2009/06/20
縄文塾通信 9年6月号-5(392号)
************************************************** ◎寄稿・ご意見など歓迎します。 ◎転載は歓迎いたしますが、出処だけは明記下さい。 ◎ご感想・ご意見などをお寄せ下さい。 mail to : nakamura@joumon-juku.com ************************************************** 縄文塾通信 <9年6月号−5(392号)> 縄文暦12009年6月20日 ★縄文塾HP http://joumon-juku.com ★中村キャッスルゲイトHP http://joumon-juku.jp ★縄文ブログ http://joumontn.jugem.jp/ ★「縄文塾通信」メルマガ登録は http://www.mag2.com/m/0000184916.html ************************************************** <6月号ー5(392号)目次> ************************************************** ◎巻頭言 中村 忠之 ◎“ 能への誘い ”で学んだこと 中村 忠之 ◎辻井さん一家に学ぶ 佐藤 守 ◎外国人の見た「大いなる和の国」 伊勢 雅臣 ◎子供に理科を教えられない 武田 邦彦 ◎縄文塾通信<告知板> ◎推奨サイトの紹介 ************************************************** <おことわり> 前回(農業特集号)に掲載しました氏本 長一さんの 文章ですが、某機関誌よりOCR転換したものを転載し たことと、当方のチェックミスから誤字が多いまま発表 してしまいました。 氏本さん及び読者の方々に心よりお詫び申し上げます。 中村 忠之 ************************************************** <巻頭言> 衆議院で審議中の「臓器移植法改正案」が、年齢制限 撤廃というA案で可決した。今回に議決にあたっては、 党議拘束をしなかったことから、「久しぶりに活気に満 ちた空気が感じられた」と報じたテレビ局もあった。 結果として「脳死は人の死である」として、幼児にま で適用するA案が可決され、参議院に回された。 欧米の先進国では、この「脳死=人の死」という概念 はすでに定着しているが、日本に於いてはいままで認め られなかったために、巨額の善意募金に頼ってアメリカ に渡って移植手術を受けてきた。 ところが最近アメリカでは、国内でドナーを待つ人た ちに配慮して、ますます手術費を高くする傾向まで伝え られ、一人当たり1億円とか1億五千万円という声が聞 こえている。 本当に悩ましい問題だが、テレビでは移植のためアメ リカに渡りながら亡くなった子供の親と、逆に脳死を告 げられながら両親の手厚い看護で生き続けて(体格的に )成長している家庭という両極端を紹介していた。 さて当事者の立場になると本音だけで語るわけにもい かないのだが、A案にしても「死亡(脳死状態)した本 人の意思表示が不明な場合は、家族(遺族)が臓器移植 に関する判断(応諾・拒絶)を出来る」ことを重視して もいいだろう。 またその一方で、交通事故などで愛するわが子が、あ と数時間しか生きられない(本当の死が待っている)と いう切羽詰まった場合など、「その子の生命(いのち) が新しい生命として生き続ける」という意識を持つこと もあり得る。 あとは参議院での評決を待つのみだが、まずは妥当な 議決だったと思いたい。 ちなみに今回は麻生さん、鳩山さんお二人とも(A案 に)「ノー」を投じたようだ。 (中村) ************************************************** ■□■━━━━━━━━━━━━ “ 能への誘い ”で学んだこと ■□■━━━━━━━━━━━━ 中村 忠之 ■□ 世界無形文化遺産 ─────────── 縄文塾関連グループで、勉強会・研修会を主体に原則 毎月一度開催している「広島雑学アカデミーでは、6月 16日(火)の夕方、観世流の若手能楽師、シテ方吉田 篤史さんを招いての勉強会“ 能への誘(いざな)い ” を持った。 吉田師は舞台で活躍の合間に、日本各地で能楽の理解 者・ファンを増やすことに尽力、特に毎年5月の行われ る恒例の「尾道薪(たきぎ)能」でシテ(主役)を務め、 18年度には広島文化賞を受賞しており、毎月のよう に研修会のため広島にお出でになっている。 吉田師は容姿端麗、しゃんと伸びた凜たる姿勢と風情、 朗々たる音声、「氏・育ち」の良さが一目でわかる好青 年である。 また師の勉強会の特徴は、ただの語りとか本人の舞や 謡(うたい)だけではなく、参加者に所作(しょさ)の 形を実演させたり一緒に謡をしたりと、楽しいと同時に 大いに勉強になった。 