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仏教とは何? 仏様とは? 私たちが死んだら何処へ行くの? など、分からないことがいっぱいありますね。私が過去数十年の間に聞かせて戴いた和尚さんの法話の中から分かり易いお話を配信しています。

  • 発行周期 不定期
  • 最新号 2009/11/17
  • 部数 132部
  • メルマガID 0000173374
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2009/11/02

『 煩悩 』  2





この話は、11月1日から始まっていますので、初めての方は
最初からお読み下さい。



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『 煩悩 』  2






その「我」を消すということになってくると。兎に角その我が消えな
いと、煩悩は無くならないんですよ、仏教の理論からいったら。

我そのものが煩悩ですから、その我があると我愛と。それから我慢と
いうと普通皆さんは、あの人は我慢の強い人だ、いい人だといいほう
へとりますね。我慢強いと言ってね。

ところがこの我慢の下へ心を付けると、慢心となる。これは驕(おご)
りがあるということですね、慢というと。
で、我慢というと、痛いんだけど痛くないと。それは我慢というよりも、
辛抱ですね。忍という言葉が仏教にあるんですが、耐えるということ。

忍辱というのですが、忍辱というのは恥ずかしめを忍ぶというようなこ
とになるのですが、要するに辛抱することなんです。

例えば、寒中滝に打たれると。それは修行のためですね。修行のために
寒いのを辛抱する。ところがその辛抱の中にもいろいろありますが、代
表的に忍辱をいいます。人から恥ずかしめを受けるのを対面として、そ
れを耐え忍んでいるということです。

六波羅蜜という言葉がございますよね、波羅蜜というのは般若波羅蜜と
ありますが、波羅蜜というのは、分かり易くいいますと悟りのために修
行なんです。

それに般若波羅蜜とか、布施波羅蜜とか、それが六つあるんです。
その中に忍辱というのが入ってあるのです。六波羅蜜を六度といいます
が、度にさんずいを付けた方が分かり易いと思うんです。六つの彼の岸
へ、彼岸へ渡る道ですね。
布施。布施とうことは出来ない、し難いということは、所謂欲でしょ。
我があるから。

あの人より自分のほうが可愛い。これをあげたら損をする、自分が困る、
だから出来ないと、こういうことですね。布施が出来ないというのを簡
単に言うとそうですね。それは自分が可愛いから出来ないんですね。

そういうことを忍んで修行をして修行をして、無我の境地になってきた
ら喜んで出来る。自分が損であろうが徳であろうが兎に角、善いことは
喜んで出来るようになる。自分のことは考えてない。無我になったらそ
ういうことです。

その禅でそうしてやってるのは、心を消していくんですね。自分という
ものを失くしてしまう。そうしたら無我の境地になれる。それを絶えず
無我になり無我になり座っては無我になりとしてたら、こんどは日常生活
の中にも習慣になって自然にその生活になってくるんですね。人から見た
ら同じ生活をしてるけど、本人さんの境地というと、高くなるというのか
深くなるというのか、そういうために禅をやるわけなんです。我を消すた
めに。








続く。。。






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