2009/04/22
縄文塾通信 9年4月号-9(377号)
************************************************** ◎寄稿・ご意見など歓迎します。 ◎転載は歓迎いたしますが、出処だけは明記下さい。 ************************************************** 縄文塾通信 <9年4月号−9(377号)> 縄文暦12009年4月22日 ★縄文塾ホームページ http://joumon-juku.com ★中村キャッスルゲイトHP http://joumon-juku.jp ★縄文ブログ http://joumontn.jugem.jp/ ★「縄文塾通信」メルマガ登録は http://www.mag2.com/m/0000184916.html ************************************************** < 縄文塾通信4月−9 (377号) ************************************************** <中村のコメント> 大島 楯臣さんは、大分県日田市在住のネット・フレ ンドのお一人で、本縄文塾通信で案内した(2006年12月 開催)恒例の“縄文塾講演と忘年の集い”に、遠路わざ わざ出席下さったのが面識を得たきっかけである。 なお大島さんは書法研究家で、縄文文化、大和言葉、 旧仮名遣いに深い理解と造詣をお持ちである。 今まで同会では、いろんな講師をお呼びして講演を御 願いし、且つ年に1度旧交を温めて貰うという趣向だが、 白状すると寄る年波、この会で打ち止めの予定で、同 会でははじめて私がしゃべることにした時であった。 <縄文塾 1998年以降「今までの会合」> 参照 (なお中間での会合は「広島雑学アカデミーと共催分) ⇒ http://joumon-juku.com/kaigou/index.html ちなみに金文学さんとは、知り合って以来家族のよう に付き合っている。その翌年(2007年)「実は(日中韓) の『 〜に告ぐ!』の3部作の締めとして『日本国民に 告ぐ!』を上梓するので、その発表記念の意味もあって、 同会で塾長とのトーク&トーク」を是非」という話が 持ち上がり、結局押し切られた格好で同意したものであ る。 このときにも大島さんが出席され、金文学さんと意気 投合されたのが、今回日田市で講演会に結びついたので ある。 金文学氏の略歴・プロフィール・書籍は〜 ⇒ http://joumon-juku.com/090418.pdf 拙著『乱世の縄文』だが、厚かましくもお土産のお返 しのつもりで贈呈したのだが、過分の評価を賜り、しか もかなりの部数を知人・友人に押し付け?販売下さった 経緯がある。 今回の講演会企画と併せ、あらためて深く感謝の意を 表したい。ただ体調の関係で1度は行ってみたい日田に 行けなかったことが唯一の心残りである。 ************************************************** 金文学先生の講演会を終えて 大島 楯臣 去る4月18日(土)に、豊後の国日田市で金文学先生 の講演会が開催された。主催は3〜40代の2世を含む中小 企業経営者の集まりで、企画・運営・広報の一切をとり しきった。 首題は「もう黙っていられない」であり、副題は「20 09年、今、日田の未来が見えますか?」だった。主とし て「日本国民に告ぐ」に述べられた比較文化、比較文学 の諸説を約90分語って頂いたが、おそらくその効果は10 日が限度であろうと白髪頭は推測する。 それは本を読まない世代の弱点であり、他動的に耳か ら入る情報と、自発的に目から入る情報の認識・定着の 違いであり、これは脳学者の世界でもある。従ってこの 輩には、2度3度、あるいは数10回、同じことを言わねば その目的が果たせないが、ただ一つの救いは彼らが自身 が「再見」を所望した由にて、わずかな希望を残してく れた。 上に、「本を読まない」と述べたが、私と同世代の某 氏が「金先生の本は漢字が多くて・・・」のたまわり、 先生と二人して「転けた」がこれも現実である。しかし、 講演の内容は「できるだけアカデミックでない事例を 交えて・・・」と枕で述べられた通り、若い人たちにも 通じたようである。 序でながら、中村塾長の「乱世の縄文」を思い起こし て欲しい。そこには縄文が熱く語られていて、「三内丸 山遺跡」が私たちに遺してくれたもので締められている が、私は金先生に倣い、これに「半坡遺跡」を対比させ たい。 黄河中流域に彩文土器(中国では彩陶と称する)が代 表する文化があり、それを中国考古学では仰韶文化とい い、中でも名の通ったのが半坡遺跡である。