またいい歳して迂闊にも知らなかったのだが、ユネス コの「世界遺産」には「歴史・自然遺産」と併せ、「無 形文化遺産」があり、日本では能楽が最初に認定され、 次いで「人形浄瑠璃」と「歌舞伎」と続いているという。 その上申請中あるいは準備中の世界無形文化遺産候補 が何十とあるというのだが、その反面世界中で、この「 無形文化」と呼ばれるものは非常に少ないという事実に も触れられた。 吉田師はその理由として、世界中の古い(無形)の文 化は、施政者が代わったり敵に征服される度に破壊され 破棄されるのが通例だが、「日本においてはいつの時代 も常にそれ以前の文化が大切に継承されてきたからだ」 とはっきり指摘された。 能楽の発祥は室町時代だが、その後も引き続き時の権 力者にも庶民にも愛されて、いまだに当時の言葉・衣装 ・舞台装置・演者構成などすべてがそのまま継承されて いる。 考えてみれば、日本にはもっともっと古い紫式部(源 氏物語)や清少納言(枕草子)という女流文学も──文 字こそ現代風に置き換えられているものの──古事記・ 日本書紀、それに万葉集さえもいまだに伝えられ、加え 有形遺産としての神社仏閣なども、当然のように当時そ のままの手法や顔料を用いて造り直されている。 この事実は、我々日本人にとってそれほど意外なこと として受け止められていないのだが、世界的に見ればい かに稀有の事かがわかろうというものだ。 師は言外に、日本のこうした文化の継承には──もっ ともそこには厳しい修行と、本人の並々ならぬ努力が欠 かせないが──世襲というシステムが大きな役割を占め ていることを窺わせた。ちなみに師の祖父は人間国宝だ という。 ここでは能楽に絡んだ事柄は割愛させて貰う代わりに、 日本の伝統と世襲制度に名を借りて、昨今侃々諤々 (かんかんがくがく)かまびすしい国会議員の世襲制と、 聞き慣れない「ナンバ歩き」について私見を述べてみた い。 ■□ 世襲制について ────────── いまこの世襲制だが、金日成→金日正→金正雲?とい う北朝鮮の独裁者世襲問題と、日本国会議員での世襲銀 問題が取沙汰されている。 北朝鮮問題は論外としても、たしかに日本の国会議員 には何代にも亘っての世襲議員が異様に多いという事実 がある。その是非を巡って──憲法上では保証されてい て、その排除は違法だというのだが──民主党での事実 上制限の宣言もあって、保守主義者の中でも是非の意見 が割れている。 理由について私個人としては、以前少し触れたのでこ こでは省略するとして、一応世襲容認論者の部類に入る。 たとえば伝統文化を置いたとしても、家業にしても何 代も続く老舗(しにせ)があり、軽々しく制限するべき ではないというのが本音である。 国会議員の資格についてだが、常に投票する側にその 生殺与奪の権があり、もし選ばれたとしても、もし能力 がなければ次回に厳しい審判を下せばいいだけの話であ る。 日本の伝統文化の場合でも、家元や技術者の跡継ぎの 方がお弟子さんよりも技術が劣るという場合は、おそら く自然に淘汰されるだろうし、そうした優れた人材を養 子や入り婿あるいは嫁にに迎え入れて来た。 また世襲ではないが、スポーツ選手にしても親や同僚 選手より記録が劣れば通用しないことは明白である。 ただ問題として、世襲制度是認といっても実は困る分 野もあるのだ。それはそうした批判や比較の目にさらさ れない、たとえば「僧侶」の世襲制である。 江戸時代に、荒ぶる僧侶懐柔のため、幕府は肉食・妻 帯を許したのだが、そのため戒律厳しい禅宗までも相続 制に移行してしまった結果、現在「葬式仏教」と揶揄さ れる元となったのである。 もっとも素晴らしいお坊さんもいらっしゃるはずだか ら、ここでは総論として、これ以上踏み込むのはやめに したい。 ■□ ナンバ歩きについて ──────────── さて能における歩様だが、吉田師は「ナンバ歩き」だ と話され、日本人はつい明治維新の前まで、この「ナン バ歩き」をしていたと補足された。実はこの「ナンバ歩 き」、広辞苑にも出てこないくらいだから、当然知って いる人は少数派だ。 「ナンバ歩きとは、右手と右足(あるいは左手と左足) を同時に出して歩く様」である。 これは明治に西洋文明、特に軍事システム・体育教育 の到来普及時に捨て去られ、いまの左右交互の歩様に切 り替えられてしまったというのが真相である。たしか「 ラスト・サムライ」だったかに、軍事訓練時のトラブル の様子がコミカルに描かれていた記憶がある。 私の場合、ヒト誕生にまつわる一つの思いがあって、 この「ナンバ(歩き)」に大いに関心がある。そのこと は近々書く予定の「人間直立二足歩行再考(仮題)」の 中で、もっと詳しく触れるつもりでいる。 師も指摘されたが、「剣道・柔道・相撲」といった日 本古来の武道(武術)は、すべてこの「ナンバ歩き」が 基本である。この歩様が生む特徴の一つは肩が上下動し ないことである。 