ・フランセ 44号 食わず嫌いのヴェニス

【Sacres Francais! 44号】                 2009年2月16日発行



食わず嫌いのヴェニス
      脳内旅行敢行!  その2



【Editorial par koko】

最近(とはいってもここ10年ほどのことですが)、美術も音楽も、モードについては特
に、画期的な創造が少なくなったような気がします。情報化が進んでみんなでいろんな
アイデアを共有できるようになった反面、新しいものを使い捨ての商品のように捨てて
しまっているんじゃないかな。出るもの全て出尽くした、みたいな感じ。情報が行き渡
りすぎて、新鮮な喜びがないというか、小さな驚きで満足するみたいなところ感じませ
んか。

クリエイティブであるということも、どこかからアイデアを借りてきてそれに少し手を
加える程度で終わってしまって、本当に創り出すことろまで行きついてないのではない
かと思うのです。(もちろん例外はたくさんあります)

先日、テレビで紹介されていたyou tubeのビデオを見ました。とうとう音楽もたった4つ
のコードだけでヒットソングが作れるということを証明してしまった。。。。。
べつにこれがそんな真実を語っているわけではないですが、なかなか面白いビデオで
す。

※下記のサイトでダイジェスト版を参照(仏)
http://www.miwim.fr/blog/the-axis-of-awesome-les-4-accords-magiques-3952
※2008年12月5日のビデオ「4 chords」を参照(英)
http://www.axisofawesome.net/main/


それでもって改めてクリエイトすることについて考えました。
結果として去年から今年にかけてパリのグランパレで開催されていた『ピカソと巨匠た
ち展』で、繰り返し繰り返し使われても擦りきれないピカソブランドの強さを再認識。
それはピカソがいかに怪物的画家だったかが一目瞭然にわかる展示だったからです。

そして、クリエイトするというのは元のオリジナルを越えた新しさとエネルギーを持つ
作品をつくるというで、さらにオリジナルであるということは擦り切れない頑丈な命を
持つ作品だということでもあります。

※フランス語に縁のない方はせめて画像だけでも参考にしてください(仏)
http://culture.france2.fr/art-et-expositions/dossiers/47220966-fr.php
http://www.exporevue.com/magazine/fr/index_picasso_maitres2.html


そういう作品に巡り合う瞬間ってワクワクするものです、よね。





【お題 その1】
ルーブル発、ヴェニス着
Andrea Mantegna (1431パドヴァ-1506マントヴァ)


今回私が急に脳内旅行先に、(前号で説明したように)全く興味のなかったヴェニスを
選んだか?

もともとのきっかけは一つのエキスポジション。
昨年秋にルーブルで開催されていた『マンテーニャ展』に行き、そのカタログを購入し
たことに始まります。なんてったって西洋絵画の源の一つですからね、イタリアっての
は。
※ルーブル美術館サイト参照
http://mini-site.louvre.fr/mantegna/acc/xmlfr/introExpo.html(仏)

ルーブルのイタリア絵画部門はボッティチェリのフレスコ画から始まっています。ジョ
ットやチマブーを眺めて、イタリア絵画大回廊に出るとすぐ左にマンテーニャの絵が並
んでいます。はっきりいってマンテーニャの絵に出てくる人物の顔は格好よくないし綺
麗でもない。一目でマンテーニャが描いたとわかるほど特徴のある顔立ちをしていま
す。

しかし面食いの貴方でも納得するほど完成度の高い絵の数々に、正直いって癖になりそ
う・・・というのがマンテーニャの持ち味なのです。構図と色の絶妙な組み合わせが顔
のヘボさを忘れさせてしまうような(もしカラバッジオのように自分の顔を入れこんだ
としたら、あんまり男前ではなかったのね、、、マンテーニャさん、ごめんなさ
い!)、地に足のついた骨太の作品群であります。絵画というよりは彫刻に近い硬質な
肌触りがマンテーニャの特徴です。