それは三内 丸山遺跡とほぼ同じ時代に位置し、三内丸山も半坡も、 古代の人々が生きていた時代は、その何れもが緑溢れる 豊饒の地であり、ほぼ同じような原始生活を営んでいた ことは発掘される品々が語ってくれる。 では何故に半坡遺跡か、それは彩陶とともに、漢字の 始祖と目される幾何学的な紋様が土器に遺されているこ とが特徴的であり、文字学、漢字学では避けて通れない 一里塚でもある。この半坡遺跡からそう遅くない時期に 漢字は生まれるが、それが殷代の甲骨文字である。 一方の三内丸山は縄文土器は作ったが、文字らしきも のも持たなかった。さらに、半坡は環濠集落であり、三 内丸山には環濠が見られない。果たしてその違いは何だ ろう。この違いの要因となるものは、縄文塾HPのそここ こに述べられているから、ここでは繰り返さない。また 「Google map」の衛星、航空写真で現在の姿形を確かめ て欲しい。 見ての通り、現代の半坡遺跡の周囲は黄砂をまき散ら す荒野と化し、片や三内丸山遺跡は今でも緑溢れる「森 」に囲まれて生きている。漢字という情報の道具は、こ とほど然様に人類を変質させ、その扱い方次第で文明・ 文化を翫ぶとも言えるのではないだろうか。かな文字の 原点とも言える源氏物語の千年紀と併せ、諸兄のご意見 を待ちたい。 「鶏とたまご」の関係に似る議論ではあるが・・・・。 (書法研究家) ************************************************** NHKの「タイワン報道問題」のその後 ◎日台双方で批判続出… NHK「偏向報道」政界に波及 5日放送「アジアの“一等国”」自民議連が意見書 NHK総合テレビが5日に放送した「NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 第1回『アジアの"一 等国"』」の内容に対し、有識者らが「偏向・歪曲報道」 などと批判している問題で、自民党の保守系議連「日 本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成 彬元文科相)が近く、同局に質問状を提出することが20 日、分かった。問題はついに政界に波及することになっ た。 番組は、日清戦争後の日本による台湾統治について、一 等国を目指して統治の成功を海外に誇示したが、日台間 の格差と同化という矛盾を抱え、やがて皇民化運動で日 本文化を強制した−などと放送した。 これに対し、日台の文化交流を進める民間団体「日本李 登輝友の会」(小田村四郎会長)は10日、「日本が一方 的に台湾人を弾圧したとするような史観で番組を制作す ることは、公共放送として許されるべきではない」とい う抗議声明を、NHKの福地茂雄会長あてに提出した。 声明には、元タイ大使で外交評論家の岡崎久彦氏、京大 大学院の中西輝政教授らの名前も。また、ジャーナリス トの櫻井よし子氏は週刊新潮で「全篇が"歪曲報道"の連 続」と指摘し、評論家の金美齢氏も「"偏向番組"の一語 に尽きます」と批判した。 議連では、日台双方から同様の批判が続出していること を受け、NHKに質問状を提出する準備をしている。N HKの予算は毎年度、国会で承認を得ることが放送法で 決められている。 李登輝友の会の抗議声明に対し、NHKは14日付で、担 当のエグゼクティブ・プロデューサー名で「(番組は) 日本が最初の植民地とした台湾に、近代日本とアジアの 原点を探り、これから日本がアジアの人々とどう向き合 っていけばよいか、未来を生きるヒントを探ろうとした もの」「なにとぞ番組の趣旨をご理解いただきたいと思 います」といった回答を寄 せている。 だが、李登輝友の会の柚原正敬専務理事は夕刊フジの取 材に「回答はとても納得できない。担当プロデューサー やディレクターにも出席してもらい、公開討論会を呼び かけたい」と話している。 ZAKZAK 2009/04/20 ************************************************** < 縄文塾通信4月−9告知板> ************************************************** 特になし ************************************************** 以下クリックすると、 <推奨メルマガ・ブログ・ホームページが示されます> ⇒ http://joumon-juku.com/suisho.html **************************************************



