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2008/08/11

燈華苑・広報誌――8月11日号――

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        †〜〜燈華苑・広報誌〜〜†
             2008年08月11日号

           発行者・長谷川彰子
               燈華苑・http://toukaen.fem.jp/

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 *ごあいさつ*


 いつもお世話になってます。燈華苑の長谷川彰子です。


 「桜と喪失の10題」の一題で、7月30日に発行した「愛別離苦
〜平資盛と建礼門院右京大夫」の続きともいえる小説、「満開・死
へのカウントダウン」をお送りします。

 今回の小説も平家物語が題材で、時系列は壇ノ浦の戦いの直前、
主人公は平知盛です。

 作中に重衡の奥さんの大納言佐や、知盛の奥さん(治部卿局)が
登場していますが、彼らは平家のなかで生き残り組です。
 このお話では彼らは自らも滅ぶ運命と思いさだめていますが、待
ち受けている運命の残酷さを思うと、何ともいえない気持ちになり
ます。
 そこらへんも、違う小説に書いていけたらなぁ、と思っています。


 ではでは、小説をお楽しみいただけたら、幸いです。



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「満開・死へのカウントダウン」――桜と喪失の10題より



 寿永四年(1185年)、春。


 我ら平氏が本陣を置く屋島が、源九郎判官義経(みなもとのくろ
うほうがんよしつね)の奇襲・火攻めにあった。
 辛うじて逃げ延びた平家一門は、わたしの知行国である長門国彦
島にほうほうの体で到着した。
 彦島の福浦に帝の仮御所を設け、我らは一時の休息に入った。



「知盛(とももり)殿、帝の御所によい場所を見つけてくれました
ね」

 母御前(ははごぜ)・二位尼時子(にいのあまときこ)はわたし
を手招きすると、咲き誇っている桜の大木を指し示した。

「女院や女房殿の無聊をお慰めすればよいと思いまして、この場所
を選びました」

 にこやかに答えるが、真意は別にある。
 福浦は彦島の要衝である港で、速やかに戦に出られるようここに
決めたのだ。
 源氏の頭領・兵衛佐源頼朝(ひょうえのすけ・みなもとのよりと
も)や後白河院(ごしらかわのいん)が我ら平氏追討の手を緩める
はずがなく、いくばくもせず戦いが始まるだろう。
 周防国は既に蒲冠者源範頼(かばのかじゃ・みなもとののりより)
の軍勢に押さえられており、すでに西国での逃げ場はなかった。
 九郎義経は天才的な戦上手。――次に刄を交えるときは、平家の
最期となるだろう。
 平家の頭領である兄・宗盛(むねもり)は頼りなく、いざとなれ
ばわたしが平家を統率せねばならない。――例えそれが死への道で
も、わたしが導かねばならない。
 母上も既に覚悟されているのか、悲観的な状況にあって静かな佇
まいだ。
 都落ちに付いてきた女房たちは、いつ現われるかしれない源氏に
怯えて暮らしている。
 そのなかでただ一人、弟・重衡(しげひら)の妻である大納言佐
局(だいなごんのすけのつぼね)は母と同じく死を見据えている。
 一ノ谷で捕らえられた弟の運命は尽きたといってよい。南都(な
んと)を焼き尽くした仏敵である弟を、南都の僧徒たちが許すはず
もない。
 それを察している大納言佐局は、弟と運命を共にするつもりなの
だろう。
 妹で帝の母君ある建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)は、
澪(みお)のように静かなのだが、その様子は母や大納言佐局とは
違い、感情というものが見えない。
 生来感情の起伏が少ない妹なので、別段不思議ではない。妹は御
所の奥深く、御簾の陰で帝と日々を過ごしている。
 女房どもが狼狽するのは無理もないが、総大将である兄・宗盛ま
で不安にかられているのが、苦笑の種であった。
 母上は鈍色の袖を揺らし、わたしに言った。

「今はただ一時の静穏。この世の美しさを存分に楽しみましょう」

 母上のお言葉には、様々な感慨が籠められている。
 この世の栄華はすでに終わった。あとは滅びの道のみ。この儚い
世の美しさを冥途の土産にしようとされているのだ。
 その気持ちはわたしも同じ。満開に咲く桜を魂に焼き付け、この
世の幕引きをしよう。