ただでさえ豊富なルーブルのマンテーニャ作品ですが、企画展ではそこにまたまた素晴
らしい絵の数々が勢揃い。特にルーブルの常設にあまり作品がないジョバンニ・ベリー
ニの絵もそこに加わり、なかなか興味深い展示となっておりました。

しかし、マンテーニャはヴェニスの作家ではありません。ベリーニ家がヴェニスの作家
で、しかも後世のヴェネチア派の画家たちを世に送りだしたアトリエを仕切っていたの
でした。マンテーニャとジョバンニは義理の兄弟関係でしかもほぼ同世代。お互いに影
響を与えあったことは言うに及びません。

こんなわけで、私の心は同じヴェネト県でも違う町で活躍した二人の時代に飛びまし
た。マンテーニャが人生の後半を過ごしたマントヴァの町はまたの機会に残し、ベリー
ニ一家(父ジャコポと実の息子のジェンティーレ、そして義理の息子のジョバンニ)が
アトリエを構えていたヴェニスへ出発です。




【お題 その2】
アトリエ ベリーニ
Jacopo Bellini (1398 ? ヴェニス -1470 ヴェニス)
Gentile Bellini (1429ヴェニス – 1507 ヴェニス)
Giovanni Bellini (1430 ヴェニス – 1516 ヴェニス)


ヴェニスで生まれベニスに死す画家で、ベニスの風景をたくさん残したカナレット
(Canaletto 1697-1768)の作品群を見ていると、もうすでにヴェニスに行ったことがある
ような気になってしまいます。ベリーニの時代とは200年以上時間が経ったヴェニスです
が、建物の外観はさほど変わらなかったことでしょう。私の実家の周りは20年で全く様
相を変えてしまったというのに・・・・

ベリーニ一家のアトリエが活況を呈した15世紀、日本では東山文化が花開いていまし
た。(そういえば昨年秋プチ・パレで『Zen』 というエキスポジションが開催されてま
したね。まさしく東山文化の紹介だったのですが、これってマンテーニャと同じ頃の話
だったのね、と今更気づいて驚き!)

フランスはというと、あのジャンヌ・ダルクを最終的に火あぶりにしてしまったシャル
ル7世の治世です。まだまだ文化的には中世の域を超えず、画家もジャン・フーケやカル
トンが活躍した程度です。フランスでは16世紀に入ってフランソワ1世の登場をもってル
ネサンスが始まります(もうちょっと正しくいえば、ダ・ヴィンチのフランス定住とカ
トリーヌ・メディチの嫁入りかな)。ルーブル美術館のフランス絵画展示室の最初から3
番目の部屋の辺りがこの時代にあたります。フランス絵画展示室のほんとに最初の最初
です。

こう考えると、日本もすっごいですね。
このころから、わび・さびについて論じていたわけですから。
あの息をする間もないほど完璧に描かれたベリーニやマンテーニャの絵とは反対に、雪
舟の絵はなんと余白の粋を極めてしまっているのでしょうか!

ところでルーブルでのマンテーニャ展と時を同じくして開催されていたローマのベリー
ニ展、一体どんな作品が出展されていたんでしょう。興味一杯です。
※ジョバンニ・ベリーニ、ローマ回顧展についての参照ブログ
http://fumiemve.exblog.jp/7702373/





【お題 その3】
Giorgione (1477/78 Castelfranco Veneto – 1510 ヴェニス)
Tiziano (1488/1489 Pive di Cadre – 1576 ヴェニス)


アトリエ・ベリーニで仕事をしていた画家はその後それぞれ美術史に名を残すことにな
ります。ジョンティーレの弟子だったカルパッチョ、ジョルジョーネと同時期にアトリ
エにいたと思われるロレンツォ・ロットやパルマ・ル・ヴュー(イタリア名:パルマ・
イル・ヴィッキオ)もその仲間。しかし今回はそこまで話を広げる余裕がありません。
ヴェニチア派のストーリーはもっと奥深く面白い。そんな簡単には語れないです。
そこで今日は一枚の絵の話。

