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2006/07/22

【3分でサクッと読める☆世界偉人伝☆富田 忠雄】

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   【3分でサクッと読める☆世界偉人伝☆】

       発行人: エラい人を応援する会 代表 青ちゃん

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久々に富良野へラベンダーを見に行ってきました。
数多くあるラベンダー畑でも目を引いたのは
天皇両陛下も絶賛したファーム富田のラベンダー畑。


こう見えても花を見るのは大好きで
いろいろなところのお花畑を見ていますが
その中でも一番のお気に入りが
ファーム富田の「彩りの畑」。
個人的には、世界一のお花畑と思っている。


ファーム富田の歴史は古い。
1903年(明治36年)初代富田徳馬さんが現在の場所に鍬を入れたのが始まり。
その後、1950年代後半に香料としてラベンダーの栽培を初めてから、
半世紀近く現在の場所でラベンダーを咲かせている。


「もうつぶすしかないとラベンダー畑にトラクターで踏み込んだときは、
我が子を手にかけるようなもので、精神状態が普通じゃなかったんでしょう。
本当にラベンダーの悲鳴が聞こえたんです」と当時の様子を語る富田さん。


ほとんどが富良野産だったという道内のラベンダーオイルの生産量が
ピークに達したのは1970年頃。
その直後から、輸入香料や合成香料の登場で国産天然香料の需要が激減し、
香料会社のオイルの買い上げがストップ。
もうラベンダーはお金にはならない。
総面積で今の数倍もあった富良野地方のラベンダー畑は、またたく間に姿を消してしまった。


そして、ついに
富良野にたくさんあったラベンダー栽培農家が
1973年にはファーム富田1戸になってしまった。

 
しかし、「ラベンダーは私たち家族の希望だった」という富田さんは、
どうしても畑をつぶせずにいた。


そして、「あと1年。あと1年。。。」と
貧しい中、だましだまし過ごしていた1976年のこと。
突如、カメラマンや旅人が続々と畑に訪れ始めた。
前年、知らぬ間に撮影された富田さんのラベンダー畑の写真が
JRの観光ポスターに採用され、その抜群の美しさが
全国津々浦々に知れ渡ったのがきっかけだった。


富良野がラベンダーで有名になったのはこの「ファーム富田」が、
諦めずにラベンダーの栽培をし
続けたからで、富田会長の功績はとてつもない程、大きい。
ラベンダーの神様といってもよい偉大な存在だ。


富田忠雄のラベンダー人生:


・見にきてくださる人を観光客と呼びたくないない。
花の大好きな花人(ハナビト)と呼んでいる。

・見てもらうために作った畑ではありません。
でも、畑を訪れ感動してくれる人の声は、大きな励みになりました。
そして一人の女性が、ラベンダーを生かし続ける方法を教えてくれたのです。

・周囲からは『そのうち人は来なくなる』と言われた。
人を癒し惹きつけるラベンダーの魅力がホンモノだと周囲が確信するようになるまでには、
10年ぐらいかかったように思います

・すべては、あの日、悲鳴を上げたラベンダーの妖精の導きだったのではないかとも思えるのです。


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3分でサクッと読める☆世界偉人伝☆
発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 
お問合せ:   toshikiaoyama@ybb.ne.jp 
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000184888.html 
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