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執筆は主筆中村およびゲストライターで構成し、縄文関連から世界・日本における最新時事問題批評まで、幅広い現象・事象を紹介している。

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2009/10/01

縄文塾通信9年10月号-1(412号)

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  転換ミス・脱字…」多発のこと、平にご容赦!!
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   縄文塾通信 <9年10月号-1(412号)> 
      縄文暦12009年10月1日
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       <10月号ー1(412号)目次>
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◎巻頭言 
◎ニューヨークの鳩山さん       西村 真悟
◎トラネコ氏の論文を読んで            中山 善照
◎トラネコさんに賛同
   ──文明・思想と戦       おおなだ 
◎10月の五行歌           幾田  篤 
◎<読者の声>欄 
  縄文の暮らし・千葉展       馬場 伯明
◎トッピックス
◎<告知板>
◎推奨サイトの紹介
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              巻 頭 言
 思った通り、ちっとも静かでない「お騒がせ男」亀井
静香によって、永田町がにわかに騒がしくなった。
 唐突なモラトリアム発言、これも鳩山・小沢の両トッ
プにとって、想定済みだったのか。
 特に忙しいのは前原さんとだが、適材だとは言われる
長妻さん、いままで自民とセットで、散々痛めつけられ
てきた厚労省のお役人、今度は喜んで従うのか、それと
もお得意の面従腹背なのか、といえば、まず後者に違い
あるまい。
 いろいろ書いたり語ったりしてきたが、実際にはうま
く 政主官従という仕組みを構築して欲しいのが本心、
さて野党時代に「何でも反対!」というスタンスを採り
続けていて、急に主人面(づら)されては役人も堪った
ものではない。
 好意的だったメディアも、官僚への取材を閉ざされた
こともあって、そろそろアラを探し始めるころだ。
しかもこの党、野党時代に書いたマニフェストを、すべ
て本気で実行する気らしい。
 さて一方の自民党、谷垣氏自らはリベラルのくせに、
「本来の保守」に立ち戻るとは何を意味するのか。しか
も手垢が付いたベテラン起用で、危機感の薄さが気にな
る。それにしてもこの党の若手は一体何をしているのか。
もし敵失で今の民主が崩壊したとしても、国家を担って
立てる人材はいずこに~。  (中村)

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  ◎真悟の時事通信  9/24 より
http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi?mode=listview
 
 ■□■━━━━━━━■□■
   ニューヨークの鳩山さん 
  ■□■━━━━━━━■□■ 
   
                  西村真悟 

 象徴的に「鉄」を例に挙げると、鉄一トンを生産する
のに、二酸化炭素は容積ではなく重さでどのくらい排出
されるか。

 それは、二トンから三トンと教えられている。まさに
膨大な量である。

 しかしこの鉄は、現在文明の基本的資材である。鉄が
ない経済はあり得ない。つまり、二酸化炭素の排出量
削減は、鉄生産の削減すなわち「経済の削減」につなが
る。

 従って、世界各国の代表は、温室ガス排出削減問題に
関して、それによって自国の経済が「削減」されてはな
らないと国益を賭けて国連に集まっている。すなわち、
集まっている各国には自国だけが石器時代に戻らされて
たまるか、と思っている途上国も多いことだろう。

 その前で、日本の総理が「25パーセントの削減」を
表明したのであるから、皆、おーと拍手する。さらに
総理は、各国に対して「技術的、資金的な支援を行う
用意がある」と言ったものだから、拍手は喝采となった。

 この拍手喝采を我が国の外交への喝采と思ってはなら
ない。

温室ガス排出削減に関しては、日本の不利益は自国の利
益であるから各国代表は躊躇なく拍手したのである。
さらにただで技術と金がもらえるなら喝采する。

 ガスの25パーセント削減で、企業は確実にコストア
ップに苦しめられる。存亡の危機にたたされる企業も少
なくはなく、海外に脱出を余儀なくされる企業も続出す
ることになる。