たぶん馬術もそうだったと思われるのだが、乗馬クラ ブでの映像でもわかるように、乗馬姿勢はリズミカルに 上下動対応していることがわかる。 たとえばその昔、婦女子が道中利用した馬の場合も上 下動しないため乗り心地がいい。出典は忘れたが、馬に このナンバ歩きを教えたようだ。そう言えばたしかに、 着物を着た婦女子が横に腰掛けた形で座るのだから、上 下動のはげしい馬に乗れるわけがない。 従ってナンバだと、駕籠(かご)に乗っても揺れが少 ないし、女性が着物を着て歩くとき、手は振らなくても 左右の肩が同じ側の足と同時に動く方が、楚々とした風 情があり、しかも着物の裾が乱れない。 第一お百姓さんが、肥桶(こえたご)を担いで歩いて も飛び散る心配がないではないか。 また比較論だが、いまの左右交互の歩様では、必ず腰 を捻る「横回転」の動作が必要だが、ナンバの場合は腰 を捻る動作をしないため、腰痛が起き難いと見たのは僻 目(ひがめ)か? さて最後になるが、ここで最近なにかと問題になって いるNHKだが、その看板番組の大河ドラマ時代劇で、 当時の武将や軍兵がどんな歩き方をしているか、各自ナ ンバという視点で「時代考証」してみるのも一興ではな いか。 ************************************************** 軍事評論家=佐藤守のブログ日記 (6/11)より http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/ <中村のコメント> まったく同じウルウルを味わったこともあって転載さ せて頂いた。加えてこの文が、「軍事評論家」という肩 書きを明記している元空将佐藤守閣下が、そのブログの 中でお書きになったという事実が大きく作用したことも ある。 すなわち「もののふ(武士)」の神髄・心根をそこに 見たからである。かつて某畏友が、「(一部を除いて) 日本の軍歌は、ほとんどが反戦歌である」と言ったが、 それと相通じるものを感じるのだ。マイナー調のもの悲 しいメロディにも、心を打つしみじみした歌詞のどこに もにも好戦的なイメージが湧いてこない。 最近特に暗いニュースが多すぎる。もっともっと今回 の辻井さんのような素晴らしい日本人の有り様を伝えて ほしいものだ。 なおもう一つ、最近話題になったイギリス(スコット ランド)のスーザン・ボイルさ、たしかに容姿と歌声の ギャップで有名になったが、それだけでは決してウルウ ルしない。私が彼女の歌声を聞いたときに必ずウルウル するのは、やはりその歌声の並外れた清らかさに感動す るからに他ならない。 皆さんも以下の動画でウルウルして下さい! (ユーチューブ動画) ◎全盲でピアノで優勝の辻井伸行 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=tPp5F1pqQ9k ◎全盲の天才ピアニスト辻井伸行の生い立ち ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=sIU57FPD6E0 ◎【歌は心】 スーザン・ボイル(準決勝) ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=1t8m7CkpIK0 ◎【歌は心】 スーザン・ボイル(決勝) ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=HiitHDKP7rM ■□■━━━━━━━ 辻井さん一家に学ぶ ■□■━━━━━━━ 佐藤 守 第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優 勝して帰国した、辻井伸行さんの演奏をコメントに紹介 されていたインターネットでゆっくりと聞いたが、なぜ か涙が出てきた!(インターネットは実に便利なものだ!) これを聞いた方のコメントに「純粋,? Pure.....彼の 心のきれいさが伝わってくる音色です。自然と涙が出る のは何故でしょうか?」とあったので、私だけの感動で はないと思った。 たまたま今朝のテレ朝のワイドショーで、彼の一家の 特集をやっているのを見たが、祖父母(産科医)の上品で きれいな人相、そして父親(産科医)のしっかりした人相、 母親のきれいな笑顔・・・素晴らしい一家の語らいに、 テレ朝であることをしばし忘れて見入ってしまった! 産科医だけあって、全盲のお孫さんを授かった時のシ ョックは、両親にも増して大きかったろうが、「このよ うな子(障害を持った子供)はどこかに産まれてくる。 我が家に授かった以上可愛がってあげよう」と決心し、 一家で愛情溢れる育児をしたという。 「なんで我が家にこんな不幸が!、天は吾を見捨てたか!」 と思うのが人情なのに、その見事な決心には言葉もない。 中学生時代には、父親と葛藤があったと伸行さんは笑 いながら話していたが、これは人間、特に“男”が必ず 通らねばならない通過点である。