 夜、桜の周りに篝火を焚かせ、わたしは共に都落ちしてきた妻・
明子(あきらけいこ)とともに酒を酌み交わしていた。

「殿、この世は面白うございました」

 酒を少しずつ干しながら、妻が語る。

「華やかな平家の公達を夫に迎えることになったと父に言われ、胸
ときめかせましたが、おいでになったのは地味であまりお目立ちで
ないあなた様でしたもの」
「おや、それはすまなかったな」

 笑って言うわたしに、妻は微笑んで首を振る。

「いえいえ、どこか浮き世離れされた方の多い平家の公達のなかで
も、堅実なあなた様が夫となられ、わたくしはほっとしておりまし
たのよ。
 あなた様は本当にわたくしの身の丈に合った旦那さまです」
「そうか……。だが一ノ谷の戦では悲しい思いをさせてしまったな」

 わたしの言葉に、妻は一瞬悲しげな表情を浮かべる。
 一ノ谷の戦で、わたし達は息子・知章(ともあきら)を失った。
妻は今も悲しみが尽きぬだろう。
 が、妻の悲しい眼は変わらぬが、気丈にも首を横に振った。

「いいのです。わたくし達もすぐにあの子のもとにまいりますもの。
 それに、わたくし達には都に残してきた伊賀大夫(いがのだいぶ)
がおります。
 あの子がわたくし達の分まで生き長らえてくれるのなら、これほ
ど幸いなことはありません」
「そうか、それもそうだな。
 ……明子、わたし達の子を残してくれて、ありがとう」

 わたしの一言に、妻は頬を真っ赤に染めた。
 たとえ平家一門の命運が尽きようとも、残った子供達が血脈を繋
いでくれる。だから、我らは安心して死んでいける。
 わたしが安堵の吐息をしたとき、柱の陰から咳払いが聞こえてき
た。

「いつまでも新婚のようなことを言ってるなよ。こっちが恥ずかし
くなる」

 見ると、従弟である能登守(のとのかみ)・教経(のりつね)が
柱にもたれ腕組みしていた。
 平家一門のなかでは武闘派で名を鳴らし、九郎義経に果敢に刄を
向ける度胸を持つ頼もしい男だ。

「あ、すぐに酒(ささ)を持ってまいります」

 そそくさと立ち上がった妻と入れ替わる形で、教経はわたしの隣
に座った。
 低い声で囁かれた言葉に、わたしは瞠目する。

「九郎義経が周防にいる蒲冠者範頼に合流した。
 三月二十四日に開戦ということだ」

 わたしは頷き、唾を飲み込む。

「そうか、いよいよ……」

 にやりとほほ笑み、教経は腕を鳴らした。

「最期の大舞台だ。派手に暴れてやる」

 彼の言葉に、わたしはぽかんとする。
 平家一門の軍勢は疲れ果てており、もう逃げる場所もない。すで
に道を閉ざされている。
 まだ生きるすべがあるならまだしも、運命が決まっているという
のに、教経はまだ暴れたいらしい。

「いや、命運は決まったのだから、あらがわず粛々と従ったほうが
いいのでは」

 わたしの狼狽えた言葉に、教経はにかっと歯を見せた。

「源氏に一泡吹かせずおとなしく死ぬのは、主義に反するのでな」

 元気よく言い切る教経に、わたしは息を吐いた。
 教経も一ノ谷で兄・通盛(みちもり)殿を亡くすという悲劇に見
舞われている。だというのに、いつも殊更目一杯振る舞い、臆する
ことがない。
 ある意味虚勢を張っているのかもしれぬが、平家一門は彼の勇気
に力付けられている部分もあった。
 わたしは笑い、言う。

「引き際を見誤らず、程々に暴れるのなら、構わないだろう」

 わたしの言葉に、教経は満面の笑みを浮かべた。


 妻が追加の酒と杯を持ってきたので、わたしたちは朝まで酒を飲
み続けた。




 ――桜よ、憶えていろ。
 儚く消えていった一族があったことを。
 この世の無常を、おまえが語り継いでいくがいい。


 我らは潔くこの世に別れを告げよう――。






――了――





★――――――☆――――――★――――――☆――――――★


 今号は以上です。
 次号は未定でよろしくお願いします(汗)。

 場合によっては、違う「桜と喪失の10題」のお題を先に配信
 するかもしれません。


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 発行者:長谷川彰子
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