 これを承知でさらに各国に技術的資金的援助を実施す
るということは、この苦しいなかで勤勉な国民が作り出
した国民の汗の結晶のような金を惜しげなく各国に差し
上げるということである。

 この度鳩山氏が約束した排出ガス25パーセントの削
減と技術と金の援助は、確実に国民に重大な負担を強い
ることなのである。

 世界の代表は、この削減問題には各々の国益がかかっ
ていると判断して集まっていた。その前で、自国の
「国益」に全く関心がないかのように無邪気に25パー
セント削減と援助を表明する日本の総理を見た。

 各国代表は「異星人」を見る思いだったのではないか。

 私は、昨日のニューヨークの拍手を見ていて、かつて
のワシントン軍縮会議を連想した。

 この会議は、第一次世界大戦が終わってからのアジア
太平洋方面の枠組みを決める軍縮会議で、日英同盟の廃
棄と共に日本とアメリカやイギリスの保有する主力艦の
比率を三対五に固定したものである。

 あの時も、日本代表は拍手された。その理由は、アメ
リカ高官の次のコメントが端的に示している。「日本は、
類い希な条約に同意した。驚くべきことだ。何故なら、
日本は敵が圧倒的な海軍を建設するまでは何もしないと
いう約束に同意したからだ」

 この度の鳩山氏は、喜々として、地球を愛する「友愛
」の使徒のように、自国の産業と国民の汗など全
く知らない様子で、25パーセントの削減を約束した。

 私のなかで、この度の拍手と八十余年前の拍手が重な
った。拍手された本人が得意になっている様子を見て、
いささか不吉な思いがする。鳩山氏は、国益を犠牲にし
たのだから、いささか苦渋の選択の後だという雰囲気を
もっていてしかるべきである。

 数日後の十月一日、私の原稿(九月十四日起案)が掲
載される雑誌「正論」が発売されるが、この度のニュー
ヨークの様子を見て、そこに書いたことにはいささかの
変更も必要ないと確認できた。その中で私は、

 現在の情勢で「友愛」が語られるとき、「政治的未熟
児がもたらす国家の危機」を思い、「東アジア共同体」
が語られるとき日本の滅亡を強く憂慮する。

と書いた。

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    <中村のコメント>

 今回は、前号掲載トラネコさんの論文、
「太古の日本に聖人不在?」
 に賛同された2編の寄稿があった。
 トラネコさんは、沖縄での絵画教師にの座を捨て、
シルバーボランティアとして現在ドミニカで活躍中で
ある。出発前にわざわざお立ち寄り下さった心優しい、
そのくせどうして、強烈な愛国者(という表現はいさ
さかしっくり来ないが…)である。
 さすがに芸術家、表現も適切なら語彙も豊富、尊敬
に値する動詞の一人である。
 中山 善照氏、おおなだ氏も、個性こそ違え、いず
れも憂国の思い溢れた論客である。
 じっくりお読み戴きたい。

   *    *    *    *


 「太古の日本に聖人不在?」
   ┏━━━━━━━━━━━━┓
   ┃トラネコ氏の論文を読んで┃
   ┗━━━━━━━━━━━━┛

                           中山 善照

 ・・・では、日本人は外国思想免疫不全症では?・・・

 

 トラネコ氏の「太古の日本に聖人不在?」、大変面白く読
ませていただきました。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    世界的聖人君子や大宗教家が必要とされる社会とは、
   混乱・無秩序・人心荒廃の社会だったのではないか。

    先に文明とは社会の必要性から生まれると書いたが、
   まさに聖人君子や大宗教家と言う存在も、社会が彼ら
   を必要としたから出現したのだと思う。

    とすれば、日本列島は実に平和な島社会であったと
   言えるのではないだろうか。
    日本列島には世界的聖人君子や宗教家など必要な社
   会ではなかったのだ。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 まったくそう思います。