この通過の仕方で、息 子の人生は大きく決定される、と私は体験から感じてい る。 しかし、父・孝さんは厳しく躾けたそうで、伸行さん の美しい話し方、言葉遣いを見ればそれは一目瞭然であ る。 産科医というプロらしく、伸行さんの将来を見据え、 その才能を引き出す工夫をした祖父の眼力もさることな がら、子供の将来を思えばこそ、厳しい躾を継続した孝 さんの行動力にも脱帽である。 この「個人が秘めている能力と将来」を考えて、その 才能を引き出す役目が両親と教師の役目なのだが、今の 教育界(狂育界?)には期待できそうもない。むしろ、 伸行さんが「健常者」であったら、こんな世界的ピアニ ストになっただろうか?全盲だったからこそ「大成した」 のではなかろうか?と疑問が浮かぶほどである。 目が見えるばかりに、見なくとも良い筈の「不健康」 で「自堕落な世界」を見てしまうから、子供達は健全に 育たないのではないか?とさえ思ってしまう。 “凱旋”した伸行さんは、早速マスコミに追いかけられ ることになったが、「一日だけ目が見える日があったら、 何を見たいか?」という質問に対して、「一番見たい のは両親の顔」と答えたので思わず目頭が熱くなった。 更に「だけど今は心の目で見ているので満足していま す」と付け加えたので 涙が流れだしたが、「親孝行の ために早く自立して、良いお嫁さんを見つけて両親を安 心させたい」と言ったからもう涙は止まらなかった・・・ 「今スタートラインに立ったところなので、これから勉 強して自分の音楽を作って行きたいと思います」という 謙虚な言葉は、弱冠20歳の青年の言葉だとはとても思え ない。 ところで先日、英国の音楽コンクールで「その容姿と 驚異的な歌唱力のギャップが受けて」一躍人気者になっ たスコットランド地方出身の独身女性スーザン・ボイル さん(48)は、人気オーデション番組「ブリテンズ・ゴ ット・タレント」決勝で惜しくも優勝を逸したが、「5 月31日に極度の疲労を訴えて緊急入院した(産経)」と いう。 「英メディアに追いかけ回されて警官に大声を出 すなど、過度に神経質になっており、一時は決勝への出 場も危ぶまれていた」そうだから、メディアの寵児にな ることが如何に“危険なこと”かがわかる。 特に英国などヨーロッパのメディアは、ダイアナ妃さ えもあのような結末を迎えるように追い込むのだから尋 常ではない。(日本の一部のメディアもハイエナかピラ ニア並みだが) スーザン・ボイルさんが、その天性の「美声」で英国 民のみならず、全世界の聴衆を癒してくれるjことを望 んでいるが、辻井さんにも、過度なスケジュールと、メ ディアの取材などで、体調を崩さないことを祈っている。 そしてこの“現象”は、まさに天が「傲慢になりつつ ある現代人類」に「警鐘」を鳴らしているのではないか? と思う。さて、傲慢な人類が目覚めるかどうか? ニュース番組などでは見るに?耐えないテレ朝だが、 今朝の辻井さん一家を取り上げたワイドショーのような 心温まる番組製作を進めれば、2年後のチデジ世界でも 何とか生き残れるのでは?と思ったが、これは捏造番組 で台湾人を大いに怒らせているNHKに言うべき苦言か もしれない。 何はともあれ、心が洗われる時を与えてくれた辻井さ んご一家に、心から敬意を表すると共にお礼申し上げた い。 つまらない政官業界のごたごたを見ていると、この国 の行く末に希望が持てなくなる毎日だったが、辻井さん の偉業で救われた。一瞬、選挙選挙で頭がいっぱいの「 政治屋さんたち」にも、本会議場で辻井さんの演奏を聞 いて心を洗い流してもらいたいものだ、と考えたが、そ れじゃ辻井さんの方が穢れる気がするのでお勧めはしな いことにする……。 ************************************************** ■ 国際派日本人養成講座 ■ H21.06.14 国柄探訪: 外国人の見た「大いなる和の国」 ⇒ http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/ <中村のコメント> 我々日本人なら、何気なく見逃してしまう交差点風景 も、心ある外つ国人(とつくにびと)にとっては、全く 違ったものに映るということを、あらためて教えて頂い た。 最近のメディアで報道されるのは、あまりに暗いニュ ースばかりなので、「日本はかくも堕落した国になった か」という思いに捉えられるばかりだが、佐藤閣下の文 と同じく、このような、たくまざる「大いなる和の国」 の有り様を示されると、心が洗われる思いがする。 以前にも触れた「日本のここがクール!」という外国 人の視点を紹介する番組で、つい最近「日本のガソリン スタンドのサービスがクール!」という意見が紹介さ れていた。 こんな素晴らしいサービスを受けられるなら、少々高 くてもいい」というのが大方の意見であった。特に灰皿 の中まできれいにしてくれるなど「信じられな〜い!」 