2009/05/31
カウンセリングと東洋思想 第15号 至誠心・深心・回向発願心と三条件
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 2009年 5月31日 カウンセリングと東洋思想 第15号 至誠心・深心・回向発願心と三条件 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 カール・ロジャースのカウンセリングと東洋思想との接点を 求めて、いろいろ考察してみたいと思います。 ††† ■ はじめに =============================================== あいかわらず半年に1回のペースになっていて申し訳ありま せん。m(_ _)m 『大法輪』という仏教雑誌を読んでいたら、 阿弥陀仏(無量寿仏)信仰とロジャースのカウンセリングとを 結びつけて論じている記事がありましたので、今回は能の話は 一休みして、こちらを取り上げます。 ■ カウンセリングと東洋思想 =============================== (15)至誠心・深心・回向発願心と三条件 以下の引用は、『大法輪』2008年5月号に掲載されていた奈 倉道隆(なぐらどうりゅう)(四天王寺国際仏教大学大学院教授) 「仏教カウンセリングの実際」のうち、「七、相談の心構え」 の部分である。著者の捉え方と私の考えを区別する意味で、少 々長くなるが最初に引用したい。 仏教カウンセリングの心構えは、仏と自分との関係を深 めることで培われるように思います。念仏者の私は念仏の 心を基にしています。参考までに述べますが、観無量寿経 に念仏の心が「三心(さんじん)」として説かれています。 第一が「至誠心(しじょうしん)」です。口と腹とが異な ることなく、誠実に話したり行動したりする心で念仏せよ という教えです。これはそのまま相談者の心構えとなりま す。 第二は「深心(じんしん)」です。深く仏を信ずる心で念 仏せよという教えです。仏教カウンセリングは、来談者の 仏性を信じ、その言葉に耳を傾けます。深心は相談の心と なります。 第三は「回向発願心(えこうほつがんしん)」です。これ は願生心(がんしょうしん)とも呼ばれ、仏の本願(衆生を 遍(あまね)く救いたいという仏の願い)によって安楽国に 往生する(安らかな世界に往きて生きる)ことを願う心で す。この心で念仏せよという教えです。 仏教カウンセリングは、これによって心のやすらぎをも たらすものですが、最初に述べたように、安らぎは相談者 の力でも来談者の力でもなく仏の力によるものと信じます。 そして、念仏者は仏の本願によってみなともどもに救われ ると信じられ、心は一つに結ばれ共感が湧きます。 カウンセリングの第一人者カール・ロジャーズは、カウ ンセリングの心構えとして「自己一致」「無条件の信頼」 「共感的理解」の三つが必要であると言っています。 「自己一致」は言行一致、ほかならぬ至誠心です。「無 条件の信頼」も相手を深く信ずる心から生れます。そして 「共感的理解」も回向発願心によってもたらされるでしょ う。 念仏の心とカウンセリングの心とが別々の目的をもつも のでありながら類似していることに深い感銘を覚えました。 考えてみれば念仏は仏の働きかけによって南無阿弥陀仏と 申すことであり、仏と人間との交流です。 カウンセリングは人と人との心の交流であり、目的は違 っても心の構えには共通点があります。すなわち、念仏は 仏の心を素直に受けとる構えであり、カウンセリングは来 談者の心を素直に受けとる構えです。仏教カウンセリング は、来談者の声の奥底に仏の声を聞かせて頂く思いで進め ることがしばしばあります。 仏教は念仏の道だけではありません。他の仏道もその道 なりに、仏教カウンセリングの心構えを示してくださるで しょう。いろいろな道が拓(ひら)かれていくことを念願い たします。 −◆− では、私の見解を提示しよう。 まず、観無量寿経の三心とロジャースの三条件とをこのよう に結びつけることには私も賛成である。ただし、三心は阿弥陀 仏に向かう心であり、三条件はクライエントに向かう心である ところに決定的な違いがあり、その点は頭に留めておくべきで ある。また、私は仏教に関しては浄土教より禅のほうに親しみ をもっているので、まずは阿弥陀仏を真如と読み替えて考えた い。 仏教と比較すればロジャースのカウンセリング理論は非常に 浅いものだが、ここでは、仏教でいう真如をロジャースのいう 「リアリティ」に置き換えてみよう。すると、真如に対する時 の心として三心を考えることができる。 至誠心は、リアリティに対して誠実に応答する態度である。 自分自身のリアリティに関してならば、ロジャースのいう「自 己と経験の一致」という考え方がそのまま当てはまるだろう。 自分に嘘をつかないというのが最初の原則である。そして、自 分自身のリアリティに誠実に向き合える人だけが他者に対して も誠実に向き合える。 深心は、リアリティを受け容れつつ深く掘り起こしていくこ とと言える。それは、ロジャースの「unconditional positive regard」、すなわち無条件に肯定的に見る(否定的に見ない) 態度に相当する。肯定的に見るとは、それをそういうものとし て喜んで受け容れることである。逆に、ものごとを否定的に見 ると、それ以上のものが見えなくなってしまう。だから、なに ごとも否定しない態度が深く受け容れる素地を作るのである。 これがクライエントに対してなされるとき、それはクライエン トのあらゆる表現を彼のリアリティの一つの現われとして肯定 的に見ることを意味するだろう。クライエントを深く知り、そ れを彼の一部として喜んで受け容れる心が、深心に相当する。 だが、あらゆるものを肯定的に受け容れるのは難しい。そこ で、仏教における仏性(すなわち仏となる素質)を、ロジャー スのいう「実現傾向」と考えるとよい。クライエントの言葉は、 自らの真実のありようを実現しようともがいている現われだと 信じることで、善へ向かう途中経過として肯定的に捉えること もできる。 回向発願心に関しては、まず、仏の本願もまた実現傾向と対 応させるとよい。クライエントを救うのは、カウンセラーでは なくてクライエント自身の実現傾向だからである。実現傾向は、 自己実現とは違って意識よりもずっと深いところでその人を動 かし、その人を楽にする。この実現傾向を自らの中に感じた時 には救いや安心を得るだろうが、回向というのは、そんな救い や安心への動きを他者にも振り向けて、他者のなかでもそれを 実現させようとすることである。 すると回向発願心は、クライエントの中に実現傾向が働くよ うに願うことに相当する。これは、最も上質な共感的理解のあ り方である。苦しみに共感すること、一緒に悲しむことも、ク ライエントの実現傾向が働き出すきっかけとなる。また、苦し みから脱け出して喜びを得たときに一緒に喜ぶのも、実現傾向 を強化するのに役立つだろう。 人間の心の奥深くにある真実(リアリティ)を阿弥陀仏や真 如の働きとして捉えれば、それは仏教になってくる。そして、 そのような文脈で仏教とカウンセリングを対比すると、意外な 共通点に行き当たる。 ■ 編集後記 =============================================== 今回は、かなり深いことをいろいろと書いてしまったように 思います。私としては一つ一つの事柄に関してこの数倍は説明 したい誘惑に駆られているのですが、今回は、仏教とカウンセ リングは深いところで共通する何かをもっているらしいという ことが予感されればそれでよいとしましょう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆『カウンセリングと東洋思想』(ID:0000179139) ◆発行者:曽根 剛 ◆サイト:http://happy.ap.teacup.com/psycholobby/ ◆掲示板:ご意見・ご感想は↓ http://6615.teacup.com/s1magazine/bbs ◆メール:上記サイトまたは掲示板からお願いします。 ◆発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 登録・解除・バックナンバー閲覧は↓ http://archive.mag2.com/0000179139/index.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