 小生、友人と雑談するとき「シナに孔子や孟子が出たのは、
社会が混乱していたからで日本では必要なかった。今でも孔
子を生んだ国の倫理道徳レベルが高いかというと、まったく
逆に低いじゃないか」

 「日本では別に孔子を知らなくても国民の倫理道徳レベル
は彼の国よりはるかに高い」と呵々大笑することがよくあり
ます。

 もっとも、それを日本に敷衍すると、「聖徳太子の『和を
もって尊しとなす』は、当時は豪族間の争いが絶えなかった」
ということを意味しますが。


 道徳・風紀が乱れたから十戒が生まれた
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 社会はその社会に必要な思想や哲学、倫理道徳体系を生み
出すものです。殺人や不倫が多ければ、「汝殺すなかれ、汝
姦淫するなかれ」と口やかましく言うことになります。

 イスラム教国の女性がヴェールで顔を隠しているのは、あ
まりに男女関係が乱れ、それを是正するための智恵であった
と考えられます。

 このように、トラネコ氏のこの考察は全く正しいのですが、
ここで日本社会の本質を考えてみる必要があると思うのです。


 ラフカディオハーンの日本観察…不文律の文化
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 小泉八雲はその著「日本…一つの試論」のなかで、
 「日本では倫理道徳と生活様式が分離していない」という
意味のことを言っています。

 倫理道徳は生活様式のなかに組込まれていて、キリスト教
や仏教のように聖典の中に文字で記述されているわけではあ
りません。

 日本人は古代から人を殺したり、盗んだり、乱暴を働いた
り、騙したりしないのは常識であって、わざわざ聖典をつく
って文字にしなければならないとは考えていなかったと思い
ます。

 申し上げたいことは、ことにご友人のクリスチャン氏に申
し上げたいのですが、日本は「不文律の文化」であるという
ことです。日本人は常識として、あるいは本能的というか、
イメージとしての思想・哲学・宗教観は十分にもっていたが、
それを聖典や教義として文字を使った理屈(理論、理念)に
しなかっただけです。

 日本の茶道は行動や形式のなかに倫理道徳、人間としての
生き方が込められています。茶道は人間を高める総合的仕掛
けとなっています。

 お茶のバイブルがあって、それを読んでお茶をはじめるわ
けではありません。八雲が言うように、倫理道徳と生活様式
あるいは美意識は分離していないのです。


 ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃日本人はイデオロギー免疫不全?┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
 プリミティブな宗教観を今も保持する先進国・日本
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ところで、日本は文学や美術、科学や技術では世界レベル
の人物を生み出していますが、宗教、哲学、思想においては
世界レベルの人物を生み出したとは言えません。

 その理由はトラネコ氏が言われるように、社会が必要とし
なかったこと、それに日本文化が人から人へ伝わる「不文律」
の国であったからだと考えられます。

 日本神道には教義も教典もありません。
 自然のどこにでも、木にも岩にも、海にも山にも、かまど
にも井戸にも便所にも神が宿ると考え、また、祖先や死者の
目を感じて姿勢を正し、清らかにて生きていくというのが神
道です。
 
 この人類発祥以来のプリミティブな宗教感覚を今も保持し、
しかも世界最高レベルの技術をもつ国が日本という国です。

 日本神道には教義も聖典もありませんが、では教義や聖典
をもつキリスト教国の倫理道徳レベルは高く、日本は低いと
は言えないでしょう。
「殺すなかれ」の教義と聖典をもつアメリカの殺人発生率は
日本と比べ、桁違いに高い。

 なお、私は日本人は仏教の形式を借りて祖先の祀りをやっ
ているだけで、真の仏教徒ではないと考えています。本質は
神道徒であるという認識で論を展開しています。
 

 日本人の弱点…外国からの思想に弱い
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 ところで、プリミティブな宗教…神道徒の日本人は相当な
弱点をもっています。