というのだ。 ではなぜ日本のサービスが素晴らしいか? やはりそ こには、利他的・性善説的を基底とした、相手の気持ち になって奉仕するという、「大いなる和の国」しか持ち 得ない脂質だと胸を張って言いたい。 ■□■━━━━━━━━━━━━ 外国人の見た「大いなる和の国」 ■□■━━━━━━━━━━━━ 伊勢 雅臣 ■1.スクランブル交差点での傘の群舞■ 高層ビルのレストランで、アメリカから来た老夫妻との食事 を終えて、廊下に出ると、雨が降り出していた。廊下から外を 見下ろすと、そこはハチ公広場前の大きなスクランブル交差点 で、信号が青になると色とりどりの雨傘がひしめいていた。老 夫妻は足をとめ、じっと窓から見下ろした。 私たち、こうするのが大好きなの。日本のことが一番よ くわかるから。雨の日、そしてことに渋谷のような大きな 交差点。ほろ、あちこちの方向へ動く傘をよく見てごらん なさい。ぶつかったり、押し合ったりしないでしょ? バ レエの舞台の群舞みたいに、規則正しくゆずり合って滑っ て行く。演出家がいるかのように。これだけの数の傘が集 まれば、こんな光景はよそでは決して見られない。 この言葉に、海外に合計15年も住んでいた文筆家の加藤恭 子氏は次のような感想を持った。 内なる「外の眼」(JOG注: 海外生活体験を持つ日本人 の眼)を意識している私も、ここまでは気づかなかった。 いつもせかせかと急いでいる私は、「傘の群舞」に眼をと めたことすらなかったのだ。真の「外の眼」のみが指摘で きる特徴だったのだろう。 日本人には「せかせかとした雑踏」としか見えないスクラン ブル交差点で入り乱れる傘の群れを、この老夫妻は「規則正し くゆずり合って滑って行く」日本人の姿として捉えていたので ある。 加藤氏が編集した『私は日本のここが好き! 外国人54人 が語る』には、こうした「外の眼」から見た日本人の様々な姿 が描かれている。そこには我々自身も気づかない自分自身の姿 がある。 ■2.お互いに「すみません」■ 「スクランブル交差点での傘の群舞」とは、一人ひとりの行き たい方向はそれぞれだが、互いに他の人のことを思いやって、 全体として一つの秩序を生み出している日本社会の見事な象徴 である。そこには一人ひとりの自由と、共同体としての秩序が 共存している。 我が国ははるか太古の時代に「大和の国」、すなわち「大い なる和の国」と自称した。アメリカから来た老夫妻が見た「ス クランブル交差点での傘の群舞」は、まさにこの国柄が現代に も息づいていることを窺わせる。 「大いなる和の国」が成り立つのは、一人ひとりがすれ違う相 手のことを思いやる心を持っているからである。この思いやり は、日本に来た多くの外国人が感じとっている。 中国から来て日本滞在20年、今では帰化して大学で中国語 を教えている姚南(ようなん)さんはこう語っている。 これは民族性の違いだと思いますが、日本では一歩譲る ことによって様々な衝突を避けることができます。例えば 自転車同士がぶつかったときなど、中国ならすぐ相手の責 任を求めますが、日本ではどちらが悪いという事実関係よ り、まず、お互いに「すみません」と謝ります。その光景 は見ていてとても勉強になります。 ある日、混んだ電車に乗っていたときのことです。立っ ていた私は、揺られた拍子に後ろに立っていた女性の尖っ た靴先を、自分のヒールで踏んでしまったのです。すぐ 「ごめんなさい」と謝ると、その人は微笑んで「靴先は空 いているから大丈夫ですよ」と言ってくれました。 日本人は他人の生活に干渉しません。うわべの付き合い のように見える関係は、多くの中国人が偽善と感じるもの ですが、私は、自分の主張を人に強制して受け入れてもら う必要はなく、干渉せず、お互いに好意を持って付き合い、 人が困ったときに助けてあげれば良いと思います。[1,p31] お互いの自由な生活を尊重しつつ、困った時には助けてあげ るのが、「大いなる和の国」の流儀である。 ■3.周りの方の「がんばれー」光線■ この流儀は、もちろん海外から来た人々にも発揮される。北 アフリカのチュニジアから来た学生のアシュラフ・ヘンタティ さんは、まだ滞在1年未満だが、こんな体験をしている。 僕はまだ日本に慣れていなくて、日常生活でも、日本語 でも、悪戦苦闘の日々なのですが、いろんな場面で、皆さ んが「がんばって」「がんばってください」「がんばって ね」と声を掛けて下さいます。 実は初め驚いたのです。よその国では、そういう経験が あまりないからです。日本では乗り物などでマゴマゴとま どっていたりすると、周りの方の「がんばれー」光線を感 じます。身も知らぬ僕のためにハラハラと心配してくれて いるのですよね。例えば、これがフランスなどですと、む しろ冷たい視線を受けてしまいます。自分の権利やふるま いには自信や主張を強く持っていますが、他人にはかなり 冷たいところのある国ですから。 