2007/08/23
★宇佐美 定満★■戦国武将列伝■~戦国天下版~
vol.53━2007.08.23━ ★戦国武将列伝★〜戦国天下版〜 533部 ┏─────────────────────────────────── ┃本‖・【01 大河ドラマ風林火山!】 ┃日‖・【02 宇佐美 定満】 ┃の‖・【03 編集後記】 ┃内‖・【04 募集&お願い】 ┃容‖ 発行者:【戦国天下】 中川 修 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 【戦国天下】の中川 修です!暑い季節がやってまいりました! 戦国武将Tシャツ&戦国武将グッズ通販 【戦国天下】 http://www.sengokutenka.com/ ★新作2作品登場!! 越後の龍! 覇王信長! 戦国天下へどうぞ!! 【01 大河ドラマ風林火山!】 ------------------------------------------------------------------------ ◆揚北衆 越後北東部現在で言うところの山形・福島県との県境あたりを治めていた豪族 の事を指します。長尾家を継いだ景虎でしたが、正確に越後国内を統一するには それから二十年近くかかります。それまでは、共同体の盟主に近い存在でした。 非常に独立心が強く同じ領主から守護になった謙信に従う事を清しとせず、何 度も反乱や謀反を企てた人物が後を絶たず、一時期謙信は本気で出家するために、 春日山城を捨てたことさえありました。有名な豪族として本庄氏、新発田氏、中 条氏などです。 一枚岩でない上杉家の内情を見抜いていた信玄は、何度も調略で越後国内を乱す ことに成功しています。謙信のアキレス腱でありましたが、猛将揃いの彼らの力を 利用しない訳にはいかず、常に頭を悩ませた豪族たちであったと考えられます。 ------------------------------------------------------------------------ 【02 宇佐美 定満】延徳元年(1489年) 〜永禄七年( 1564年) 【統率】80【戦闘】72【政治】78【智謀】95 ※能力は1〜100。 ------------------------------------------------------------------------ 宇佐美氏は伊豆宇佐美荘から出た一族。枇杷島城城主。駿河守。軍略に優れ、幼 い頃の謙信を指導したとも言われています。上杉二十五将の一人。 定満は延徳元年(1489年)、宇佐美房忠の子として生まれます。下克上は、 越後の地でも例外でなく父・房忠は越後守護・【上杉 定実】の復権を目指して 【長尾 為景】と戦い、永正十一年(1514年)に戦死します。 定満は越後守護の上杉氏の一門である上条上杉家に仕え、天文四年(1535年) に【上条 定憲】と共に上条上杉氏の再興を目指して為景と戦います。為景を大 いに苦戦させます。一時期は、為景を四面楚歌の状況までに追い込みますが、天 文五年(1536年)に定憲が死去すると、戦う大義がなくなり為景に降伏した。 ------------------------------------------------------------------------ 為景の死後、その子の【長尾 晴景】、そして【長尾 景虎】(上杉謙信)に 仕えます。天文十九年(1550年)、景虎に反抗した一族上田長尾家の【長尾 政景】を屈服させるのに戦功があった。謙信の重臣として、上杉家で高い地位に あったようです。枇杷島殿と書状などには名が挙がっています。 後の川中島の戦いにおいては、武田のキツツキ戦法を見破り、戦を有利に運ぶ 要因を作ったとも言われています。永禄年間にはすでに老齢で現役から隠退して いたといわれます。 ------------------------------------------------------------------------ 永禄七年(1564年)、坂戸城近くの野尻池で【長尾 政景】と舟遊びをし ている途中湖に転落し共に溺死。彼の死後に宇佐美氏は没落して枇杷島(琵琶島) 城も廃城になった。 あえて謙信に敵対したことのある政景を粛清するため、我が身を犠牲にして政 景を葬ったと言われています。事故説、謙信の陰謀説など存在しますが、現在で も詳細は定かではありません。享年七十六歳。 また、これ以前の永禄五年(1562年)、武蔵上尾原における北条氏との戦 いで戦死したとも伝えられています。 ------------------------------------------------------------------------ 江戸時代、紀州藩に仕えた軍学者【宇佐美 定祐】が、当時流行していた信玄 の軍法と称する甲州流軍学に対抗して、謙信の軍法として越後流軍学を唱えた時、 自身の先祖と称する宇佐美駿河守定行(うさみ するがのかみ さだゆき)という 人物を謙信の軍師にして越後流軍学の祖であるとし、架空の軍師【宇佐美 定行】 の名が広く知られるようになりますが、そのモデルは実在の武将である定満でした。 川中島の合戦屏風にも、登場しています。 【03 編集後記】 ------------------------------------------------------------------------ 八月ももうすぐ終りですが、依然として夏が継続しているような気温ですねえ。 いやー正直この暑さは異常です。これは、本当に温暖化してきているんだと、 感じさせられた夏でした。 話は変わりますが、今月は急激にメルマガ読者が増加いたしました。500を軽 く突破してしまい、僕自身も驚きを隠せません。下手な文章は書けないなと、思う 今日この頃でした。 来月には、暑さが続いていない事を祈りたいですねえ! それでは、また来月にお会いしましょう! 【04 募集&お願い&読者感想紹介】 ------------------------------------------------------------------------ ということで、お便りお待ちしています!励ましや、参考文献、こんなのやって ましたとかでも構いません!戦国関連情報送ってくださいね! 今週も、ありがとうございました! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ・発行人 【戦国天下】中川 修 ・メアド info@sengokutenka.com ・ブログ 【戦国武将名将たちの生き様】 こちらもどうぞ! ↓ http://plaza.rakuten.co.jp/46nohirune/diary/200605080000/ ・HP 戦国武将Tシャツ&戦国武将グッズ 【戦国天下】 ↓ http://www.sengokutenka.com/ ※無断転載・無断コピー禁止 登録・解除は、下記アドレスよりお願いします! ---------------------------------------------------------------------- 「戦国武将列伝」〜戦国天下版〜 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000188853.html ----------------------------------------------------------------- ---