 簡単にいうと、外国からの宗教、哲学、思想にからきし弱
い。さらにありていに言うと、外国人が言うことをすぐ信用
するといった傾向があります。

 なにしろ、自分で世界に通用する思想や哲学を文字として
残したことがないのですから。免疫がありません。頭のいい
人(記憶力が良い)人は外国思想にふれると、それを信じき
って信仰にまで昇華してしまう。


 儒教朝鮮よ、日本を軍事占領してほしい
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 藤原惺窩(ふじわらせいか)という江戸初期の儒学者は儒
学を信仰するあまり、儒教国にあこがれ、儒教国に理想郷を
見いだしたのか、「このようなダメな日本を儒教国が軍事占
領してくれればいいのに」という意味のことを言っています。

 この人、貴族の末裔です。頭は良かったのでしょう。
 ともかくこの人物、儒教という思想にイカれていた。今で
は笑えるというか、苦笑せざるをえない人物ですが、このよ
うな人、現代にもいっぱいいます。

 私の知人に大学教授の経済学者がいましたが、ソビエト連
邦が崩壊したとき、しみじみと、そしていかにも残念そうに
こう言いました。

 「ホントは共産主義経済は正しいんやけどなあ…」

 学生の時、マルクス経済学を習ったのでしょう。頭がいい
から全部覚えて、それが信仰になっていたのだと思います。


 朝日新聞のご神体はマルクス&マッカーサー
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 私に言わせれば、左翼政治家、学者、ジャーナリストはみ
んな藤原惺窩の末裔です。

 彼らの言っていることは一見複雑・精緻ですが、よくよく
本質を観察すれば、それはマルクスレーニン史観であり、マ
ッカーサーによる極東軍事裁判史観です。

 戦後の大学や新聞社を支配したのは共産主義者です。頭が
いいから、一度習ったこと、たたき込まれたことは絶対に忘
れず、信仰となっている。

 この「信仰」となることが、日本の左翼の特徴です。
 なぜ?
 日本人は思想免疫不全だからです。外国思想への抵抗力が
まったくない。戦後の知性は思想はマルクスとマッカーサー
にいともやすやすと洗脳された。藤原惺窩と同じです。

 朝日新聞とは何か?といわれると、私はマルクス神社とマ
ッカーサー神社をお祀りしている新聞社だと言います。マル
クスとマッカーサーがご神体です。信仰となっているのです。

 マッカーサー神社を建てたい
 ━━━━━━━━━━━━━
 マッカーサーがアメリカに帰国するとき、沿道に何十万人
もの見送りの日本人が出たそうです。そういったマッカーサ
ー「信者」のなかには、さすがに却下されたとのことですが、
「マッカーサー神社を建てたい」とGHQに申請した人もい
たそうです。

 朝日新聞はそういう申請はせず、だまってマルクス神社と
マッカーサー神社を自分たちの頭のなかに建てた。さすがイ
ンテリは狡い。GHQやソビエトに申請はせず、頭のなかに
建てた。 


 メラネシアのカーゴ教と同じ
 ━━━━━━━━━━━━━
 プリミティブな宗教徒は出会った人や思想をご神体にして
しまう。メラネシアに「カーゴ教」という招神信仰がありま
す。この未開地に文明の荷物(カーゴ)が運ばれてきた時、
驚いた現地人はその状況を信仰対象とし、それを再現した祭
りを今でもしています。

 ★詳しくはhttp://www.viswiki.com/ja/カーゴ・カルト
  カーゴ教またはカーゴカルトで検索できます。

 これを日本人は笑えない。マッカーサー神社を建てたいと
申請した人は、このカーゴ教と同列にあるし、朝日新聞も同
じ穴の狢だからです。

 日本に世界に通用する、いわゆる聖人君子や宗教家、ある
いは哲学者が出なかったという事実、そしてトラネコ氏の論
文を読んで、平素思っていたことを書き記しました。

 日本は古代から平穏な社会だったから、そういう聖人・哲
学者を必要としなかった…「よかった、よかった、バンバン
ザイ!」だけではすまされない、そういう思いをもっていま
す。

