2007/11/26
★成田 長泰★■戦国武将列伝■~戦国天下版~
vol.57━2007.11.26━ ★戦国武将列伝★〜戦国天下版〜 554部 ┏─────────────────────────────────── ┃本‖・【01 明日話そう!!戦国豆知識】 ┃日‖・【02 成田 長泰】 ┃の‖・【03 編集後記】 ┃内‖・【04 募集&お願い】 ┃容‖ 発行者:【戦国天下】 中川 修 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 【戦国天下】の中川 修です!寒い日が続き、個人的にはそろそろ鍋シーズンかな と思ったりします。チゲ鍋が恋しい季節です。 戦国武将Tシャツ&戦国武将グッズ通販 【戦国天下】 http://www.sengokutenka.com/ 新作の冬物ロンTが完成しました!ぜひ、見に来てください! 【01 明日話そう!!戦国豆知識】 ------------------------------------------------------------------------ 【兵力その1】 戦は、最後は数。と言う事で、今回から兵力について特集していきたいと思い ます。なぜ、この企画が始まったのかは、読者感想を読んでくださいね! 今回は、甲斐の虎・武田信玄の幼いころのエピソードからスタートです。 ある時、信玄(分かり易いようこの名前で進めます)が、侍女に貝を集めるよ うに言います。そして、集まった貝の個数を正確に数えさせ、今度はその場にい ない配下の侍を呼ぶように伝えます。 集められた侍たちに向って『この貝の数を当てたものに褒美を取らす。』と言 いました。それを聞いた侍たちは、ある者は『5千』ある者は『1万』ある者は、 『1千』と答えたそうです。 その答えを聞いた信玄は、先ほど数えた答えを教え、そしてこう話したそうで す。『この貝の数は、戦に際しての敵の数と同じだ。敵を過大に見るものは、多 く。敵を侮る者は、少なく見るもの。状況によれば、少ない兵を多く、多い兵を 少なく敵に思わせる事が可能だと言う事だ。 いかに人の目が曖昧であり、よく調べもせずに戦うと味方を危機に陥る事もある 。何事も慎重に良く調べれば、このような事になることはないだろう。』 と、情報の大切さを話したといいます。これは、信玄の兵力に対する考え方を端的 に表していると思います。大切なのは、情報を集め慎重に対処せよということでし ょうか?孫子をよく知る信玄らしい答えです。 ということで、次回へ続きます! ------------------------------------------------------------------------ 【02 成田 長泰】明応四年(1495年) 〜天正元年( 1574年) 【統率】71【戦闘】59【政治】64【智謀】67 ※能力は1〜100。 ------------------------------------------------------------------------ 武蔵の国の戦国武将。【成田 親泰】の子。【小田 朝興】、【成田 泰季】 の兄。【成田 氏長】と【成田 長忠】の父。正室は【長尾 景英】の娘。号は 芦伯斎。下総守。 武蔵国忍城を領していた。成田氏は代々山内上杉氏の被官を務めていたため、 はじめ関東管領・【上杉 憲政】に仕え各地で、【北条 氏綱】と結ぼうとする 豪族たちを討つために出陣しています。主家が衰えるのを見て北条家に寝返りま す。 河越城の攻防以来、関東の多くの豪族たちが北条家に寝返るのにならったとい えるでしょう。ただ、従属といった関係ではなく味方についた程度のものであり、 状況によれば寝返る可能性のある、不安定な関係であったみたいです。そのため、 関東管領に就任した【上杉 謙信】が関東に進出するとその配下になります。 ------------------------------------------------------------------------ 先日の大河ドラマを観られた方は多いと思いますが、成田氏は小豪族と思われ ても仕方ない扱いでしたね。実際のところは、一族や親族などを含めると、相当 の数に上り、武州を統率するものとして関東出兵の書に記載されるほどの武将で した。しかし、あの扱いとは・・・可愛そうです。 つまり、謙信にとっては関東経略に欠かせない武将の一人であったようです。 しかし、永禄三年(1560年)に謙信が小田原城を包囲した後、【北条 氏康】に 降伏し、再びその家臣となります。 謙信に反旗を翻したのは、鶴岡八幡宮で行われた関東管領の就任式で長泰が下 馬をしなかったことで、多くの関東諸将の面前で謙信に扇で烏帽子を打ち落とさ れ恥をかかされたからと言われています。この事は、長泰だけの問題ではなく謙 信の関東における信用を失墜させ、関東諸将をまとめる事が出来ず後々まで尾を 引く事になりました。 テレビのように、驕りからでた所業とは思えませんが、謙信の中ではその態度 が不義に思えたのでしょう。おそらく、信玄や家康なら関東経略を優先し、あの ような行動をしなかったのではと思います。ちなみに、信長も同じ行動をしたと 個人的には思います。 ------------------------------------------------------------------------ 長泰が下馬しなかったのは成田氏が藤原氏の流れをひく名門で、祖先は【源 義家】にも下馬をせず挨拶をしたという名誉の家門であるため、長泰は古例によ り下馬をしなかったと言われています。【藤原 道長】の後裔式部大夫任隆が武 蔵国の国司として幡羅郡に住み、任隆の子助広が成田太郎を称したのが始まりと いいますが、言い伝えだけで信義のほどは不明だそうです。しかし、関東諸将の 間では名門の家柄という見られ方をしていたのは、間違いがないようです。 以後は、謙信の関東出陣をいち早く氏康に伝え、下野の佐野城救援に赴くなど、 北条家の武将として働きます。しかし、永禄六年(1563年)、謙信に忍城を攻め られて降伏した。このため、隠居を命じられて嫡男の氏長に家督を譲るが、嫡男 を嫌っていたため、これを廃して家督を次男の長忠に譲ろうとしますが、弟の泰 季らの反対に遭い結局、これを断念して引退した。享年七十九歳。 ------------------------------------------------------------------------ 【03 編集後記】 ------------------------------------------------------------------------ 今回は、ちょっとマイナーな武将の紹介でした。正直、ほとんどの人が注目して いない武将だと思います。しかし、調べてみると意外に面白い事実や関係性があり 、それはそれで楽しめました。ゲームなどでは、内政隊として委任してクリアまで 顔を見る機会が少ないイメージです(笑) それでは、また来月にお会いしましょう! 【04 募集&お願い&読者感想紹介】 ------------------------------------------------------------------------ ということで、お便りお待ちしています!励ましや、参考文献、こんなのやって ましたとかでも構いません!戦国関連情報送ってくださいね! 【読者感想】 五年くらい前に、名古屋に転勤しておりましたとき約40箇所くらいの 城・城跡 ・砦 ETC を見て歩きました。その中に、岩村城があります。 日本三大山城 の一つで天主(頂上)付近の石垣が とても美しく立派でありまさに難攻不落の 山城を実感できました。 (信友・信長 共に 力攻めの城攻略は無理な事が 現地で良く理解できます) (いずれも和解の形ちを とった) 又、信友が攻めてくる前は、女城主で有名でした。 そのせいでしょうか・・? 今でも城下町の 各お店ににかかっている ノレン には その家の おかみさん の名前が書いてありますヨ こんなところは、日本中で岩村町だけではないでしょうか (Hさん) 今回の陣形の解説面白かったです。こういう特集もありですね。鶴翼は上げら れていた戦が有名ですが、関ヶ原の戦いの西軍もこのパターンでしょう。多分・ ・・・太平洋、中国から攻めてくる連合国軍もこのパターンでしょう。ただし、 数は多かったですが。 ついでですが、最近知ったことなのですが、例えば、関ヶ原の合戦で東軍7万5 千、西軍8万3千などと兵の数字がよく本に記載されていますがあれは当時の参 加した大名の石高を元に明治の歴史学者が算出したものだそうです。 昔から不思議だったのですが、確かに合戦の参加兵力って何故分かるのだろうか とかなり不思議でした。もし予め数が分かっていたら行われなかった戦いもあっ たでしょう、というかそっちの方が多かったかもしれません。武器に対して差が 無かった時代、数が全てですから。いかかでしょうか。 (いだっちさん) 感想送ってくださったみなさんありがとうございます!実際に現地を訪れた事 がある方しか分からない内容で、面白い切り口でした!で、今回からの兵力につ いては、いだっちさんの企画から生まれました!ぜひ、次回も楽しみにしてくだ さい! これからもどんどん感想送ってくださいね!メールに掲載O.Kや、 掲載名を書いていただけると助かります!どしどしお送り下さい! なんとかがんばって発行回数を増やしていきたいと思います!!! 今月も、ありがとうございました! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ・発行人 【戦国天下】中川 修 ・メアド info@sengokutenka.com ・ブログ 【戦国武将名将たちの生き様】 こちらもどうぞ! ↓ http://plaza.rakuten.co.jp/46nohirune/diary/200605080000/ ・HP 戦国武将Tシャツ&戦国武将グッズ 【戦国天下】 ↓ http://www.sengokutenka.com/ ※無断転載・無断コピー禁止 登録・解除は、下記アドレスよりお願いします! ---------------------------------------------------------------------- 「戦国武将列伝」〜戦国天下版〜 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000188853.html -----------------------------------------------------------------