逆に日本は、僕のようにあまり深いつきあいのない外国 人であっても、そんな風に誰もが励ましのエールをくれま す。温かいなあと感じます。「がんばって」と身近な皆さ んに言われて、それがプレッシャーだった時もあるのです。 こんなにがんばっているのに、自分はそんなにがんばって いないように見えるのだろうか、と。今は、その言葉が励 ましの意味だけでなく、むしろ「見守っていますよ」とい う温かい気持ちの代わりの言葉なのだと解って来ました。 「スクランブル交差点での傘の群舞」の中で、一人マゴマゴし ている外国人がいれば、「がんばって」と声をかけるのが、 「大いなる和の国」を成り立たせている思いやりの心である。 ■4.「静かに美しく毎日が過ぎていき」■ こうした流儀で、「大いなる和の国」には平和が保たれてい る。それは争いの続く国から来た人々にとっては、望んでも得 られないものだ。インドから来て在日経験通算5年のモハマド ・ラフィさんは、こう語っている。 日本に暮らしていて最も素晴らしいこと、それは毎日の 生活が無事に繰り返されていき、それによって、きちんと 仕事をすることができることです。 朝太陽が昇り、一日が始まる。人々が目覚めて仕事に向 かう。やがて日が沈み人々は仕事を終えて家に戻って休む。 夜が来て月が天に昇る。その繰り返しが今日も明日も明後 日もずっと続いていきます。静かに美しく毎日が過ぎてい き、全てが、いろいろなものや人の役割が、きちんと機能 している。 日本の人たちはそういった意味で、自分たちの国をとて も大切にしていると思います。自分の国を汚くすることが ない、私はそれを尊敬しています。公共の場所や道路を散 らかさない、という意味だけではなく、政治的な問題や社 会的な問題が起こったときなどにも暴動を起こして建物を 壊したり火を放ったりしないし、ストライキで国中が混乱 状態になってしまうような事態も起こりません。それは大 変珍しいことです。 今日の続きとして明日を、明日の続きとしての明後日を、 安心して待つことができるので、未来への計画も期待も持 つことができます。一日一日が平安とともにあります。そ れが日本の経済力やハイテクノロジーなどの、世界に誇っ ている力を生み出しているもとになっていると思います。 世界有数の経済力も技術力も、「大いなる和の国」の静かな 美しく過ぎゆく日々がもたらしたものである。 ■5.「恩や義理人情」■ 「大いなる和の国」に存在する「恩や義理人情」の「美徳」を、 日系ペルー人のカトリック神父で、戦後の日本で貧民救済事業 にあたっていた加藤マヌエルさんは指摘する。 また、日本人が持っている「美徳」の一つは、「恩や義 理人情」です。通算13年ほどの滞在期間中、私は私にで きる限りの援助をその当時困っていた方々にしていたので すが、今はその人たちに助けられています。 帰国後、私がペルーでストリート・チルドレンのための ホームや診療所、そして日系人専用の老人ホームを建設す る事業に関わってからは、その支援を仰ぐために毎年2カ 月ほど来日するようになりました。・・・ 昔、私が行ったほんの小さな好意に、今でも感謝の気持 ちを持っていて下さる方々。私が十年間ほど援助したこと のある日本人は、その額とは比較にならない何千倍もの額 を、今までに援助して下さいました。・・・ 他の国からも、慈善事業としての援助はいただきました が、日本人から感じるような「恩や義理人情」は、少なく とも私が関わった西洋人にはあまりないように思いますね。 「人情」とは他者への思いやりの心、「恩」とは他者から受け た思いやりに対する感謝の心、そして「義理」とはその恩をお 返ししなければ、という心。こういう心を一人ひとりが豊かに 持っているからこそ、お互いに助け合う「大いなる和の国」が 維持されてきたのである。 ■6.死者と生者がむつみあうようなのどかさ■ 「大いなる和の国」に住むのは、生者ばかりではない。中国か ら来て、滞在17年にもなる作家・毛丹青はこんな美しい光景 を見た。 中国では人が亡くなると町の外に埋葬しに行きます。北 京で有名なのは八宝山ですが、市内からかなり離れていま すね。ところが日本では墓地が街の至る所にある。もっと 不思議なのは、お寺の裏に墓地があって、隣に幼稚園があ ったりするんです。 黄昏の夕日が墓地に射して、その美しい光の中で幼稚園 の子どもたちが鬼ごっこをして夢中で遊んでいる。僕はそ ういう情景を何度も見ました。死者と生者がむつみあうよ うなのどかさ。亡くなった人たちは子どもたちの無邪気に 遊ぶ姿を見て幸せだったんじゃないか、そこには死者と生 者の会話があったんじゃないか、と思いましたね。現代の 中国ではありえない光景です。子どもの時からそういう体 験をすると、死生観や生命に対する考え方が違ってくるで しょうね。 インドで生まれた仏教では、魂は他の人間か動物かに生まれ 変わる「輪廻転生」を続けるか、解脱をして浄土に行ってしま う。