2009/10/16
『俱舎論の改作問題』― 唯識に関連して ― 16
この話は、10月1日から始まっていますので、初めての方は 最初からお読み下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『俱舎論の改作問題』―唯識に関連して ― 16 五、即ち六識身の無間に滅するに由りて意と為す。 論じて曰く、即ち六識身、無間に滅し已りて能く後識を生ずるが故 に意界と名づく。謂く此れ子なれども、即ち余の父と名くる如く、 又此れ果なれども余の種を名くる如し。――― 論じて曰く、五識身の如きは別に眼等の五界ありて依と為るも、第 六意識は別の所依無し。此の依を成ぜんが為の故に意界を説く。(誤) ― 俱舎論 ― 六、即ち六識身の無間に滅するに由りて意と為す。 論じて曰く、即ち六識身、無間に滅已りて能く後識を生ずるが故に 意界と名く。時分異るが故に別立するも失なし。猶し子果を立てて 、父種と為すが如し。――― 論じて曰く、五識身の如きは別に眼等の五界ありて依と為るも、第 六意識は別の所依なし。所縁を離れて識の起る義なき如く、依を離 れても亦識生ずることを得ず。此の依を成ぜんが為の故に意界を説く。 ― 順正理論 ― この五と六を比較しますと、どちらのほうが解説が詳しいのかという と六のほうが詳しいんですね。一般に文章を書くときに、他の論文か ら引用したりしますね、そして原稿が決まってるので重要な部分だけ を引用しますが、これは、元の方が短くて後の方が解説が長い。これ は文章を書く者の心理としたらおかしい。 「所縁を離れて識の起る義なき如く、依を離れても亦識生ずることを 得ず。此の依を成ぜんが為の故に意界を説く」と、こんなことを書か なくてもいい。 これは順正理論の宗厳の言葉だから長くなってる。ここから引き抜い た部分が、五番なんです。この六番を簡略にして引いてるんです。だ けどこれは逆に丁寧になっている。 ややこしい話しにって申し訳ございませんが、後に改めてこのお話を させて頂きたいと思います。 今回のこの倶舎論の改作だけじゃなくて、倶舎論の部分と大乗の摂大 乗論などと関連して唯識と関連してる。だからその改作者は世親の作 ったもの、無寂の作ったものをあちこちあちこち同じようにしておか ないと改作がばれますわね。 ところが、これを改作し、あれを改作し、こっちで改作をしてますか ら、そうなると何処かでぼろが出る。そのぼろが出てるから、これは 改作だなと和尚さんは思うそうです。 続く。。。



