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2008/01/29

★後藤 又兵衛★■戦国武将列伝■~戦国天下版~

vol.59━2008.1.28━◆新年号!!!◆
     ★戦国武将列伝★〜戦国天下版〜     567部
┏───────────────────────────────────
┃本‖・【01 明日話そう!!戦国豆知識】 
┃日‖・【02 後藤 基次】   
┃の‖・【03 編集後記】   
┃内‖・【04 募集&お願い】     
┃容‖          発行者:【戦国天下】 中川 修
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 

明けましておめでとうございます!今年も一年よろしくお願いします!


【戦国天下】の中川 修です!遅くなりましたが、2008年最初のメルマガになり
ます!色々お話したい事はありますが、それは編集後記で!

まずは、メルマガをお楽しみ下さい!

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【01 明日話そう!!戦国豆知識】
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 【兵力最終回】

 今回は、経済面から兵力について考えてみたいと思います。当時の動員兵力は、
石高一万石で250人と言われていますから、百万石だと25,000人ということにな
ります。

 この計算式は結構面白いですよ!数学嫌いの僕も、よく計算したものです。桶
狭間の際の今川、織田の石高を例にとってみますが、駿河・遠江・三河の三国を
領していた今川家は、駿河・約15万石、遠江・約25万石、三河・約30万石。

 一方織田家は、尾張・約57万石と言われています。ただ、当時の信長は、尾張
一国を統一していたわけではないので、25〜30万石ぐらいと推測します。ちなみ
に、太閤検地を参考にしております。

以上の事から計算しますと、今川家・約17,500人。織田家・約6,800人という事に
なります。もちろん、実高はもっと多いでしょうし、税収や鉱山などからの収入
もありますから、実質的な動員兵力とまではいきませんが、かなり近い数字は出
るのではないでしょうか。

 そうしますと、今川軍・25,000〜40,000人と言われていますが、20,000人ぐら
いが妥当な線になりませんか?領内を空にする訳にはいきませんから、おそらく、
5,000〜10,000人規模の留守兵力がいたのではと僕は思います。

 それを、『四万の大軍を率いて上洛。』と、吹聴したのではないでしょうか。
正確な数字は誰も分かりませんから。良く行われる作戦ですが、効果は抜群だっ
たでしょう。なにせ『海道一の弓取り』と謳われた義元なのですから。

『戦は、経済の延長』とは、よく言ったもので、国力があるものが優位な状況を
作り出すことが可能だという事です。あとは、戦術という事なんですけどねえ・
・・。

 ちなみに、現在の日本の米の総生産量は、大体ですが900万トン。石高に換算す
ると5000〜6000万石に相当するそうです。

 という事で、三回にわたってお送りしました『兵力』についてですが、いかが
だったでしょうか?また続編なんて事もあるかもしれませんが、一先ずは終了と
させていただきます。

 また、次回からは別の特集をお送りいたしますので、ぜひ楽しみにして下さい
!

   
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【02 後藤 基次】永禄三年(1560年) 〜元和元年( 1615年)
【統率】91【戦闘】94【政治】32【智謀】72

※能力は1〜100。
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 【黒田 孝高】の家臣。通称は又兵衞。【母里 友信】と共に黒田家の双璧。
「黒田二十四騎」や「黒田八虎」としても有名。播磨別所氏家臣・【後藤 基国】
の次男。

 幼少の頃、父を亡くしたことから、父の友人であった【黒田 孝高】に引き取
られます。しかし、孝高が【荒木 村重】によって幽閉された際に、叔父・基信
がその子の基徳・基長兄弟(又兵衛のいとこ)とともに村重方に属したために、
又兵衛は一族の謀反を起こした件により連座される破目となり、一時、黒田家中
からの退去を余儀なくされます。別所家の家臣であったため、そのような形にな
ったのでしょう。

 
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 後に罪を許されて、再び黒田氏の家臣として仕え、豊前宇都宮氏との戦い、朝
鮮出兵や関ケ原の戦いなどに従軍、関ケ原では三成隊の剛槍使い【大橋 掃部】
を一騎討ちで破るなどの武功で大隈城一万六千石の所領を与えられます。「黒田
二十四騎」や「黒田八虎」の一人に数えられた。

 しかし如水の子・【黒田 長政】とは非常に折り合いが悪く、その確執から孝
高の死後、又兵衛は一家揃って黒田家を出奔しました。朝鮮の役で、長政が敵将
と組合川中に落ちたとき、又兵衛は傍にいたのにまったく加勢しなかった事や、
関ヶ原での鉄砲隊長という職にありながらの一騎打ちなどが、確執の原因と言わ
れていますが、本当に馬が合わないというのが理由ではないかと思います。

 しかもこの時、長政は又兵衛に対して奉公構という措置を取ったため、又兵衛
の智勇を惜しんで全国の大名(細川忠興・福島正則・前田利長・結城秀康など)
から召し出しがかかったにも関わらず、いつも長政に仕官を邪魔され、家族とと
もに長い浪人生活を余儀なくされ、乞食の身に零落するほど生活が逼迫したとい
います。 
 
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 そのような不遇な生活が終わりを告げる時がきます。大坂冬の陣が起こると家
康から法外な恩賞を条件に誘われたが、又兵衛は感激するもこれを拒絶して大坂
城に入ります。又兵衛入城は、大坂方を大いに奮い立たせると共に喜ばせました。

 現在では、【真田 幸村】の方が有名ですが、当時は実践経験、武勇や名声に
おいても、入城した浪人の中で又兵衛が随一でした。冬の陣では鴫野・今福方面
を【木村 重成】と協力して守備し、上杉及び佐竹勢と相対した。実践経験の少
ない兵士に、鉄砲の撃ち方を指導するなどしたといいます。また、秀頼も又兵衛
を信頼していたといいます。