 プリミティブな日本人は世界一人が良い。
 すぐ外国思想にかぶれる。
 鳩山首相は「友愛」を内政・外交の旗印にしています。
 このキーワードとて、外国人が言ったことのそのままのパ
クリです。
 うまく行くのでしょうか。

 冒頭にご紹介した小泉八雲は同著でつぎのように日本人に
忠告・預言しています。(1905年の著書)

    他人の領域を冒すとか、ずるく立ち回るとか、
   そういうことができないほど愛他主義によって
   支配されてきた国民は、こんにちのような世界
   情勢のなかで、戦争と競争の訓練で同時に鍛え
   られている列国を向こうにまわしたら、とうて
   い自分の国を保って行くことはできまい。

    これからの日本は、この現代の世界闘争のな
   かで成功しようと思ったら、自分の国の国民性
   にある、最も人好きの悪い、薄情な資質に依存
   して行かなければならない。そういう資質を日
   本は強く大きく発達させる必要があるだろう。

    日本古来の社会経験は、将来日本が国際闘争
   に進出するにはまことに不適当なものであって
   どうかすると日本に死重の負担を加えるにちが
   いない…。        

 ハーンの忠告と予言、今でも通用するのではないでしょう
か。

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   トラネコさんに賛同
  ■□■━━━━━■□■    
    文明・思想と戦 
   ■□■━━━■□■

              おおなだ 
    
一昨年、一人のクリスチャンから古事記について何癖を
つけられた身として、縄文通信411号のトラネコさん
による「太古の日本に聖人不在?」を興味深く拝
見した。

若い頃、20世紀最高の歴史学者と言われるアーノルド
・トインビーの大著「歴史の研究」に難儀したことがある。

生意気を承知で大著を簡単にいえば「文明は、外敵と遭
遇し戦うための権力・秩序として芽生え、やがて繁栄を
迎え、平和の中に没する」

この場合外敵とは必ずしも他文明や他民族のことではな
い。主に自然の脅威のことである。例えば、北ア
フリカが砂漠化するなか留まるためにはナイル河の氾濫
を克服しなければならなかった。膨大な人的作業
だから、そこに権力と秩序が生まれエジプト文明が興き
たという。砂漠化に追われるように緑のある方へ
逃げたところエチオピアでは文明は咲かなかった。

シバの女王に失礼だと思うが、アーノルド・トインビー
は重要な視点を提示している。文明とは権力の伴
う秩序の範囲ことであり、それは自然の脅威に対して留
まり戦う過程で生ずるもので、逃げては生まれな
い。

ところで日本は、世界でも珍しい多災害国である。地震、
噴火、台風、洪水など災害は何でも揃っている。地震の
如くは世界の9割を担っている。おまけに山は多く海は
近い。だからといって四方が海では逃げ出すこともでき
ない。

一方で日本は温暖なアジアモンスーン地帯の北端で、野
山や海の幸に恵まれ、災害も生活の一時的変化で済んだ。

この風土で何が生まれたかは環境考古学と人生地理学の
第一人者である安田喜憲氏の「生命文明の世紀へ」が詳
しい。それによれば、縄文人は自然の猛威があったにも
拘らず、同時に自然の恵みも充分に享受した母系の平和
的家庭的な社会であったことが伺える。

母系とは笑顔のある大らかな民であった証である。つま
り、自然に畏怖はしただろうが肯定的に受け入れ
戦うことはなかった。それは逃げ場のない狭い空間での
ことだから、喜びも悲しみも共にする「みんなで」は
この島の風土として当初からあったと思われる。この
場合「みんな」とは花鳥風月も含む。