家としての血のつながりを重視する中国では、そんな個人 主義的な死生観は受けつけられず、一族の長の家に宗廟という 建物を建て、そこで先祖祭祀を行った。 それが日本に入ると、死者と生者の関係はさらに近いものと なり、各家に仏壇を置く、という日本独自の習慣となった。日 本のご先祖様は子孫を見捨てて、勝手に西方浄土に行ってしま ったりしない。いつも「草場の陰」で子孫を温かく見守ってく れているのだ。 だから、お寺の墓地の隣に幼稚園があるのも、ごく自然なの である。死者を身近に感ずる所から、その気持ちを裏切っては 「ご先祖様に申し訳ない」という感覚が出てくる。 我が国には創業百年以上の老舗企業が10万社以上あるとい う、世界でも群を抜く「老舗企業大国」であるのも、こういう 死生観からであろう[b]。「大いなる和の国」では、死者と生 者が睦み合って、幸せに繁栄しているのである。 ■7.「全体が一つの大きな家族のような場所」■ 冒頭に登場したアメリカからの老夫婦は、「少年の犯罪率が 高くなった」などと語る加藤恭子氏に、こう答えた。 率のことはわからないわ。だけど私たちは日本にくると、 全体が一つの大きな家族のような場所に来たと感じるの。 路上には、異様な風体の少年少女たとがすわりこんでいる。 加藤さんは眼で彼らを示しながら、「あの若者たちも、『家族』 の一員なの?」と訊ねた。 そう、ちょっと異分子かもしれないけれど、彼らも一員 よ。「私は見守っていますよ」というような大きなジャス チャーは日本人はしない。でも、それぞれがさり気なく見 ているの。家族って、そうでしょ。その安心感があるから、 彼らも地面にすわっているのよ。 確かに、地面に座っている子どもたちが、強盗に襲われたり、 暴力を振るわれたりする社会なら、彼らもこんな真似はできな い。 「大いなる和の国」とは、一つの家族のように、互いの自由を 尊重しながら、必要な時に支え合ったり、その恩返しをしたり する共同体である。 ■8.「日本は他の世界と共有するものをたくさん持っている」■ 世界の多くの国民国家は、多かれ少なかれ、こうした家族的 側面を持っている。北欧諸国やタイなどはその模範的な存在で ある。その中でも、我が国はもっとも理想に近い国民国家と言 えよう。 スイスから来て滞在10年のビジネスマン、ウルフガング・ アンベールドローさんは、こうアドバイスしている。 今日のグローバル社会において、日本は、他の世界と共 有するものをたくさん持っているという事実にもっと気が つくべきだと思います。 ここで紹介した人々が共感した「大いなる和の国」の光景は、 まさに「幸福な国民国家のあり方」として、他の世界と共有し うる理想であろう。 この理想は、聖徳太子が「和を以て貴しとなす」として、 十七条憲法の冒頭に掲げられたものである。 ************************************************* ブログ 武田邦彦(中部大学) 21.6.17 より ⇒ http://takedanet.com/2009/06/post_4729.html <中村のコメント> 先日、ときどきひょっこりと現れる友人が、来るなり 急に「一つ教えて欲しい」と切り出した。 「最近よくテレビで“ 省エネのためにこまめに電気を 消しましょう! ”と言っているが、こまめに電気を消 して本当に省エネになるのか?」と言うのだ。 ご存知のように電気には、不要だからと言って余った 電力を溜めておく蓄電装置がない。だから余った電気は 、使用量が少なくて価格が安くなる夜間に水力発電所に 送って揚水し、高く売れる時間帯に放水して再発電する ことになる。 だから高いコストをかけて「原発」を作っても、その 半分はほとんど使われない(使ってもコストに見合わな い)という理屈は、ほとんど語られない。といって夜は お休みする太陽光発電だが、製造コストに見合う発電量 が得にくいし、これまた製造時に消費する電力消費につ いては一切語られていない。 返事に窮して、「少なくとも節電した我が家だけは電 気代が安くなるメリットはある」と答えて苦笑したのだ が、折角だから、いまなにかと問題発言?をして、賛否 相分れる武田センセイの以下本文を読ませて(呵々大笑 とまではいかないが)笑い合った次第。 どなたか適切な回答をお知りの方は、ぜひご教示お願 いします。 ■□■━━━━━━━━━━ 子供に理科を教えられない ■□■━━━━━━━━━━ 武田邦彦 母親が子供に「電気をこまめに消しなさい! 地球が温 暖化するっていっているでしょ!」としつける。 子供: 「お母さん、電気を使うとどうして悪いの?」 お母さん:「電気を使うとCO2が出るって言ってるわ よ、CO2で温暖化するって学校でも習っているでしょ !」 しばらくしてその子供がテレビを見ていると、 NHK:「走行中にCO2をださない電気自動車は地球 温暖化を防止すると言われています。政府は電気自動車 に補助金・・・・地方自治体も・・・・」 子供: 「ねえ、お母さん、電気自動車って電気で走る の?」 