 翌年、大坂夏の陣では、大和路方面・国分での迎撃作戦の先鋒として二千八百
の兵を率いて出陣、道明寺方面から進撃するであろう徳川軍を、大坂方複数の部
隊で各個撃破する手はずになっていました。霧のため真田軍らが間に合わず、作
戦時刻に到着出来たのは後藤隊だけでした。

 それには濃霧も原因でしたが、一番の理由は、部隊行軍に各部隊長、および兵
士が慣れていないという事でした。このような逸話があります。馬上で川を渡河
するのに苦戦する兵士を見た又兵衛は、その兵士の川上を進み流れを緩くして渡
河させた事があったそうです。

 歴戦の勇士である又兵衛の指揮が、関ヶ原から十五年経った当時では群を抜い
ていたということ、この戦いが初陣という兵士たちが、かなりいたという事もい
えるでしょう。このため、到着時刻がバラバラになり、兵力の逐次投入という戦
術であってはならない形で、大軍で迫る徳川軍に逆に各個撃破されてしまう最悪
な状況に追い込まれてしまうのです。  

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 話をもどします。徳川軍はすでに狭隘部を過ぎ、大軍を展開しようといている
最中でした。大坂方の作戦は、すでに失敗しています。味方の到着が遅れている
という状況でしたが、これ以上の進軍を許すわけにはいかないと感じた又兵衛は、
進撃を遅らせる遅滞戦術をとります。

 敵の大軍を少しでも食い止めるには、陣取りが勝敗を分けます。わずかな丘陵
である小松山を敵軍より奪い取るより他に策はありませんでした。夜陰に乗じて
「道明寺の戦い」の火蓋が切られました。霧の中、奇襲を受けた徳川方は【奥田 
忠次】らが討ち死に、進軍に混乱が起きます。一時的ですが又兵衛の作戦は成功
します。

 しかし、後方より伊達軍一万五千が援軍に入ると、状況が変わります。数にも
のを言わせる戦術に次第に追い詰められた後藤隊は、部隊としてのまとまりを欠
くようになります。又兵衛は、その中にあって部隊を叱咤し巧みに指揮を取りま
す。

 馬上で見事な采配を振る又兵衛が目立たないはずはありません。伊達軍との乱
戦の中、【片倉 重長】(片倉景綱(小十郎)の嫡男)率いる鉄砲隊に銃撃され、
腰を撃たれ歩行不能となった又兵衛は、部下に介錯を命じて自刃したといいます。
享年五十六歳。

 その後、大坂方の真田隊他の主力部隊が到着し、見事な野戦を演じます。その
夜、幸村は自分の着陣が遅れた事で、又兵衛を死なせてしまったと、【毛利 勝
永】の前で号泣したそうです。それほど魅力ある武将であり、戦況を左右する人
物であったということなのでしょう。



【03 編集後記】
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 新年あけましておめでとうございます!今年も一年よろしくお願いします。
もう今年も一ヶ月終わりそうですが・・・今回メルマガ遅くなりましてすみませ
ん。

 今年は、内容を充実させていこうとあれこれ試行錯誤していたら、相当時間が
かかってしまいました。楽しみにしていたみなさま、お待たせしてすみませんで
した。

 これからは、このような形でより内容を倍増(当社比120%)した形でお届け
したいと思います。ぜひ楽しみにしていてください!来月はもう少し早めに、
お届けしますね!

 話は変わりますが、今年のメルマガの目標は、発行部数を1000部にしたい
と思います!約現状の倍になりますが、目標は高く掲げてより戦国好きの方々に
お読みいただければと思っています。でも、僕一人では力不足ですので、みなさ
まぜひご協力下さい!よろしくお願いします!


 それでは、また来月にお会いしましょう!今年も一年よろしくお願いします!



【04 募集&お願い&読者感想紹介】
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ということで、お便りお待ちしています!励ましや、参考文献、こんなのやって
ましたとかでも構いません!こんな特集を組んで下さい!などなど、戦国関連情
報送ってくださいね!いただいたメールは、全て読んでお返事をお書きします!
ぜひ、お気軽に送ってください!

【読者感想】

 アスペルガー症候群という発達障害をご存知ですか?これは一見正常な子供な
のですが引きこもりや自閉といった兆候が幼少期に現れるらしく、でも言語障害
などはないそうです。

でも突然理解できない言動や他人との意思疎通ができないなどの症状があるそう
です。一方でひらめきや数学や言語、記憶力などずば抜けていて、常人では考え
られない能力を持っている人も多数いて、歴史上の人物などにも多いのではとさ
れています。

人口の1%程度が該当するのではと言われており、先天的なものか後天的なもの
かは今のところ不明だそうです。ニュートンやアインシュタインもそうだったよ
うです。

で、何が言いたかったかと申しますと、実は戦国武将の織田信長もこれに当ては
まるのではという記事を見ました。

言われてみればその通りかもしれません。
もっともこの障害を正確に決め付ける要素などはあいまいみたいです。症状や言
動から判断するみたいです。

(いだっちさん)

 興味深いメールありがとうございました!こんな症状があるのですねえ。僕も
初めて知りました。信長はそうだと言われると、納得してしまいますねえ。


これからもどんどん感想送ってくださいね!メールに掲載O.Kや、
掲載名を書いていただけると助かります!どしどしお送り下さい!


今月も、ありがとうございました!今年も一年どうぞよろしくお願いします!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

・発行人 【戦国天下】中川 修

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