実際、古事記によれば自然と対決するどころかむしろ感
謝している。これは我々のDNAのようで、地震直後の
被災者の整然とした落ち着きぶりは海外メディアも称賛
している。他国の被災地ではあまりの惨事に泣き喚く人
もいれば、略奪まで起きる。

ご先祖達は、中近東や西欧と違って自然現象を肯定し特
に戦わなかったのだ。

従って、仏教の無常観がすんなり受け入れられる土壌は
すでにあったと思われる。

戦わなければ強い権力の必要性も無い。実際、有史いら
いこの国は、他文明圏に比べ権力が弱いことはよく指摘さ
れるところである。

権力とは他を支配する意思と力のことである。支配する
ためには理論としての正当性が要る。それが西欧流の
「思想」である。

因みに、自由、平等、博愛、人権、民主主義など全て戦
って得たものであり、思想とは勝者あるいは強者の意思
と言えなくもない。つまりイデオロギー(ideology)の
ことである。

冒頭の事情で旧約聖書にも目を通したが、厳しい自然や
部族間との戦いに疲れ果て「おう神(God)よ、お許
しあれ」と膝を屈したように見える。世界宗教の起点も
戦いだったのだ。

キリスト教同様、仏教も本来は極めて個人主義の強いも
のだが、浄土宗を始めとする鎌倉仏教をもってこの国に
土着化したと言えるのではなかろうか。過日、浄土宗の
開祖である法然の講義を受けたが、独りではなく「みん
なで一緒に浄土へ行こう」に聞こえた。つまり個人主義
を脱したのだ。因みに我が家は浄土真宗だが信徒の自覚
はない。

という訳で、あえて日本の思想(イデオロギー)を問う
なら、「みんなで」がキイーワードだと思う。

三方一両損の大岡裁きも、松下幸之助の「ともに繁栄し
、みんなで幸に」も同一線上であろう。

また我々の神様は、ユーラシアの西側の神と違ってどこ
かのご近所様の感覚である。神様も「みんな」の一員な
のだ。だから、少ないお賽銭で神様にお願いしたことは
あっても、膝を屈したことはない。

かく次第で日本ではトインビーのいう「文明」は起こら
なかった。従って、その基調をなすだろう世界的な思想
や思想家もまた起こらなかった。

正確を期すとトインビーは日本文明が他の文明と性質が
異なることは認めている。

日本も先の大東亜戦争において思想対決をした事がある。

米国「民主主義」対 日本「八紘一宇」である。もし勝
者の側に立っていたなら八紘一宇は偉大な思想となって
いたはずである。しかし、その場合も「世界的偉人」は
見つからなかっただろう。時間をかけて「みんなで」育
んだものだから。 
              
**************************************************

  ■□■━━━━━■□■    
   10月の五行歌
  ■□■━━━━━■□■
     一日三善
   ■□━━━━■□

                 幾田  篤
 
 温かい涙が          食事をいただく
 溢れるような         程よい運動と
 人間でありたい        いつもニコニコ
 ギスギスした         これが
 世の中だからこそ       一日三善


 泣きたいけど         あわてず
 泣けば            あせらず
 頑張れなくなりそうで     あまり気にせず
 負けてたまるかと       でも
 大声を出してみる       立止らないことだ


 高齢者は           笑顔で
 孤独であっても        朝を迎える人には
 孤立するな          必ず幸せの風が
 人とのつながりの中で     吹いてくる
 生きてくれよ         と 思う
     
                
**************************************************
  
                <読 者 の 声>欄

   <中村のコメント>
 「縄文文化」のシンボルは、なんと言っても「縄目の
文様」という言葉がそのまま一人歩きしている、「縄文
土器」である。先日のテレビで、有名なグラフィック・
デザイナーが、デザインとして「シンプル」ということ
を取上げていた。

