2007/12/18
★甘粕 景持★■戦国武将列伝■~戦国天下版~
vol.58━2007.12.18━ ★戦国武将列伝★〜戦国天下版〜 558部 ┏─────────────────────────────────── ┃本‖・【01 明日話そう!!戦国豆知識】 ┃日‖・【02 甘粕 景虎】 ┃の‖・【03 編集後記】 ┃内‖・【04 募集&お願い】 ┃容‖ 発行者:【戦国天下】 中川 修 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 【戦国天下】の中川 修です!大河ドラマが終わりましたねえ。今回は、いつに も増してハードボイルドで僕的にはかなり楽しめました。皆さんはいかがでした か? 戦国武将Tシャツ&戦国武将グッズ通販 【戦国天下】 http://www.sengokutenka.com/ 新作の冬物ロンTが完成しました!ぜひ、見に来てください! 【01 明日話そう!!戦国豆知識】 ------------------------------------------------------------------------ 【兵力その2】 さてさて、前回は信玄の兵力についての小話でしたが(笑)今回は、別の方の お話しとなります。 戦が上手い武将と言えば、寡兵でもって大軍を翻弄するまたは、撃破するとい ったような戦いをした武将の事がまずは頭に浮かびます。有名なところでは、 対徳川の【真田 昌幸】対龍造寺との【島津 家久】対島津での【立花 宗茂】 など僕は浮かびました。間違いなく彼らは、作戦指導においては一級といえるで しょう。 彼らとは違った考えをもっていた武将がいます。【織田 信長】です。信長は、 桶狭間の戦いが先行して戦術家というイメージがついていますが、上に上げた彼 らや、他の戦国武将と比べると、正直戦上手ではありません。それは、信長の戦 を見ればよく分かります。 戦争は、政治の延長であり戦場に到着した時には、すでに勝敗が決しているよ うに準備をする、という考え方を持っていました。簡単に説明するとそれは、 敵よりも圧倒的な兵力と物量で、少々の作戦や戦術を無効にするといった事です。 上洛時の兵力は、およそ六万で六角・三好などをあっさり粉砕します。姉川の 戦いでは、十三段の備えの十一段まで、浅井勢に打ち破られますが、後詰や遊軍 などの予備兵力の多さで敵を打ち破ることが出来ました。 非常に合理的な考え方です。戦争というものを突き詰めるとこうなるのが普通 なのかもしれません。人口・物量の豊富な畿内を領土に持つことが出来た事が、 信長の戦争というものを変えたのではないでしょうか? ということで、次回へ続きます! ------------------------------------------------------------------------ 【02 甘粕 景持】?年(?年) 〜慶長九年( 1604年) 【統率】93【戦闘】91【政治】37【智謀】64 ※能力は1〜100。 ------------------------------------------------------------------------ 謙信・景勝に仕えた武将。上杉十八将に名を連ねる勇猛な武将。越後国飯塚灰 毛城主。初名は長重(ながしげ)。後に主君である【長尾 景虎】(上杉謙信) の一字を拝領して景持と改名した。近江守。 ------------------------------------------------------------------------ 知名度的には、ほとんど知られていませんが越後では【柿崎 景家】と並び、 武勇を誇る勇猛な武将でした。謙信上洛時に、お祝いの太刀を多くの武将が贈っ ている中に、彼も名が残っています。永禄三年(1560年)の関東出兵の際、鶴岡 八幡宮での関東管領就任式では、他の家臣とともに御先士大将を勤めています。 このことからも。謙信に信頼されていた武将といっても間違いはないでしょう。 ------------------------------------------------------------------------ 翌永禄四年(1561年)第四次川中島の戦いに於いては、武田のキツツキ戦法を 看破した謙信が、やがて妻女山を下ってくる武田の別働隊を足止めするために、 千曲川の辺に彼の部隊を配置します。 そのため、武田の別働隊は到着がさらに遅れる結果になりました。さらに、全 軍撤退の殿軍を勤め、その勇猛な戦いぶりや引き方の鮮やかさで敵方の【武田 信玄】も『殿軍に謙信がいるのか』と賞賛したと言う話も甲陽軍艦に残っていま す。 退くのは、攻めるよりも難しいというように、ただ武勇だけの武将ではなく、 見事な采配能力を要していたといえるでしょう。第五次川中島合戦では武田本陣 攻めに加わっています。 ------------------------------------------------------------------------ 謙信死後の御館の乱では【上杉 景勝】を支持。その後の【新発田 重家】の 乱時は上杉方の三条城に入り木場城の補佐や新潟城・沼垂城攻略にあたります。 豊臣政権化の主家の移封に従い会津へ、そして関ヶ原敗戦後は米沢と移り、米沢 にて死去。 【03 編集後記】 ------------------------------------------------------------------------ いよいよ本格的に寒さも増してきましたねえ。気がつけば今年も残すところ、 あとわずか。一年が経つのが本当に早いと感じる今日この頃です。とはいえ、 クリスマスという大きなイベントも残っていますし、最後まで楽しみましょう! それでは、またお会いしましょう! 【04 募集&お願い&読者感想紹介】 ------------------------------------------------------------------------ ということで、お便りお待ちしています!励ましや、参考文献、こんなのやって ましたとかでも構いません!戦国関連情報送ってくださいね! 【読者感想】 ナインティナインのオールナイトニッポンを聞いていたら、岡村隆さんが小学 生の頃、東京から長宗我部くんという子が転向してきて、夏なのにその子だけ長 ズボンをはいていたのでクラスの話題になっていたことや、長宗我部という漢字 が4文字もある名字が非常にインパクトがあった事などを話していました。 その後、その子が「ぼくは長宗我部元親の子孫なんだ」と打ち明けたそうです が、昔も今も戦国にまったく興味のない岡村さん、同級生に戦国武将の子孫がい たことが、(しかも超有名)どれほどスゴイことなのか理解されていない様子でし た。 あぁ長宗我部くんにいろいろな事聞いてみたい。 (ふみおさん) これは、歴史好きからしたらかなり凄い事ですよねえ!僕はこんな人がいたら、 きっと質問攻めですよ!近くにこんなお知り合いの方がいたら、メールください ね! これからもどんどん感想送ってくださいね!メールに掲載O.Kや、 掲載名を書いていただけると助かります!どしどしお送り下さい! なんとかがんばって発行回数を増やしていきたいと思います!!! 今月も、ありがとうございました! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ・発行人 【戦国天下】中川 修 ・メアド info@sengokutenka.com ・ブログ 【戦国武将名将たちの生き様】 こちらもどうぞ! ↓ http://plaza.rakuten.co.jp/46nohirune/diary/200605080000/ ・HP 戦国武将Tシャツ&戦国武将グッズ 【戦国天下】 ↓ http://www.sengokutenka.com/ ※無断転載・無断コピー禁止 登録・解除は、下記アドレスよりお願いします! ---------------------------------------------------------------------- 「戦国武将列伝」〜戦国天下版〜 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000188853.html -----------------------------------------------------------------