お母さん:「そうじゃないの・・・」 子供: 「じゃ、電気、使うんじゃないの? さっき,電 気を消しなさいって言ったじゃない。電気を使ったら温 暖化するなら、電気自動車がなぜ良いの?」 お母さん:「NHKが言ってるんだから、間違いないわ よっ!」 夕方になってお父さんが帰ってくる。 子供: 「ねえ、お父さん、地球温暖化ってCO2なの ?」 お父さん: 「そう言ってるね」 子供: 「電気を消したらCO2がでないの?」 お父さん: 「そうだね。火力発電所っていうのは、石 炭を燃やしているからCO2が出るんだよ」 子供: 「で、テレビを見ていたら電気自動車は温暖化 によいって言ってたよ」 お父さん 「・・・・・・」 子供:「走っている時にCO2をださないんだって」 お父さん 「・・・・・・」 子供: 「テレビつけている時って、CO2でるの?」 お父さん 「・・・・・・」 子供:「お父さん、答えてよ。理科の先生なんでしょ!」 子供ダマシって言うけれど、最近では子供もだませない ようなことを白昼堂々とテレビで放送され、国家もそれ にエコと言って税金をだし、国立環境研究所も否定して いない。 最近、子供を使って環境運動を盛り上げようとする大人 が出没している。その結果、日本の次世代の子供に理科 も教えられなくなった。 ************************************************** <縄文塾通信6月−5号 編集後記> ************************************************** 前号でも触れたことだが、わが中国地方では依然とし て「空梅雨」で、連日真夏日が続いている。一方沖縄と 関東以北では、ゲリラ豪雨だけでなく、オタマジャクシ や小魚まで降っている。 中・四国地方の水甕はほとんど干上がって、「取水制 限」が続けているのだが、さて条件が合わないのかどう か、先端技術の進んだ日本でまだ「人工降雨」が実施さ れたというニュースを聞かない。 昔から「日照りに飢饉なし」といわれてきたが、農業 用の取水が大きく制限されている現状から、当事者の百 姓さんにとっては、さぞかし大変なことだろう。 お天道さんに頼り切った日本農業に、大きな転換期が 来たことをあらためて認識し、早急に対策を講じる必要 を痛感している。 (中村) ************************************************** < 縄文塾通信 告知板> ************************************************** 日野原重明先生講演会 (新老人の会ジャンボリー広島大会) テーマ: 私の平和へのメッセージ アトラクション マリンバ演奏 日時: 7/9(木)13:00〜15:30 場所: 広島国際会議場(平和記念公園内) フェニックスホール (中区中島町1−5 242−7777) 主催:ライフ・プランニング・センター (新老人の会) 参加費:1500円 問合せ(申込み):新老人の会広島支部・事務局 082−222−3297 (当日会場でも受け付けています) * * * * <時事講演会> タイトル “ 国を愛し 国を信じ ” 前航空幕僚長 田母神 俊雄氏 ◎日時 平成21年7月15日(水) 講演会:(開場18時)開演18時30分 懇親会:(開場20時)開演20時15分 ◎場所 八丁堀シャンテ 3階 広島市中区上八丁堀8-28 Tel.082-223-2111 ◎会費 講演会: 2000円(注:チケット有り) 懇親会: 4000円 ◎申込 FAX. 082-850-3232 宛 記入:参加者氏名・会社名・出席(双方あるいは 一方のみの別を明記)・住所・電話・Fax. を記入下さい。 <注:> チケットはチケットぴあ・デオデオ本店プレイガ イド・ヤマハ広島店プレイガイド等でお求めになれ ます。 * * * * ■第1回 新しい『自然とひと』との出会い 『太田川を学ぶ会』 講師:佐々木正孝氏 <略歴> 前戸河内史編さん室専門員、現 在、障害施設 「あすなろ園」に勤務。 戸河内町に 住み、地元にて様々な活動をされ、 中国新聞「緑地帯」欄に『西中国山 地有情』 を連載した。 ◎日時:7月26日(日)18:00〜20:00 ◎場所:アステールプラザ 4F 和室 (電話:082-244-8000) ◎会費:1000円 ◎申込先: 中川 mail to keiko@leo-plan.co.jp 携帯 No: 090-7540-8975 ************************************************** 以下クリックすると、 <推奨メルマガ・ブログ・ホームページが示されます> ⇒ http://joumon-juku.com/suisho.html **************************************************