 成程と思ったのは、その前に「複雑なデザイン」がな
ければ、対比としてシンプルは生まれないという言葉で
あった。

 それはデコラティヴな絵画・彫刻・建築物などは、キ
リスト教会・王侯貴族の権威の象徴としての役割があり、
シンプルはそのアンティテーゼとしての庶民層の台頭と
セットになっており、日本では、「応仁の乱」以降に
出現したというのだ。

 欧米は兎も角日本においてだが、、守護霊?に「縄文
人」を持つ中村として、それには異論がある。何しろ
あの縄文土器に代表される装飾性を忘れては困る。
ところが縄文の人たちは、新しくやってきた「シンプル
な弥生式土器」に接してすぐさまそれに惹かれ、瞬く間
に得意な装飾性を捨ててしまったのだ。

 そうして生まれたのが伊勢神宮の清らかさであり、
「応仁の乱」以降というのは何度目かの甦りなのである。
「日本の美」特に「用の美」は、やはり「縄文×弥生」
のハイブリッドにほかならないのだ。

 ヨーロッパを中心とした、権勢と略奪をバックにした
「西の文化」、特に日本文化とは明確に別けて考えるべき
ではないか。

 その証左と言ってはなんだが、古今東西、世界中で、
いわゆる庶民の生活に密接・直結した遺跡・遺物のみが、
かくも大量に発掘され、しかも誇りを持って展示され続
けている国が他にあるだろうか。


    *    *    *    *

  ━━━━━━━━━━━ 
   縄文の暮らし・千葉展
  ━━━━━━━━━━━
                  馬場 伯明

2009/9/26から11/23まで千葉県青葉の森公園(53.7h)
の県立中央博物館で「縄文の躍動-海と生きた人々の
文化」と題した企画展が開催されている。

初日9/26(土)に行った。全国最多(約700ヶ所)の縄
文貝塚があるといわれる千葉県をはじめ、東北などの
貝塚や遺跡から出土した土器や漁具、装身具(アクセ
サリー)類など約1400点が展示されている。壮観である。

この2ヵ月間に「土偶・土版・土鈴づくり」や「貝輪づ
くり」の体験教室が開かれ、また、「縄文移籍見学会」
や「縄文文化講演会」が予定されている。

学芸員の女性が「縄文時代は日本の原点」という。深鉢
(青森県三内遺跡)や土偶(千葉市加曽利貝塚)が美し
い。国の重要文化財になっている漁撈具(宮城県田柄貝塚)
の展示もあった。

装身具(アクセサリー)もさまざまである。櫛・腕輪・
耳輪(イアリング)・首輪(ネックレス)・腰飾りなど。
その材料も石・木・動物の骨・木など多種多様である。

東京の渋谷・原宿の街を闊歩する現代の若者の装飾傾向
にも通じている。阪神の金本知憲やゴルフの片山晋呉
などが付けている首輪(ラクワNECKX50)に似ているも
のもある。狩猟や漁撈の獲物獲得率アップ・霊験・縁起
ものとしたのであろうか。

また、実際の狩猟や木の伐採・加工に使われたと考えら
れている石製の矢じりである石鏃(せきぞく)や石斧。
動物の骨を削って作られた刺突具(しとつぐ)・釣針・
装身具など。様々な骨角器も興味深いものであった。

縄文時代は、BC2~3年頃弥生人が渡来するまで1万年
間続いたといわれる「太古の大昔」である。ところが、
展示物を見ていてもあまり違和感がなく、私は、何か
なつかしいような、落ちついた気持ちになった。

いい企画展であった。入場料は大人300円。中学生以下
と65歳以上は無料。地の利がある人は出かけられ
たらどうか。おすすめする。

  
*************************************************
         <トピックス>

   9月29日 毎日新聞より
  
  石器 国内最古か?
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   12万年前の地層から  
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    出雲・砂原遺跡

