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仏教とは何? 仏様とは? 私たちが死んだら何処へ行くの? など、分からないことがいっぱいありますね。私が過去数十年の間に聞かせて戴いた和尚さんの法話の中から分かり易いお話を配信しています。

  • 発行周期 不定期
  • 最新号 2009/11/17
  • 部数 132部
  • メルマガID 0000173374
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2009/11/03

『 煩悩 』  3




この話は、11月1日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。



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『 煩悩 』   3







そういうことを今の禅宗の人たちは言わないですけれども、禅宗で
偉い坊さんはたくさんありますけど、今の坊さんは失礼ですけどだ
めですね。あの世を認めないでしょ、これは根本的な間違いです。

あの世を否定して、それを前提にして法を説いてもそれは全部間違
いです。あの世はあるんだから、あるものを無いといって説いても
前提が間違ってるのだから全部間違いになりますね。

今から三百年にはなりませんけれども、二百五十年ほど前に白隠と
いう禅宗の坊さんがありまして、有名な坊さんですね。この方は、
本当の坊さんだなあと思いますね。

この方は、だいたい地獄が怖くて坊さんになったという人だという
ことです。地獄が怖くて、自分が地獄へ落ちないようにするには、
どうしたらいいか。というようなことから坊さんになったという人
ですから、勿論あの世を認めていますね。
禅宗では、公案というのがあるんですよね。この公案というのはで
すね、この公案の解釈も違いますね。間違ってる。

公案というのは、どういうのを公案というのかといいましたら、我
々の日常生活の全く相容れない理屈です、理論です。例えば、こう
いう言葉があります。

「一即一切」一切はもの凄い数を現わしたものですが、一は一です。
即というのは、イコールということですね。或いはこういう言葉も
ございますね。

「無一物中無尽蔵」この無尽蔵というのは、無数にあるということ
ですね、尽きない。尽きる事の無い蔵で、たくさんあって無尽蔵だ
ということですね。その逆で無一物。何にも無い。何も無い中に、
無数の物があるということです。一即一切と同じですね。だいたい
こういうことを考えると、お師匠さんが弟子に出すこういうのを公
案というのです。これは我々の日常の判断では、こんなものは有り
得ないですね。この世の中は、一は一、二は二、三は三でしょ、そ
うでなければ科学は成り立ちませんね。

我々の日常的な生活は、一応科学的な生活ですよね。だからこの日
常生活の中に、こんな理論というのは成り立つものじゃない。これ
は法界というか、あの世というか、禅定に入ったらこういう世界が
分かるんですよね。だから例えば一即一切を、おまえ考えてみよと
、こういう問題を出すんです。それが禅定に入ったら、境地が上が
ったらははあんと分かるんです。あの世はこういう世界なんです。





続く。。。









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