今回のヴェニスの旅の発見は、ドレスデンにあるジョルジョーネの『眠れるヴィーナ
ス』。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Venus_dormida.jpg

ジョルジョーネの人生は波乱万丈だったようで、この絵を完成させることなく1510年ペ
ストで死んでしまいます。どうやらかなりでかい人だったようで、しかも心もでかかっ
たようです。若くして死んでしまったけれども、その短い生涯でいくつか美術史に残る
名画を残しました。そののち同じアトリエの仲間だったティツイアーノが赤いクッショ
ンと白いシーツを書き足して現在の絵になったそうです。ティツィアーノの『ウルビー
ノのヴィーナス』の原型はこの絵だったのだと今回知りました。(そんなことはとうの
昔に承知済みという読者の方には申し訳ないけれど、私の頭の中でなが〜いヴェニスの
歴史とリンクしてなかったんですよね。よかった、今回はバッチリです。脳内旅行の成
果かな)

それは奇しくもジョバンニ・ベリーニの美しい裸体像をたくさん見た後だけに(もちろ
ん図版でですが)、とても自然な成り行きだと思えるのです。しかもジョルジョーネの
作品が、あの超派手目なティツィアーノのヴィーナスへの架け橋的存在として記念碑的
な作品に見えました。(ジョヴァンニ・ベリーニの描く裸体はマンテーニャの描く硬質
な裸体とは逆に、柔らかい肌と空気の触感が持ち味です。ジョルジョーネは師匠から裸
体像の極意を受け取ったのでしょう。 しかも1500年頃ダヴィンチがこのヴェニスの地
を訪れた時に、ジョルジョーネはその影響をかなり受けました。特に背景にある自然の
描写についてです。こうして人物と背景の二つの領域においてかなり短時間にこの二人
からの影響を受け、いい仕事を残した画家でした)

以下、ケネス・クラーク『ザ・ヌード』からの抜粋。
<ヨーロッパの絵画において『眠るヴィーナス』が占める位置は、古代彫刻における
『クニドスのヴィーナス』のそれに匹敵するであろう。彼女のポーズがあまりに見事で
あるため、以後4百年にわたって優れた裸体像の画家たちは ― ティツィアーノ、ル
ーベンス、クールベ、ルノワールそしてクラナッハすら ― 同じモティーフの変奏曲
を作曲し続けることになった・・・・・・・>

ですからピカソがティツィアーノやマネをモチーフに絵を描くという行為は、ジョルジ
ーニョ抜きには考えられなかったわけで、こうして美術史は延々と続くわけでありま
す。

こうして私はあまり好みではなかったルーブルに飾られたティツィアーノや同じヴェニ
スの画家ヴェロネーゼやティントレットの作品群に今までとは違った想いを抱くことに
なりました。そして多分近い将来ヴェニスに旅行に行くことになるのでしょう。

こうして旅してみると、あのヴェニスの水面にキラキラ反射する光が海に浮かぶ石の町
をまぶしく照らしている様が目に浮かびます。だから室内装飾も絵もそれに負けない程
度にキラキラしてるんだとも思い、ティツィアーノのえぐみさえ感じさせる絵の存在感
の理由がなんとなくわかるような気もして、本当にヴェニスが身近に感じてきました。

食わず嫌いはホントいけませんね、トホホホホ・・・・・反省です。



※文中の生存年月日は文献によって多少差異があります。また人名の表記にも若干差異
があることご了承願います。

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先日ダニー・ボイルの最新作『Slumdog Milionaire』 を観に行ってきました。
ダニー・ボイル大ファンの私がまたまた大喜びの映画でした。
これ、みなさんにお勧めです。
是非見に行ってくださいね。

ちょっと長くなっちゃいましたが、今回も付き合っていただいてありがとうございまし
た。

ではまた次回。
koko


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Sacres francais! <映画と美術とパリジャンと>
お便りはこちら yuriko.noritake@wanadoo.fr
発行システム:「まぐまぐ」http://www.mag2.com
配信中心はこちら http://www.mag2.com./m/0000191817.html

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