調査団が日本最古の石器とみられる石片と発表した出土
品の一部。右端は刃に加工して先をとがらせた尖頭スク
レイパーとみられる。

 島根県出雲市多伎(たき)町の砂原遺跡で発掘調査し
ていた同志社大の松藤和人教授(旧石器考古学)らの
調査団は29日、約12万年前の石器とみられる石片を
発見したと発表した。全国で前・中期旧石器時代(数百
万年前~3万5000年前)の可能性のある石器はごく
わずかしか発見されておらず、石器とすれば国内最古と
なる。調査団は「日本列島の人類史の起源を探るうえで
貴重な資料」としている。専門家の中には、石器とする
ことに慎重な意見があり、調査団は範囲を広げて調査を
進める。【細谷拓海】

 調査団によると、兵庫教育大名誉教授で出雲市の自然
地理学者、成瀬敏郎さん(地形学)が先月8日、発掘現
場付近で玉髄(ぎょくずい)製の石片(長さ約5センチ)
を発見。松藤教授が鑑定したところ、断面が鋭く人工的
にはがされた可能性が高いことが分かった。

 予備調査の後、縦4メートル、横7メートルの区画を
発掘。成瀬さんが石片を発見したのと同じ地層(深さ約
1.8メートル)から、尖頭(せんとう)スクレイパー
(刃に加工して先をとがらせた石器)1点と、石を割っ
てできる剥片(はくへん)と石核とみられる石片を合わ
せ計20点(1.5センチ~5センチ)を発掘した。

 出土層の上に約11万年前の三瓶木次(さんべきすき
)火山灰層があり、下の地層は約12万7000~12
万8000年前に形成されていることから、出土層の年
代を約12万年前と特定した。

 ◇可能性は半々

 ▽捏造(ねつぞう)問題発覚後に設立された日本旧石
器学会の初代会長で、現地で実物を見た稲田孝司・岡山
大名誉教授(考古学)の話 最初の玉髄製のものは、非
常に鋭利でいい状態だが、石器1点ではなかなか判断し
づらく、石器か自然石かの可能性は半々だ。誰が見ても
石器と分かるようなものが出てくることが必要だが、
今回はそこまでは確認できない。調査そのものは自然科学、
考古学が協力しており信頼できる。石器であれば今のとこ
ろ国内最古となるが、詳しい報告を待って慎重に検討して
いく必要がある。


   <中村のコメント>
 さて日本最古の石器発見のニュースだが、以前藤村某
なるペテン師「神の声」によって、考古学者がすっかり
騙されてしまったため、今回は特に慎重である。

 古人類学の定説は、『人類は2度「出アフリカ」を果
たした』というものだが、直接私たちの先祖である、
「ミトコンドリア・イヴ(20~15万年前)」の子孫
の「出アフリカ」は8~7万年前頃といわれ、アボリジ
ニの先祖がオーストラリアに到着したのが約5万年前と
言うので、12万年前に日本にいたとんると、最初の
「出アフリカ人」の子孫という説が有力になる。

 とすれば、彼らはいわばネアンデルタール人の生き残り、
ヒマラヤの雪男、あるいはヒバゴンの先祖筋に当たる。

 まあ詮索はそのくらいで、「夢は夢 ロマンはロマン」
として、そっと置いておきたい気持ちである。
  
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     <縄文塾通信10月-1号 編集後記>
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 ここ3~4日ほど、(秋雨?)前線が日本中を覆って
居座っている。たしか以前にも書いたと思うが、
こうした(高気圧と低気圧の)「気圧の谷」には、何と
も言えない不快感を伴った不定愁訴に襲われるのだが、
それが何日も続くとは確か初めてのことだ。
 しかも連休中に、右肘の炎症再発?かと思われる症状
も出たのでなおさらである。
 したがって月初めにかかわらず、あと少し残った拙稿
だが、横着をして次回繰り越しとさせて頂いた。はてさ
て、秋晴れのいい天気が待ち遠しい。
 
  (中村)

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           < 縄文塾通信 告知板>
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